まおうのつのをてにいれた!

「魔王様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 砕けたガラスや瓦礫の粉塵によってアランの姿をまったく確認することが出来ないため、叫ぶことしか出来ないメイル。自分の方にも粉塵が舞って来ることで、ゲホゲホと咳き込む。爆発に魔法の物質が混ざっているため、あまり爆発の残骸を吸い込むと人体に有害になりえるとアランに以前聞いていたことを思い出し、制服のポケットから小さな布を取り出して口と鼻を覆う。

 メイルがそうしながらもアランの元へと駆け寄って探そうかと考えていたところ、粉塵の中から聞きなれた声が聞こえて来た。


「……『大気支配ジル・デガロギア』」


 唱えられたのは風属性に属する魔法の中でも、最上位に位置する強力無比な魔法。指定範囲内の空気を完全なる支配下におく、超越魔法オーバーマジック

 自身の周囲の空気を複雑に歪めたり気圧を変化させることで、近づく物体を鉄であろうが紙の如く丸めたり引き裂いたりすることが可能となる、攻防を兼ね備えたもの。無論、その強力さゆえに消費される魔力の量も尋常ではなく、普通は粉塵を抑える為だけに使うような魔法では決してない。

 とはいえ、実際にそのように扱うことが出来るほどの異常な魔力を持つのが、魔王アラン・ドゥ・ナイトメアなのであるが。


「局長……ブフォッ!!」

「角……ツノが………ッ」


 粉塵の中から幽鬼のごとく姿を現すアラン。いつも身に纏っているローブに、爆発した釜の中に入っていた魔術研究の産物がベッタリと付着していた。赤や黄色や緑色が混在するいかにも禍々しい色合いの物体だが、どうやら服が溶けたりなどはしないようであった。何故かブヨブヨとスライムの如く動いているように見えるが気のせいであろう。


「貴様ら……」

「ま、魔王様の角が……」


 アランから見て右側の角は、壁に深々と突き刺さっていた。そして、その角の根元付近はポッキリと折れた後が残っているわけであるが。この角の様子からわかる事と言えば、アランの角が瓦礫によって折れ、爆発の勢いで壁に突き刺さったということだろう。

 普段から頭部にある角は、無意識のうちに相対する者に王冠のように錯覚させることがある。

 ファンファンロの故郷であるアドッティス魔境森林にも生息している百年以上を生きる高位の鹿の魔獣が居るが、その角と似ているとも言われる、アランがちょっよ自慢に思っている角であったりする。その角が、根元からポッキリと折れているのであった。


「爆発するような可能性のある研究は最下層で行えと何度いつも言うておるだろうがぁ!!」

「つ、ツノ……アンバランス……げほっ……あ、あぁ……! そうか、あの理論式は片側を崩せば!!」

「良いよ良いよー! 局長すげぇ魔力昂ぶってていいよぉぉ! ほらほら、魔法魔法! 魔法撃ってきて! 新魔法で試してみたいことが!」

「うお、すげぇ動いてる……けど酸性持ってないみたいだし失敗かなぁ。なんとか服だけ溶かせるように出来ないもんか……」

「じゃんけんポイ! あっち向いてほい!」


 メイルがアランのことを心配して駆け寄ろうとしたが、彼が魔法研究員達にキレた際に、ストレスのあまりに変なポーズを取ってしまう事を知っていたため、刺激しないようにとじりじりと後ずさった。

 口を大きく開けて荒い息を吐いたアランは、自身の周囲に発動させていた魔法を解除すると、自身の右手に魔力を集中させ始めた。

 魔法によって何の加工も細工もされていない、アランが純粋に体内に持っているマナ。その色は曇天の日の夜闇の如く、透き通った黒色をしていた。手のひらの上で球体上となって静けさを保っていたそれは、やがて炎のように揺らめきはじめ、アランはおもむろに研究室の方へと手を突き出した。


「そんなに魔法が好きなら、純粋魔力でも浴びてろ馬鹿共めが!!」

「うぎゃっ!」「いった……!」「おっぉぉぉぉぁ!」「るえらぁ!!?」


 黒い魔力が火山の噴火の如く迸り、幾つもの礫のように小さな魔力塊へと形を変えて虚空をひた走る。アランの怒声をまともに聞いていなかった研究員達に吸い込まれるように飛んでいき、――いや、文字通り体へと入り込んでいった。

 魔法に変質していない魔力は、熟練した魔法使いであれば相手に自身の魔力を譲渡し、一時的に回復させたりするという業も為すことが出来る。しかし、アランが行ったのは自身の魔力をそのまま相手にぶち込むというものであり、魔王の強烈な魔力を吸収した者達は体に変調をきたす様になる。


「ホホ! なんの騒ぎだ……また爆発させたのか! しかも魔王様を巻きこんでまでとは!」


 廊下突き当りにある副局長室からフクロウ頭の老人が出てきた。フクロウは視野が非常に狭いとされるが、それは副局長も同じのようで廊下を見渡す為にわざわざ首をぐるり回す。

 視界にまずメイルとアランの姿をおさめ、アランが復活したことに喜んだように嘴の端をゆがめさせたが、折れたアランの角と粉々に割れたガラスなどを見て瞬時に頭部の羽根が逆立った。魔王城の役人の中でもアラン、ファンファンロに次いで高い魔力を持つとされるだけあり、その怒りによって荒ぶる魔力にメイルは小さく息を飲んだ。とは言ってもアランの魔力量が副局長をもってしても桁違いであるため、慣れのせいか恐怖心を感じることは無いが。


「良い、副局長。既に罰は与えた。急性マナ中毒でしばらくは体がまともに動かせんだろう。……まぁ、魔法研究が滞ってしまうかもしれんが、すまぬな。先に謝っておこう」

「いえ……最近は特にめぼしい発見も進展も無いものでしたので構いません。むしろ、このアホゥ共は一度灸をすえる必要性があるかと思っておりましたので、ありがたい話ではありますなぁ。……とまれ、御帰還……でしょうかな? わたくしめも嬉しく思いますじゃ」


 アランの方へと恭しく礼をする副局長。アランは小さく溜息をついた後、副局長に苦笑しながら頷いた。アランの魔力を吸収した研究員達が個々で体勢の違いがあるものの、皆が皆、体を痙攣させつつ床や机の上に倒れ込んでいた。意識も混濁としているようで、アランの魔力を受けなかった研究員が頬に思い切り往復ビンタを浴びせたりしているが、なんら反応は無い。

 アランもほどほどに加減しているため魔力中毒によって死ぬことはないが、三日ほどは、満足に体も動かせないだろうと思われた。


「魔王様……それはそうと、角は……?」

「む、あぁ、そうだな。メイル、ちょっと抜いてきてくれないか」

「は、はい」


 石壁に突き刺さるという異様な硬さの角の目の前にメイルは立つと、右手で角を持ち、左手で体を突っ張らせながら引っ張り抜いた。壁に刺さっていた角の先端らはいずれも欠けることなく鋭利さを維持している。


「すまんな。案外重いであろう」

「そうですね……模擬剣くらいの重さは歩きがします」

「ホホゥ」


 アランが自身の折れた角の部分を手で撫でつつ、自嘲するような自慢するようななんとも複雑な声音で言うと、副局長がアランの角に興味を持ったのか好奇心を隠せていない目でジッと折れた角を見つめていた。


「なんだ。この場で少し観察する程度は許すぞ? 折ったり削ったりは許さんがな」

「お、おぉ! ありがとうございますじゃ!」


 メイルからアランの角を両腕で抱えようにして預かると、地面を歩くのを慣れていない様子で一生懸命足を動かしつつ研究室の中へと入っていく。副局長が研究室の机の一角に角を置くと、魔力中毒になっていない研究員達がその周りに集まってきていた。

 比較的常識人な副局長とはいえ本質的には研究員達とは大差なく、自身の好奇心には酷く従順なのである。老人とは思えぬアグレッシブささえ感じ取れるだろう。


 そんな副局長を流石に呆れた表情で見るアランと、唖然と見ていたメイル。脳裏に友人のマッドサイエンティストが浮かんだためか、どことなく頭痛を覚えつつ隣で呆けて立っている部下へと尋ねた。


「メイル。戦場いくさばはどんな状況であった?」

「丁度本日、黒骸軍の侵攻が起きる様子が確認されましたが、事前の不審な動きから察知することで出来ましたので、サーディンリューを用いた威嚇射撃にて阻止できました。後に報告書をまとめて提出したします」

「わかった。まぁそれは明日でも良い。ひとまずマーキュリーの方へと行ってやってくれ。小娘とナターシャは居るが、メイルも居た方が気が楽であろう」


 アランの指示……というよりも頼みに恭しく礼をして「了解しました」と従うメイル。が、次に瞬間には不可解な表情をしながらアランに質問をすることになった。


「ですが……魔王様、ナターシャは仕事が終わっているのですか? 財務部は季節の変わり目は魔獣の手も借りたいほど忙しいと聞いていますが……」

「なに、我がすべて片付けるさ。久しく書類作業もしていないのでな。たまにやらねばやり方を忘れてしまう」

「しかし……魔王様、ここ最近はまとも眠れていないではありませんか……いくら丈夫と仰られてもお体が心配になります……」


 金色の炎の如くゆらめく目でメイルを見下ろすと、心配そうな目で見てくる金髪の少女の頭をぽんぽんとやさしく叩く。


「齢五百年程度の娘に心配されるほどやわな人生送っとらんぞ」


 予想外のいじわるな返答をされ、少々ムッとした表情になるメイル。言い返さんと脳内で記憶の海から出来事をさがし、そして最近の記憶からわりと簡単に見つけ出すことが出来た。


「いつも姫さ……お、お嬢さん……にやられてることを思いますとつい……」

「わかったわかったこやつめ。さすがに小娘の話題を出すのは卑怯であろう」

「いえ、本当に心配で……「わかった。まぁ心配せずとも三徹程度で倒れたりせんよ」


 フラグなどではなく、純粋に心配を取る為にアランは断言する。たしかに猛烈に眠たくはあるものの、気力は充実しているため気絶でもしなければ寝ることは無いだろうと思われた。


「そうですか……わかりました。ですが……テロ事件の捜査において戦力が必要となったのならば、呼んでくださいね」

「……あぁ、わかった」

「失礼します」


 今度も生真面目な軍人らしく礼をし、一瞬アランの角や地面に散らばるガラス片などを思い出して立ち止まるが、自分の仕事の領域ではないとなかば諦めた表情で階段を上っていった。

 アランは無言で軍務部の制服である皆紅色の服を着た背中を見送る。


(……メイルも、やはり怒っているのか。妹も同然と言えるからか……家族……か。そう言えばスレイの姿を見ていないな……やはり、我に子を育てることは向かぬのだろうか……いや、後ろ向きの思考は駄目だな。前向きで、なくば)


 アランは一度深呼吸をすると、爆発によって割れた窓から研究室に頭を覗かせて怒鳴った。


「そろそろ我の角返せ!!」


 わりと本気の怒号である。

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