雪解けてXIII

「そう言うと思ったぜ。じゃあ、何か美味しい食べ物でもたらふく食わせてくれるんだろうな?」

「もちろん、あなたの好きな物を私の小遣いで必ず揃えて見せるわ」

「分かった。その依頼、確かに受け取ったぜ」

「頼むわよ。私もできるだけの事はやってみるから……」

 夏帆かほの目つきが変わると、月詠つくよみはふっ、と笑い。その場から自分の姿を消した。

『調べるために一時的離れることになる。代わりの者一応、呼んでおくから安心しろ』

「待って! それって……」

『面白い事になることを願っているぞ。じゃあーな』

 言葉を残して、月詠の妖気ようきは完全に消えた。

「待ってよ……。あいつが来るの? ねぇ、それだけはやめてよぉおおおおおおおおおおお!」

 夏帆は橋の上で一人叫んだ。


「あの人、何一人で橋の上で叫んでいるんだ?」

 灯真とうま叫び声を聞き、首を傾げながら呆れていた。

「ま、いいや。早速始めようか」

 灯真はリュックサックの中から取り出したカッターナイフを左手に持ち、何度も深呼吸をしながらタイミングを見計らう。そして、

「我、有馬灯真は、血の盟約に従うことをここに誓う。我の血は御身の血となり、主従を結ぶ。祖は天命の授かりし者、これを破りし者は罰を与え、我を守ろうぞ! 我と契約し者よ、我と共に行こうぞ!」

 両手を合わせながら術を唱える。陣が光り、三か月前の出来事が繰り返される。

「やばい……」

 灯真は苦しい表情をしながらカッターの刃を出し右手の人差し指に斬りこみを入れる。

 刃物でいれた傷は綺麗に斬れ、血が滝のように流れてくる。

「灯真様……」

 見守ることしかできない雪菜。

 灯真は、自分の霊力を込めた血を川姫かわひめの左腕の上の方に漢数字の『二』を刻み込んだ。

 刻み込まれた数字は光り、そして、痣となった。

 契約は成功したが、灯真は終わったと同時に力が抜けたのかその場に倒れて、また、気を失った。

 雪菜ゆきなが自分の名前を呼びながら体をゆする。

 だが、灯真は目を覚ますことはなかった。


 目の前が暗く、頭もくらくらする。目を開けたいけど、体が熱くて動きたくない。

 あれから一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。

 川のほとりでそのまま倒れていてからたぶん、自分の体を雪菜が運んでくれ、自分の部屋にいる。

 灯真は、重たい目蓋まぶたを少しずつゆっくりと開けると、視界から小さな光が差し込んでくる。額に冷たいものが置いてあり、頭の熱を冷ましてくれているようだ。

 目を開けると、いつもの古い木の板の天井てんじょうが見えた。いつの間にか外は暗くなっており、夜になっていた。灯真は、自分の布団ふとんで仰向けになった状態で寝ており、近くに置いてあった時計を確認すると、午後八時を回っていた。

「目が覚めたか? どうだ、体調の方は……」

 川姫が灯真の寝ている左隣で正座をしながら座っていた。

「ああ……。なんとか、意識を保てるところまでは霊力が戻ってきたってところかな……」

「そうか……。あの後は大変だったんだぞ。いきなり倒れるわ。小娘は騒いでいたし、橋の上にいた娘がすぐに駆け付けてくれなかったらどうなっていたことやら……」

 川姫が灯真の髪を優しく撫でながら微笑んだ。

「そうだったのか。それで、雪菜は何処にいるんだ? 姿が見当たらないんだが……」

 雪菜ゆきなの姿を探す。

 川姫は指で右の方を指し、そして、下を指す。

 布団の中で何かが動いている。

 そっと、布団の中を見ると雪菜が白い着物姿で灯真の隣で幸せそうに眠っていた。自分の腕を灯真の上に乗せて、軽く抱きついていた。

「なんで、こいつは人の布団の中で寝ているんだよ……」

「まあ、許してやれ。こいつもそれなりにお前を心配していたんだ。自分の式に心配させるんじゃないぞ」

「と、言っても霊力が強いけど術を使った後はいつもこうなるんだよな。まだ、修行が足りないな……」

 灯真とうまは布団を閉じて、天井を見上げながら自分の無力に悔しさが残った。

「灯真よ、貴様が強くなりたいなら私が教えてやらんでもないぞ」

川姫かわひめ、お前、術を扱えるのか?」

 驚いた灯真は、ゆっくりと震えた体を起こす。

「おいおい、あまり無茶をするな。それと、言っておくが川姫と言ってもしっかりとした名が私にはあるんだぞ」

 川姫は腕を組み、少し怒っていた。

「じゃあ、お前の名前は何なんだよ。まだ、名前すら聞いたことが無かったから妖の名で呼ぶしかなかったんだよ」

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