“魔族将軍”メイル・フローレンス!

 春の陽気の中、黒い巨体と黒いドレスの少女は屋敷に向かって歩く。しかし少女は不意に、地面に埋まった敷石の一つを踏んだところで立ち止まり、隣を歩く自身の二倍の身長はあるであろう巨体に話かけた。


「というか貴方、体を小さくしたりとかできないわけ? そのままじゃ入れないじゃない」


 二人が向かう先、屋敷の入り口は人間用の大きさに作られている。両開きのドアで横幅は十分にあるが、身長が三メートルを超す巨体のアランではドアの高さの為に入ることなど見るからに不可能であろう。仮に入れたとしても天井が三メートルにも満たないため、角によって天井が傷つくことは避けられない。


「小さくなるよりは、人間の姿になった……方がいいのではないか?」


 何故か台詞の途中で言葉に詰まったアラン。数秒の間をフェアは不可解に思ったが、人間の姿になれるという言葉への興味に負けてしまい、疑問を放置する。


「へぇ……人間の姿になれる……その方が何かと都合がいいかもしれないわね。さぁ、早く変わりなさいよ」


 期待を悟られないように遠回しめに言うフェア。なお、アランにはその努力も虚しくすぐさま期待感を見破ったのだが。少々呆れ気味にアランが答えた。


「わかった、わかった。……我。アラン・ドゥ・ナイトメアは、この闇と獣の姿を影へと変換し、人として、生者の皮を被らふ。……“人体化(リ・ヒューマン)”」


 アランが魔法を唱えると、彼の体から滲み出てきた影のような黒い魔力がその巨体をすっぽりと覆った。真っ黒な物体は中心に向かって小さく収束していき、やがて高めの身長の、黒き人型を形成していく。

 ある程度時間が経った後に影は消えていき、うっすらと健康的な肌の色が見えてくる。やがて、真っ黒な影はその姿を跡形も無く消し、その場には黒いマントを羽織った精悍な顔立ちの青年が立っていた。黒づくめの服に黒髪という姿だが、髪の一部分だけが白くなっていた。


「どうだ? これで、良いであろう。……ん?」

「……えぇ、良いんじゃない?って、どうしたの?」


 初めて見た人間の姿に変わる魔法への驚愕と、全身黒づくめの男、もといアランの人間の姿が思ったよりも画になるルックスをしていたため、呆気にとられた表情をする。自身の見目について自覚があるのか否か、ともかく自慢するかの如く喋って微妙にフェアの反感を買いつつ、アラン達の下へと向かって来る莫大な魔力の一団を察知した。

一団の中には久々に感じた、昔懐かしい魔力も多く感じ取る事が出来る。


「ここに魔族将軍がやってくる」

「……魔族将軍? お父様から聞いた話だと……たしか、あなたの国の一番偉い将軍のことだったかしら?」

「詳しいな? 人間領では魔族に関する情報が洩れないよう、戒厳令が敷かれていたと思うが……まぁそれはともかくとして」


 アランは戒厳令が解除でもされたのか? などと思いつつ、肯定の意味を込めて頷いた。


(この魔力の群れの大きさからするに、魔将クラスが……三人程か)


 微妙に過剰戦力な気がしなくもないと思いつつ、まぁ敵地なのだからと考えれば仕方ないかもしれない、と思うことにするアラン。一方でフェアはずっと家の中に入ろうとしているのだが、玄関とはまるで異なる山道の方向を向き続けるアランに、更に不満を募らせていた。


(ここに向かってきたのは我の魔力を感じとったから、であろうな。移動しているのは気がついていたが……我が“最強”の家臣にしては、何かに恐怖しているように感じるが……一先ずは再会を喜ぶとすべきか)


 遠くから感じる魔力の荒ぶり方のおかしさから、アランは僅かに残る感情を感じ取る。それは極僅かなものではあったが、長年の付き合いから察するのは容易であった。


「済まないが、将軍と会って話がしたい。ここで待っていても良いか?」


 そう言って隣に佇む白い髪の少女に話かけた。見るからに一般的な少女らしく線が細く、あまり長時間立たせると怒られそうではあるが。


「……良いわよ。ただ、私も待つから。この日傘は貴方がお持ちなさい。腕が疲れるわ」

「ああ」


 フェアも興味を惹かれたのか、屋敷へと繋がる唯一の山道の方を見る。実際は集団がまだ山道よりも若干右側の方角に居るのだが、アランはその様子を見てフェアは魔力を感知できないと心の中で仮定づけた。


◆◇◆◇


 時が流れること数分。重い物を背に乗せて走る馬の蹄の音がアランの耳に聞こえてきた。重量感のある足音を響かせながらも、同行者の三人がそれぞれ跨っている馬を差し置いて、軽やかに山道特有の上り坂を超高速で駆け上がってくる。そしてフェアの耳に音が聞こえてくる前に、凄まじい視力を持つアランはその姿を捕えることが出来た。

 金色にギラギラと輝く馬鎧をつけた白馬にまたがるのは、こちらも目立つ色合いの真っ赤な厳つい鎧を身に纏った騎士。馬を庭の前で止め、ひらりと地上に降りた。


「魔王様、お会いしとうございました!」


 口元まで覆うヘルムのおかげで中性的な声に聞こえるなか、赤い騎士は精一杯の声を張り上げた。そしてアランに深々と一礼した後、隣にいる少女に若干警戒しつつもアラン達の方に歩み寄る。


「うむ。魔族将軍、メイル・フローレンス、我もそなたに会いたかったぞ」


 アランは心からの満面の笑みを赤い騎士に向けた。面食いの女であれば一発で射止め殺すような、凶悪な破壊力を持つ惹き込まれる表情である。十六年ぶりの最愛の部下との再会ということもあり、極度に柔和した優しさと嬉しさが前面に出た笑顔となっているのだ。


「……あ、えと……恐悦至極に存じあげます。……ところで何故、人間の御姿をしておられるのです? それと、この御令嬢はどなたで?」


 魔族将軍が一度言葉を詰まらせ、数秒後にアランの台詞に返答した。騎士が言った率直な質問に、アランは思わず言葉を詰まらせる。アランがなんと言おうか考えている隙に横からいけしゃあしゃあとフェアが語った。


「彼は私の下僕になったの。それも、自ら望んでね。下僕だから私に仕える為に人間の姿になったのよ。元の姿じゃ、体が大きすぎて家に入れないから」


 この日、この時間。アランの目の前で爆弾発言が投下された。

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