異形成敗
キメラは背中の翅が生えていた場所から触手を伸ばして、毟られた翅をまた合わせようとしていた。キメラはゆっくりと立ち上がると、自身よりはるかに小さいアランを見下ろす。目ではわからないものの女性の顔の眉などから相当怒っているのがわかった。
「コ、ころス……コここコココこここコ殺シてやる!!!」
「まぁ落ち着け……お前にはただ接近戦の修行に付き合ってもらうだけだ……まぁ改心するならば殺しはせんぞ?」
キメラはそんなアランの言葉を聞き、意味を知ってか知らずか。雄叫びをあげながら、その巨大な手で潰さんと左手を振り上げる。アランはそれに槍の先を向けることで答える、だが既に動きを察知していたキメラは左手を降ろすのをやめ、攻撃に使ったのは鋭い刃の付いた右手。二つ存在する肘により変則的な動きを見せた長い右手はアランの背後から襲いかかった。アランはその身体能力を使って体を旋回させ、力任せに槍の先を右手に突き刺さんとする。
キメラの右手が穿たれ……しかしキメラは右手を猫の手のようにすると、金属のような爪でランスを滑らせて弾いた。
「ッチ……!」
「……アラン様、上です!」
アランはジグルオンゼムの警告を聞くと、上を見ることもせず
既に傷が無くなったキメラを見ながらアランはひとりごちた。
「やはり武術は全く駄目だな……」
「僭越ながら……アラン様ではこの者を殺すのに実力が足りないのでは。と思います」
「まぁ、修行だからな……強いくらいがいいのではないか?」
「……かしこまりました。ですが身の危険がありましたら、私に込められた魔法を使用してくださいませ」
「うむ。わかった……ッ!」
アランの下へ振り下ろされる左手を避けると、地面に置かれた手への刺突。単純な身体能力によりそれなりのスピードがあるが、キメラの動きはそれをゆうに上回る。あいも変わらずの右手による薙ぎ払いであったがアランはそれを迎え撃つことが出来ず、易々とキメラに殴り飛ばされた。
「っぐ……な、かなか、だな」
アランは地面に得物を突き立て、なんとか勢いを殺す。そしてキメラの武術の師匠などとも思えるような言葉を残したアランに、地面に突き刺さった槍から辛辣な返しがくる。
「ご自身の実力不足を棚に上げるのはどうかと思いますが」
「うるさい。ただ言ってみただけであろうが」
「そうですか。しかし、早々に決着をつけることをお勧めします」
「何故だ?」
キメラが迫り来るなか、悠長に会話をする一人の魔王と一本の槍。その余裕綽々とした様子を見て、怒り狂ったキメラが突進してくる。どちらにとって幸いか否か、アランはキメラに三百メートルほどは飛ばされたため両者の間には少しばかりの会話をする暇があった。
「フェア様がお怒りになるのでは? アラン様のお部屋からフェア様の御姿が見えますし」
得物の言葉を聞いて凍りつくアラン。ゆっくりと首を横に曲げ、木々の間から見える屋敷の二階部分から覗くのは白い髪と黒いドレス。そして表情が見えた。アランは現実を見なかったようにキメラの方に向き直ると、ランスの先をキメラへ。
「『
そして地中から出てきたのは黒い茨のような物。正確には地中、ではなくキメラを追尾するその影。アランが良く使う影魔法のように、影がキメラの影が茨として実体化し、キメラにまとわりついて行く。足や手、尻尾を拘束され思うように行動出来ないキメラは、苛立ちの感情をエルフの顔に滲ませてアランを睨んだ。
「喰らう食ラう喰ラウ喰ラウ食らウ……」
「お前如きが我を喰らうと? 笑わせるな。その程度の力で我が殺せるか。我を殺すなら少なくとも、メイルやファンファンロ程度の力は持つべきだな」
「……まぁメイルは私達を装備してなんとかってくらいでしょうけど」
アランはジグルオンゼムを地面に突きたて、『
すると、キメラが途端に睨むのをやめ、少しばかり自由な胴体部分を若干後退させた。獣特有の勘からなのか、それとも魔力によるものなのか。それは不明だがキメラは明らかに動転し、逃げようとしていた。
「だがまぁ、すまんな。殺しはせんと言ったが我も自己中心なのでな。死んでもらおう」
「た、助ケろ……誰カ我を
必死にキメラは救いの手を求めた。だが、どこからもそのような返事は無い。
(一人称が我ってキャラ被りしておるし、やはり早いところ殺ってしまうか……)
などと恐怖の対象は呑気に考えていたりするのだが。
そして羽ばたいて逃げようとしたのか、翼の“残骸”をピクリと動かした。キメラは今になって自身の翅などが再生していないことに気が付いた。恐怖の中におぼろげな驚愕を覚えるキメラに、アランが一つの魔法のことを教えた。
「閻魔への手土産に一つ教えてやろう。とはいえ、奴は知っているがな。『黒の尖兵』によってついた傷は回復を大幅に遅延される、のだ。なかなか有用だろう? ……特に、お前のような治癒能力の高い輩にはな」
徐々にキメラにアランが近づき、残り五メートルほどになった。キメラはもはや何が何やらわからないほどに焦り、必死にアランから顔を背けようとしていた。アランは静かにそれを見つめ、その後ろに黒い美女の姿となったジグルオンゼムがいつの間にか並んでいた。
アランは視界のはしで、アラン達を指さしながら何やら騒いでいる魔族将軍、法務大臣、そして主の姿を捉えたがアランは記憶から抹消し、見なかったことにした。
(どうせ我の背後にいるジグルオンゼムの化身を見て、問答でもしておるのだろう。……小娘が嫉妬……考えぬようにしておくか)
と、いった考えからである。
そしてアランが頭を切り替え、キメラを殺すために片手をキメラに向けた直後、キメラが飛来してきた方向から高速で接近してくる魔力を感じ取った。それもキメラよりも遥かに強力な魔力である。そして懐かしい魔力でもあった。
「これは……なるほど、お前はあいつが作ったキメラか。強いわけだ。」
すこしばかり苦笑するようにアランは微笑んだ。そして数秒後、視認できる距離に現れたソレ。アランより大きい四メートルほどの人型であった。両手両足になにやら丸い物体を括り付け、その手足から炎を噴射している。
アランを含め、ランスの化身と屋敷の窓から顔をのぞかせる連中も、そのあまりにおかしな光景に目を丸めていた。
問題の人物が下を向いていた顔を、アラン達の方へと向ける。だが木で出来た少数民族の仮面のような物をつけているようで、その顔を窺うことは出来ない。アラン達に気が付いたようすのその人物は、手でも振ろうとしたのか、炎が噴射され続ける右手を前方に伸ばそうとし、
「っな……!!」
右手が変な方向へと向いたために空中で大回転を始める。そしてそのままアラン達の方へと吹っ飛んできた。アランとジグルオンゼムは受け止めようとはせずに避けて受け流した。地面を転がり大量の砂埃を巻き起こす仮面の人物。
ケホケホと咳き込むキメラを含めた三人。やがて砂塵が薄くなり、アラン達の方へと歩んでくる人影。アランはその人物を複雑な感情を込めながら見て、声をかける。
「このわけのわからぬ登場の仕方は……バルドロスだな?」
「ご明察の通り。バルドロスさんだ」
砂塵の向こうから現れたのは、丸い四つの金属の塊に、金属や木材が合わさった変わった形をした鎧と、言葉に合わせて口元の装飾ががカタカタと動く仮面の男だった。
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