雪解けてⅨ
「信じない、信じるもその人しだいだよ。でも、僕はね家族だけは何があっても信じることにしているんだ。それは愛だよ。いつか人は恋をして、結婚して、家族になり、子を授かる。それはいつか知も知ることになるよ。まあ、僕が生きているうちにそんな夢が見てみたいけどね……」
男はどこか遠い目をしながら少女に話した。妖にとっては人の恋など分かりもしない。
「ふーん。でも、私はそんなのどうでもいいわ。だって、そんなのは自然にそうなるだけで何も面白くないじゃない。信じるとか、信じないとか、私にとっては関係ない。そんな事は興味ないの。人って一つや二つ話せない事ってあるじゃない。私だってそうよ。だから、答えは答えられない。この意味、分かる? そこにいるあなたも……」
少女は父親だけではなく、川姫に対しても質問を問いかける。
びっくりした川姫は飛び起きて、少女を見上げる。堂々とした立ち方、中学生とは思えない言葉の話術。川姫は答えを返すこともできなかった。
「まあ、そういう事よ。と、いう事でこの話は終わり! お父さんは釣りを楽しんでて! 私は一人でそこら辺にいるから」
そう言って、川姫に近づき、隣に座る。
「…………」
川姫は嫌そうな顔をする。
「ねぇ、なんであんたはこんな所にいるの?」
「…………」
「なるほど、話す気はないか……。じゃあ、話さなくていいから私と遊びましょうよ! そうだね、水切りって知ってる? 平べったい石を水面に並行に投げて石が飛び跳ねるのを数えながら距離を競う遊びよ」
「ふん。そんなことは知っている。なぜ、私がしなければならない」
「そんなの都合、どうだっていいわよ。それじゃあ、やりましょうか。私に勝ったらあんたにもご馳走をおごってあげるからさ」
「人間の食い物などたかが知れてる。だが、それを付け加えて、貴様の精気を半分分けてもらおうか」
「あら、ずいぶん欲張りな妖ね。嫌だ、と言いたいところだけど
少女は川姫に指をさしながら笑顔で言った。
「さあ、始めましょうか。まずは勝負に使う石を探すところから始めるわよ」
少女は立ち上がると、スカートをギリギリの位置までめくり結ぶと、川の中へずかずかと入っていく。
川姫はその様子を見て、ゆっくりと立ち上がると、一人で川辺のそばにある平べったい薄い石を見つけるとそれを拾い、少女の石選びが終わるのを小屋の壁に寄りかかりながらすっと待ち続けた。
川の水はきれいで、小さな魚やザリガニ、エビなどがこの場所からでも見える。
「冷たっ! もう春が終わるというのにこの川まだ冷たいんだ。これって雪解けした水が山から流れているの?」
「そんなこと聞いてどうする? 私に訊かれても知らん」
「ふーん。そっか……。だけど、いつまでも一人でいるとこの先、何も楽しいことはないわよ。人は、生きる寿命は限られている。それは皆平等ではないの。人はいつ死ぬか分からない。私だって、この後、死ぬかもしれないわ。でもその限られた時間で人は一生懸命生きていると思うの。私はこの通り、人と慣れ親しむより妖と親しくしているの。だって、もし死んだとき、転生したら次はどうなるか分からないじゃない。だったら今、貴重な体験が出来る時にやっておいた方がいいのよ」
そう言いながら自分が見つけた小石を持って川から上がってきた。濡れた足や腕をその場でぶるぶると振り回して落とす。飛び散った水が川姫の顔や着物に当たり
「おい、私が逆に濡れるだろうが!」
「ごめん、ごめん。じゃあ始めよう。最初はあんたからしてもいいわよ」
少女は欠伸をしながら眠そうに言う。
川姫は頷き、川の水面にあわせて、腕を平行に何度か素振りをする。水切りはタイミングと川の流れ、石の投げ方など色々と条件がいるのだ。簡単と思えて簡単ではない。自然を使って遊ぶもので難しい。
川姫は右腕を横に大きく振り、そして水面に目掛けて平行に投げる。石が水面と接して飛び跳ねる。そのまま勢いよく何度も飛び跳ね、失速していき向こう岸にたどり着く二メートル前で川の中へ姿を消した。
「あら、回数で言うと十七回。最後までたどり着けなかったか……。さて、これで私が勝利する条件が揃った。どうやってあんたを倒そうかしら? 約束は守って頂戴よ!」
少女は目の色を変えて川のそばよりも少し離れた場所に立つと、人差し指をなめて上に上げる、西側を向いている側面が冷たく感じる。今の風は西から吹いていることが分かる。少女は体の向きを東寄りに傾けて、風の動きを利用しようと思っているのだ。
「言っておくけど、水の力は使わないでもらえる? 使ったらすぐに分かるから……。ズルするのだけは私、この世で一番嫌いな事なの……」
川姫に邪魔されないように忠告する。
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