冷たき来訪者Ⅴ

「そうだな……。明日は特に居たくないな。親戚しんせき中が集まるんだよ」

 灯真とうまは少し困った顔をしながら作り笑いをした。

 少しずつ自分の話を雪菜ゆきなに話をして、心が和らいでいった。


 しばらくすると、料理が灯真達の前に並べられた。どちらもおいしそうで一つ一つの手間てまが掛かっているのが完成度から感じられた。

「人ってこんなものを食べるの?」

「え、まあ、うん……。食べたことがないのか?」

「うん……」

 おかしな人だな、と灯真はみそ汁を飲みながらそう思った。

 二人は黙々と食べながら一言も会話をせず、しんみりとしていた。

 周りはガヤガヤと騒いでいて、その雑音ざつおんが耳に入ってくる。楽しそうな家族の会話。自分には、そんな大それたことなどできるとは思えない。

 二人は食べ終えると、灯真は受付で支払いをして、施設内をゆっくりと歩き回った。食後の卓球、ゲームセンターなど遊ぶところを回るのが多かった。

「ねぇ、あそこは何なの?」

「あそこはお土産屋みやげやだよ。雪菜は、本当にここの地元の人なのか?」

「うるさいわね! しょうがないでしょ、来たことが無いんだから……」

 頬を赤らめながら、灯真の頬をつねった。

「いたっ! 何するんだよ!」

「分からないなら自分で考えるといい。それよりもちょっと中を見てみたい……」

 雪菜は、物珍しそうにお土産屋を見つめている。

 それを見ていた灯真は微笑みながら合図を送り、彼女のために寄り道をした。

 ご当地キャラのキーホルダーやお菓子、服、ハンカチなどの日用品で使うことができる物ばかりが置いてあった。

 その中で雪菜ゆきなは、一点の品に目を引き寄せされていた。

 六枚の白花弁をもつ花の形のヘアピンセット————

 彼女の容姿だったら絶対に似合うだろう。

 今日のお礼にプレゼントを贈るのも悪くない。照れくさい所もある。

「何か欲しいものでも見つけたのか?」

 遠回しに雪菜に訊いてみる。

「ううん。可愛い髪飾りだと思っただけよ」

「そうか……。俺、欲しいものができたからレジで買ってくる」

 白々しく、そう言いながら彼女の前を通る時に左手で素早くヘアピンセットを手に入れる。

 そのまま、安いキーホルダーを適当に選んで列の後ろに並ぶ。

 灯真が持っているヘアピンを雪菜は知らずに他の品を見ている。

「あれ? ————今、姿が薄く見えたような……」

 灯真とうまは、目をこすりながらもう一度彼女の姿を見る。やはり、彼女の姿が薄れて見えるのだ。

「そうだったのか……。雪菜は人じゃなくで……」

 ホッとした気持ちと、少し残念な気持ちが灯真の心の中を駆け巡る。

 このまま気づかないふりをして、最後まで同じ人間として付き合った方がいいのか、きちんと彼女に訊いた方がいいのか、迷ってしまう。

 レジで精算してもらい、金額を確認する。

 ヘアピンセット・二千円————


 値段を確認しないまま、勢いよくその場の流れで手にしたものが二千円という未成年には高額な値段だった。

 最初は驚きを隠せずにいたが、出したものは仕方がない。取り止めようにも後ろには並んでいる人たちがたくさんいる。それ店員を困らせるのに悪気わるぎを感じた。息を呑んで、手を震えさせ、ゆっくりとお金を数えながら置いていく。

「高い……」

 肩を落胆させ、小さな紙袋を受け取ると、バッグの中に入れて溜息を洩らした後、彼女の元へ向かった。

 そろそろ太陽も西の山へと沈み始め、一部が隠れている状態になっていた。今年もそろそろ終わりを迎えようとしている。冬の日照時間も短く午後六時前には薄暗くなっている。それよりも前に家路についておく必要があるのだ。


 その帰り道————

 街灯の明かりがちらちらと点き始め、車やバイク、自転車のライトと混ざり合って明るさをもうひと段階明るくして視界が見やすくなっていた。

 灯真と雪菜は、雪が降る中一言も話さずに雪の道を歩く。

 ふと、雪菜の足元を見ると、物理的に不可能な足の後の深さに確信を持った。灯真の深さは大体十センチに対して、雪菜の足の深さは二、三センチ程である。まず、この異常な積もり方でこの深さはあり得ない。

 家の敷地内に入り、灯真は急に立ち止まった。

 雪菜は、灯真の後ろに立ち、振り返ると一歩後ろに下がった。

「ま、何といえばいいのかな……。まずはこれから質問した方がいいか……」

 一呼吸おいて、雪菜と目を合わせると、口を開いた。

「君は人じゃなくて妖怪ようかいだろ?」

「…………」

 雪菜は黙ったまま————

「脱衣所といい、姿が薄くなったり、そして、今、この足跡が何よりも証拠だ。人間の体重だったらこんなに浅い足跡は出来ない。それに度々、おかしな言動を言っていただろ?」

「————そうか、お前は気づいていたか……。なら、何もかも隠す必要は無かろう。見破った褒美として、私の姿を見せてやる!」

 そのまま雪菜は宙に浮かび、全身から溢れ出すに光に包まれて仮の姿から真の姿に変えた。

 白い着物、水色のマフラー、薄水色の髪、水色の瞳、肌を白く美しい。彼女は雪が似合う妖だ。

「あと一つ、忠告でもしておこう。あやかしに妖怪と言うのをやめておけ。妖の中には私と違って、穏健おんけん派がいるからな……」

 灯真を上から睨みつけて、そう言った。

「分かった。それは何も知らなかった俺が悪かった。最後に渡したいものがあるんだが……いいか?」

「……よかろう。で、その渡したいものとは一体なんだ?」

「これだよ」

 灯真はバッグの中から先程買った紙袋を彼女に渡した。

 受け取った雪菜は、中身を開けると顔色や表情を変えずに中からヘアピンセットを出した。

「…………」

 これを渡して、灯真は何をしたいのか理解ができない。

「それ、君にあげるよ。俺には勿体ないからな。要らないならどこかに捨てておいてくれ」

「ふん。人の子に貰った物など要らないわ! でも……一応有難く受け取っておこう。これを言うのも嫌だが……『ありがとう』とでも言っておこうか」

「ああ、それだけでいいよ。じゃあ、俺も『ありがとう』と言っておくよ」

 照れ隠しをする雪菜に対して、微笑みながら灯真は礼を言った。

「なんで、例を言う……」

「なんでって?」

「私は用が済んだら、お前を喰らって、力を取り戻そうとしたんだぞ! まあ、今も狙おうと思えばやれるけど……」

「知っていたよ。その妖力は昨夜感じた妖力だってことは……。だが、君は俺と共に行動したとしても一度も襲おうとしなかった。それはなぜだ? どこかに心残りでもあったのか? 人を恨んでいることは知っている。俺はそんな妖に何度も襲われ、殺されそうになったからな。それでも君は、恨みを持ちながら俺を殺さなかった。つまり————」

 そんな時だった。

『美味そうな餌が二匹もいるなぁ……。ん? これは人間の匂いがする!』

 妖の声、どこからか巨大な妖気ようきが流れ込む。

 その声の主は一瞬で灯真の背後に回っていた————

 灯真は、すぐに後ろを振り返ると、その妖はいきなり両手を伸ばして首を取ろうとしてきた。

「私の獲物えものに手を出すな! っ……。なっ……」

 灯真を庇って、雪菜はその妖に首を握りしめられた。

 彼女は宙に浮き、もがきながらも相手の手を退かせようと必死になる。

「雪菜! おい、お前! そいつから手を退け! 雪菜は妖だぞ!」

「人間も妖も俺にとってはどうでもいいんだよ。それに妖力の弱い妖を喰って俺はさらにこの地域の王となるのさ! 貴様もそれなりに能力が高いらしいな」

 全身黒の高さ六メートル程の中の上の妖だ。

「ちっ……。こいつを術で封じ込めるしか……いや、その前にどう助ければ……」

 手段が多すぎて、どれを先に優先すればいいのか思考をフル回転させて、考え続ける。ショルダーバッグから書物を取り出して、しらみつぶしにどの術を使えばいいのか調べる。ぶつけ本番でリスクの少ない術など多く存在していない。

「これは驚いた。人間のくせに術の一つも出せないとは……。そこで見ているがいい。神のさばきは神によって裁かれる。あやかしの裁きは妖によって裁かれる。それは人間も同じだ!」

 口を大きく開き、雪菜の足から口の中へと入れようとする。

 息苦しい雪菜は、足元を見て最後の気力を振り絞り言い放った。

「隙ができているが、それでいいのか? 口、冷えるぞ」

 狙いは定まらず、適当な場所に妖術を放った。

「ぎゃぁあああああああああああ‼」

 黒の妖は、雪菜から手を放し、凍りついた口の周りを押さえながら転げまわっていた。

 灯真の元へ近寄り、自ら指示を出す。

「その書物に書いてある契約のを私にしろ!」

「何を言っているんだ! 契約したからって何にもならないぞ! それにお前だって嫌だろ?」

「今はそんな事を言っている場合ではない! 奴の妖力は、今の私よりもはるか上だ。その上を行くには、霊力の強いお前と契約を結ぶしかないんだ!」

「契約した人と妖はその後、どうなる?」

「その先は私がお前の血や肉、骨までを全て食べ尽くすまでよ!」

 雪菜の瞳は獣の目をしており、灯真はその威圧にゾッとした。

 妖と妖のそれぞれのプライドの持った意思。

 彼女はそれを捨ててまでもあの妖を喰おうとしているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る