長には説明責任がございます

「ぷぎゅう……」


 フェアによる顔面ストレートとナターシャの本気の回し蹴りを受けたことにより、目を回したように気絶するファンファンロである。まさに鉄拳制裁であった。


「ったく、これだからこいつは……」

「大丈夫? マーキュリー? へんな事されなかった?」


 顔を赤くしたまま自身の胸を抑えているマーキュリーに、フェアは心配そうに声をかける。


「だ、大丈夫……です。幻滅、しました……けど」

「どうする? クロノスに引き渡す?」

「性犯罪法、で……裁けると思いますが、しゃすが……流石にそこまで、やらなくても……いいです」


 ファンファンロとて故意に行ったわけでは無いのだが、内容が内容である。相手が司法のトップということもあり、もし起きて聞いていたならば朱い鳥ながら顔が青くなっていただろう。


「僕、わざとやったわけじゃないんだけど!?」

「起きてたのかい……」


 やはり真っ青な顔をしていた。普段飄々としていても、裁判長に裁けるなどと言われてはやはり動揺するらしかった。ナターシャはそんな同僚に酷く呆れつつ、ひとまず話題を変える。


「それで? 何か妙な魔力とか感じたかい?」

「あ、う、うん。ゴメン。何にも感じなかった。気持ち悪いぐらい」

「まさか! ジャミングしてたってなんらかの魔力は感じるのに、こんな強力な魔法で何も感じないなんてありえないよ!」


 そう言ってファンファンロの意見を真っ向から否定するナターシャ。彼からすれば真実を語っているだけである為、「そうは言われてもなぁ」と頬を掻くしかないのだが。


「というか、魔力探知なら僕よりマーキュリーに聞くべきでしょ」

「あぅ……その、すいません……私も、感知……できませんでした……」


 ひどく申し訳なさそうに謝るマーキュリーに、保護者(仮)の二人がファンファンロを睨む。もはや冤罪に等しいが、先ほどやらかした手前で反論することも出来ず、苦虫を噛み潰したような表情で押し黙る。面倒くさいなと心の中で思いつつ、どうにか切り抜けようと考えていると、マーキュリーの横に置かれたアランの角に目が止まった。


「そう言えば! 姫様、なんで魔王様の角を勝手に持って行ったりしたんですか! おかげで魔王様ブチギレですよ!」

「はぁ? 何を言ってるのよ。やっぱりコレ下僕のモノなわけ? なんで折れてるのよ」

「知っててじゃないんですか!?」


 まさかアランの角そのものだと知らずに持ち歩いていたとはつゆ知らず、思わずナターシャは大仰に驚いた声をあげる。すぐ近くで大声をあげられたフェアは、しかめっ面になりながら「そうよ」と頷いた。


「魔力をかんじとる? だとか出来ないんだから、本物かなんてわかるわけないでしょ。それを調べてもらうのも兼ねてマーキュリーのところに来たんだし」

「兼ねて?」


 フェアの説明に納得を示したものの、途中で入った接続詞にファンファンロは首を傾げる。


「怪我人なんだから、親の存在を感じられるような物があったほうが安心できて良いに決まってるでしょ。……なのに、あの馬鹿ったら、分からず屋なんだから!」


 ヒトの感情として理解を示しやすい説明をしたと思えば、誰かに向かって怒り始めたためファンファンロとナターシャは互いに顔を見合わせて肩を竦める。マーキュリーは何があったのかというのを一部把握しているが、フェアとリュシアのが重なる謎について答えが出せておらず、ベッドの上で一人沈黙していた。


「というか私が持ってることに感謝してほしいぐらいよ。コレ捨てられそうになってたわよ?」

「はぁ!? 誰がそんな事を!?」


 とんでもないことをと、顔をまた青くするファンファンロ。魔王城内で掃除などを行うのは侍従や侍女であるため、その長であるファンファンロは問題が生じた際に責任を取る立場になるのだ。怒りを買って窓から放り投げだされたばかりなのに、さらに怒られては堪ったものではない。


「なんだか男みたいにガタイの良くて……黒い毛が全身に生えてるメイドさん……?」

「あぃつかぁーー!!」


 ファンファンロが脳裏に問題児の姿を思い浮かべながら叫ぶ。猩々族と呼ばれるゴリラに良く似た魔族のメイドである。ありあまるパワーにより力仕事では良いのだが、力が強すぎて物を壊すなど問題ばかりおこしていた。実は先のライアー犬小屋事件の発端となったベッドの脚を粉砕したというのも彼女である。


「失礼します! ファンファンロ様はいらっしゃいますでしょうか」

「なんだよ! 居るけど文句でもあんのか!」


 一人の侍従が咳を切って看護室のドアをノックしたため、ファンファンロが半ばイライラしながら開く。


「失礼します! ファンファンロ様、先ほどの暗闇で各部署からのクレームや、問題が起きたと言う報告が相次いでおりまして……!」

「クレームとか知るかよ!? 僕らの管轄じゃねぇし!」


 理不尽だと二人そろってヒステリックな声をあげる。そんなやりとりを見て、悪いとは思いつつもベッドの周りにたむろしている三人は声を殺して笑っていた。


「ともかく指示をお願いします! 私だけじゃ対応しきれません!」

「えぇ……でも魔王様から直接命令下されてて……」

「魔王城の運営に関わるレベルの騒ぎですから!」

「ぐっ……むっ……」


 部下の説得に唸りつつ、フェアと部下を交互に見やるファンファンロ。どうしたらよいのかと、見た目の年相応のような困り顔を浮かべていた。

 彼が困っている理由は、勿論アランの角についてである。数秒ほど頭を押さえながら悩んだ挙句、ファンファンロはナターシャに顔を向けた。珍しくも両手を合わせて祈るようなポーズを取り、全力で頼みごとをする姿勢をとった。


「頼む! 僕の代わりに魔王様に角届けて!」

「はぁ? なんで私なのサ。侍従にでも任せれば良いだろ。誰が好き好んでキレてる魔王様のところに行くっての。クロノスぐらいだろそんなの」

「そこをなんとかぁ……」


「神様マナ様ナターシャ様……」などと尊いモノに祈っているかのように両手を擦りながら、ファンファンロが頭を下げる。藁にもすがる思いと言うものか。少々気の毒そうに思ったマーキュリーがナターシャの方を向くと、溜息をつきながら譲歩した。


「……経済大臣に願い事をするなら、なんらかの報酬なんかは必要じゃないかい?」

「そうか……リストランテ・オリュンポス、ディナーペア招た「乗った」早い」


 ファンファンロの提示した条件に、食い気味に了承を示すナターシャ。思わず交渉相手がツッコミを入れてしまうほどである。


「そりゃあのオリュンポスだからねぇ。料理店ギルド・オリュンポス系列の最高級店……ディナーペアチケットなんてあたいでもなかなか入手出来ないのに、なんであんたが持ってのサ」

「気まぐれ!!ありがとうもう行くから頼んだよ!!!」


 そう言って急いで退室し、嵐のように去って行く。早足で歩きながら、早口で侍従に命令をしているのがドアが閉まる前の音でわかった。


「なんだかねぇ……」


 慌ただしい同僚に呆れたような声を漏らすナターシャ。一方フェアの方と来たらムスッとした顔をしていたが。


「ということで姫様?その角をいただき「嫌よ」えっ」


 まさか断られるとは思っていなかったナターシャは素っ頓狂な声を漏らす。見兼ねたマーキュリーが、遠慮するような声音でフェアに意見するも、


「あの……私は、別に大丈夫です、から……にゃた……ナターシャに、渡しますよ……?」


 マーキュリーが噛んだ時に猫可愛がりを始めるという事もなく、アランの角をマーキュリーにしっかり持たせるという始末である。


「ダメよ。あの脳味噌ゴーレムの変態魔ゾコン(魔族コンプレックスの略)スケルトン魔王が自分で来ないと渡さないから」

「こ、今度は私が怒られちゃいますよ!!」


 今度はナターシャが悲鳴にも近い叫び声をあげた。ファンファンロに取引を持ち掛けたのはナターシャである。報酬などとは言っても賄賂にも近く、約束を破ればかなり恨まれるだろうことであった。

 国内の商業なども一部管理している経済大臣にとって、信用と言うのは命の次にも大事と言えるものである。それを損なうとなれば死活問題にもなりうるのだ。

 あとさりげなくフェアのアランの呼び方が酷いものであった。側で聞いていたマーキュリーが微妙な顔をしている。


「お願いよ。アレは一度わからせないとダメだと思うの。貴女に当たったりしたら私が成敗するから」

「成敗って……うぅ」


 フェアの願いに困惑し、目を泳がせるナターシャ。アランに怒られるのも嫌だが、アランの生殺与奪の権はフェアにあるのだ。自身の感情だけで判断も出来ず、深く頭を悩ませる。

 すると二度目のノックの音が鳴った。


「失礼します。ナターシャ様はいらっしゃいますでしょうか」

「うん?」


 聞こえて来た声が先ほど別れたはずの蜥蜴人の秘書で、ナターシャは何故ここにいるのかと疑問符を浮かべながらドアを開ける。


「あ、ナターシャ様。先ほどの暗闇、ナターシャ様も感じましたか?」

「真っ暗になったけど……それが?」

「実は商人ギルド長様達が集まって、経済大臣に自体の説明をしろと……」

「はぁ?もっと他に暇な奴が居るだろう?なんでわざわざあたいが呼ばれるのサ?」


 フェアとマーキュリーが思わず揃って吹き出した。先ほど部屋の中で起きた自体とほぼまんまである。ナターシャが口をへの字に曲げてジト目で二人を見やるも、二人は笑いっぱなしであった。


「自爆テロに続いてあんな事が起きては、安心して商売も出来ない、だから経済大臣自らが説明をしろなどと……」

「ほんと面倒くさいやつらだねぇ……」


 ナターシャの頭部の蛇達が不服そうなトーンでシューと鳴く。


「まぁ今の用事が終わったらすぐに行「すぐに来てください。安心するまで全ての店を閉めるとかまで言ってるんですからあいつら」えっちょっと待って待って」


 腹を決めて先にアランの方へ行こうとしたところで、ガッシリと秘書に腕を掴まれるナターシャ。獣人系の種族にあたる蜥蜴人族に捕まえられては逃げることもかなわずズルズルと引きずられて行く。


「失礼しました〜」


 にこやかな営業スマイルの顔(蜥蜴)を浮かべながら、看護室を後にする蜥蜴人とメドゥーサ。ドアが閉じられた後も問答を繰り広げているのが聞こえてくる。


「どうするのよこれ」


 そう言ってアランの角を持ち上げるフェアに、マーキュリーは首をひねりながら、肩を竦めて肩のあたりまで上げるというジェスチャーをして見せた。

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