雪解けてⅤ

「そうだ。学校というのは毎日生徒たちが使うから汚いんだよ。だから、十五分間の掃除を毎日のようにしている。さっき担当名簿を確認したが、俺と将気しょうき雪菜ゆきなは物理室らしい」

「一つ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「それって意味ありますか? 確かに掃除は大切ですけど……。たったの十五分ですべてが綺麗になるとは思えません」

 渡り廊下を歩きながら雪菜は納得していなかった。確かに十五分で綺麗になるとは思わない。それに午後の授業でまた、汚くなるだけだ。

 灯真は隣に歩く雪菜を見て、「あ、また面倒な事を考えている」と顔には出さないがそう思っていた。彼女は、家でもきれい好きで灯真の部屋は以前よりもゴミが少なく、落ち着かない部屋に返り咲いた。人も妖も女というのは綺麗で美しく居続けないと気が済まないのだろうか。学校の汚れは一生消えることもない。年に何度か、大清掃があるらしいがそれでもすべてが綺麗になるわけではない。雪菜にとってはストレスの対象になるのかもしれない。


     ×     ×     ×


 放課後————

 授業全体は午後三時半ごろに終わり、部活に入部している生徒たちは今から午後七時半まで活動している。将気は、サッカー部の一年エースであり、教室で部活着に着替えるとすぐに部室へと向かった。

 灯真ともまと雪菜は二階に上がり、渡り廊下を歩いて北校舎に向かっていた。灯真もまたある文化部の部活動に入部しており、その活動している場所へと向かっているのだ。

 九州の日の入りは意外と遅く、この時間帯になっても未だに昼間のように明るい。月が東の空で薄くギリギリ目視できるほどである。その場所は物理室の隣にある小さな扉の向こう側にある。

「灯真様、一体どこへ行かれるのですか?」

 雪菜は、何も知らずに灯真の後を追いかけていた。

「部室。さすがに帰宅部だと周りの目が痛いからな。雪菜も入ってみるといい。一応、話が合う人がいるから……」

「話が合う人ですか? それよりも人というのは本当にすごいですよね。このごみ溜めの中に三年間も出入りすることができて、これはある意味一生かけても抜け出せない問題かもしれませんよ」

「お前もその人の中に入っているんだけど……」

「私の場合、灯真様以外の人間は下等生物かとうせいぶつだと思っていますから大丈夫ですよ」

 そう言っているうちに部室の扉の前で立ち止まると、灯真は軽くノックをして扉を開けた。

 中では部屋の明かりが点いており、奥の席で女子生徒が本を読みながら座っていた。

「夏帆さん、今度は何をやらかすつもりですか?」

 灯真は中に入って最初に見たのは、彼女の目の前に置いてある怪しげな道具だった。中央には丁寧に描かれた陣。その周りを見たことのない道具が間を開けながら置いてある。

「なんだ、もう来たの? 一年生はもう少し遅く来ると思っていたわ」

「いや、それは俺の方が言う言葉だと思うんですが……」

「私は天才だから何も言われる必要がないの。文武両道ぶんぶりょうどう才色兼備さいしょくけんび、全てにおいて高スペックだから教師には何一つ言われないのよ」

「でも、ただ一つだけことを言うなら問題ごとを学校内で起こすことですかね。だから、部員が増えないんですよ」

「うるさいなぁ。だったら後ろにいる人に化けた妖は部員になるとでも言いたいの?」

 女子生徒は、後ろにいる雪菜を指差した。

「私が妖だとなぜわかるんですかぁ?」

 雪菜は微笑みながら聞き返す。だが、顔は笑っていない。

「君の妖力ようりょくが見えたからだよ。普通、人間には霊力れいりょくしかないがそれがない。だが、妖にある妖力があるのはおかしくないか?」

 女子生徒は、本を閉じて立ち上がった。

「灯真様、この人は一体何者なんですか? 如何にも私が視えているように言っていますが……」

「この人もまた、俺と同じ力の持ち主なんだよ。妖の視える数少ない一人だ」

「なんだ? その言い草は……。私の力が灯真より衰えているとでも言いたいの?」

「そんなことは言っていませんよ。でも、夏帆さんの場合、僕よりも霊力は低いですが、他の知識に関しては豊富じゃないですか」

 灯真は溜息をついて、席に座った。

 二年一組、吉岡夏帆よしだかほ

 この学校の有名人である。学力は二年生全体のトップに立ち、全国模試ではこの学校の三年生を抑えて全国でトップ五十位に入るほどの実力である。

 この学校にはフロンティア科と普通科の二つに分かれている。普通科は、二年から理系と文系の二つに分かれ、その特別クラスの理数科に吉岡夏帆はいる。

 そして、類い稀なる優れた容姿で常に注目を浴びている。

 要するに学校一といってもいいくらいの美少女で、いろんな意味で注目を浴びている。

 一転して、灯真は違う意味で注目を浴びている存在なのだ

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