雪解けてⅦ

「と、いう事で内容は文芸部による創作活動ということで課外活動をしましょうか」

 机をバンッ、と叩いて立ち上がると早速帰宅する準備に取り掛かった。手提げバックの中には自分の仕事道具を入れている。

 灯真とうま達もリュックサックをからって先に部屋を後にする。

「さて、月詠つくよみ。芝居をするのも意外と疲れるものだね。あんた、川姫かわひめを見たことあるんだろ?」

「ちっ……、知っていて臭い芝居に付き合っていたのかよ。確かに俺は視たことあるし、一度まじえたこともある。だが、この地に川姫が現れるとは俺も予測していなかったよ。さて、そのあやかしが善なのか悪なのかは俺には分からないけどな……」

「でもまさか川姫とはね……。すべてがいい方向で収まればいいのだけれど……」

 夏帆かほは自身の荷物を持つと、部室の鍵を閉めた後、一階に降りて玄関に向かった。


 それから十数分後————

 灯真達が部室からいなくなった後、その部室の扉の前に二人の生徒が訪ねていた。

「『少しばかし用事があるので、今日の活動は休みにします』って、なんの理由で休みにしているの! 私たちにもその用事に連れて行きなさいよ!」

 女子生徒はその張り紙を見て思わず叫んでしまった。


 今朝、川姫らしき妖を視た場所を再び訪れた灯真とうま雪菜ゆきな夏帆かほ月詠つくよみは橋の上からその古い小屋を見ていた。

「あそこにいる妖ね……。確かに美少女で川姫のすべての条件において一致しているわね」

 夏帆は自前の眼鏡をケースから取り出して掛けながら遠くを見ていた。

 夏帆曰く、眼鏡をかけるとより見えやすくなる。妖を視ゆる者にも色々と視え方が違うらしい。灯真は、そのまま裸眼で視ることができる。これは霊力の強さのおかげだろう。

「それで灯真、どうやって接触をするつもりなの?」

「正面からですよ。陰からコソコソしても怪しまれるだけですしね……」

「灯真様、それを言ったら今の私たちは陰からこそこそしているように見えますけど……」

 雪菜が、細かい所にツッコミを入れる。

「雪菜、お前は何かに化けて俺とついて来てくれないか? さすがにその姿では何かと面倒だしな……」

「分かりました。それでは動物に化けましょう。そうですね……これでいいですか?」

 雪菜は自分の荷物を置いて深呼吸すると、姿形を変えた。

 その姿は人の姿でもなければ妖の姿でもない。白い毛並みの小さな可愛らしい白猫の姿が目の前に現れた。

「この白猫だったら相手も気づかないでしょう」

「うわっ、白猫がしゃべった!」

「いや、灯真様! 姿は猫ですけど、中身は私ですから!」

「あ、そうか……。それにしてもお前の変幻自在へんげんじざいの術は本物そっくりだな。何と言うか、一生そのままでいてくれた方が俺的には楽なんだけど……」

「嫌ですよ。こんな動きにくい格好なんてお断りです」

 雪菜は灯真の左肩に飛び移ると、自分の身を預ける。

 猫の姿でいる雪菜の体重はとても軽く、白く柔らかい毛並みが毛布のように暖かい。心臓の鼓動が伝わってくる。

「じゃあ、行こうか……」

「待って、灯真。一つだけ忠告しておくよ。やばいと思った時にはすぐに逃げること。それと……」

 夏帆は制服のポケットから自分が作った呪符を取り出す。

「はい、これ。閃光用の呪符よ」

 ————彼女オリジナルの閃光せんこう呪符は、向けた妖に対して視界を数分程度現実から遠ざける。

 灯真はそれを受け取ると、自分の学ランの胸ポケットの中にしまう。

「それはあまり渡したくない物なんだけど……。使わない事を願っているわ」

「ありがとうございます。俺もできるだけ使わないようにやってみます」

 灯真は軽く頭を下げ、そのまま橋を渡り、堤防の階段を駆け下りた。

「ねぇ、これいいのかしら? 私の選択、間違っていないわよね?」

「さあ、俺が知るかよ。てめーが、決めたんだろうが! 俺がどうこう言う必要はねぇーよ。ただ、見守る。俺達ができるのはそれだけだ」

 月詠は着物右半部を脱いで、鼻糞をほじくりながら灯真を見下ろした。それを見ていた夏帆は「はぁ~」と溜息を洩らし、橋の上でしゃがみ込む。

 橋の上を通る運転手や歩行者などが行き交う中、一人色々と奇妙な動きをしている夏帆を物珍しそうに見る。彼らには月詠の姿は視ることができないから一人で何をしているのか気になるのだろう。

「それにしても今時、妖に対して感情移入する人間も物珍しいわよね。善悪関係なしに自分から関わろうとするなんて私には当然できる事じゃないわ」

「…………」

 月詠は黙ったまま夏帆の話を聞く。

「人と妖、本当は一緒にいてはいけない関係にあるのにあの二人は互いに信頼し合っている仲じゃない。それに対して私たち二人はただ主従の関係で結ばれている仲。どちらが正しいのか分かったもんじゃないわ」

「お前がそう思っているならそれが現実だろ? 俺達は俺達の関係があり、あいつらにはあいつらなりの関係があるのさ……」

 月詠は手すりに上り、そのまま座りながら空を見上げる。

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