魔術三大限界点

「それで、どう思う。この死んだ研究員のことは」

「……わかりかねますな。少なくとも死亡推定時刻より後には姿を現しておりましたじゃ」

「……クラウス弁護士と同じ状況だな。どういうことだ……? お主もだが、マーキュリーも含め個人の魔力の質を間違えるとは思えんが……」


 副局長室内にある応接スペースのソファにそれぞれ座り、神妙な面持ちで向かい合うアランと老人。ふたりの間にある机の上には警察の捜査した情報が書かれた資料が乗っており、老人が時折その資料を見返しつつ話をしていた。


「我の知らぬ魔法だが、お主なら知ってると思って来たのだが……」

「申し訳ありませぬ……他国や民間での噂も研究の為に集めたりはいたしますが、やはり聞いたことはないですな……魔獣の一種、という可能性はいかがでしょうかな?」


 ひとまず頭に浮かんだ可能性の一部を口にする副局長。アランは怪訝な表情を浮かべつつ、副局長の発言を否定する。

 アランの頭部の角は相変わらず右側の方だけ折れたままであり、アランの座るソファに立てかけてあった。魔力中毒にさせるために、変に魔力を消費したため上手く回復魔法が使えなくなっていたためである。それ以前の問題として自分自身に回復魔法をかけても、効果が非常に出にくいためどうしようもないのだが。

 上位階級の回復魔法を使える者は大抵は僧侶及び神官であり、魔王城に常駐していない。角をくっつけるとなると中・上位階級程度の回復魔法が必要になるため、必然的に神殿に赴く必要があった。


 ちなみに魔王城で唯一、研究員に上位回復魔法の使える者が居たのだが、もれなくアランの制裁によって魔力中毒として救護室に運ばれている始末である。


「我の扱える“神話級魔法”と同系統のものを扱えるものが居ると? それこそにわかには考えられん。ファンファンロぐらいの魔力量は必要不可欠だ。魔石を使用してどうにかなる魔法でもないからな」

「ふむ……たしかにそうですな……」

「まぁだがそれも考慮に入れておくべきであろうか……姿はともかく、魔力までコピー出来るなど、魔獣でもいなかったとは思うのだが……」


 どちらも険しい表情になって黙り込んだ。それぞれが脳をフル回転させ、事件の糸口を探そうとしていると、部屋の扉が開いた。炎鬼の女性がコーヒーを入れて持ってきたのだ。それぞれの前にカップが置かれ、机の端にミルクや丸く固められた砂糖の入った小瓶らが盆の上に乗ったまま置かれる。

 副局長がコーヒーを口に含むと、不意に何か思いついたように顔を上げた。


「そういえば……」

「なんだ?」


 副局長の声を聞いて面をあげた拍子に、やっと手元に置かれたコーヒーの存在に気が付いたアラン。副局長の顔を見ながら砂糖入りの小瓶を手に持って、見ている方が胸やけしそうな量の砂糖を入れてスプーンで混ぜる。その様を目撃した炎鬼は思わず目を丸くしたまま立ちどまり、アランの味音痴を知っている副局長も久しぶりの光景に思わず顔を引き攣らせている。


「どうした?」

「……あ、いや魔王様。い、いえ……別に……」


 炎鬼の女性に見つめられている事に気が付いたアランが、首を傾げながら言った。視線の先を見て自身のコーヒーに関心が向いている事に気が付き、疲れたように目をしばたかせた。


「あぁ。これのことか。いや、すまんな。脳を酷使しているせいか異様に甘いものが欲しくてな……普段はコーヒー豆を唐辛子と一緒「魔王様、それでわしの意見ですが……」あ、あぁ。そうだったな」


 副局長があわててアランの話を遮る。炎鬼の女性がアランの説明にどことなく納得した様子で頷いていたのを見て、つい副局長はホッと肩をなで下ろした。


「え、えぇ……『死者蘇生リザレクション』や『亡者使役ネクロマンス』などに類する魔法であれば、まだ神話級よりも低いやもと……」

「……なるほどな。まぁ『死者蘇生』は、僧侶たちの中でも数えるほどの者しか使えない世界級魔法の一つだからその線は薄いと言えるが……」


 アランは自身が知る中でも最も僧侶系魔法に卓越した女性、犯人候補の一人にも挙げられているサーシル・フェルトリサスの姿を脳裏に浮かべる。もし副局長の言う魔法を起点として死体を操るなどしていた場合、彼女への疑いがより一層強くなると言えた。


「……それに、『死神の契約リーバーコントラクト』等でも組み合わせれば偽装出来るやもしれんな……」

「これならば“魔術研究の三大限界点”たる、“精神操作”、“時空操作”、“生命創造”のどれにもひっかかりませぬ。……とりあえず、今思い浮かぶ方法としてはこれくらいですな……他に思いつき次第、追って報告させていただきますじゃ。魔王様もまだお仕事があるのでは……?」

「……うむ、そうだな。仕事の邪魔をしてすまない。よろしく頼む」

「いえ、申しわけ御座いませぬ……修理費を求める報告書なども書かなくてはならず……しかし、魔王様の為とあらば出来うる限り老骨に鞭打ってでも働きますじゃ」

「あまり無理はせぬようにな。そなたももう若くはないのだ」


 アランは副局長が促す通りにそろそろ自身の執務室へと戻ることにした。実際に仕事もかなり残した状態で息抜きもかねて副局長の下を訪れており、加えて副局長に何らかの動揺をさせたせいで体調を悪くさせてしまったのだと察したのである。自身の味の趣向の所為で変に動揺を与えているとは、勘の良いアランも気付かなかったようだが。

 ……というよりも、アランの身の回りの世話などもしているファンファンロ等の侍従達からすれば、わざとやっているのかと思う程にイラつく話であった。普段から感情の機微を看破してくるほどに凄まじい勘を持っているのに、なぜか自分の味音痴の事に関しては勘が鈍いのである。ファンファンロをしても何十年たっても結論が出ず、傍から見ればふざけているとしか思えないアランの欠点の一つであった。


「ではな」


 椅子から立ち上がって見送る副局長の居る部屋を出て、折れた右角を緑色の杖と同じように持ちながら、ガラスが散乱したままの廊下を歩く。堂々とした歩き方をしては居るが、角を持っていない左手で首が凝っているかのごとく押さえている。


「……やはり片方の角がなければバランスがとりにくくて適わぬ……」


 アランは階段の前で立ち止まり、疲れたように一人ごちる。背後から研究員達の視線は感じるが、アランの大事な角を研究材料として見つめているものだと察しているため相手にしないようにしている。


(……そろそろ魔法も使えるようになるか。『空間転移門ワープゲート』で戻るとしよう……)


 アランは歩くのが嫌なため、ひとまず自分の寝室の前へとショートカットをして戻った。


 ◆◇◆◇


「魔王様~。サーシル・フェルトリサスがお忍びでやってきている事に関しての資料をお持ちに……って、角ッ! くふっ……くふ……ふふふ」

「ファンファンロ……その、説明からして重要な資料を後回しにして笑い始めるでないわ……」


 部屋に入るなり、片方の角を失くした主の姿に思わず吹き出すファンファンロ。アランは部下に呆れたような怒ったような声音で窘めるも、笑い上戸気質のファンファンロの笑い声はそう簡単に止まりはしなかった。


 アランは頭痛を覚え始めた三分ほど後のこと、ファンファンロは目じりに浮かんだ涙を拭い、肩で息をしながら何気なく語った。


「ふぅー……って、魔王様の角が折れてるってことは姫様にプレゼントなされたので? 結構満面の笑みで持ってましたね」

「……なんだと?」


 アランはファンファンロがいつまでも資料を渡さないため、ひとまず手元の報告書にサインしていた手を止める。あまいにとんでもないことを耳にしたと、自身の耳を疑い始めるほどに、動揺していた。


「我の寝室前に置いていたはずだ。鍵は執務室の前に置いていたから、ひとまず寝室の前に置いていたが……プレゼントなどしておらんぞ」

「魔王様とかの部屋は空間転移で直接入ったり出来ないようなってますしね。執務室も角おける場所なんかないですし……」


 暗殺防止のための工夫がなされたアランの私室について語りながら、足の踏み場も無いような資料の山となっている執務室の惨状を見やる。アランが説明にそうだなと頷いていると、ファンファンロは思いついたように両手を叩く。


「あぁー」

「どうした?」

「そう言えば鹿の角を煎じて飲むとか、御守りにすると病気を祓うみたいな話が人間領だとあるんでしたっけ?」


 アランは思わず立ち上がる。急に立ち上がった所為で書類の山の一部が崩れたが、なんとかファンファンロが上手くキャッチした。

 アランの顔や瞳に浮かぶのは、ただ、焦燥のみ。

 自身の主、フェア・ハートレスの手に自身の片角が握られているなど嫌な予感しかしないのだ。いや、善意からの行為かもしれないが、角を損ねられたりしたら堪ったものでは無かった。


「早く小娘を探せえぇぇぇぇぇ! 要らんことをしでかす前になんとしても探し出せぇぇぇぇぇぇ!!」

「ぶふっ……! か、かしこまりました。ま、魔王様……くふふふふふふふ」


 焦るアランの様子を見て思わずツボに入ってしまい、再び大笑いし始めるファンファンロ。

 そんな彼がアランに窓からぶん投げられるのはその五分後のことであった。

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