ロリババアとかいう概念は人間を基準として考えているエゴイズムの発露だと思う

「うわぁぁぁぁぁぁぁ! デスクワークなんか嫌いじゃボケェェェェェェェェ!!」

「はいはいがんばってください首相。書類もあと三百枚ちょっとだけですから」

「それがおかしいだろぉ!!?」


 高速で書類の山に印を押していくライアー。トンタントンタンと小気味良いペースで朱色の印が紙に写り、秘書が一枚ずつ回収してひとまとめにしていく。なお、片手で印は持てない為、両手で持ちながらの全身運動である。


「急に暗闇になって何かと思った矢先にこの書類の山だ。なんでなんやもっとやることあるやろ今のやつの捜査とか、あぁわかってるよわいはなんも関係ないって、せやけどせめて休みとか欲しいけどなーここ最近ほとんど休めて無いんやけどまったく――(中略壱)――平民院じゃすぐに殴り合い始めるし、この前なんかクーアのアホがデボロと殴り合って危うく全身蒸発して死ぬところで、止めるのも一苦労で耳掴まれたりで痛かったのになんかの手当が出るわけでもないし……――(中略弐)――あのクサレヒゲデブも今度あったら髪の毛全部毟り抜いたる、ヴィクティム候が亡くなって残念ですねぇご冥福をお祈りしますゥwwwwとかやかましいんじゃボゲ! お前らがいなかったら魔王派だのの派閥管理に苦労してねぇわい!」

「首相。うるせぇ」

「秘書にまでタメ口で怒られたチクショウ!」


 ストレスが溜まった影響で興奮したためか、凄まじい早口でぶちぶちと文句を垂れるライアーである。そんななかでも印を押すスピードが落ちていないあたり流石であるが、聞き取れずともネガティブな言葉を利かせられている秘書には辛抱堪らず、辛辣かつ端的に毒を吐くのであった。

 なお読む方の為に一部省略はしてるが、極力彼の早口も文字に表している。気が利いてるでしょ? 邪魔? そんなー。


「……なんだお前?」

「急に虚空を見てごまかそうとしても無駄ですよ」

「いや今なんかおったやろ!?」


 どうやら幻聴まで聞こえ始めたらしいと悟り、秘書が溜息を漏らす。非常に小さな吐息だったがウサギらしく耳の良いライアーにはしっかり聞こえており、口を半開きにして血走った目で秘書を睨んでいた。圧倒的な体格差のせいで見上げる形であり、傍から見れば上目使いで様子を窺っている可愛らしい光景にも見えなくもないのだが。

 なお印を押す手は動かし続けられている。


「はい、じゃーそれ終わったら今日はもう仕事は終わりといたしましょう。先ほどの暗闇でも口実にすれば午後の会食とかはキャンセル出来るでしょうし、ごゆっくりなさって下さい」

「ほんとか!? 今日は休んでいいのか!?」

「えぇ、存分にゴロゴロでもしてお休みください。明日からはまた仕事みっちり入りますからね」

「やったぜ」


 勝利したとガッツポーズのように両手をあげるライアー。


「手を動かしてください」

「あ、はい」


 冷ややかに秘書に言われて素直に書類に視線を戻す。しかし先ほどまでとは異なり、ネガティブというよりも鼻歌混じりで希望に溢れている様子であった。


「やっとこれで、終わり……なんやこの封筒」


 最後の書類の山の下に何やら封筒が埋まっており、ライアーが不思議そうな声をあげる。秘書の方を見るも同じく首を傾げていたため、中身を知らないようであった。封蝋をされて明らかに未開封であるため、秘書も確認していないのだろう。


「これ開けて大丈夫?」

「妙な魔力などは感じませんし大丈夫でしょう」

「ふむ……」


 ナイフなどを持つ事が出来ないライアーに変わって、秘書が爪でサッと口の部分を切る。ライアーが中に入っていた紙の束を取り出し、上から順に目を通す隣で秘書も内容を見る。


「おい」


 キレ気味に独り言を漏らす。秘書も思わずいたたまれなくなり、一度顔を逸らした。


「なんやねん大統領がこっち来てるってふざけんなよ」

「……これより大統領歓迎のプラン作りに入ります……」

「は? ふざけしばくぞ」

「いや、こればかりはどうしようもないですから……行きますよ……」


 硬直しているライアーを抱っこするかのように持ち上げ、金属製のケージに入れる秘書。


「ちょっオイ! これやめろ言うてるやろ!」

「何か言いました?」

「ケ - ジ に 入 れ ん な っ」

「あぁ……だって首相逃げるじゃないですか……責任感無いんですから。ほんとに一国の政務を担当する人物ですか」

「これに入れられて、ワイがメイド達になんて言われてるかしっとるやろお前ほんまやめちょっ」

「ピーチクパーチクうるさいですよカナリア様」

「知ってんじゃねぇかこのワレェェェェェェェ」


 悲痛なライアーの叫び声を残し、首相の執務室の扉がバタンとしまった。


 ◆◇◆◇


「失礼します。メイル・フローレンスです」

「どうぞ」


 こんこんとドアがノックされ、生真面目に名前が告げられると、部屋のベッドで横になったマーキュリーが入室を促した。


「あら、メイルじゃない」

「姫様。こちらにいらっしゃいましたか。マーキュリー、大丈夫?」

「大丈夫、です。事件の時、救助していただいて……ありがとう、ございました」

「あぁ、いや。気にしないでいいよ。ジグルのお蔭だし」


 ペコリと頭を下げたマーキュリーに対し、メイルが片手をあげてひらひらと振る。


「……ところで、その角はいったい……」

「あら? やっぱり下僕のだってわかるの?」

「そりゃ解るに決まってますよ! 魔王様の角が折れた瞬間も見たんですから!」


 フェアの呑気な声音に対し、ゾッとしているような表情で返事を返すメイル。すると、怪我人のはずのマーキュリーから凄まじく暗黒的なオーラが発せられた。


「メイルさん……あなたと、言う者がありながら……どうして、魔王様に」

「た、助けようにもその余裕がなくて……!」

「……怪我にゃど……ふむぎゅっ」


 噛んだ瞬間にフェアに抱きしめられ、変な声を漏らすマーキュリー。メイルが慌てて弁明をするほど怒っていたが、フェアのファインプレーのおかげで怒気も霧散したようだった。


「うぅ……離して、ください……」

「あ、ごめんなさい。つい可愛かったものだから」

「もう……」


 口では嫌そうにしつつ、抱擁やら可愛いやらと褒められ? てまんざらでも無いようで。頬を膨らませつつもちょっと顔を俯かせるだけであった。


「えと……それで? 折れた時の状況を見たの? 教えてくれないかしら」

「は、はい!」


 マーキュリーが落ちついたことに安堵し、メイルがそっと肩をなで下ろす。フェアに声をかけられると、壁際に並べられていた椅子を持ち、フェアの隣でマーキュリーの傍に座るようにして椅子を置いた。


 ☆


「あっはっはっはっ! 何それ下僕ダッサーい!」

「ま、魔王様……ふふっ……」


 少女二人がクスクスと笑う。いや、片方はお腹を抱えるほど大笑いしているが。

 アランの角が折れた経緯を事細かに説明すると、二人とも笑い出したのである。メイルとしては最初はなんとも笑いづらかったが、二人が笑っているのをみて何故か面白かったことかのように錯覚するようになり、しまいには口元を手で隠して密かに笑っていた。


「あー。しばらくぶりに笑った気がするわ」

「そ、そうでしたか……それはなによりです」


 一通り笑って満足したらしいフェアの感想に、笑って腹筋が痛くなったと自信のお腹をさすりながらメイルが答えた。良く思い返せばたしかにここしばらくのフェアは怒っていたりしていることが多かったなとメイルは振り返る。

 笑顔が見えてよかったなどと思いつつ、今後の予定について切り出す。


「とりあえず、この後はどういたしましょう? 先ほど廊下でナターシャと出会って、壱時間ほどで終わると言っていましたが」

「そうねぇ……魔族の国は初めてだし、ショッピングなんかしてみたいけれど……何か室内で出来る事とか」


 チラリとマーキュリーを横目に見る。怪我人であるため遠慮しているのだ。


「うーん……マーキュリー、どうですか? 歩けます?」

「良いから! 気にしないで。ほんとに良いから」

「あ、えっと……たぶん時々、休み休みなら……本調子、ではないですけど……」

「ではナターシャが帰ってきたらちょっと買い物に行きましょう! 疲れたらおんぶしますから」

「そ、それは恥ずかしいです!」


 両手でガッツポーズを作って喜ぶメイル。とはいえフェアとしてはひたすら申し訳ないわけで、両手を中空で右往左往しながら慌てていた。


「いや、その。ごめんなさい、私は良いからマーキュリーはしっかり寝てないと…!」

「大丈夫、です。血も飲んだので、傷はもう……治って、ますから」

「えぇ!?」


 マーキュリーの怪我の状態は知っていた為、あまりにも早いけがの治りに本気で驚くフェア。そんな反応がおかしく、メイルとマーキュリーはクスリと笑った。


「まぁそういうことです。私達もなかなか一緒に休みが取れることも無いですし、たまには一緒に遊んだりするのも良いかと思いまして」

「……体育会系の……メイルさんと、一緒に居るより。部屋で本でも……読んでいる、方が……有意義かも、しれませんが……」

「そっくりそのまま逆にして返しますよ、まったくもー!!」


 マーキュリーの毒舌に、うがーっと返すメイル。そんな親友同士のようなやりとりを見て、メイルはちょっとだけ悲しそうに笑うのであった。

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