ブリ大根みたいなやつ
魔族国警察最高長官、『満ち潮』のクロノス。フルネームはクロノス・ジャン・ルーカス。彼の種族は
魚の体に腕と足が生えたような外見の通常種と、人間の全身が魚の鱗に覆われたような姿の特異種が存在する。特異種はその数こそ少ないが、それぞれに特殊な能力を持っていることが多く、
クロノスはまさにその特異種であった。彼の特殊能力は“半不老”である。魚鬼族の平均寿命は四十歳ほどで、特異種でも八十歳ほどなのだが、彼はもうとっくにその歳を過ぎて今は百五十歳過ぎである。その長寿能力と頭の回転の速さで警察最高長官まで上り詰めたのだ。
これだけを見れば良い能力に見えるが、ただ一つ欠点がある。
それは、“
「『
生気の無い瞳をした少女がアランに魔法を付与する。鼻と口を押えて悶絶していたアランはそれを機に呼吸を再開した。
「マーキュリー……感謝する」
「いえ、当然のことをしたまでです」
マーキュリーと呼ばれた少女は淡々と答えた。アランは大臣の一人が支えているメイルの元に行き、自分が付与された魔法をメイルにかける。いまだ気絶しているものの、目覚めた時に悪臭に苦しむことは無いだろう。
そしてアランは自身の部下であるクロノスの方へ向き、珍しくも怒りの声をぶつけた。
「クロノス……何故腐敗臭を取らない……?」
アランが内包している魔力が怒りで荒ぶっていることを感じ取り、クロノスは震えあがる。
「も、申し訳ありやせん……!! ですが、やむを得ない事情がありやして……」
「やむおえない事情……? なにが起きたというのだ……ちょっと待っておけ」
アランは部屋の窓へと駆け寄って開け放つと、おもむろに身を乗り出して飛び降りた。部下達が驚く気配を感じたものの、アランは難なく着地し、身を翻して主の下へ疾駆する。
「お嬢様! 大丈夫ですか! ……勇者もな」
「うぅ~。下僕……なんなのよあの臭いは……」
フェアのうずくまっている場所には吐しゃ物の後があった。顔は苦痛に歪み、弱々しい瞳でアランを捉える。
しかし無理もないことである。戦争の真っ最中であるこの国で海を知る人間など、海の近くに住んでいるか商人などしかまず居ないのだ。ともすればまったくの未知の臭いであり、慣れない者にとって吐いてしまう事は充分あり得ることである。
アランは後で殺されるだろうと思ったものの、目の前の弱った少女の姿を見て嘘はつけなかった。
「『感覚麻痺:嗅覚』&『感覚麻痺:触覚』&『
感覚麻痺の呪文と体調(内臓関係)の不調を改善させる魔法をフェアにかけ、その後にルークにかける。そして、アランは頭を下げた。
「我の……部下の不手際です。彼は
フェアは口元を覆い隠しながら、アランの仕草を見て命令をくだす。
「とりあえず、あの臭いの元をどうにかしなさい。それと、しっかり屋敷の臭いを取るのよ」
アランは少し意外そうな顔をした後、素直な心持で了解の意を示した。
◆◇◆◇
「なるほどな……それは確かにやむを得んかもしれんが……何かしらの方法は無かったのか……」
「誠に申し訳ありやせん……いまだ魔法でも解決できず……」
「過ぎたことは仕方がない。しかし小娘には謝るのだぞ。被害にあうのは我なのだからな……」
アランは再び自室に戻り事情を聞いた。そしてうつろな目になりつつもクロノスに謝罪を命じた。
クロノスの腐敗臭を効率よく取る方法は一つしか無い。それは、“大量の大根おろしに浸かること”である。魔法で腐敗臭を取ることは未だに出来ず、アランも研究してはいるが見つけられていない。
ちなみにアランは魔族歴史上、一番多くの魔法を開発していたりする。感覚麻痺魔法もその一つである。
「よりにもよって大根が大不作とはな……わかった。増殖魔法を使うからそれを摩り下ろして使え。ほら、大根もってこい」
「感謝でありやす! 魔王様!」
何故だかわからないがエセっぽい感じがする言葉遣いでクロノスが答えた。
「大根はここにありやす!」
「どこに持ってたのだ……まぁ良い。『
アランが大根に向かって伸ばした右手から緑色の光が発せられた。
大根は緑の光に包まれ、段々とその大きさを増していく。そして、内側が徐々に白く染まっている。
その内側の白い部分の形が変わり、大根の形へと姿を変えていく。
「……これで、魔法を解除するまで大根は増え続ける。ほら、この緑のやつを持っていけ」
「ありがとうごぜえやす! ありがとうございやす!」
クロノスはペコペコと頭を下げた。そして大根を持って亜空間の中へと姿を消した。アランは溜息をついた後、気を失っているメイルを含めた五人の部下に苦笑しながら語りかける。
「メイルから通達が届いているだろう? 我が人間の娘の……下僕になったと。失望したか?」
「いえ、滅相もございません。メイルと同じく、私達も魔王様のご判断に従います」
生気の無い瞳の少女――マーキュリーがそう言って低頭した後、他の三人も同じく頭を下げた。
アランはそれを見て寛容にうなずきながら、部下との再会の喜びを噛みしめる。
「では、小娘に言われたように我は屋敷についた臭いを取ってくる。とりあえずはお前達も自分の仕事をしておいてくれ。終わったら話を聞こう」
「「了解です魔王様」」
また見事にハモった部下達の返事を聞いてアランは楽しそうに笑う。
一通り笑ったのちに部下達を見送り、メイルを部屋のベットに寝かせておいてニオイ取りの魔法を使い、フェアに命令されたことをこなしていく。
◆◇◆◇
「お嬢様終わりm「仕事がおっそいのよ、馬鹿!! 自分で自分の腕の骨折れ!!」aした……は?」
その後、屋敷の庭にバキッっという音と、麓の町まで聞こえそうなほどのこれまた壮絶な叫び声が上がった。
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