冷たき来訪者Ⅷ
「まだ湯に浸かってもいないのに上がるのですか? もしや、
「そ、そんなわけないだろ!」
灯真は振り返らず、顔を赤くして大声で叫ぶ。
デリカシーの無い
そして、そのまま勢いよく
髪の毛の先から
二人は黙ったまま何も話さずに時間だけが過ぎてゆく。他に誰もいないこの露天風呂は、
「その……ありがとう。俺を助けてくれて……」
「それ、私に言いますか? 私は、灯真様から頂いた
「一応、訊きたいことがあったんだが……。
「ああ、その話ですか。もちろん、雪女という妖は熱いのは好きじゃないですよ。ですが、私の場合は例外なのです。昔、人の暮らしというものを体験して以来、抵抗がついたのでしょう。だから、妖と人、どちらかと言うと半々といったところですね」
両手を上に伸ばして、灯真の背中に雪菜の体温が伝わってくる。
妖の体とはいえ、人間とあまり変わらない。意識すればするほど、湯あたりしてしまいそうだ。
「俺が倒れた時、誰かが助けに来たと思うんだが、雪菜は誰が来たのか覚えているか?」
「いいえ。誰も来てなかったですよ。たぶん、それは私の友人です。この森には、多くの妖がいますからね……」
「俺を助けてくれたのは、妖だったのか……。あれは確かに人だと思ったんだが……」
「雪菜は、俺と契約を結んだままでいいのか? 名にも力にもなれないし、明日、この地から離れる予定だけど……」
「私の主は、多数の質問がおありのようですね」
溜息をついて、呆れていた。
「あれ? そんなに質問していたか?」
「ええ、それはもうたくさん」
「あははは……」
「そうですね。さっきも言いましたけど、あなたが人として死を迎えるまではお傍にいるつもりですよ」
「長年いたこの地を離れてもいいのか?」
「ええ、この地は昔の思い出と共に残していくつもりです。それに新たな地に行き、環境の変化というのも味わいたいものですしね」
どこから持ってきたのか、長めの白いタオルと体に巻き、一呼吸置いていった。
「だから、私も連れて行ってくれますよね?」
背を向いたままの灯真に向けて、見せたことのない可愛い声に満面の笑みを浮かべた。
「————好きにすればいいんじゃないか……」
照れ隠しをして、灯真はその笑顔がどんなだったのか見ることができずに後悔した。
灯真は先に上がり、脱衣所で
扉の向こうでは、雪菜の姿の影がガラス越しに見える。
下着を着て、その上に寝間着を着る。
それから扉を開き、着替え終えている彼女に声をかける。
「雪菜って白い着物が似合うよな。それにその薄水色の髪にその瞳も」
「何を言っているのですか? さあ、早く中に入りましょう。念のため、霊体化しているんですから……」
「髪の色で分けているんだっけ?」
「はい。黒は人に見えるようになっていて、この色は視ることのできる人しかいません」
長い廊下を歩きながら、灯真の後ろを歩く雪菜は、毛先をいじりながらそう言った。
足音は、しっかりと二人の足音が聞こえる。
部屋に入ると、着替えなどを整理して寝る準備を始める。
布団は一つ、いや、一つしかないのになぜ、雪菜が未だにここにいるのか疑問だ。
「それで、なんでそこで座っているだ?」
「そりゃあ、私も睡眠をとるからですよ」
「布団に入らないで畳の上で寝ろ! そこに座布団があるだろ? 毛布は貸してやるから……」
雪菜は、黙ったまま睨みつける。
「氷り漬けにしますよ?」
笑顔でそう言いながら、左手から冷気が流れ出す。
「…………」
「さあ、どうします?」
「はぁ……、あのなぁ、俺が何もできないからって力で解決するの、やめろよな」
「嫌ですねぇ、灯真様が
「ほら、ここで寝ろ」
灯真は、自分が寝る布団にスペースを開けて、ポンポンと叩く。
雪菜はそのまま仰向けになって隣で添い寝する。ここ数日で様々な変化があり過ぎだ。彼女の本性がまるで分らない。
「雪菜、妖が視える事は特別な事なのかな?」
部屋の電気を消して、暗い部屋の中で彼女に問いかける。
「さあ、それはどうでしょうか? 嫌な事もあれば、楽しいこともある。出会いは半々だと思いますよ」
「そうか……」
灯真は、少しうれしそうに呟いた。
一月三日————
灯真と
美咲はなにも驚かずに、笑顔で雪菜の事を迎えてくれた。
帰りも交通機関を使わずに、高速道路を飛ばして、車はどんどんスピードを上げていく。
これが、灯真と雪菜の出会いの最低最悪の出会い————
それから約三か月後の現在————
「本当にお前との出会いは最悪だったよ」
「あら、そうでしょうか? 私にとっては面白い出会いでしたよ」
「何が、面白い出会いだよ。まあ、それにしてももうすぐ桜の季節も終わりに指しかかりそうだな」
「確かに、森も山も川も少しずつ変化してますから」
二人は夕日の射し込む光を浴びながら、時間が過ぎてゆくのを少しばかり楽しんでいた。
「二人ともご飯ができたわよ! 降りて来なさい!」
下から美咲が呼ぶ声がした。
「分かった。今すぐ行く!」
二人はすぐに立ち上がって、部屋を出た。
残された部屋の中に外から入り込んできた桜の花びらが、灯真の机の上に優しく散った。
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