川姫篇
第2訓 雪解けてⅠ
四月中旬に指しかかった頃、高校に入学してから一週間ばかりが過ぎていた
桜も少しずつ散り積もり、小枝には緑色の小さな葉が
灯真は、その中を一人で歩いていると、後ろから自分を呼ぶ声がした。
「おーい、灯真!」
後ろから手を振りながら男子生徒が走ってくる。
灯真に追いつくと速度を緩め、息を切らせながら隣で歩く。
「なんだよ、
いつもならこの時間帯には普通に歩み寄ってくる男子生徒に対して問いかけた。
「ああ、目覚ましの電池が切れていて、時計の針が止まっていたんだよ。おかげでいつもより二十分後に起きたら朝の六時五十分になっていたんだよ。なんとか、朝飯だけは食べてきたけど、他にやることができなかったんだよ……」
何度も溜息をつく。
高校ではサッカー部に所属して、県の代表にも選ばれるほどの実力でもある。
「将気がそういう性格だということも知っているけど、朝からそこまでイライラしなくてもいいんじゃないか? 自慢の顔が壊れるぞ」
「俺をそこまでいい評価をしないでくれ。普通の人間だ。特別な物なんて一つも持っていない。むしろ、灯真はそれを持っているだろ? 俺は一度でもいいから妖がどういう生き物なのか視てみたいよ」
将気には、妖を視ることできない。灯真が、
だが、灯真は幼い頃から同級生などに気味悪がられること多く。そのたびに将気は助け、理解しているからこそ、その気持ちが分かる。それでも一度だけでもいいから本物が視えたらどれだけ恐ろしいのかも味わってみたいのだ。
「そこまでいいものじゃないよ。視えるということは逆に言えば、呪いも受けやすいし、襲われることあるんだぞ」
このやり取りを何度したことか、灯真は呆れながら言った。
灯真たちが通う
二人は何気ない日常会話をしながら橋を渡っていると、灯真が急に足を止めた。堤防の舌にあるちょっとした広場の
「あれは……」
と、灯真が呟く。
「どうした、灯真?」
「ああ、将気にはあそこにいる女性が見えるか?」
「え? どこに人がいるんだ? 誰もあの場所にはいないぞ」
将気は手すりから身を乗り出して、灯真が指さす方向を見たが、彼が言う限り、そこには誰もいないらしい。そうなると、あそこにいるのは結論から言って妖だということがほぼ百パーセントの確率で証明される。
人と全く変わらない妖ほど見分けが付きにくいのだ。
「もしかして、『いる』のか?」
「…………」
「そうか……。なら、今は近づかない方がいいだろう。どんな妖か分からないのに勝手に近づいたら元も子もないからな」
確かに将気が言っていることは正しい。でも、灯真の中では彼女はあそこで何をしているのかが頭の隅で気になっていた。
学校の目の前までやってくると、とうとう朝早くから最も面倒な事が始まろうとしていた。角度三十度、距離二百酸十メートルはある『栄光の坂』だ。ここ三年間、毎日のように生徒たちは上り下りをしなければならない。
脹脛が最も鍛えられそうな坂であり、頂上には体育教師が日替わりで校門の前で立っている。
今日は週の半ば、おそらく立っているのは新任教師の若い男性教師だ。普通科高校より商業高校などに行けば、絶対にモテるであろう芯のある真面目な人だ。
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