なにしてんねん大統領!?

 警察署本部内、地下のとある場所。

 椅子に縛り付けられ、全身が血だらけの男の前にクロノスが座っている。魔法石のライトの下で資料に目を通しており、苦しそうに呼吸をしている眼前の男には一瞥もくれない。


「……さて」


 資料を上から最後まで読み終わると、億劫そうに男を見やった。


「お前が嘘をついていないことは分かったでありやす」

「……」


 顔のいたるところが腫れ、目の前も良く見えていない様子の男は、無言でクロノスを睨んだ。喋ろうにも痛みによって思うように口を動かせず、憎悪や安堵などが入り混じる複雑な視線で姿を見るだけであった。


「わりと素直に口を割りやしたね? 仲間に命を狙われたりとか考えないでありやすか。まぁお前の良く末など興味も無いでありやすが」

「…………」

「ま、とはいえ。かつお節の情けってやつもありやす」


 冷ややかなトーンで話して居たものの、突如として明るい声音に変わるクロノス。あまりの変貌ぶりに、わずかに傷だらけの男の目が見開かれる。


「所長、それを言うなら武士の情けでは? 人間領の東側の国の職業とか……」

「なんでも良いでありやすよ。かつお節とやらが美味いと聞くので妙に覚えてただけでありやす」


 恐ろしげな状況下で、なんとも呑気な会話を繰り広げる警察官とクロノス。先ほどまで拷問をしていたとは思えない会話である。

 

「と、脱線しやしたね。この国も全て自白した者を死刑にするような、恐ろしい国ではないでありやすから。しかしお前達のせいで司法が機能してないでありやすんで、あっしが過去の判例から選びやしょう。五つぐらいでありやしたかね」


 クロノスが自分の手元……というよりもヒレを、端から順に折りながら気楽そうに呟く。


「終身労働刑、コロシアムのグラディエーター、魔法薬の被検体、食人族への食料提供、魔族国永久追放、楽都の監獄への収監……あ、五つでありやしたね」


 にこやかに笑いながらクロノスが語る。

 血だらけの男……グロースブの自爆テロに加担した、元警備員のテロリストは。クロノスの言葉に何か答えようとしたが、のどがやられているのか掠れたような声しか出ていなかった。


「どれがいいでありやすか? まさか、こういう判決があったとは知らずにテロなんかやったわけでは無いでありやしょう? ほら、どれがいいのか選ばせてあげやすから早く言うでありやすよ」

「かっ……かひゅ……ぅ…………うえぅぁっ」


 必死で何かを訴えようとするも、のどから出るのは言葉になっていない妙な音のみ。クロノスはとぼけた顔で二、三度ほど両手でモノをすすめるようなジェスチャーをしたが、言語としての音が聞こえないことを悟り、落胆したように肩を落とした。


「もうヒトの厚意を無下にするヤツでありやすねー。しかしあっしもオニじゃないでありやすから、あぁ、魚鬼族サファギンではありやすが。囚人らしく監獄で生活できるように楽都行きを手配するでありやす」


 満面の笑みで語るクロノスに反し、元警備員の男はありったけの力を振り絞るかのようにうめき声をこぼしながらガタガタwと椅子を揺らして暴れる。クロノスは笑顔から急に真顔になると、なんの躊躇もなく立ち上がり、何気なさげに挨拶をして背を向ける。


「それでは楽都まで良い旅を。とは言ってもワープ移動でありやすから風情なんかないでありやすがね」


 別れの挨拶をしてもなお暴れる男に目もくれず、拷問部屋の出口をくぐる。


「アイツの身柄の権利は全部楽都の奴らに引き渡しとくでありやすよ。楽都の連中の機嫌取りに必要でありやすから」

「了解しました」


 クロノスは扉の傍に立っていた見張りの男に命令を行い、そして自分の執務室へと戻るために歩を進めた。


「さて……まさか本当に大統領とやらが首謀者だとは……どうして逮捕してやりやしょうか」


 クロノスは冷ややかな声で独り言を漏らすのであった。


 ☆


「あー……どうすれば良いかなー。お腹減って辛いねぇ」

「そうだねぇ……」


 入国審査隊の取り調べ室で二人並んで座っている閻魔と天照。二人……二柱の取り調べをしていた女性とその部下達は、“正と負の力”を操って意識を戻し、そのついでに少しだけ自分達への警戒心を緩めさせた。

 すると女性と部下は外に見張りだけ残し、閻魔と天照だけを残して外へと出ていったのである。『空間転移門ワープゲート』などを使えば簡単に逃げられてしまうため、不用心極まりない話である。

 まぁ神たる彼らに“魔法は使えない”のだが。


「ちっくしょー。ヘルメスとかでもアッシーくんに連れて来るんだった」

「あのヒトも、お仕事あるし……ね?」

「それもそうだけどさー。こうなっちゃうと参るなー」


 うへーと困り顔をする閻魔。どうして対処したものかと考えるも、強硬手段しか思いつかなかった。


「やっぱ見張りからなにまで操って昏倒させるか……」

「あんまり現世で力を使うのは良くないよ……?」

「そうなんだよねぇ……よしよし」


 先ほど大規模な能力の誤爆を起こした天照であったが、嫁にはだだ甘な閻魔は指摘したり責めたりすることもなく、縋ってくる嫁の頭をなでるだけである。とんでもねぇ審判者だ。


「うん? なんか聞いたことあるぞこの声」

「なに?」

「門の方かな……ちょっと千里眼使うから見張ってて」

「うん」


 素直に頷いた天照に、閻魔はニコリと笑う。そして深く集中するように目を瞑り、脳内で門のあたりの位置を意識しながら両手で片手で目を覆った。




「えぇと……その、ちょっと困りますよ……貴女を一般待遇で入国させるのは……」


 入国管理の長官の女性がしどろもどろで対応しているのは、妙にボロボロなフードつきのローブを着た人物。フードを目深にかぶりながら声を潜めて会話をしている。


「そこをなんとか……お願いできませんでしょうか。一日だけで良いのです」

「身体検査などは問題ないですが、その、やはり……身分と申しましょうか……」


 閻魔は俯瞰視点から状況を窺っていたため、顔が見えなかった。視点の移動をするように意識すると支店が下がりはじめ、女性の顔が見える位置までにまでになった。


「本当に、お願いいたします。本当に一日だけですから……」

「…………一日だけ、だけですよ。私もクビが飛びかねないんですから、本当にそこはよろしくお願いします」

「はい! ありがとうございます!」



「しめた! あいつじゃねぇか!」

「あいつ? 駄目だよ。ヒトのことそんな風に呼んじゃ」

「そうだねぇ~ボクが悪かったよ天照。悪い口はこうだ!」


 痛そうに左目をつぶりながら自分の左頬を引っ張る閻魔。その後、ハハッと笑い、天照も面白かったようでクスリと笑った。凄まじいイチャイチャ具合である。ライアーやらが見れば嫉妬のあまり爆発四散しそうであった。


「あのーすみません。ちょっとこれ見てください」

「おい、何故勝手に外に出て……うぅむ……?」


 取調室のドアを開けて傍に居た見張りの男達に、奇妙なポーズの手を魅せる閻魔。その手を見た途端に見張り達は目をあらぬ方向へと向け、その場で軽くフラフラとし始める。

 そんな二人の中央で閻魔は良い音のする拍手を一度だけすると、急に二人はシャッキリと意識を取り戻した。


「じゃあ行くよ?」

「は、はい。どうぞ」


 何が起きたのか、見張り達は閻魔達を素直に取調室から出し、お辞儀をして見送るまでする有様である。


「ふぅ……現世で力を使うのは疲れるなぁ」

「えんちゃんのちからって凄いもんね」

「そうだよ。なにせ天界最強の閻魔様だからねぇ。アランにゃ負けたけど……」


 そんな風に駄弁りつつ、二人が向かった先に居たのは入国管理長官と、“共生都市国大統領”サーシル・フェルトリサス。


「よっ。こんにちはサーシルさん」

「貴方様は……どこかでお会い致しましたか?」

「貴様! 何故ここにいる! 取調室で拘そムグッ「まぁまぁちょっと黙っててさ」--っ!!」


 閻魔は怒鳴り声をあげようとしている女性の口を掴んで黙らせる。傍から見れば酷く怪しいため、サーシルはわずかに後ずさりながら閻魔を見る。


「いやだなぁ! 僕ら知り合いでしょうに、ね?」

「…………そう、ですね……」


 閻魔は酷く明るい調子で話しながら、片手をわちゃわちゃと動かす。

 するとなぜかサーシルの中から警戒心や怪しむ感情が消え、むしろ昔馴染みのような感じすらするようになった。会った記憶は無いものの、感情からすると昔あった事があるのだろうかとサーシルは考える。


「え、えぇ。彼らは……私の、知り合い……? です」

「ぶはっ……そ、そうでしたか……こいつら……いや、この方たちが門の前で騒ぎを起こしまして……」

「俺じゃないってのに」

「うるさい! ま、まぁともかく私達も手を持て余していたところですので……その、差し出がましいのですが……身元引受人ということでお願いしたく……」


 管理長官が頭をぺこぺこと下げながらサーシルの顔を窺う。

 当のサーシルは少し考え込むようにしていたが、閻魔とその連れの天照が悪人には見えなかったため、首を縦に振るのであった。

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