飛来する怪物

 半刻後、魔王と六人の部下の姿は屋敷二階の東北側の部屋。つまりアランの部屋にあった。

 アランの部屋よりも広いメイルの部屋に集まるべきか、という話も上がったものの、当の部屋の主であるメイルが慌てて「やめた方が良い」「やはり魔王様の部屋の方が立地的にも安全などと反対したため、アランの部屋に移動したのだ。なお、メイルが慌てた理由は人の部屋を漁る趣味のあるファンファンロが、アランの肖像画などを見つけることを恐れたからである。

 アランはベットの上に座り、他六人はアランを囲むように配置された椅子に姿勢よく座っている。そしてマーキュリーを除いた五人に言える共通点が一つ。誰もが額や頭を押さえているのだ。その瞳には涙が浮かんでいるものすらおり、アランの額と同じく彼らの額も赤く染まっていた。


「それで……クロノス、我が居ない間に何か起こったか?」

「細かい事件に関してはこちらの資料をご覧くださいでさぁ。それと、テロ組織に関しては大小含めウェイマルシュを筆頭に十一のテロ組織の首領を逮捕いたしやした。組織と拷問の結果得られた情報などはこちらの資料になりや。」


 アランはクロノスから二組の分厚い紙の束を預かると、真面目な表情でパラパラと紙に書かれた情報の羅列を流し見る。


「その拷問から得られた情報の中で不可解なことが……」

「なんだ?」


 微妙に言葉を詰まらせるクロノスに、アランは興味深そうに聞き返す。


「……規模の違いはあれど、十一組中、ウェイマルシュを含めた七組のテロ組織の首領が何者かに脅され、同時期に行動を起こそうとしていた。らしいでありやす」


 アランはクロノスの報告を聞いて不思議そうに両目を見開いた。


「黒骸軍のヤツらほど脅威ではないにせよ、仮にも武装したテロ組織を脅す……? 同一人物なのか?」

「それについては現在調べているでありやす。ですが……証言ではどれも一致するものが無いため、組織的な物か偶然かはまだわからんでありやす」


 アランはしばらくの間考えにふける。


(テロ組織を同時期に行動させる……? ウェイマルシュは奴の傘下、だが……他の組織までもだと? 何者かはわからんが……警戒態勢を取らせた方がよいだろうな)


「わかった。クロノス、お前は今日帰り次第、警邏隊に警戒態勢の強化及び宮中近衛団にも警戒を強化するように命ぜよ。ナターシャ、その増加した働きぶんの賃金を増やすように見積もれ、金は宝物殿から使って構わん」

「「委細承知」」


 アランは二束の書類を自身の脇に置き、頭を下げるクロノスとナターシャ達を満足そうに見ながら頷く。そして視線を横に移してファンファンロを見据えた。


「ファンファンロ、件(くだん)の三名についてだが…」


 マーキュリーとクロノスがそんなアランの言葉に表情を曇らせるなか、茶髪の少年は素直に首肯した。


「えぇ、大丈夫です。ちゃんと始末してありますよ、自殺に偽装して。というかかなり前の出来事ですよ」

「そうか。確かに十六年前の命令だからな。ならば、良いが……」


 アランは静かに頷くと、そのまま真正面…北を睨んだ。


「何か…向かってきている。巨大な…禍々しい何かが…」

「この魔力…なんだか、気持ち、悪い…です…」


 アランは立ち上がり、北の窓から体の乗り出した。明るかった空は雲によって暗く染まり、そして遠くから飛来するモノをより鮮明に、より歪にアランの目に映させた。


「……我の方に向かってきているようだ。メイル、サーディンリューを使って射れ」

「承知致しました」


 メイルはブツブツと独り言を言った後、左手を真正面に伸ばして開いた。どこからともなく現れた青い光がメイルの左手の下へと集まり、半月型の物の形を成す。

 それは青銀色の美しい弓であった。シンプルなつくりだが、その形自体が一つの美しさを出し、そしてそれにつけられた薔薇の彫刻が美しさを助長させる。


 メイルは窓から屋根に飛び移り、逆上がりの要領で屋根の上に立つとその弓の弦を引き絞った。その右手に弓は無い。だが、メイルの体から淡い光が漏れだし、その光が矢の形となってその手元に現れた。が、光の漏出はなおも止まらず一つ目の矢を囲むように平行に更に八本の光の矢が出現する。メイルは飛来するモノに狙いを定め……その弦を離した。


 九本の矢はわずかな放物線を描きながら敵に吸い込まれ……一気に炸裂した。モノは不快な雄叫びをあげながら地面へと墜落していく。


「我が今からあの生物の下へと向かおう。六人は待機をしておいてくれぬか」

「私が出れば良いのでは……」


 屋根の上からメイルのおずおずとした意見があったものの。アランはどこか中空に眺めながら語った。


「いやなに……四主会議に向けて、戦闘の勘を取り戻しておこうと思ってな……」

「私が居ますが?」


 ファンファンロが自身を指さしながら心外だなぁという表情でアランを見つめた。


「我が足手まといになっては仕方がないからな……まぁ心配せずとも、ヤツにやられることは無い」

「……了解しました」


 アランの命令に六人を代表してナターシャが答える。アランはそれを見て頷き、魔法を起動してその中へと姿を消した。


「では、行ってくる。お嬢様は……適当にごまかしておいてくれ……『空間転移門ワープゲート』」

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