大丈夫かこいつらの国

 アランは苦悩した。目の前で完全武装をしている部下が、今にもフェアを相手に剣を抜こうとしているのだ。

 彼自身の本心としては、イイゾーイケイケーモットヤレーみたいな訳であるが、非力な少女……フェアが死んでしまえば自身の復活が難しくなってしまうという事実もあり、アランには止めるという選択肢しか無かった。それに、すぐに切り捨てられるように剣に手を添えながらも、魔族将軍――メイル・フローレンスの気配から説明を求めてきているのがアランにはわかる。

 チラと見たフェアの様子から、アランに説明をさせようとしているのが感じ取れた。先ほどまで何度も殺されたことから、自分で説明せねば面倒なことになるだろうと悟り、軽く後頭部を掻く。

 そんなアランに追い打ちをかけるかの如く、山の麓から馬の走る音が微かに聞こえてくる。速く止めなければさらに大変なことになるのは自明の理であった。


「待て、メイル。小娘が言っているのは……まぁあながち間違いではない」

「間違っては……いない? どういうことですか……魔王様」


 困惑した声がヘルムの中から聞こえてくる。フェアやアランが言ったことが嘘だと思いたかったのだろうとアランは想像した。



 黒ずくめの青年は赤い全身鎧の騎士に事情を詳しく説明した。途中、主――フェアからのムカつく横槍が何度か入ってきたがなんとか堪えきり、短時間で懇切丁寧に教えきることが出来た。メイルの理解力が速かったことも素早く説明できた原因の一つと言える。


「ふむ……そういうことでしたか。魔王様への呼び方はともかく、それ以外は悪い方では……です……あれぇ? ……と、ともかく、それは置いといて……では、魔王様より上の立場である方として扱えばよろしいのですね?」


 悪い方という言葉を否定せず、濁すことで明言を避けたメイル。その様子にフェアがキレたりしないのかとアランは様子を窺っていたが、何故かあまり気にしていない様であっけらかんとした様子で返答した。

 微妙な扱いというか立場の違いのようなものに複雑な心境になるアランである。


「別に良いのよ? 私はこいつを下僕にしただけ。貴女は普段の地位となんら変わらないんだから。元から私が貴女に命令する力なんて無いのだし」

「おい何故我だけが下僕と呼ばれねばならんのだ」


 フェアへとぶつけたアランの疑問は全く相手にされなかった。つまり、フェアはアランの発言を完全にスル―したのである。どことなくプライドを傷つけられるアラン。


「……思うのですが、下僕というよりは……休暇などは与えると言うのですから、どちらかと言えば執事や従僕といった感じでは……?」


 と、ヘルムをアランに向け、再度黒いドレスの少女を見るメイル。アランはフェアの背後で確かにと頷いた。後で言おうと思っていたことである。奴隷というものは主の所有物である為、年中無休で働かされるというのが常である。

 すると、フェアは口角を吊り上げ。この世の真理を諭すかのような口調で断言した。


「何言ってるのよ、執事と呼ぶより下僕の方がこいつにとっては屈辱的だろうからに決まってるじゃない。なんで、わざわざ楽しみを無くすような呼び方をしないといけないのよ」


(サディストここに極まれり……しかもこの小娘、若干恍惚とした表情浮かべておるではないか)


 アランが愕然とした表情を浮かべつつ、さすがに眉間にしわが寄りかけたがなんとか堪えきった。


(“リュシア”。やはり、君とこの娘は姿こそ似ているが……性格はまるで違うな)


 アランは今は無き女の影を、どことなく、フェアという少女に重ねていた。


◆◇◆◇


 メイルは後方に置いてきていた三人の部下達を迎えに行くため、馬を走らせて山道を降りていった。純白の毛並みを持つ馬はたてがみと尾をなびかせ、颯爽を駆けて行く。


「さてと、じゃあ下僕は家の間取りを覚えないとね、しっかり仕事ができるように。ついて来なさいな」


 アランは溜息をつきながら後に続く。フェアの横暴な態度に、怒りと殺意を堪えながら過ごす毎日がこれから始まるのだと思うと気が重くなったのである。なおフェアはその溜息を聞いて、さらに楽しそうにして鼻歌を歌った。


「あ、それと、下僕の部屋がいるわね。まぁ、部屋なんて余るほどあるから空き部屋なら自由に使っていいわよ?」

「……どういう風の吹き回しだ? 随分と待遇が良いな」


 訝しげな顔でアランはフェアの顔を覗きこむ。ここまでサディスティックならば野宿などを命じそうだと思っていたのだ。そんな何気ないアランの疑問に何が癪に障ったのか、フェアはキッと睨みつけて怒鳴った。


「失礼ね! 私にだってそれくらいの良心はあるわよ!!」


(急にどなりだしたぞ、おい。サディストなのか優しいのか……良くわからん娘だ)


 勘のいいアランでもフェアの性格が掴み切れず、思わず困惑する。フェアが怒りながらドアを開けようとしていると、四頭の馬の蹄の音が迫ってきた。


「さっきから、全然家の中に入れないわねぇ」


 ひどく不機嫌そうにフェアがぶーたれながら、再び玄関のドアの前で立ち止まることとなった。確かに先ほどから家の中にはいることが出来ていないが、アランからすれば16年ぶりに“最高の”部下たちと会うことが出来るのだから、万々歳である。やってきた三人の騎士はアランも良く知っているメイルの直属の部下であった。


 一団が到着し、再び魔族将軍が最上位の上司である魔王アランに話かけた。


「魔王様、申し訳ございませんが……その、この者たちにも説明していただけないでしょうか……」


 ☆


 さっき、メイルが連れてきた三人は魔将と言われる階級である。アランの治める魔族国軍最高位である、魔族将軍メイルに次ぐ最上級クラスの階級の者達だ。アランの目の前に居る三人以外にもまだ三人の魔将が居るはずであるが、人数が多くなると機動力も下がり、人間領へと密入国していることがばれやすくなってしまうため三人にしたのだろう。とアランは考える。


(さすが我が部下、気が利いてよろしい)


「……魔王様はよろしいのですね?下僕となっても。」


 三人に今後のことを言って見送ったメイルが遠慮しがちに聞く。だが、愛する魔族の為に必ず復活すると誓ったことを、アランは簡単に諦めるつもりは毛頭なかった。


「ああ、いいのだ。お前達のためならどんな苦行にも耐えよう」

「……そうですか。ならば、不肖ながらこのメイル・フローレンス。私も姫様に使えましょう」


 アランは自分の耳を疑った。地獄耳とも言えるアランの耳であるため聞き取れないはずはないのだが、そう思わざるおえない言葉が聞こえたためである。


「はぁ? メイル、今なんと言った? 私も仕えると言ったか? しかも……姫様だと!?」

「ええ、そうですとも。魔王様だけに苦労をさせるわけにはいきません。それに、仕えるわけですから……姫様とお呼びするのが適当だと思いましたので」


 天界でずっと復活の待機をしていた十六年の間の出来事を知らないため、困惑しつつもアランは質問をした。背後で暇そうにあくびをするフェアの気配を感じ取りつつ。


「だが人間との戦争もあるであろう、そちらは大丈夫なのか?」

「今は人間軍が侵攻をしてきていませんし、怪しい動きは見られないので大丈夫かと。指揮も私がいなくても、魔将たちがなんとかしてくれます。皆優秀ですからね」


 アランは涙が溢れそうになった。


(こんなにも素晴らしい部下達を持てるとは……なんという幸運であろうか! もう、少しでも気を抜いたら涙が溢れそうだ……)


 そんな会話をしていると、今まで会話に入って来なかったフェアがいつの間にかアランのすぐ隣に立っており、満面の笑みを浮かべたあとに口を開いた。

 涙腺が一瞬で引き締まり、真顔で脇の少女に視線を向けるアラン。


「別に、この人に部屋を使わせたりするのはかまわないけど、話が長いのよ下僕! 死ね!!」


 と、アランはまた死ぬのであった。



「実はヒトに仕えて身の回りの世話をするというのを、一度やってみたかったのです」

「そうなの? 実は私も女性の方と一緒に生活するというのを経験してみたかったの」

「おぉ! それではどちらも願いが叶ったかのようですね!」


 その後、新たに生き返ると仲良くなったフェアとメイルが目の前におり、アランは困惑の極みに達する。二人が会話に花を咲かせてアランが置いてけぼりになりつつ、今度こそ屋敷へと向かうのであった。

 そして、現在(プロローグ)に至るわけである。

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