デコ☆ピン!

 アランは体全体で空中に半円を描く。一週間前に誘拐犯から救出された後、フェアは護身術としてメイルに体術の指導を受けていた。筋が良いと言われたフェアはたった一週間で、背負い投げを体得したのだ。

今はまだ他の技は出来ないものの、メイルより学んだ効率良く相手を投げる技術。そしてアランが護身用にと制作して渡した、一時的に筋力を増長させる“白金(筋)のネックレス”によって身長差と体重差が埋められ、結果アランは空に浮いたのである。ちなみに白金のネックレスというネーミングはアランの洒落である。


「がっ……!」

「ひ、姫様!」


 床に背中から容赦なく叩きつけられたアランは、肺の中の空気を多量に吐き出す。普通の人間より頑丈とはいえ痛いものは痛いのだ。ましてやかつての友が作り上げた体術に、自身が魔法を付与したネックレスのダブルコンボである。地味にアランは精神にもダメージを負った。

 そして、いつも通りの追い打ち。


フェアは床にあおむけで倒れるアランを跨いで立ち、腰をくの字に折るとアランの顔を覗きこむ形になった。メイルも流石に立ち上がり、顔を真っ赤にしてその行動をやめさせようと立ち上がる。

フェアはそんなメイルにもたいして気を配らず、穏やかな笑顔を浮かべながら右手をアランの額に向け……何度もデコピンを繰り返した。


一言でデコピンとは言っても、アラン作った魔法具の力を発揮しながらの連打である。そこらの市に出回る同系統の筋力強化系魔法具よりも遥かに上昇値が高く、まるで全力で投げつけられた石の如き威力なのだ。

あまりの痛みにうめき声をあげるだけで、抵抗すらできないアランにフェアは言葉を続ける。


「あらあら、下僕のクセに主に口答えするの? 随分と位が高いのね……そう、そうね……一応、魔族の王ですものね。……えぇ、理解したわぁ」


 言葉とは裏腹に全く額を弾く指が止まらないフェア。また、床に倒れて同じようにうめき声を発し続けるアラン。

マーキュリーを除いた五大臣と侍従長はその苦痛がどんなものかわかっていないため、その傍から見れば只々シュールな光景見て抱腹絶倒していた。怒っていたメイルでさえもである。


 アランは顔を顰めながら大笑いしている部下達を見て、流石に仕置きをすることを心に決めていると、突如強烈な額への攻撃が終わりを迎えた。

 アランへダメージを与えられるとはいえ自身の指へと返ってくるダメージがあり、その痛みに耐えかねて止めたようだ。

痛む指を背後に隠し、持前の演技力で笑う顔を止めずに続ける。とはいえ、アランは痛みに悶絶しいるため碌にフェアの顔を見れていないが。状況があまり理解出来ていないマーキュリーとナターシャ以外の五大臣は笑うのを抑え、アランを助けに入ろうと立ち上がる。


「そんな高貴なまーおーうーさまーに、質問があるのだけれど、答えてくださるかしら?一応、私はあなたの主人……なのだけど……ね?」

「……」


 ビクリとマーキュリーがアランの荒ぶる魔力を感じ取り、軽く震えながらナターシャにすがる。ファンファンロも魔力を感じとったのか笑うのをやめ、姿勢を正したが微かに肩が震えていた。

 アランは額を抑えつつ指の間からフェアを睨んだ。フェアは身の危険のようなものを感じて一瞬ビクッと震えたが、負けじとアランを見据える。アランはしばし睨み続けると、視線を外して大きく溜息をつき、フェアの拘束からのそりと脱出する。そのまま立ち上がると溜息によって怒りの表情のフェアを見降ろす形になった。

 見つめ合うことしばし。二人のもとへと向かうメイルが嫉妬に見舞われはじめた頃、アランはフェアの白い右手を手に取った。アランの背後ではメイルの嫉妬の炎が盛大に燃え上ったがアランは知らないフリをする。


「なによ、手握ったりなんかして……死にたいの?」

「……『高速治癒ヒーリング第一層ライトグラム』」

「回復魔法……? 恩でも売るつもり?」


 胡乱な目つきで、わずらわしげにつぶやくフェア。アランは何気ない調子で答える。


「……お嬢様はもうすぐ結婚をする年齢なのですから……ご自身の体のことは大事になさって下さい。将来の夫の為にも」


 すると途端にフェアの顔が真赤に染まった。


「……な、ななな……! あ、あなたにそんなこと言われる筋合い無いわよ!! このロリコン!」

「だから、ロリコンでないと言うておろうg……っているじゃありませんか!!」


 そのままギャアギャアと口論を繰り広げる二人。その光景を見た五大臣とファンファンロ達は驚嘆や呆れ、喜びなどが複雑に絡み合った感情を表に出す。

今のフェアのようにアランと口論を繰り広げていた、一人の女性の影をフェアに重ねる。


(……あの方が無くなってから口論をしている姿なんて見たことも無かったけれど……このフェアっていう娘、勇者の娘とは聞いたけど……もう少し調べてみる必要があるかな)


 ファンファンロは魔王の行動を観察し、ひとりでに調べることを決心した。

 ナターシャがマーキュリーをまた弄りはじめた頃、アラン達二人の間にクロノスが割って入り仲裁を行った。


「魔王様も姫様も……いい加減にするでありやすよ。」

「……む……それもそうだな」

「…………」


 アランは部下の仲裁に素直に従い、フェアも口をつぐんだが、数瞬の時を跨ぎ静かに眉を顰め、とある質問をした。


「クロノスさん? あなたなの? あの悪臭の原因……。なんとなく似た臭いがするのだけど?」

「……そうでありやす。……まことに申し訳ありやせんでした」


 素直に自身だと白状し、深々と頭を下げるクロノスである。アランも部下が被害に合わぬようにと、慌ててフォローを入れた。


「く、クロノスも悪気があってしたわけでは無いのだ。ゆるしてやってください」

「敬語が怪しくなってるわよ。……まあ、ゆるしてあげるわ。ところで下僕?」


 アランはフェアの言動を聞き、意外そうに目を見開いた。フェアは許しの言葉を述べたあと、とても華やかな満面の笑みを浮かべながらアランに問いかけ、アランは「は、はい」と詰まりながら返答する。


 フェアは少しの間何かを考える様に顎に手を当てたあと、続きを述べた。


「今夜の食事は私が作ってあげるわ。それで……メインは焼き魚と煮魚、どっちが良いかしら?」

「ちょっ……!!」


 思わずその場にいたフェア以外の七人からツッコミの声が入る。それに加え、クロノスは顔を真っ青にしていた。いや、元から青いが。


「お嬢様! 冗談もほどほどにしてください! 流石に我が“素晴らしき”部下達を貶めるような言動は許しませんよ!」

「元々はあなたの監督不行き届きの所為じゃないの!!」

「我を下僕にしなければいいだけの話でありましょうが!!」

「うっ、うるさいわね! だいたいあなたが……」


 再び口論が始まり、六人を蚊帳の外にする二人。そんな光景を見て五大臣と侍従長は大きく溜息をついた。二度目の口論は早く収まったようで、次第に静かになっていった。


「……まぁ良いけれど。これには答えなさい、四主会議って何?」

「……」

「……『火炎投球ファイア・シーピーズ』」


 アランが沈黙する中、言葉を発したのはライアーだった。手の先に小さな火の玉を出現させ、無造作に背後に投げた。そしてその火は飛び回る蠅に当たり、蠅を燃えカスへと変えたあとにその姿を消した。

 その姿を見たアランが決心したようにフェアの質問に答える。


「四主会議は極秘の中で行われ、“非公式として扱われる”今の魔族領における“最高意思決定の場”です」


 アランは簡潔に問題の存在について説明を行った。


「今、このことを知ればお嬢様に危険が伴うかもしれません。ライアーが撃ち落とした蠅は……虫を使役するとある種族が、感覚を共有することが出来る蠅。すなわち盗聴用の存在なのです。……現在は運よく感覚を共有していなかったようですが……」

「……あなたが守ればいいじゃない」


 それでもと、ごねるフェア。しかしアランは真面目な表情と声音を崩さない。


「危険なのです。私でも自身の命を守る事が精いっぱいとも言えるほどに。ですが、我は必ず出席しなければなりません。……その日はメイルとクロノス、マーキュリー、ライアー、ナターシャ達にお嬢様を守らせるようにいたします。なので……これ以上の詮索はおやめ下さい」


 アランは諭すようにしながら、フェアに深く頭を下げた。

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