雪解けてⅪ

「安心して、私は決してあなたを裏切ったりしないわ。だから、あなたも裏切らないで、人も妖にも良い奴と悪い奴がいるわ。もし、私がいなく時、今度は私の生まれ変わりがあなたの目の前に現れる。そしたらその子に優しくしてあげて。私は私の将来が視えるの」

「未来が視えるねぇ……。やはり、貴様は今まであった中で頭のおかしい人の子だ」

「あんたこそ相当捻くれた妖よ」

 二人は互いに川の中、大声で笑いながら春すぎて梅雨つゆ入りする前の暖かな春の元、彼女たちの声が空まで響き渡った。


     ×     ×     ×


「なるほどねぇ……。知世がそんなこと言っていたの。それであなたは私の主をどうするつもり?」

 雪菜ゆきなは溜息を洩らしながら適当に川姫かわひめに訊いた。そんな話を聞いて何と言えばいいのか言葉が見つからない。自分が出会うよりもはるか前に出会っていた川姫が灯真とうまをどうしたいのか分かりもしない。

「さあ、それはあ奴が言った通りの事をするだけさ。人はいつこの世からいなくなるのかは分からないからな。約束は果たさねばならぬ……。貴様の主もまた面白い雰囲気を放っておるな」

「ええ、それはもう私は振り回すくらいのやんちゃ坊ですよ。まあ、そんな所が私は好きなんですけどね……」

 ほおに手を開けて左右に顔を振りながらも、雪菜は微笑む。

「そこは親子似ているな。だが、あいつはあ奴と違う。それ以上に人とは関わらず、優しすぎて裏目に出るのだろう。仕方がないか————」

 川姫は雪菜を置いてきぼりにして、灯真の方に近づく。

 そして、正座をして灯真と向き合うと深呼吸をして、ゆっくりと話し出す。

「ええと、貴様は妖と人、どちらが好きか?」

「え? それはどういった意味で……」

 変な質問をされた灯真は戸惑う。

「そのままの意味だ。貴様が思った事を言えばいい。私はその答えが聞きたいだけだ」

 目を見て、川姫は真剣に灯真の話を聞く。

「俺は、人も妖もどちらも同じように好きだよ。俺はあやかしが偉いとか、人間が偉いとか、そんなの思っていない。同じ同等の生きている者達と思っている。だから、俺はいつか妖が人を好きになって欲しいし、人も妖を好きになって欲しいと思っている」

 灯真は自分の考えを述べた。

 これが彼の本音ほんねであり、理想なのだ。

「ふっ……フハハハハハ。そうか、そうか……。いやー、それを聞いて私の心も決まったよ。なるほど、これは傑作だ。貴様と一緒にいれば何か面白そうなことが起きそうだ。私が言っている意味が分かるか?」

 川姫は大笑いをして、真剣に話した灯真を見る。目から笑い泣きした涙がこぼれ落ちる。それを着物の袖で拭き取る。

「それはどういう……」

「なんだ、まだ分からんのか?」

 後ろで立っている雪菜をちらっと見る。

「まあ、そういう事だ」

 雪菜は川姫が何を考えているのかさっきので、すべての謎が解けたように頬を赤らめながらあたふたしている。

「人の子であり、男というのはあんな幼児体型よりも大人の体型の方が興奮するだろ? 私は今まで何人の男たちの精気を吸い取ってきた。どうだい? あの女から私に乗り換えるのは……」

 川姫は灯真を誘惑する。確かに雪菜よりも川姫の方が美しく、頭の回転も速く、一緒にいる方が安全なのかもしれない。

「確かに雪菜よりかは……頭もいいし、手もかからないと思うけど……」

「灯真様! 何か言いましたか?」

 笑顔で右手拳を強く握っている。笑顔は笑顔でもその笑顔はこの世で一番恐ろしい笑顔だ。後で自分の命がどうなっているのか分からない。あるじである自分をいつでも殺せる覚悟でも持っているかのようだ。

「ええと、そう申されますと……何と言えばいいですかね。とにかく、俺は隣で一緒に歩むことができる奴なら面倒な裏のある妖とか、川のほとりで一人寂しく生きている妖とか、橋の上でいつも兄弟喧嘩のように言い争っている人達とか、そんな奴らが俺は一番好きだね」

「それが貴様の最後の言葉でいいのか?」

 川姫かわひめは顔を上げずに下を向いたまま表情も見せずに言った。

「まあ、そんな所だ……」

「じゃあ、私に『契約の』を執り行ってくれはしないか?」

「え?」

「『え?』じゃない。私は貴様の物になってやるって言っているんだ。何か問題でもあるか?」

「問題というか、何と言うか……」

「問題大ありですよ!」

 と、いつの間にか灯真とうまの隣に立っていた雪菜ゆきなが川姫を睨みつけながら威嚇いかくをする。

 川姫もまた雪菜の威嚇に反応して、睨みつけながら見下す。

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