階段から落ちるって普通に死nu
皇国歴千七百年四月二十二日午後三時。アランが下僕になってお嬢様と呼べ、敬語を使えと言われたプロローグ後の話である。
「ほら、下僕。お前の部屋よ。メイルはその向かいの部屋ね♪」
屋敷の二階にて、三人の人影。一人は赤い全身鎧(フルアーマー)を身に纏った魔族の大将軍。もう一人は真っ黒なドレスの美少女。もう一人は最後の一人は執事服に身を包んだ精悍な顔立ちの青年である。
見事な装飾の鎧の騎士と、絶世の美少女が並んでいる姿は、あたかも騎士物語かのようだ。傍に見目麗しい男性が居るが、絵画などの題材としては二名で完結しているとも言えるためぶっちゃけ邪魔である。
「……どうしたんですか? 魔王様。今、凄い怒気を放ちながら虚空を睨んでましたけど……」
メイルが少々ビクついた声でアランに憤怒のワケを聞く。その隣でフェアがアランの迫力に気圧されてちょっと震えていたりするわけなのだが、アランはフェアのことは気にせずにメイルの質問に答えた。
今までアランが怒っても意にも返して居なかったため、たいして機嫌を損ねたりしないだろうと判断してのことである。
「いや、なんでもない。ちょっと邪魔だのなんだのと聞こえた気がしたのでな。怖がらせてすまない」
「は、はぁ……」
弁解として良くわからないことを口走るアラン。
フェアはアランがいった謝罪の言葉の対象に自分がいないことに気が付いた。肩が震えているが、それは恐怖したからだけでは無いのだろう。顔が、怒りによって真っ赤になっているのだから。
「……下僕。ちょっとここで私の目の前に立ってくれる?」
「なんの用ですかお嬢様」
アランはフェアの真正面に立った。
ふとアランはフェアの表情を見て、自身の認識が非常に甘いことに気が付いた。見れば自身の傍にいるこの少女は、とてつもなく不機嫌になっていたのだ。
フェアはドンッとアランを突き飛ばした。背後にあるのは“一階に向かう下り階段”。
「あ。ギャアアアアアアアアア!!」
アランはボールのように転がって落ちていき、一階の壁に当たるゴンッっという痛々しい音が二階の二人に聞こえた。フェアは満面の笑みを浮かべてメイルに話かける。
「ほら、そこがあなたの部屋よ。どうぞ、使って?」
メイルはコクコクと兜を縦に振った。フェアはヘルムで中の人物の顔がわからなかったが、彼女の傍若無人ぶりにメイルの顔が青ざめていたのは言うまでもない。
☆
「……ック……!!」
一階でアランは一人虚しく立ち上がった。普通の人間であれば死んでいてもおかしくは無いであろう全身のダメージである。とはいえ通常のアランであれば痛くも痒くもないのだが、今は人間になっているので全体的に能力が低下しているために少し痛い。それより、部下の前で無様な姿を見せたことが精神的にダメージが大きかった。
「あの、小娘ぇ……!!」
アランは憎悪の感情に囚われそうになったが、そもそも自分が無視したのが悪いのだから自身にも非があるなと分析して心を鎮める。
(小娘に向かって怒ったことはあったが、別のものに対して怒った事はなかったか。自身に向けられるものならば心の準備も出来るが……なるほど、怯えるのも無理はなかったか……)
これが、アランが民からの信頼を集める要因の一つであった。自分勝手に解釈せず、他者から見た自分などを考えて行動するのだ。アラン自身は今のことがそう容易く出来ることでは無いと理解していない。
「ふむ。謝りにいかねばならぬな……」
アランは憂鬱な気分になって小さく溜息をつきつつ、二階へと上がっていった。
◆◇◆◇
フェアに散々罵詈雑言を言われたあと、アランは自分に与えられた部屋に向かった。
縦に七メートル、横に六メートル、高さ三メートルほどの広さの部屋に机と椅子。それに、なかなか上等なベットと空の棚が置いてある。どれも、古いものだが非常に保存状態が良い。こまめに窓を開けての換気や乾拭きなどがされているのだろう。
家の中にはフェア以外にヒトの気配を感じないことから、彼女がそういった雑務を行っていた可能性もある。
「ふむ……ますますもって、あの小娘の真意が掴めぬな」
アランは思考したが、皆目見当がつかないのでひとまず置いておくことにした。ひとまずはメイルと話をせんと、変に騒音が鳴らないように気を付けて扉を閉めて廊下に出る。
部屋の扉を数度ノックし、入るぞと言いながらガチャリとドアを引いて開ける。しかしロクに中の人物の返答を開けると困惑した声が返ってきた。
「え……? あ、その……。え、ええ?」
そこにいたのは、水色の下着姿の女の子。水色の瞳に流れるような美しい金色の髪。突如として扉を開けて現れたアランの姿を見て顔を真っ赤にした、“メイル”の姿があった。
「ッ! すまない着替えている最中だったか。今、外に出る!」
「あ、いえ、大丈夫です。じゃなくって、え? あれ?」
アランは急いで廊下に出て、後ろ手に扉を閉める。彼が恥ずかしいわけでは無く、メイルが恥ずかしいだろうと思っての行動であった。
「あ、そのえっと、すぐ着替えます!!」
アランは申し訳がないとメイルに対して思いつつも、昔と変わらない姿のままな部下の姿を見て、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
◆◇◆◇
“魔族将軍”メイル・フローレンス。
ヴァルキリーの母とオーディンの父との間に生まれた娘。
母は平民で、父は軍人。だが、父親は剣騎士 (魔王軍で八階級ある地位のうち下から二番目の階級。戦争時には得物を用いた突撃部隊などに属する)の一般的な兵士である。
八十歳の頃に魔王軍に加わり、当初こそ騎士見習いとして燻っていたものの、とある事件を境に才能を開花。盗賊団の討伐、大量発生した中位危険指定魔獣の駆除などを成し遂げる。部隊長へと昇進し、指揮能力についても如何なく才能を発揮した。
個人の武勇と軍才のどちらも非凡であり、人格についても高い評価を得る。
二百九十歳の時にこれまでの功績を踏まえ、亡くなった魔族将軍の後を継ぐ。以後二百十年間、魔王軍最高位、“魔族将軍”及び“軍務大臣”を務める。
アランは久しぶりに会った部下の情報を思い出していた。時間がかかっているような気がした為、メイルが恥ずかしがっている出来事でも思い出そうかと思っていると、ドアが開いてメイルがひょこっと顔を廊下に出した。
「魔王様。お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ございません」
「謝らずとも良い。そもそも、我が悪いのだからな」
そういうと、メイルは昔と同じように、熱を持った瞳でアランを見つめながら部屋の中に促すのであった。
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