十六年の歳月

 アランは椅子に座り、メイルにはベットに腰掛けた。彼女は床でも良かったのだが、アランが勧めたために断ることが出来なかったのだ。主従関係を考えるとただ恐縮するばかりなのだが、ひとまず背筋をしっかりと伸ばし、王に謁見するに相応しい(今の状況下ではそう思う)姿勢で座る。

 アランはそんなメイルの所作を見ながら頷き、鷹揚に語りかける。

「では、メイル。我がいない間に法律に動きはあったか?」

「はい。十年前に民からの意見書があがってきました。内容は魔獣ケルベロスが絶滅しかけているため、保護してほしいとのことです。政務大臣と法務大臣との審議の結果、保護と密猟者への厳罰、ケルベロスの森の見張りを強化する等の法律を作り八年前に施行いたしました」

「ふむ。なるほどな」

「他にもいくつかございますが、軍部に関係する法律としてはそれぐらいであったため、詳細に記憶できておらず……しかしそれほど大きな法律は決まっていないかと」

「よい。気にするな。動きさえ知ることが出来れば気にはせぬ」


 アランが勇者に討たれる前からケルベロスは毛皮が高く売れるとの理由で、規制されていたのにもかかわらず密猟をする者が後を絶えなかった。さらに、実力が無いにもかかわらず狩ろうとして返り討ちにあい死体で見つかる密猟者は、狩られたケルベロスの100倍の数はいるとの報告があがっていた。それらは自業自得であるのだが、民が無謀に死するのはいただけない事である。

 法律を作ろうとしていた際に勇者が来たため、部下だけに任せることになってしまったのだ。


(勇者め。生きていたらこの手で殺してくれる……)と、アランは心の中で毒づく。


「経済に動きは?」

「特に大きな動きありません。同様に司法も何事もなく活動しております」


 アランは言葉に違和感を感じとる。警務と軍務には何かが起こったようだと。


「軍務と警務では何かあったのか?」

「……警務ではテロ組織ウェイマルシュのメンバーを大量に捕まえました。一ヶ月前のことです」


 メイルは一瞬言葉を詰まらせるようにしたが、とりあえず報告をしやすい物をといった動きを見せた。ヒトの感情の機微に敏感なアランは彼女の逡巡をすぐに悟ったものの、意思を尊重してあえて触れないようにする。


「おおぉ! 良く捕まえたな!! どうやって捕まえたのだ?」

「クロノス殿が指揮を執り、大規模な作戦をおこなって捕まえました。詳しい内容は私も聞いていないのでなんとも……」

「さすがは、“満ち潮のクロノス”だな! 私が死ぬ前からジワジワと追いつめていたからな」

「ええ。ここまで時間をかけて捕まえるとは思ってもいませんでした。素人目には何ら変わりは無いように見えますからね」


 アランは部下の活躍を聞き、自分の事のように誇らしそうに胸をはる。メイルがそんな主の姿を見てクスっと笑った。はたから見れば仲睦まじい新婚夫婦のようにも見える光景である。

 メイルは急に耳まで赤くなり、虚空を見つめた。それを見たアランは不思議に思う。


「どうした? どうかしたのか?」

「あ、いえ。なんでもありません! ちょっと昔の恥ずかしいことを……い、いえ! なんでもありません!!」


 メイルは自分の隣にあった枕を手に取り顔を隠した。なんでもないと言われても、思い出してしまうのが理性を持つ者の習性である。過去にメイルが恥ずかしがっていた場面を思い出して思わず微笑ましく感じるアランであった。


 メイルは一通り悶えた後、さっきまでの真っ赤な顔から元の顔にもどる。


「すいません、魔王様。取り乱しました。……軍務のことですよね」

「……どうした、誰か死んだのか?」

「……」


 メイルは首を横に振った。アランはメイルの言葉から後ろめたい感情を感じ取っていた。なんだろうか、彼女が他にそのように思うこと……と思案する。

そして、まさかッ!!っと思いたった。温和な空気であった室内は、急激に重い雰囲気へと変わる。


「……“ルグリウス”様が戦場に現れました」

「……なんだと!? 何故、奴が戦場に降りてきたのだ!! メイル! 答えろ!! 奴は何を言っていた!!」

「……あ、ああ。ま、魔王様ぁ……お許しくださいぃ……!」


 アランはハッとする。焦りと怒りで我を忘れ、部下にあたってしまったのだ。それにメイルは言葉に出す時に震えていた。奴に会ったからなのだろうと。

 それを考えずに怒りに身を任せた自分を、アランは恨んだ。部下の震えを抑えるためにベットまで歩いてメイルの前へ座り、優しく抱きしめた。

 メイルはビクリと震えたが、自身を抱きしめるアランを見てその胸の中で泣いた。子どものように。“死神”と恐れられた者と対面した時に感じた、“絶対に死ぬ”という恐怖を忘れるために。わんわんと泣き続けた。


 ☆


 何分、何十分の時が流れただろうか。メイルから嗚咽が聞こえることは無くなり、彼女はゆっくりと支えてもらっていた体を自立させる。そんな姿を見たアランは頭を垂れ、部下に謝罪した。


「落ち着いたか……? すまない。メイルも怖かったであろうに、辛く当たってしまった」

「いえ、とんでもありません、頭をあげて下さい。魔王様。……ありがとうございます」


 と、顔を赤くしたまま答えるメイル。彼女の頬には幾筋もの泣いた跡が残っている。


「つらいだろうが、話してくれるか?」

「はい。魔王様」

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