雪解けてⅥ

 こんな美人で優秀な先輩と一緒にいるだけでいろんなうわさが流れ込む。

「なら、堅苦かたくるしい口調で話さなくてもいいですよね。あなたの式神にしている妖も相当な力を持っているようですけど?」

 雪菜ゆきなは、夏帆かほを警戒しつつ近くにいる彼女の式神を睨みつけた。

「ほう、私の姿を見破るとはお主はこの私と同等、いや、それ以上かもしれない。だが、私はそれだけで相手の実力を判断する男ではない」

 いきなり姿を現したうざい口調の青年は、雪菜を小馬鹿にしている態度を示した。

 古びた着物を着ており、眼鏡をかけた白髪はくはつの天然パーマが特徴的なその青年は、腰に木刀を差していた。

月詠つくよみ、お前は口が悪すぎる。その口調はどうにかならないの?」

「夏帆、お前は頭が固すぎるんだよ。周りはお前みたいに頭が良くないんだ。いつも言っているだろ? もう少し、皆の輪の中に入ったらどうだって……」

「ほほう? それは私に対する反抗って言いたいのかしら?」

「馬鹿馬鹿しい。お前と喧嘩して俺に何の得があるんだ? 後になって部屋が汚れるだけだろうが……」

 夏帆と月詠は、互いに両手を合わせていがみ合っていて全く話が前へ進まない。

 雪菜の事などもう忘れているようだった。

灯真とうま様、この人達、本当に大丈夫なのですか?」

 隣に座っている雪菜が、小声で訊いてくる。

「まあ、いつもの事だから大丈夫だと思うよ。中学からこの二人を見ているけど、いがみ合っていない日を見たことが無いから」

「それって犬猿の仲じゃ……」

 雪菜は夏帆と月詠を交互に見て、本当にこの二人は主従の関係があるのだろうかと思っていた。

 周りの本棚には、この世に出ている本が並んでいつと思ったらそうでなく、霊力者やそれに近い者が扱う道具や本がずらりと並んでいた。どれもすべてが彼女、夏帆の物ばかりである。

 吉岡家は、古くから代々その家系であやかしが視る者が陰陽師おんみょうじとして後を継ぐことになっている。その中で、夏帆は最も優秀で次期当主が確定している実力者である。だが、彼女にとってはそんな面倒な事はどうでもいい事なのだ。隣にいる月詠つくよみは、夏帆のよき理解者であり、幼い頃から彼女の理想を叶えるために味方に付いている妖だ。

 この部活の表向きは文芸部となっているが、裏の顔はこういった妖の視える人間の集いの場である。部長は夏帆で、部員は灯真ともう二人在籍しているが、この場には未だに顔を出していない。

「さて、それでは本題に入ろうか。灯真、何か私に相談したいことがあるんじゃないの?」

「はい。夏帆さんは川沿いにある小さな小屋を知っていますか?」

「ええ、あの汚い使い古された小屋の事でしょ。それがどうしたの?」

「あの近くに今朝、美少女の妖が現れたんですよ。ああいう場所に現れる妖って知っていますか?」

「なるほどね。美少女の妖か……。灯真はその子が気になるんだ」

 夏帆は面白くなさそうな態度を取り、灯真に対しての当たりが強い。隣では雪菜が灯真の横腹を抓っている。確実に嫉妬しっとしているというよりか、怒っている。

「気になるというよりか、どこか遠い目をしていたんですよ。あれは、何か未練があると思って相談しているんです」

「夏帆、たぶんそれは川姫かわひめの事じゃないのか?」

「川姫? 月詠、誰よそれ……」

 夏帆は隣で立っている月詠に訊く。どうやら彼女も把握しきっていないらしい。

「川姫というのは、高知県高岡郡たかおかぐん、福岡県築上郡、大分県中津地方に伝わる妖だ。川などの水辺に現れる妖」

「それで、他には?」

「ああ、福岡では、若い男たちが水車小屋の近くに集まっていると、いつの間にかに現れるらしい。男たちはその美貌びぼうに見とれてしまい、川姫から精気せいきを取られると言われている。川姫が現れた際は、その場にいる年寄りが戒めの合図をし、若者たちがすぐさま下を向いて息を殺すことで、この災いから逃れられるという話を聞いたことがある。まあ、要するに危険な妖だ」

「なんだか、獲物えものを自分がばらまいたトラップで捕らえて一気に食べるみたいな。動物界では日常的な話じゃない」

「だったら、その仮説が本当だとしたらあいつは俺を誘き出そうとしてるとでも言っていいのか?」

「おそらくはそうだろうな。俺だって実際に見たこともないからどういう妖なのかは知らないが、たぶんそうだろうよ」

 月詠は、棚から取り出した本を読み始めた。

灯真とうま様、だったらあの妖と関わらなくてすみますね。実際に近づいたらどうなっていたことやら、死んでいたかもしれませんよ」

「大げさだな。夏帆かほさん、今回の件に関しては俺にやらせてくれませんか? 本当にやばい時には雪菜に頼みを求めますから……」

「ふむ。手出しをしないことに関しては認めてもいいけれど、その代わり、私も同行するわよ。彼女一人に任せてもしもの事でもあったら私にも少しは責任があるからね……」

 夏帆は言葉とは逆の態度を取っていた。目の輝きが幼い少年の目をしており、好奇心で満ち溢れていた。それを見ていた月詠つくよみは、面倒くさそうな表情をして額に手を当てていた。

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