一周回らずともテロ也

 時は少しさかのぼり、メイルは屋敷の脇に建っている馬小屋にいた。馬小屋には一頭の馬とメイル、三つのふわふわと飛んでいる生き物がいる。


「う~どうすれば良いのかなぁ」


 純白の毛並みを持っている彼女の愛馬、コネクトアイフィールのブラッシングをしながら独り言を呟いていた。


 正確には彼女、コネクトアイフィールは馬では無い。彼女はユニコーンという生き物である。

白い毛並に青い角を持ち、飼い慣らして騎乗が可能とされる生物の中でも、最速を誇る“魔族”である。声帯の関係上、言語を話すことは出来ないが、高度な知能を持つためにヒトの言葉を理解することが出来る。また普通は獰猛な生物であるのだが、清らかな乙女が相手の場合にはすぐに心を開くともされる。

 彼女はその中でも非常に珍しい、金色の角を持ったユニコーンである。金角のユニコーンは通常の蒼い角のユニコーンよりも足が速く、攻撃の武器としても使われる角の強度が高く、そしてなにより性格が穏やかなために他の生き物に心を開きやすい。


「えぇ~。無理だよう……そんな勇気出ないってば」


 軽く顔を赤くしながらまた独り言を呟くメイル。実際は『魔動物会話トークズ・ファンタズマ』という三階位の専門級魔法を使い、愛馬と意思交換しているのだが。


「いいから、ガツンと言っちゃいなよぉ。そんなとこだけしおらしいんだから、まったくもう」


三つの飛んでいる謎生物三体のうち、全身が白いものがメイルを叱り気味に諭す。三つの生き物はどれも三頭身ほどの人型をしたものである。白・黒・青の三色にそれぞれ分かれており、思い思いの場所でふわふわ飛んでいた。


「ガルディアったら……そんな簡単に言えたら苦労しないよ……」

「そんなにモジモジしてたって何にも進展しねぇぜ?」

「コネクトアイフィールもガルディアもジグルも……メイルのペースで良いのよ?」


 メイルの愛馬と、黒色と白色の生き物がメイルに対して呆れたようなセリフを言い、それを青色の生物がたしなめ、メイルをフォローする。

しかし黒い生物はまだ納得していないようで、彼女が恥ずかしがっている例にあげて追い打ちをかける。仕草を見る限りわざとやっているわけではなさそうだが。


「はぁ……愛馬に『愛しき貴方と繋ぐ者コネクトアイフィール』なんて恥ずかしい名前を付けたくせに何を甘っちょろいこといってんだよ…」


それを聞いたメイルは顔を真っ赤にして慌てた。


「べ、別に良いじゃない! というか、久しぶりに会ったのにそういうこと言ってからかわないでよぉ!」

「わかったってば……ごめんごめん。」


 黒がメイルに謝る。少し離れたところで浮かんでいる白が、密かにいやらしげな笑みを浮かべていた。実にフェアと仲良くなれそうな笑みである。


「……ん? この魔力の感じは……マーキュリーか……」


 屋敷から感じる魔力の質からとある同僚の顔を思い浮かべ、顔をしかめてどことなく嫌そうに呟くメイル。すると彼女の愛馬が、


(メイル? 同じ魔王様に仕える大臣職なんだから、仲良くしないと駄目よ)

「うぅ……わかってるけど……」


と諭すようにメイルの言動を注意する。正確には念じて伝えているのだが。メイルは了解の意を示しつつも、渋面のまま唸っていた。


「あーあ、ぐずぐずしてるからマーキュリーが来ちゃったじゃん」


 白が意地が悪そうに笑いながら再度指摘する。やはり性格が悪いらしく、メイルは少々拗ねるようにしながら白い生物に答えた。


「い、良いのよ。どうせマーキュリーも似たようなもんだし」

「とりあえず、行きましょうメイル。貴女が居ないなんて話にならないわよ?」

「それもそうだね……」


 メイルは『魔動物会話トークズ・ファンタズマ』を解除した後、愛馬をの首筋を撫でてから馬小屋を出た。陽射しがだんだんと強くなっているなと思いながら、心地よさそうに一度だけのびをした。


「それじゃあ……いこっか」


 メイルは手押しポンプを使って桶に溜めていた水で手を洗い、三人(?)を引き連れて屋敷の裏口から屋敷に入ろうとした。その時、二階奥の部屋からアランの凄まじい叫び声が聞こえてきた。


「魔王様!?」「「「アラン様!?」」」


四人は素っ頓狂な声をあげて、互いに顔を見合わせる。


「ガルディア……元に戻って!!」

「わかった!」


 ふわふわ浮かんでいた白いのはメイルの右手のあたりに飛んでいき、その体を“分解”した。彼女(?)の体が白く光る粒子となり、一度霧散した後に先ほどとは違う形に収束する。

 メイルの右手に握られたそれは、刀身から柄まですべてが白い剣であった。見事な意匠が施されたその剣は、美しいながらも凶悪な切れ味を感じさせる。


「『任意消音化サイレンス』……っ行くよ!!」


 メイルは音を立てないようにする魔法を自身にかけて裏口のドアを開け、フェア達親子の二人の前を通りすぎ、階段を駆け上がり、アランの部屋の前に立った。メイルは警戒する形で剣を構え、勢いよくドアを開けた。


「魔王様! どうしたのでs…」


 メイルは気を失った。


 ◆◇◆◇


 また、時は遡る。

フェアはアランから逃げたあと、リビングへと逃げていた。


「なんなのよ……良いじゃない教えてくれても……」


 窓際の棚に飾られていた、花瓶の花を弄りながらいじける。やがて、フェアがなにかの花占いをしていると、リビングにラフな部屋着の恰好をしたルークが入って来た。棚はリビングの入口の真正面あたりにあるため、ルークは明らかに普段とはちがう様子のフェアの姿にすぐさま気が付く。


「どうしたんだいフェア? 何をそんなにいじけてるんだ?」

「お父さん……いえ、なんでもないわ」

「……そうか。お父さんで良ければいつでも相談にのるからな。」

「うん」


 娘の反応にルークはちょっとだけ寂しそうに笑った後、ソファに座って持ってきた本を読み始めた。その本のタイトルは『フラグってマジヤヴェわー。まじパネェっすわ~。』である。


 なんとなく父のことを見ていたフェアは、その本のタイトルを見て頭が痛そうな表情をしながら質問を投げかけた。


「お父さん…なんなの……? その変なタイトルの本」

「ん? 知り合いの商人に勧められたんだよ。今大人気の本とからしい。タイトルはまぁ……アレだが……なかなかに内容は興味深いぞ? そういや父さんにも色々身に覚えがあるなぁと思うもんだ」

「へー、後で読ませて?」

「ああ、わかった……ん? 妙な魔法の気配が……?」


 ルークは自身の屋敷の二階から妙な気配を感じ、顔を上へと向ける。ルークが一度も感知したことの無い魔法で不安にもなるのだが、しかしアランが家に現れてから幾度もそのような事態もあったため。すぐに手元の本へと視線を落とした。


「どうしたの?」

「いや、魔王様だろうおそらく。気にしなくていいさ」


 そんな仲の良い親子の会話をしていると、二階の奥から妙にハモった「魔王様!」という大声が聞こえてきた。それを聞いたフェアは「うるさい!」と叫ぶ。先ほどの事を少し何思っているのか、どことなく怒りが籠っている。


「……どうしたんだろうな?」

「さあ? 解らないわ」


 気を取り直したフェアはやることが無いので書斎に行って本を持ってこようと思い、リビングのドアノブに手を掛ける。その瞬間、身を切るようなアランの絶叫が聞こえてきた。


「……んん!? ただ事じゃないぞ、これは……。ちょっと見てこよう」


 思わず読んでいた本を机の上に置き、護身用に家の中でも携帯している短剣を手にするルーク。愛娘が同じ部屋に居るのにそんな物騒なものを持っているというのもおかしな話ではあるが、特段フェアが気にしている様子はない。


「私も行く」


 ルークは一瞬ためらったが、一人残すよりは安全だろうと首肯して二人で廊下に出た。


 二人が廊下に出ると、丁度廊下の奥からメイルが走ってきた。その速さは尋常で無く、早馬の如き速さであろうか。彼女はその勢いをほぼ殺さずに反転し、階段を駆け上がっていく。


「……何が起きてるのよ……」


 フェア達がしばらく茫然としていると、何やら異臭が漂ってきた。


「……なんだこのにおい…うわ…」

「くさっ! くさい! なんなのよ! ……う」

「こいつは……海……いや、腐敗した海の魚介類のにお……がっはぁ……!!」


 二人は鼻をおさえた。それほど酷い臭いなのだ。しかし、


「腹がいてぇ……」

「うぅ……気持ち悪いよぉ……」


 口から入って来た空気により、吐き気や肺が痛くなるという症状が起きた。それほどまでに異臭は濃密で、内臓が苦しく


「ふぇ、フェア! 外に逃げるぞ……!」


 フェアは何とかうなずき、二人は外に出ていった。

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