異形襲来

 その者はただただ強い魔力に満ちた屋敷を目指し、空を飛んでいた。

 強者と戦いたいが為、また、その強者を喰らい更に力を得る為に。


 翅や翼をはばたかせ、風を切って一心不乱に進む。


 屋敷まで残り三百メートル程の場所でその者は自身の複眼によって屋敷の屋根の上に現れた高密度の魔力を感じ取った。その数は十。最も魔力の濃い弓の形をしたものを筆頭に、あとの九つの魔力の塊も尋常ならざる密度で出来ていた。

 その九つの内、中央の一つが自身に向かって来るのをその者は見た。そしてそれを追従するように更に向かってくる八つの、矢の形をした水色の魔力の塊。飛来するその矢の速度が自身の飛ぶ速度より早いと知ったその者は嗤った。


「喰ろウテヤる。喰ロウて我ガ力にシテやるゾ」


 歪な音程のずれた言葉を口にしながら、その者はその口を開き、僅かな差ながら先に飛来した中央の矢を飲み込んだ。その刹那の間、愉悦感を味わったソレは次の瞬間苦痛に感情を支配された。


 口に入った魔法の矢は勢いが殺されず、ソレの喉を抉り、切り裂きながら移動する。柔らかい内部にダメージを受け、悶絶するその者に、更に刹那の後に訪れる八つの痛み。

 目じりに刺さり、手の甲に刺さり、胸に当たったかと思えば更に翅や翼に当たり。そし合計七本の矢がその者に刺さり、残ったのが九本の内で上部に出現した一本の矢。その矢がその者の尾に刺さった瞬間、魔法の矢がその形を失くした。


 矢ははじけると、あたかも青い爆炎の魔法のような激しい衝撃を発した。大砲に使われる黒色火薬のような破壊力を引き起こした。翅は破れ、翼は穿たれ、堅い甲殻は損壊し、柔らかな肌は無残に引きちぎれてただれていた。


「グゴアァァァァギャフルルルルル……!!」


 突然の痛みに理解が追い付かず意味の無い不愉快な奇声を上げながら、その者は墜落した。眼下に映るのは生い茂る木々。木の枝をその巨体で折りながら地面に降り立つ。


「ガァあぁぁァ!! 生カシては置カん! スグさマゴロシて、喰らッテくれるワ!!」


 その者は持前の再生能力によって咽喉の傷を治し、殺意や怒気の籠った声で唸った。

 ソレが翼と翅の再生を待っていると複眼の一部が一つの魔法、『空間転移門』の姿を捉えた。そしてそこから出てきたのは人間の男。それも凶悪な程の魔力をその身に宿した、である。

 ソレは自身の目の前に現れた男を屋敷にいた生物の一人だと認識した。そして、全力で戦わなければ自分がやられる、そう認識する。この男を倒し、喰らえば強大な力を得られるとも。


 そして戦闘態勢へと入ったその者を観察し、男は呟いた。


「キメラか……かなり強いようだ。が、灰燼に帰する運命は避けられまい」


 ◆◇◆◇


 アランがとらえたモノの姿はまさに異形の一言であった。


 雪山の巨人のような黒い毛に覆われた巨大な足と左手。対して右手は肘が二つもあり、手の先は金属の刃のようになっている。爬虫類のような長い尾に、白いドレスのような服を着た金髪のエルフの女の体と頭部。大きく見開かれた蜻蛉のような目でアランを睨み、威嚇のように背後のボロボロになった翼と翅を大きく広げた。


 六メートルは優に超える巨躯によりアランは影によって覆い隠され、絶対なる強者の如くアランを見据えた。

 だがアランはそんな威嚇をもろともせず、一体の影の尖兵を生み出した。


 巨大な二本の雄牛の角のようなものが頭に生えた、下半身と反比例して上半身が大きい真っ黒な姿。アランが人間時に行使できる魔法のうち、唯一の“世界級魔法”である『黒の尖兵』から作られた近接戦闘に特化した形のもの。


「行け」


 アランがただ一言そういうと、尖兵はその短い脚からどうやって出しているのかは不明だが、地面を力強く蹴ると瞬く間にキメラの足元へと潜りこむ。勢いそのままその太い手を使い、強烈なラリアットを左足の膝小僧に食らわせた。かなり脚が硬かったのか、尖兵の腕もあらぬ方向へと曲がっているが尖兵は気にも留めず、仰向けに倒れこんだキメラの上に飛び乗る。そしてその無防備な背中にある翅を翼を毟って肉を抉った。


 倒れてきたキメラを避け、少し離れた場所でアランは傍観をしていた。


(影の尖兵と良い勝負、といったところか……。いや、やはりキメラの方が1枚上手だな。となれば……)


「地槍ジグルオンゼム、我が呼び声に応じここに顕現せよ」

「……創造主のめいに応じ、不肖、ジグルオンゼム。ここに参上いたしました」


 アランの目の前に現れたのは全身が真っ黒な美女であった。短く切られた髪も肌も服もなにからなにまで黒ずくめである。更にはかすかにその体から黒い光のような物を出し、片膝をついてアランに頭を下げた。


「うむ。面を上げよ。……いや、良い。そのまま元の姿に戻れ」

「了」


 アランが右手を開くと、不意に黒い女がその姿を溶かした。黒い光となったそれはアランの右手部分に収束すると、手元からその先が徐々に細くなっていく円錐状の物ついた物体、馬上槍ランスと呼ばれる武器へと変わった。


「……まぁ、馬に乗って戦うわけでも無いのにランスというのはどうか、といった感じではあるがな……」

「無茶を言われましても…」

「わかっておるわ。……さて、尖兵。もう良い。やめろ。我が相手をする」


 武器と問答という、知らない人が見れば危ない人だと思われるであろう行動をしたのち、アランは尖兵に攻撃をやめさせ、自分が今立っている場所に待機するように命じた。

 黒く妖しく光る得物を片手に、キメラのもとへとアランは歩んだ。

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