雪解けてXIV

「なら教えよう。私の本当の名は朧だ。月の龍と書いて『おぼろ』と読む。かっこいい名だろ?」

 川姫=おぼろは、そう言いながら宙に自分の名を指で書いた。

 妖が自分の本当の名を話すのは信頼している証拠である。

 元々妖は、自分の名を明かしてはならないのだ。明かしてしまえば最後、陰陽師おんみょうじや祓い屋、霊媒師れいばいしに封印、もしくは消されてしまうのだ。

 だが、主である灯真に名を明かせば、それを防ぐことができるのだ。だから、『契約の儀』という術がある。契約を交わしたあやかしは名を知れても、封印されたり、消されたりしない。

 雪菜ゆきなに朧、二人の妖を式にしている灯真とうまは、その世界では少しずつ噂になっていくだろう。彼女ら二人は、強力な妖であり、有馬家、再建という噂が流れれば、灯真自信狙われる可能性は高くなる。

 吉岡家次期当主である夏帆かほには、すでにバレている。彼女は、そんな話を外ではしないだろう。

「おほん。改めて、朧。これからもよろしく頼む」

「ああ、私の主よ。喜んでその頼み、聞き入れましょう」

 朧は正座をしたまま手を床につき、深々と頭を下げた。

 すると、雪菜が目をこすり、欠伸をしながら丁度起きた。

「ふわぁ……。あれ、いつの間に眠っちゃたんだろう。あれ? 灯真様! いつの間に起きていらっしゃったんですか!」

 いきなり灯真の体を強く揺さぶった。

「ちょっ、雪菜、止めろ! か、体が……」

「あ、すみません。でも、本当に良かった……。もう、そこまで回復して入れば一安心ですね。もう、倒れないでくださいよ」

「できれば俺もそうしたいんだけどな……。そう言えば、俺が倒れてから短い時間で何かあったか?」

 灯真は、雪菜に訊く。

「そうですね。倒れた後、あの女が治癒の術をかけてくれて、その後は私が灯真様をおぶって家まで送っていきました。まあ、途中で色々と変な目で見られたんですけどね……」

 なぜか、声のトーンが後々低くなっている。

 どうやら帰り道に何かあったらしい。灯真は、どんな様子で家路も着いたのだろうか。

「ああ、それは大変だったな。その間、朧は何をしていたんだ?」

「私はその後ろで歩いていた。雪菜が灯真を家まで送っていくまで……」

「この女、薄情者ですよ。今すぐに契約を切るべきです!」

 雪菜は不服そうに言う。

「それは無理だ。灯真には本当の名を言ってしまったからな……」

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