天丼狙って爆発オチにしたわけじゃないです
魔王国軍簡易司令部、会議室。クミノ森林と呼ばれる森の一部を伐採して魔族国軍の第一陣地が敷かれているが、その中央部にあるのが司令部こと、魔族将軍と幹部である魔将達が集って会議を行う建物である。
簡易とは言いつつも魔法によって堅牢かつ生活しやすく作られており、単なる居住空間としてもかなり良質であろう。
「しかし、なんら普段と変わらないように見えて、数字として見ると酷く怪しいもので。誘っているようにすら……」
魔将達との情報確認の会議のなか、メイルはふと独りごちる。手元の紙に記入された文字をジッと見ながら、訝しげな表情をとった。
六人居る魔将達が一斉にメイルの方を見る。
「魔王様が復活されて、警戒している……? いや、あぶり出しでしょうか。斥候の量が異常に多すぎるし、なんでしょう……」
(無理はないだろうけれど……魔王様が出てくれば黒骸軍もただでは済まないだろうし……)
「斥候を捕えて尋問でもしましょうかい」
「恐らくあれは奴隷による偽装かと。
メイルの言葉に二名の魔将が意見を述べる。メイルが二人の建設的な意見を聞いて頷いていると、白い鎧を纏った男が馬鹿にするように言葉を口にした。
「奴隷より娼館の女の方が“うめぇ”からなぁ。奴隷なんか兵糧食いつぶすばっかで良いとこなんかねぇし、面倒だし全部殺しちまいましょうや」
白い鎧を身に纏った男が放った無責任な言葉を耳にし、メイルは立ち上がって思い切り机に拳を振り下ろす。大きな怒りと共にわずかな殺意を込めての衝撃に、一瞬で歴戦の部下達が硬直した。
もうこれ以上は我慢ならないと、メイルは激情のままに叱責をする。
「黙りなさい。
「……すんませんね」
「殺したいだけならば黒骸軍にでも行くがいい。そのかわり貴様を見つけた際には私が直々に真っ先に殺してやる」
種族だけであればメイルよりも優れた戦士たちが居る中、誰もが彼女の怒りに息をのむ。メイルであっても六名全員を相手にすれば勝率は皆無に等しいものの、その事実を差し引いたとしても恐ろしいほどに研ぎ澄まされた殺意であった。
さらには普段は意識して押さえている魔力が怒りによって制御が効かなくなり、嵐のように荒ぶっているのである。武器の危険性を理解し、何よりも天候に左右されやすい戦場に身を置く者としてメイルの今の状態には冷や汗を禁じ得ないのだ。
白い鎧の魔将は一言謝るとメイルから視線を逸らす。メイルはしばらくその魔将を睨んでいたが、やがて椅子に座り直した。五名の魔将から安堵の声が漏れる。
「……続ける。さて、どう思う? 私は襲撃があるとすれば今日の午後あたりには、来そうな気もするが」
「今日の午後……ですか。確かに真面目に偵察をしていたならば、悟られたら意味が無いですし、そう言えば昨日から斥候もあまり来なくなりましたね」
「とはいえ早計では無いでしょうか。まだ情報が少ないですし」
メイルの意見に賛成するような意見と反対意見があがる。
「今の所は判断材料が少ないですし……とりあえず数日の間警戒態勢を取りましょう。たぶん私が居なくなったとも思われてるでしょうし、威嚇射撃でもしますか」
「その前にウチが上空から奴ら探してみましょうか?」
「……そうですね。ただし危険極まりないですから、この陣地内上空から探してみて頂戴」
「了解。けど、威嚇射撃なんかよりそのままぶち込んだ方が効果あると思いますが?」
軽量化の魔法が付与されている紺色の鎧を纏い、巨大な茶色の羽毛の翼を背中に持つ女性が言った意見に動きが止まる。考えごとをする際の癖である口元に手をあてるポーズを取ると、脳内で様々な状況を考慮してシュミレートする。他の魔将達もそれぞれ自分なりに脳内で考え、やがて全員が結論を出した。
「……それじゃあ、見つけ次第サーディンリューで射撃するってことで良い?」
「そうっすね。普通の弓だと火力不足ですし、コストもかかるし、強襲の威嚇射撃にならない確率の方が高いかと」
「……うん、わかった。じゃあちょっと行動しようか」
(でも、今現在まったくの
◆◇◆◇
(魔王様に命令された確認作業も終わったし、マーキュリーの所にでも行こうかな。しかし補給の確認とかで昨日は潰れちゃったのがなぁ……不甲斐ないけど数字はやはり苦手だ……)
案の定メイル達が予想した通り、黒骸軍の襲撃準備がハロンの森で行われていた。それを女の魔将――飛空戦軍隊長がそれを確認し、メイルがサーディンリューを使って着弾と同時に爆発を起こす矢を放ち、敵の軍勢を散らしたため奇襲を阻止することが出来た。運が良かったと言えるだろう。
(数字……魔王様に教えて貰えたり出来ないかなぁ。部下に教わるのも立場的に微妙だし……魔王様と二人で勉強……)
その後、再び会議を行い今後の様々な方針を決めた後、緊急用転移枠を通って魔王城(正確には地下だが)へと戻ってきたのである。
微妙にデレッとした調子に緩む表情を、老人の居る部屋の前に来た途端に外用の真面目な表情にもどすメイル。
「失礼します。副局長殿」
「おや、もうよろしいので?」
「はい。閉じておいて貰えますか?」
「かしこまりました……それにしても顔が赤いですが「大丈夫です、少し戦闘訓練をして火照っただけですので」は、はい」
老人の台詞に被せるようなメイルの弁解に気圧されて、フクロウ頭の老人は気の抜けた返事をする。メイルは一つ小さく咳をして、
「それでは、少しまだやる事がありますので申しわけありませんが……」
「いえいえ、お気遣いなくメイル様」
そそくさと退散し老人の部屋を出たメイルは扉を閉めた。上気した頬をなんとか元に戻そうと深呼吸を行いつつ、目の前の廊下を見ると四時間ほどは時間が経っていると言うのに、未だに男達が廊下の机椅子に腰掛けて討論をしていた。コップの中の紅茶の量が減っているのは、自然蒸発によるものだろう。
メイルが思わず呆れて居ると、廊下の向こうからとても見覚えのある姿が見えてきた。
「魔王様!」
「メイルか。どうしたのだ?」
黒のローブに鋭い爪の生えた手、鹿のような骨に鹿の角が生えたような頭を持つ、三メートルもの巨体を持つ化物。アランであった。右手には十字架の頂点に輪っかを付けたような、濃い緑色の杖が握られている。実はアランによってガルドゼニファ等のメイルの武器と同じ時期に作られた、強烈な魔法の付与された杖であるのだが世間一般には知られていない。
アランの魔力の量では、なんの鍛錬の積んでいない魔族ですら才能如何によっては探知することが出来てしまうため、どうしても混乱が起きてしまう。それを偽装するために『
研究者達は魔力を感じないためアランの存在に気がつかず、ずっと話を続けていた。メイルが自分たちの上司にすら気が付かない彼らに、呆れや苛立ちを覚えつつアランの元へと歩き、アランも前に歩く。アランは気にしていない様子で研究者達を通り過ぎ、廊下の中央辺りでお互い立ち止まった。最近にしては珍しくフェアがついて回って居ないようである。
「駅の使用をしておりました。軍の方の確認は済みましたが報告はどういたしましょうか」
「それはまだ良い。しかし……あのヘリオロースと言うものはどうだ? 実力は申しぶんないようだが、あれは性格に難がありすぎるであろう」
「そうですね……昼間からの飲酒。遊郭への入り浸り。奴隷への……」
「奴隷の、なんだ?」
「……あ、いえ。間違いでした、これは他の者です。申し訳ございません」
(バレただろうなぁ、私が今嘘ついたの……)
アランのへの報告をしながら、心の中で密かに嘆息するメイル。アランの勘が非常に鋭いことを彼女は知っている。今の自分のついた嘘にアランがどう思って居るのかはメイルには不明であったものの、漠然と気が付いているのであろうと確信は持てていた。
メイルが何か言葉を続けようとした瞬間、異変に気が付いた。アランの後方に居た研究者たちが慌てて立ち上がってアランが降りてきた階段の方へと逃げ、メイルが逃げるのはほぼ同時であった。
しかし、アランは動かない。
メイルはそんな主の動きに一瞬驚いたが、とあることを失念していたことに気が付いた。
『
アラン達の居る場所は魔法開発局。
新たな魔法の開発や、魔力の籠った素材を用いて武器や新しい素材開発をする場所。
そして、最も魔力の暴走による爆発事故の起きやすい所である。
開発局の研究員達が集う部屋の一角に、魔力暴走によって真っ赤に染まった一般家庭サイズの鉄の釜。そしてガラス一枚挟んだ場所は廊下。そして鉄鍋の真正面に立っているのはアラン。
メイルの動きを見て訳が分からないながらも、アランが回避行動を取ろうとした瞬間。鉄鍋が限界に達し、白くなった頃にやっと魔力の暴走に気が付いた。
勿論時すでに遅いわけだが。
「魔王様ーーーー!!」
メイルの叫び声はアランを巻きこんだ爆発事故の音にかき消されてしまうのであった。
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