顔合わせと封筒

「魔王様……と、お嬢様。失礼します」

「し、失礼します……」

「お邪魔するでありやす」


 全身が青いヒト、茶髪の少年、額に宝石を乗せた兎である。フェアは立ち上がると、スカートの裾を掴んで優雅にお辞儀をした。


「初めまして。私はルークが娘、フェア・ハートレスと申します。以後お見知りおきを、皆様」


 突然起きた光景にアランは信じられないという目でフェアを見る。そんなアランの心情を知る由もない三人は順に挨拶をする。


「こんにちは、姫様。僕は侍従長を務めております、ファンファンロ・リーンレイと申します」


 あどけなさげな少年と言う見た目に似合わず、ファンファンロはこちらも優雅に一礼。


「五大臣が一角、立法大臣のライアー・レッシオです。よろしくお願いいたします」

「同じく五大臣が一角、警察大臣。クロノス・ジャン・ルーカスでありやす」


 そろって一礼。しかし一人見当たらないことにいがついたアランが、三人に質問を投げる。。


「ナターシャはどうしたのだ?」

「彼女はまだ仕事があるそうですので……先に来た次第です」

「そうか……」


 少々落胆した色を見せるアラン。


「まぁ、座っていて下さい。お茶を入れてきます……メイルとマーキュリーもどうぞ座ってて」


 そう言ってリビングを出ていくフェア。アランにとっては驚天動地の行動である。

 すすめられるがままに椅子に座った三人は口ぐちに良い子ですね。と、言いあった。


「お前たち……騙されてはいかんぞ……あれは人の面をかぶった天邪鬼族あまのじゃくだ……」

「魔王様……暴露されたからってそんなにムキにならなくても……」


 フェアの巧みな話術によってまんまとアランがロリコンだと信じ込まされているメイルは、痛ましげな表情でアランを覗く。


「マーキュリーとメイルはいつまで信じておるのだ! いい加減目を覚ませ……!! 頼むから……! 我の精神をこれ以上削らんでくれ……!!」


 ずっとそのような調子の二人に精神を削られ続けているアランである。さしもの魔王も全力で慟哭していた。


「魔力からして……本心、です、けど。でも、無意識下の、事だったら……」

「……何の話をしているんだ?」


 二人はアランの疑惑について話した。それを聞いたファンファンロが腹を抱えて大笑いする。


「何故笑うのだ……ファンファンロ……」

「だ、だって……っくく……ま、魔王様がロリコンなら……俺とか、おっさんのクロノスを要職に据えるはずねぇじゃん……ブフッ……」

「……そういえば、そうね……」

「確かに……そう、でした」

「なんで納得するでありやすか!!」


 心外だとばかりに声をあげるクロノス。


「魔王様すいませんでした……」

「まことに、申しわけ……ありません」

「よい。わかってくれたのであれば……」


 メイルとマーキュリーがアランに頭を下げると、アランは一息ついたようにホッと息を吐いた。ちょうどその時リビングのドアが開き、フェアが紅茶セットを持って室内に入ってきた。

 ティーポットに沸かしたお湯を入れ、茶葉入れて蒸らし始める。


「熱いのが駄目な方は……?」


フェアが聞くと、アランとメイルを除いた全員が手を上げた。


「……じゃあ先に入れますね」

「…先ほどから思っていたのですが何故、お嬢様は敬語を使っているのです……?」

「どうでもいいじゃない。ね? 下僕」

「アッハイ」


 三分ほど経ち、フェアはティーカップにお茶を入れる。ティーカップの数は八つ。

 フェアは七人に紅茶を渡した。香り良く、色が良く。熱いものも普通に飲めるメイルは紅茶を飲んで、美味しい。と感想を述べた。


「ありがとう。はい、これ下僕のね。」


フェアがメイルに朗らかに笑いつつ、アランにティーカップを渡す。その中のお茶には……見事に茶葉が大量混入していた。


(こぉの小娘が……!)


アランは内心で怒りに震えるが、部下にいらない心配をさせない為と意を決して飲みこむ。


(……っむ! ……この食感、濃厚な紅茶の味……悪くないな……)


 やはりこの男、重度の味音痴である。


「ライアーさん、あなたの種族はなんなんです?」

「わいの種族は宝兎族カーバンクルです。オトコですから……可愛いとは言わないでくださいね?」

「ええ、わかりました。可愛らしい兎さん?」

「あ……いや……そ、それほどでも…。」


 花のように笑いながらフェアが言う。ライアーは照れたように頭を隠した。それを見たアランは、


(悪女だ……)


と、考えてフェアに一瞬睨まれた。


「あ、姫様。少し魔王様と話がしたいのでよろしいでしょうか?」

「どうぞ。別にここでも良いわよ?」

「あ、いえ、大した用ではありませんので」

「そう……?」


 ファンファンロがドアを開けて出ていく。アランは何事かと思いつつ、それに素直について行った。

椅子に座った状態ながら体を二人に向けて見送ったフェアは、元の姿勢に体を戻す。紅茶を一口飲むと、他人事のようにポツリと呟いた。


「それで……どんな重要な話をしに二人は出て行ったんですか。」


 にこやかに笑っていた……のか動物そのものの顔であるため片方は分かりにくいが、クロノスとライアーが氷つく。


「……ファンファンロさん、何かを隠してるんでしょ? 身振り手振りとか、どこか不自然だったもの。大した用ならわざわざ外に出る必要もないし……それに、小脇に抱えた封筒ね……不自然すぎるわよ」

「何のことでありやすかね……」


 さすがは警察長官と言うべきか、クロノスは極めて平静を装いながら対応しているものの、フェアは明らかに嘘をついていると見抜いていた。

 一方で魔族国首相はと言えば、ひどくテンパった様子で。凄まじい早口で嘘を語っていた。


「べ、別にわいたちは何かを隠そうとしたりとかそんなこと微塵もしてないですよ?」


 フェアはそんなライアーの反応に、珍しく困ったような顔をしながら伝えた。


「ごめんなさい、ライアーさん。早口すぎて何言ってるかわからないわ」

「ちくせう!」


◆◇◆◇


「どうしたのだ、ファンファンロ。何があった」

「……これです」


 ファンファンロは赤、青、白、黒という四色の紙で作られた封筒を取り出した。


「何だと? 差出人は!?」

「共生都市国大統領です」

「あやつか……何を考えておる。“四主会議ししゅかいぎ”の開催だと……」


ファンファンロが深刻な面持ちで頷く。すると、そこに響く場違いな声。


「下僕? 四主会議ってなんなの?」


 アランとファンファンロがゆっくり声の方向に振り向く。視線の先にはフェア。動揺のあまりフェアの存在に気を配る余裕がなく、ドアを開いて盗み聞きしていたことに気が付いていなかったのだ。


「な、なんでもありません……よ?」

「嘘おっしゃい。その後ろに隠した封筒はなんなのよ?」

「お、お嬢様にはか、関係ないことですから……」

「ふーん……」


 フェアは意地悪く微笑んだ。


「まぁ良いけどね。私とお父さんに危害がなければ」


 そういうと、以外にもフェアはあっさりと引き返していった。


「あの小娘、今日はどうしたと言うのだ……」


 アランはそんなフェアの後ろ姿を茫然と見送るのであった。

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