雪解けてⅫ

「なんで私以外のあやかしと契約を結ぶのですか! 用心棒ようじんぼうは私一人で十分です。これ以上、灯真の周りに妖がいられると困ります!」

「いや、別に一人増えたらお前も少しは楽になるだろ?」

「それはそうですけど、そういう意味ではなくて……」

 雪菜は自分の気持ちに気づいてくれない灯真とうまに対して、溜息を洩らし呆れてしまう。

「これだから男というのは女心に鈍感だというのだ」

「それはどういう……」

「つまりだな、そこのそいつは……」

「わー、わー、わー、わぁああああああああああああああ!」

 川姫かわひめが説明している途中で、いきなり雪菜が大声を上げた。

「分かりました。分かりましたよ! 灯真様、この人と『契約の儀』をさっさと結んでください。それと、あなたもこれ以上、余計な事を言わないでください! その先を言ったら殺しますよ」

 雪菜はキッ、と再び睨みつける。

 灯真は、雪菜に言われるままに『契約の儀』の準備に取り掛かった。

 その間に、二人の妖はそれを見守りながら話している。

「あなた、灯真様と契約を結んで色々と制限されますけど大丈夫なんですか?」

「ふん、何を言う。そんな事でイライラしていたら一生本当の結びは結ばれないぞ!」

「今はそっちの話をしないでください!」

 川姫にいじられて雪菜の顔は真っ赤になる。

「貴様も大変だな。だが、これだけは言っておくぞ、人と妖が結ばれるのは決してない。分かっておるのか?」

「ええ、分かっていますよ。だからこそ何です。私は灯真様を心から愛しているんです。誰にも譲ったりはしません。例え、あなただろうと……」

 灯真を優しい目で見守りながらそう言った。

 灯真は、『契約の儀』に必要な陣を全て書き終えると、チョークの代わりに使った木の枝をその場に投げ捨てた。

「さて、これで大体の準備は整ったな。後は……」

 と、自分の手を見下ろす。三か月前、雪菜との契約した時、自分の血と霊力を持っていかれ、その後の記憶が無かった。

 もし、また、同じことが起きるのなら次はいつ目を覚ますのだろうか。

「……よし、やるか!」

 こぶしを握ると、川姫を見る。

「準備は出来たぞ、早く始めようか」

 そう言って、川姫を陣の中央に立たせて、儀式を執り行う。


 一方で、橋の上でその様子を見ていた二人は何を始めるのか遠くからずっと灯真の様子をうかがっていた。

「ねぇ、あの子たち何をするつもりなのかしら?」

「そうだな……。地面に何か術式を発動させる陣を描いていたから間違いないだろう」

「それって、ここで術を発動させるつもり? 何を考えているのかしら……」

「ほっといてもいいんじゃねぇーのか? たぶんあれは『契約の儀』の中でも禁忌に等しい術だ」

「なんですって! 月詠つくよみ、それは本当なの!」

 驚いた夏帆かほは余裕ぶっこいている月詠の袖を掴む。

「ああ、あいつがやっているのは『契約の儀』の中でも最上級の術だ。主であるあいつの霊力と血を式になる妖に流し込む。つまり、この儀式は死を意味してもいい。今までこの儀式中に死ななかったのが奇跡と言ってもいいくらいだ」

「だったら早く、辞めさせないと!」

 興味津々な目で見ている月詠はそう言った。

「だが、あいつにはあれ以外の術が使えない。すると、どうなる? 契約する妖がいなくなるだろ? それにあの『契約の儀』は十二体の妖までしか契約することができない。だから、黙って見守っていろ! そして、あいつにはこのことを話すな」

「なんで?」

「契約には精神状態も必要になる。このことを話せば、この先が無い。だから、これは俺達には手出しできないんだよ」

「どうして、そんなものもあの子が知っているのよ」

 夏帆は悔しくて、手すりを思いっきり殴った。

「たぶん、あいつの先祖がそうだったんだろう」

「え?」

有馬ありま家、その昔は俺達の世界では名のある名家だった。だが、ここ最近はその姿形もなく、久々に見たと思えば、霊力は高いが何の知識もない」

「有馬家……。少し、調べる必要があるわね。月詠、あんたこの様なこそこそと調べるの、好きでしょ?」

「嫌いではないな」

「だったら、有馬家並びに、有馬灯真ありまとうまに関する情報をできる限り集めなさい。期限はないわ。出来るだけ多くの情報が必要となりそうね」

 止めるのを諦めた夏帆は月詠に命令を下す。

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