雪解けてⅣ

 これだけ、裏表のある人間はどこを探しても極まれに見つかりはしない。

 自分の主には、敬語で優しく接し、それ以外にはガンを飛ばす。重くて強いきずなで結ばれた主従関係だ。

 雪菜ゆきなは、すぐに雪雲を消滅させる。

「だったら、彼女に今朝の話をするのはどうだ?」

「そうだな。本当は家に帰って相談しようと思っていたけど、雪菜もいることだし食べながら話でもしようか」

灯真とうま様が、私に相談事ですか。また、変な妖と関わっていないですよね?」

 雪菜が下から覗き込んで灯真を呆れるように見る。

「…………」

「やっぱりそうですか。言っておきますが、関わっていい妖と関わってはいけない妖がこの世にはたくさんあるんですよ。これで何回目ですか? そのたびに私も巻き込まれているようですが……」

「でも、やっぱり視えてしまうと気になってしょうがなくて……」

「分かりました。だったら教室に戻りましょうか。美咲が作った弁当が食べられなくなりますしね」

 三人は屋上を後にして、二組の教室に向かった。


「それで、その人は川のそばの古い小屋の所にいたんですね?」

 美咲みさきが朝早くから作っておいた少し冷えてもおいしい弁当を食べながら、今朝見かけた妖の事について話していた。

 昼休みも残り時間が二十分程になっていた。周りの生徒たちは弁当を食べ終え、小テストの勉強やスマホでゲームをしてたりと、自分のやりたいことをしていた。三人は、自分たちの席に座り、向き合って食べながら話す。

「おかしな話ですね。普通、人の住むところに妖が住んでいるって、そいつはよほど何かに未練があるのでしょうか?」

「未練ね……。だったら俺の場合は、この前の小テストをもう少し勉強しておけばよかった」

「小テストくらいで未練を残すなよ……。灯真、たとえ小テストが良くても本番が良くなかったら意味ないからな」

 将気しょうきは、既に昼食を食べ終えて英単語帳を開いていた。勉学にも抜け目のない所はさすができる男だ。それなのに今まで彼女の一人も作ったことが無い。それはおそらく、目の前にいる灯真が原因なのかもしれない。

「それで、妖の正体が何なのか雪菜は見当がつくか?」

「すみません。今の段階ではっきりと申しにくいのですが、学校が終わればその橋に行ってみないかぎり、判断できませんね……」

 雪菜は、想像もつかないような顔をしている。

「じゃあ、帰りに寄ってみよう」

「分かりました。でも、まずは遠くから様子を見るのが条件です」

「はいはい、分かってますよ」

 あやかしである雪菜は、いつになってもどんな状況でも冷静沈着れいせいちんちゃくで自分の頭の中にある知識を大いに活用している。それに高校の授業というよりも、人間界の勉強すら学んだことがないはずなのによく高校に入れたものだ。どういった裏口入学で入ったのかは知らないが、これから先、用心棒ようじんぼうと言っても無理な時がありそうである。

「そろそろ時間だ。灯真、片付けておいた方がいいぞ」

「そうだな。雪菜、机の上に置いてあるものを片付けた方がいい。後、床に置いているリュックサックは、廊下に置いてあるロッカーの上に早く置いた方がいいよ」

 灯真は、弁当箱を袋に入れて、それからリュックサックの中へと入れる。

 周りも同じタイミングでそれぞれ動き始めた。

 今から場所取りの戦いが始まるのだ。上に置いた者はこの後安心して持ち場に行くことができるが、置けなかったものは犠牲となり、後になって処理をしなければならなくなる。

「え、ええ? 灯真君、どうなっているの?」

 雪菜は手が動かず、動揺して戸惑っている。

 皆の前では、灯真の事を『様』ではなく『君』と呼ぶようにしている。同学年の女子で親戚の女子という設定でいる雪菜は、主従の関係をここで知られてはいけない。愛想よく、誰にでも仲良くできる人間にならなければならないのだ。

 灯真と将気は、自分の荷物をロッカーの上の端に陣を取り、きれいに並べる。

「雪菜、早く荷物を持ってこい!」

 灯真が手を伸ばして雪菜に声をかける。

 どんどんスペースは短い時間で埋まっていく中、雪菜は自分の荷物をまとめると、灯真に渡したが、その時には隣には別の生徒の荷物が置いてあり、遅れた生徒はしぶしぶ廊下の隅に詰めるように置いていく。

「こういう事、俺達も最初の方は取れるか、取れないかの争いだったが、時間を逆算してギリギリまで考えたらこうなるわけ」

「人間の弱肉強食の世界は、小さなことでもムキになるらしいですね。本当に単純なこと……」

 雪菜はこの光景を見て、呆れていた。荷物は、灯真と将気の荷物の上に置かせてもらい。昼休みの終わりのチャイムが鳴る。荷物を置いた生徒たちは、自分たちの机を後ろに下げて、音楽が鳴り出すと、多数がどこかに消えていく。

「もしかして、今から掃除でもするんですか?」

 雪菜は突っ立ったまま、その光景を目のあたりにした。

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