一人の季節Ⅸ

 不服そうにその表情が顔に出ている灯真を見て、美咲は困り果てため息が漏れる。

 自分の息子がいつになったら変わってくれるのか、この時期が一番息子を持つ母親にとっては、難しい時期なのかもしれない。

「ほら、登るわよ。公園までは十分。頂上の展望台までは十五分ってところかしら?」

「ええ、上まで登るの?」

「当然よ。いつもはいかない場所に登ってみるのもいいわよ。そうだ、今度は富士山にでも行ってみようか?」

 子供よりも大人の方がウキウキしているのはおかしい。いや、大人だって休息は必要だ。年中無休で働いているようなものである。父親よりも母親に国は感謝状を贈るべきだと思う。それほど、主婦という役柄は、ブラック企業なのだ。

 登山口に入ると緩やかな坂道がある。自然の空気に包まれたこの雰囲気に煽られて、一歩一歩前へ、足を動かす。

「灯真、いつもこの坂を上っているの?」

「そうだけど、もう疲れたの?」

 山の中枢部にたどり着いたころ、美咲は優しく太ももを抑えていた。

「いや、昔みたいに普通に登れるかなと思ったんだけど……どうやら、歳を取るとダメね。どんどん体力が落ちて来ちゃうもの……。今の灯真くらいの元気のある時期が一番羨ましいわ」

「ふーん、じゃあ、ここで少し一休みしようかな」

 美咲の体を心配して、灯真は彼女の隣に腰を下ろし、地面に座った。

 美咲はそんな灯真の姿を見て小笑いする。

「何笑っているの?」

「いや、何でも……」

 首を傾げる灯真は、不思議でたまらなかった。

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