“侍従長”ファンファンロ・リーンレイ

バルドロスの護衛の誰かが「おぉ」と感慨深げに呻いた。みれば、年若い瑞々しい鱗を持った蜥蜴人リザードマンであった。まだ世を知らぬ為にそうなったのだろうと、この世を千年以上生きる者達は、視界からその護衛を外す。

 その言葉に、背を独立させて少しばかり姿勢を正したルグリウスが、茶化すように嗤う。


「くだらねぇな、そんなものはテメェの自己満足でしかねぇ、勝手に他の奴に押し付けんじゃねぇよ。所詮は短命の人間が考え付くこと……んな甘っちょろいとは、ガキの頃に卒業するこったな」


 アランはサーシルの想いを夢物語にすぎないと、ルグリウスの言葉に内心同意しながらも。


「まぁ、だが、その長命の中で刹那のやりとりをする戦いを求め、先代魔王の意に従わずに反乱を起こし、いたずらに民衆を恐怖させるのはどうかと思うがな」


 アランがルグリウスに向けて語ったのは一つのまぎれもない事実。それを聞いたルグリウスは「テメェの説教なんざ聞いてねぇよ」と、再び背もたれにもたれかかった。

 そんなルグリウスの取った行動に、絶対に釣り出せるだろうが同時に問題も引き起こすであろう、一つの言葉を唱えることを決心する。初めにアランはサーシルの方を向き、その言葉へ繋ぐ為の文を紡ぎ出した。


「戦争の終結、か。休戦、講和とお前は言っておるが……」


 アランが言葉尻を濁し、続いてその言葉の軸を語ろうとした時。アランの左後ろ、南の方角から明確な敵意を感じ取った。


「グラララララララララッ!!」


 深き樹海の間から飛び出したのは美しい青い鱗を全身に纏った、もはや天災の内にも数えられる魔獣。“蒼の古龍ブルードラゴン”であった。


 森の中央に居続ける者達から断続的に発せられる殺気や怒りに当てられ、その龍は気が狂っていた。アラン達のいる白い建物を睨みつけ『龍の息吹』と呼ばれる魔法を吐こうとしている。『龍の息吹』とはその一撃のみで一つの街を破壊し尽くすとまで言われ、破壊魔法の中でも最強最悪と謳われる魔法。

 そんな魔法を放たんとしているブルードラゴンを、どことなく冷めた瞳で四人の領主……いや、超越者達は見た。バルドロスの護衛達は皆が震えているものの、ファンファンロと“黒服”と呼ばれる男、ザムラビも落ち着き払っていた。


「なんだぁ? あの青トカゲは。喧嘩売ってんのか」

「知らぬわ。命知らずだとは、思うがな」

「んで、どうすんだあの邪魔くせぇクソトカゲ。出来るなら持って帰って研究材料にしたいところだが」

「この会議の邪魔とはいえ、それはどうかと思います」


 面倒事を互いに押し付け合うような抑揚をつけつつ三人は語る。サーシルはブルードラゴンの『龍の息吹』に対抗する技を持たないために他力に頼るように言った。


「とはいえここは四主会議の場。我らの内の誰かが抜けるわけにはいくまい。……ファンファンロ、行って来い」

「しかし……」

「我は大丈夫だ」


 アランの即答のような言葉を聞いてファンファンロは頷き、主に背を向けると南側へ駆けた。自身の胸ほどの位置にある柵の上に飛び乗り、そして、飛んだ。

 柵に乗った瞬間のファンファンロの口から漏れ出た言葉は、


「『人体化リ・ヒューマン』、解除アンロック


 というあっさりとしたものであった。その後にファンファンロは柵を蹴って跳躍する。少年然とした柔らかな茶色の髪は瞬間的に赤々と燃え上り、袖やズボンのからもメラメラと赤い物が揺らめいた。その瞳は白く燃え上がり、その巨大な胴体が通った後に煌々と燃えるその尾羽を引く。


 ファンファンロは、“不死鳥フェニックス”と呼ばれる“魔獣”である。


 たとえ死んでも再びヒナとして生き返り、その高貴な翼は誰にも邪魔をされることなく空を舞う。絶対数など数えるほどに少なく、天災と呼ばれる龍さえも凌ぐものとされた、“伝説上”の鳥の王だ。


 不死鳥の圧倒的な熱量を感じ、若干の汗を流しつつアランは円卓に向き直り、先ほど中断された言葉を語った。龍と燃え盛る鳥の戦いを見ている三人の領主は、そのアランの言葉に各々違う反応を見せた。


「休戦、講和。それだけではあるまい、戦争を終わらせる方法はな」

「……魔族領やこの世界の統一、か」


 アランの言葉にバルドロスが続き、アランはニタリと笑った。同時にルグリウスも笑った。嘲りを込めて。


「お前の領の軍隊が俺のコマに勝てると?」

「勝てるに決まっておろう、そもそも“我一人で殲滅出来る”」

「まぁ所詮雑魚の集まった烏合の衆だからな」


 ルグリウスは自身の部下を嘲った。バルドロスは再び机に突っ伏して興味が無さそうに何かを呟き、サーシルは二人の様子を見てコクリと唾を飲み込んだ。そのサーシルの好意は緊張感からではなく、恐怖心からの無意識の行動であった。それは無理もないことである。なぜならばルグリウスの率いる反乱軍こそ、四つの領の内で最も高い軍事力を誇るとされる集団なのだ。

 そんな軍隊を烏合の衆という事が出来る存在は、サーシルはいまだ一人しか知らなかった。


「大統領よ」

「は、はい!」


 サーシルはアランに急に語りかけられ、慌てて返事をした。


「休戦や講和と違い、統一には多くの血が流れるであろう。もし、講和を結べなかった場合は……それでも良いのか?」

「……流れる血を減らせるのならば、私は」


 言葉を途中で止め、サーシルはアランに向かって頷いた。アランとルグリウスが、まるで静かに酒を酌み交わすように、同時にクククと笑った。音では笑っていてもそれは、底冷えするような悪意や敵意の見え隠れする、様々な表情がごちゃ混ぜになった闇の深い笑いであった。


(今まで保留していたが……やはりこの戦争は終わらせなければならんな。どんな手を使ってでも。……されど)


 しかしてアランは大仰に身振り手振りを取る。


「だがまぁソレを行わぬための、この会議であろう。さぁ進めるがいい」


 サーシルと同じく、戦いを望まない者として。出来るだけルグリウスの率いる軍勢との総力戦という最終手段を避ける為に、サーシルの味方をしてやろうと考えた。


(ルグリウス……コイツを殺すのは、我との一騎打ちだけで良いのだ)


 アランは鎧の男を一瞥する。

 ルグリウスは骨のような頭の男の視線に気が付かないようなそぶりを見せながら、ジロリと龍と炎の鳥の戦いを兜の中から睨む。


「さぁ、話を続けるぞ。起きろ、バルドロス」


 バルドロスの背中を叩くアランの背後で龍が倒れ、ズシンと地面が揺れた。

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