一人の季節Ⅲ
美咲は溜息をついてその後は何も話さずにそっとしておいた。
自分の姉の息子であり、今は自分の息子。幼い頃、本当の母親はこの世から去った。
だから、美咲は灯真を本当の息子のように今まで育ててきた。
大人しい子であり、自分から人と接しようとしない子だった。学校が終わるといつも家にいて、宿題をしたり、本を読んでいた。休日になるとたまに家から居なくなることがあった。
決まって彼は、近くの山の麓にある公園のベンチに座って景色を眺めながら一日を過ごしていた。
「灯真、本も読んでいていいけど、少しお願いできるかしら?」
「何?」
「庭に植えてあるネギを二、三本程取って来てくれないかな?」
「分かった。小さな鎌は何処にあるの?」
「鎌はいいからこの調理バサミを使って、あたしの見てないところで怪我されたら堪らないから……」
美咲は長いはさみを渡すと、灯真はそれを受け取って、台所には必ずあるもう一つの扉からスリッパを履いて外へ出た。
この広い庭には花壇があり、そこでは野菜などを植えてちいさな家庭菜園を美咲がしている。
しっかりと覆われたネットを支えるためにいくつもの棒が地面に突き刺さっている。猫や鳥、イノシシなどの動物から守るためである。
「…………」
灯真は無言のまま、ネギを取ると、それを持って美咲の所へすぐに向かった。
扉を開け、鍵を閉め、スリッパを脱ぐ。はさみについた土をゴミ箱で払い落すと、それとネギを美咲に渡した。
「ありがとう。それにしても今年も桜の季節も終わりか……。なんだか寂しくなっちゃうね」
網戸から見える山に咲いている桜の気を見ると、遠い目をしながら言った。
「そうだ‼ 今週末一緒に山の麓にあるいつもの公園に行こうか。お弁当持ってさ……」
「別にいいけど……」
ちょっとうれしそうな表情で目を逸らして小さく頷く。
「おお、なんかうれしそうだね……。そんなに母さんと行くのが楽しみなのかな?」
「うるさい‼ そ、そんなわけない!」
灯真は自分の本を持って二階にある自分の部屋に戻っていった。
その恥ずかしそうなそぶりを見せた灯真に対して、美咲は微笑みながら夕食づくりに戻った。
「あんな笑顔、初めて見たわ。本当にあの子はあの公園が好きなのね……」
部屋に戻った灯真は、ベットの上に寝転がった。
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