理想という甘い言葉

 最後にやってきたルグリウスが自身の席、アランの右側の席に座ると同時に、気を取り直したサーシルが四主会議の開会の宣言を行った。


「皆様、御集まりいただきまことにありがとうございます」

「挨拶なんざどうでもいい。早く議題を言え」


 バルドロスがバッサリと切り捨てる様に言った。アランが一瞬バルドロスを睨んだが、サーシルはそんなアランの気遣いのような物にも触れず、バルドロスの言うとおりに議題を提示する。どこか緊張しているのだろうとアランは察した。


「今回の主題は、“三国戦争の講和条約”の締結です」

「……そんな議題なら俺はもう帰るぞ」


 ルグリウスが立ち上がった。その身に纏う、腐った臓物の様な色をしたその鎧を鈍く光らせつつ。そんなルグリウスを、アランが遠回しに嘲る。


「ふむ……まぁここには、我に、奇人に、強力な回復魔法を扱う元勇者一行がおるからなぁ……恐れて尻尾を巻いて逃げるのも仕方あるまい」

「誰が奇人だコラ、アラン。てめぇこなクソが」

「そのまんまの意味であろうが……」


 ルグリウスは円卓に背を向けていたが、挑発するようなアランの言葉にその腰に提げていた剣の柄に手をかけ、ゆっくりと振り向いた。一斉に杖の様な武器を構えるバルドロスの護衛。そして、自身の護衛対象の横に移動しようとするファンファンロと“黒服”ザムラビを、それぞれアランとサーシルが制した。落ち着き払った声でアランが言う。


「どうした? 剣を抜けば良いであろう、“単細胞”。まぁその時は我とお前の一騎打ちになるだろうがな。この場で剣を抜くことは謀反も同じ、つまりはお前を殺す良い切っ掛けが出来るという事だ」

「はっ、まぁここにいる奴らを全員斬り殺すとして、テメェはしぶとく残るだろうよ。ゴキブリみてぇに生命力だけは高いからな」

「何を言っておる? 戯言を語るな。お前がこやつらを斬る前に我が逃がすに決まっておろう。“お前如き”が我の魔法を上回れるとでも思っておるのか?」


 アランの言葉に更に剣の柄を握る手の力を強めるルグリウス。アランも立ち上がり、両者は睨み合った。それを見ていたサーシルがそっと胸の前に両手を持っていき、祈るようなポーズを取るとポソポソと何かを呟いた。


「万物を形作りし聖なるマナの一端よ。ただ平穏を望む我らに、凪の海のような、安らぎと、幸福の場をお与えください……『静かなる大海の抱擁レファーディア』」


 サーシルが言葉を唱え終わると、その組まれた手の中から白く淡い光が漏れ出ていた。ゆっくりとその手を開くと光が飛び出し、その場にいる全員にあたかも雪が降りかかって体の熱によって溶けていくかのように、それぞれの体の中に吸い込まれていった。すると、バルドロスの護衛達が杖のような武器を降ろし、その他にも会議場にいる全員が体の緊張を解いた。

 煩わしげにルグリウスはサーシルの方を睨む。


「テメェ……変な魔法使ってんじゃねぇよ。しらけたじゃねえか」

「『静かなる大海の抱擁』。……『聖獣女王の子守唄』と並ぶ僧侶最高峰の魔法の一つで、魔術十二階位中、十階位の世界級魔法、か。効果は敵愾心、闘争心の鎮静化。危害を加えるようなものではないが……このような場で魔法を使用するのは好ましく無いな。……まぁ我にも非はある。続けてくれ」


 そう言ってアランは再び席についた。興が削がれた様子のルグリウスも、舌打ちをしつつ自身の席へと戻る。サーシルはホッと肩をなで下ろすと、一度深呼吸をして議題を再提示する。


わたくし、共生都市国大統領であるサーシル・フェルトリサスが提示するのは、アラン様が治める魔族国と、ルグリウス様の率いる黒骸軍。そして人間領の帝国との三対戦争の休戦です」

「休戦による戦争特需の損害はどうするつもりだ?」

「共生都市国がお支払いたします……と言いたいところなのですが、あいにくそこまで経済的余裕が無い為に……そのことを含め、今日ここに四主会議を開きました次第です」


 バルドロスの毒の孕んだ質問を、先ほどまでとは違い、上手く利用して開会した理由を付け加えた。アランは静かにそんなサーシルを観察し、心の中で感心するように頷いた。決して、表には出さない。


(顔つきが少しばかり変わったか。先ほどまではなんとも言えなかったが……まぁまだ観察せねば何とも言えぬか。……議題とやらに関しては、酷く甘いが……)


 するとバルドロスが机に気怠そうに突っ伏し、ルグリウスが足を組んだ後に椅子の背もたれにもたれかかった。アランが何事かと両者を見ると、バルドロスは子供のようにまったく関心を持たず、ブツブツと何か計算しているように呟き、ルグリウスは超然とした態度で……寝ようとしていた。真面目なアランのどこかの血管が切れ、サーシルはその二人の自由さに全力で戸惑っていた。

 ファンファンロはそんな彼らを横目に見たあと、手元にある資料に目を再び通した。


(共生都市国。魔族領内人口一位、民衆幸福度一位、軍隊戦績は不明だが四領中では最弱と見られると……)


 ふと、アランが魔法で密かに影を操り、自身にメモを見せているのをファンファンロは見つけた。そこには、〈共生都市国、講和派〉と書いてある。

 ファンファンロはその〈講和派〉という字を今開いている死霊のページに書きこんだ。

 その紙をめくり、他の紙ももう一度目を通す。その下にあったのはバルドロスが代表となっている“楽都”と、ルグリウスが率いる“黒骸軍”の情報が纏められていた。


 そんなファンファンロの前に座るアランは、重要な会議での二人の様子にだいぶイラッとしていた。とはいえ、サーシルの魔法によってその怒りはすぐさま鎮静化されてしまうのだが。強制的にストレスを消されたことでほんの少しだけ残った地味な不快感に、煩わしげに顔を一度振るとサーシルの方を向いた。


「講和か……そもそも我は他国、他領、の者共が攻めてこなければ戦争はせぬ。我が領は先代魔王の意思を継ぎ、“防戦主義”を貫き通す。攻めてこなければ……の、話だがなぁ?」


 アランは自信の右側の位置に座る人物を睨みつけた。常人や軍人、果ては勇者の娘までも瞬時に萎縮させるその眼を向けられつつも、ルグリウスはピクリと動いただけで寝るような姿勢をやめるそぶりは一切見られない。


(バルドロスはもう性格的にどうしようもないが……そもそも“傍観派”な為にこういった話にはあまり関係が無い。武器の輸出などで経済が潤っておるのは問題となるだろうが……一先ず)


 アランはサーシルに率直に聞いた。


「お前は何故休戦させたいのだ?」

「……民が、怯えているからです。それに、私は目の前で何の罪も無い命が次々と散っていくのが、許せないのです」


 サーシルは堂々と、しかし心の底からの気持ちで語る。

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