滑舌悪め最高裁判長ヤンデレ盲目ロリヒロイン、マーキュリー・ヘクトルーン

 山奥の屋敷二階、北東にあるアランの部屋にてベットに寝ていたメイルはパチリと目を開けた。その目の前にあったのは生気の無い、紅い瞳。


「きゃあっ!!」


メイルは思わず悲鳴を上げた。とはいえ飛び起きれば頭がぶつかるであろうことから、体を震わせる程度で済むように我慢したが。


「おはよう……です」「大丈夫?」「だ、だだ大丈夫か!? 気分は悪くないか!!?」「ジグル、落ち着いて」


 動じずに淡々と言葉を紡ぐのは赤毛の少女、マーキュリー。と、三体三色の生き物。色のイメージに反して黒色があたふたしている。


「大丈夫よ……ま、マーキュリーか。久しぶりね」

「そう……です。お久しぶり……です」


 メイルは軽く体をおこし、キョロキョロと辺りを見渡す。


「他の大臣は……?」

「私は、仕事があらかた……終わったので、貴女の看病を、していたんです」

「ありがとう」


 裏にある感情を巧みに隠して同じ大臣職である少女と話す。その言葉にたどたどしく小さな声で受け答えるマーキュリー。


「大丈夫、です……か。魔王様、が……治療されたから……大丈夫だと、思い……ます、が」

「魔王様が…?」

「えぇ。でも……はやく立って。そこ……魔王様、の……寝具だから。ずるい」

「え……? あぁ!私ったら!!」


 マーキュリーに指摘され、慌てて立ち上がるメイル。その後、自身の体をギュッと抱きしめると顔を盛大に赤らめた。


「メイル、さん。今……興奮、してる? 魔力が、暴れてる」

「し、してない!してないからね!お、恐れ多くて震えてるだけだから!」


 慌てて抗議するメイル。マーキュリーは首を傾げたが「なら、良いです」と呟いてそっぽを向いた。あきらかに何かを察しているようにも見えるが。

 メイルは「わ、私……ま、魔王様のベットに……」と小声で呟き、赤くなった顔を隠して俯いた。


「ところで、ですけど。あの魔王様、以外の、二つの魔力……が、勇者と、その娘……姫様、ですか?」

「えぇ、そうよ」


 マーキュリーはアラン達の魔力を感じる方向を向いて背後のメイルに話しかけた。メイルはいつも通りの口調で答えたが紅潮した顔はそのままだった。メイルの方を一瞥するような仕草があったものの、マーキュリーは特に何も言わない。


「……魔王様が、あの娘(こ)を、愛してる。なんて、ことは、無い……ですよね。」

「ええ。ひとまず」

「安心……した……ライバル…増えなくて。」


 メイルはその言葉にとても悔しそうに返事を返した。


「魔王様は、リュシア様の事が……」


 二人の間に重い空気が流れた。春という季節には合わない空気である。やがて、マーキュリーが自分に言い聞かせるようにして語る。


「私達が……どれだけ、魔王様を愛しても。私達は、リュシア様の……代わりには、なれない。そして、私達が……魔王様を、一番に愛したとしても、一番の愛情を……頂くことは……出来ない。私では……魔王様の、その傷を、癒してあげる……事さえ、出来にゃ……出来ない」


 マーキュリーの言葉を聞いたメイルが確固たる意志を持って続く言葉を紡ぐ。決め所で噛んだのは彼女の方でもスルーする方向性のようである。


「それでも……私は魔王様のことを愛してる。……部下として、魔族として、女として。」


 マーキュリーはその言葉を聞いて、静かにその“見えない目”でメイルを捉える。


「私は、負けませんよ、メイルさん。貴女には」

「あぁ……良いわぁ……このドロドロとした感じ。これから始まるのは、主君をめぐる泥沼の愛憎げ「ガルディア? ちょっと黙っときなさい」はーい……」


 独り言を呟き空気を乱したガルディアを青色の生物が叱った。


「……私だって。マーキュリー、貴女には負けない!」


 主君の部屋で繰り広げられたのは女同士の一人の男をめぐる互いの意思確認であった。二者が対峙し、三体の生き物が静観する。静かに両者は睨みあい、そして絶叫が聞こえてきた。……え? 絶叫?


 絶叫はアランのものであった。ここの所毎日のように絶叫している。そろそろ黙れ、我慢しろと狂言回しは言いたい。それは置いといて、その声を聞いたマーキュリーはアランがいる方向に振り向く。メイルはやれやれという表情である。


「ま、魔王様……!? 何が、あったの、ですか? メイルさん」


 マーキュリーの声は明らかに動揺していた。メイルはその姿を見て、


(あー……魔王様、他の大臣たちに当てた手紙には下僕になったことは書いてたけど、こんな目にあってるってこと書いて無かったからなぁ……)


などと今更思い返すメイルである。あれ、この子こんなに思慮浅かったか……?

どうやら好きな人の近くにいてぽけっとしているようである。恋する乙女か! いや、実際そうであった。しかしそれで良いのか軍務大臣。


「行きましょう、マーキュリー」


 そういうとメイルはマーキュリーをいわゆるお姫様抱っこした。


「め、メイルさん……!?」


感情の薄いマーキュリーも動揺後のお姫様抱っこは恥ずかしいようで顔を真っ赤にしてもじもじと抵抗している。が、戦闘のエキスパートであるメイルの筋力をもってすれば、非力な少女の抵抗ではまったくもってビクともしない。


メイルはアランと同じように部屋の窓から飛び降りた。ふわりと着地し、先ほどのアランと似たコースで三人のもとへと急ぐ。そこまで似てるなら、お前ら結婚しろよとどこかの誰かが思ったとかいないとか。三体は二人についていった。


「魔王様どうしたのですか! 姫様、何をしたのですか!」

「……」


 ズザザという音をたてながら三人の前で止まるメイル。砂煙が舞い、風下にいたルークはモロに砂煙に巻き込まれて咳き込むが、フェア以外には心配されなかった。

 マーキュリーは地面に降ろされると、じっと(見えていないが)フェアの方向を向いた。


「魔王様に……何を、したの?」


 なるべく冷静に喋ろうとしているのは確かだが、その声には激情が見え隠れしていた。

魔力は荒れ、制御がつかなくなっている。フェアは魔力を感知することが全く出来ないが、勘に関してはずば抜けて良いので怒っていることに気付いているのだろう。彼女は俯いて震えていた。


「ま、魔王様大丈夫ですか?」


メイルはアランのもとにかけ寄ろうとした。が、


「『砂壁ウォール』」


マーキュリーが魔法を使ってメイルとアランの間に壁を作り上げた。何事かとメイルがマーキュリーの方を見ると、マーキュリーは直訳すると抜け駆けしてんじゃねぇぞコラ。といった感じの如き気を放ちながらメイルの方を向いていた。中々面倒くさい性格をしているようで何よりである。

メイルは溜息をついて壁を迂回してアランの方に行こうとした。


 マーキュリーが再び進行方向へと壁を作ろうと口を開いた瞬間、フェアが動いた。


 両手を広げ、飛びかかった。目標はマーキュリー。マーキュリーは突然の迫ってくるフェアに対応できずに動きを止める。フェアはマーキュリーに接近すると彼女を抱きしめた。


「か、かかか可愛い! 何この子!? 人形みたい!!」


 フェアは茫然として抱きしめられ続けているマーキュリーに頬ずりする。


「あ、メイル? 下僕を治療しちゃ駄目よ? せっかく骨折したんだから」

「せっかくって、なんですか」


マーキュリーを抱きしめるフェアは思い出したように言った。マーキュリーはもみくちゃにされてなんとも言えない気分ながら、怒ったように質問をする。


「うわぁ……二の腕が折れてる……気持ち悪……」

「が、ガルドゼニファ……! せ、製作者に気持ち悪いとか言うでないわ!!」

「ごめんちゃい」

「サーディンリュー……指導しなかったのか?」

「申し訳ありません、アラン様。ガルディアが何を言っても聞かないもので……」


アランにサーディンリューと呼ばれた青いものはその上半身を倒した。三頭身の体で丁寧に作成者に礼をする。


「……まぁ良いだろう。マーキュリー、落ち着け」

「なんで……はい。わかりました。魔王様」


 マーキュリーは魔力を無理矢理落ち着けた。魔力の感知を出来ないフェアは、魔力云々を落ち着かせる為などで抱きしめたわけでは無いようで、そのままマーキュリーを抱きしめ続けていた。


「……魔王様、なぜ、腕などを折られて……平気で、いられる……のですか?」

「愛する魔族の為に決まっておるだろう……。苦しむ魔族を救う為なら、これくらいのことを耐えるのは簡単だ」


 アランは痛みのためか顔をひくつかせていたが、いつも通りの声になるように平静を装いながら言った。戦いなどでハイになっているわけでは無いため、当て木などをしているわけではない骨折はとても痛いのだ。

依然マーキュリーを抱きしめたままのフェアにも向けて語るが、聞く耳を持たない。


「もう、はにゃ……放して、ください」


 また噛んだ。マーキュリーは放してもらいたいようだが、噛んだ影響で余計に強くフェアに抱きしめられる結果となる。


「あうぅ……」


 マーキュリーは不本意だとでも言いたげにうめき声を漏らした。そのうめき声がその不本意な抱きしめを強くしているわけだが。

ついでにアランは背後から、「やっぱり女の子同士って良い……」という自身の創造した青い魔法の弓の声を聞いたがあえて無視した。


「姫様、その子はマーキュリー・ヘクトルーン。魔族国の法務大臣。私の、同僚です。放してあげてください」

「同僚……? こんなちっちゃい子が?」

「…これでも、りっぱな……成人、です。」

「……え? 本当?」


 フェアはキョトンとした顔のまま腕の中の少女を見た。その表情と声のトーンがとても純粋なものであったからかマーキュリーの顔は真っ赤になり。


「嘘です……たぶん、まだ、大人になって、ないです……まだ、来てないから……」


心底恥ずかしそうに白状した。一方ルークは口に入った砂を出すのに苦労していた。

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