魔王(下僕)様とお嬢様!

洞窟を抜けるとそこは楽園であった

 アランは自分に起こった出来事が理解出来ずにいた。


(魔族の王たる我が何故、目の前の女の下僕などになっているのか……別に掃除などをするのはいい。昔から自分の部屋の掃除などは自分でしているからな。っじゃない! だから、何故我が人の命令なんぞ受けねばならんのだ!!)


 自分の家があるのだという、洞窟の外へ。てくてくと歩いて行く目の前の少女にアランは意見した。

アランは魔王なのだ。魔族を統べる王。この世で最強の名をほしいままにする存在。その名に誇りと自負を持つため、プライドが人に従うということを許さないのだ。

雄弁なアランの主張を聞いていた少女は、やがてさも不思議そうに、それでいて煽るように答える。


「別に貴方が気にかけている魔族がどうなろうと、私には関係無いけどね? だけどもし、貴方がここで復活を求めず、あの世にいる間に貴方の国が滅びたとしても私は知らないわよ?」

「お前が死ぬまで待たないといけないのならば、同じような事が起こるかもしれんであろうが!」


 アランは激昂した。目の前の少女が老衰で死ぬまで、近くにいなければならないのなら、単純計算で六十年ほどはかかるだろう。それほどの時間を過ごすなら、天界で待ってるほうがまだ良いのかもしれない。


「私だって悪魔じゃないんだから、貴方の国に危機が訪れたら帰省も許すつもりだけど?」


 アランは少女の言葉に耳を疑った。まじまじと観察するが、嘘を言っている様には見えない。


「まぁ、私にも危機が迫ったら私の命令を優先してもらうけど」


 アランは一瞬思考した。ヒト思いで優しいとも思える話なのだが、後に付け足された言葉を踏まえるとやはり罠だと解釈も出来る。帰省を希望しても、絶対に帰る事が出来ない可能性があるのだ。

彼女が危険だと思えば、床に針が落ちていただけでも戻らなければならない。閻魔の命令上、出来る事ならば最大限に願いを叶えなければならないため、遠い場所に居る人物と即座に通信の出来る魔道具などを要求されれば、渡さなければならないのだ(国の重要機密であるため存在自体を知らないであろうが)。それを用いて帰って来いと言われた場合、すぐに戻らなければアランは死ぬ。

 今の所の印象では少女にはロクなイメージが無いのも相まって、嘘をついているようには見えずとも怪しいというのが本音である。


(ならば天界にて他の復活させられる者を待つのが一番良いか)


「どのみち、この洞窟のある山の一帯は私の家の敷地だから……他の人が来ることは滅多に無いわよ?」


 フェアが何気なく言った言葉は追い討ちとなった。アランは損得計算をし、まだ言うことを聞く方が利口だろう。そういう結果になる。


(嘘かもしれんが……その時は殺すしかあるまい)


◆◇◆◇


 長いトンネルを抜けると雪国であった。


 ……ではなく。洞窟を出ると山の頂付近の平らな敷地に立つ、大きなお屋敷の庭であった。色とりどりの草花が咲きほこり、黄色や青といった鮮やかな羽を持つ蝶達が舞い、小鳥たちが会話でもしているかのように軽やかに歌う。よく、人が思い描く楽園といったものにそっくりである。

 楽園の中心にはまずまずの大きさながら、豪邸とも言える美しさと機能性を兼ね備えた、一軒家が建っている。


「こいつは……何とも美しい」


 アランはぽつりと言葉を零した。少女のストレスの溜まる言葉でささくれだっていた心が、穏やかに落ち着いて行くのを感じた。


「あら、貴方にも解るのね? 意外だわ。魔族の長である貴方に、感動なんて感情は無いと思ってたのに」


 フェアは洞窟入り口に置いていた黒い日傘をさしながら、小憎らしげにアランに言う。わざと怒らせるように言ったのであろうが、黒いローブを纏った怪物の姿を持つアランは、少し自慢するような調子で答えた。


「心外だな、小娘よ。魔族にも感動という感情は存在するのだ。逆に人間の方が、感動という感情が無いのだろうと我は思っているがな」


 フェアはその言葉にカチンと来たようで一瞬眉をひそめ、反論の為に口を開こうとした。しかし、アランが言った言葉から少しだけ混ざった哀しみや恨みの様な感情。自分では無く、他の、さらに大きなものに向けての感情を少女……フェアは感じ取った。

少しだけ悔しそうに口をつぐみ、目の前の光景に目を向けた。



 庭に咲く花に、水やりでかかった水滴が光り輝き、その水滴を飲んでいたシロアゲハチョウの幼虫を小鳥たちがついばむと、我が子達が待つ巣へと持ち帰っていく。

 風に草木がなびき、池でカエルが飛び込んだ後の波紋が岸へと届いて、水を飲んでいた兎がその波紋に鼻を濡らした。


 緩やかでいて、穏やかな自然の動きを見ながら時を過ごすこと十数分。それまでの間、二人はこの光景をずっと見ていた。ふと思い出したように、フェアがゆっくりと口を開く。


「……他の人間はどうかは知らないけどね、少なくとも私は、感動という感情を持ってるわよ」


 アランのすぐ隣に立っていたフェアがぽつりと、呟いた。どこからか湧き出でてくる、信頼して欲しいとの、無意識なアランへの思いを込めて。


「……そうだな。訂正しよう。少なくとも小娘はあるようだな」


 アランは彼女の方へ体を向けると、低頭した。

魔王アランは礼節を重んじる者であった。たとえ、相手が最下級の魔族だとしても、失礼だったと思えば同じことをしただろう。


 フェアは目を瞬いた。魔王が頭を下げるとは流石に思っていなかったのだ。魔王に下僕になれとのたまう豪胆なフェアも、これには大いに調子を崩した。そのため、「じゃあ、屋敷に行くわよ」と、話題を変えるように思わず逃げる様な反応をしたのであった。

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