5 ~醒の二少女~


 突然の連続だった。

 灯成ともなたちとお茶をした帰りに、いつぞやの探偵さんにまと外れな謎解きを披露ひろうされ、

 気持ちの悪い大きな音が鳴り響き、

 深輝みきさんと一緒に、探偵さんに着いていった双子を追いかけて、

 城北公園に来てからは影の怪物に散々さんざん命を狙われ、

 頼みのつなだった魔法少女の探偵さんには戦えないと打ち明けられ、

 無情に広げられた闇のつばさに、とうとう死を突き付けられる、

 かと思えば、どこからともなくうすピンク色の魔法少女が現れ、ディザイアーを踏みつけ吹き飛ばしてしまった。

 もう何が何やら、感情も思考も追い付かない。

 だが、なによりも一番おどろいた突然は、そのすぐ後に起こった。


「まったく、今日は随分と我慢がまんしたものね……」


 探偵さんにかばわれる形で広場の地面へ倒れ込んでいた深輝みきさんが、先ほどまでの怯えようがウソのような、りんとした声音で起き上がったのだ。

 そのまま体を立たせ、黒墨くろずみの振りそで姿の深輝みきさんは薄ピンクの魔法少女へ、「味方か」と問いかける。それに対する彼女は、いぶかし気に「邪魔をしないなら」と頷いた。

 我らが日本の民族衣装、振り袖・着物。今の今まで着ていた、西にし城北じょうほく中学校の紺ブレザー制服はいつの間にか消え去り、その民族衣装風のドレスへ、彼女は一瞬にして着替えていた。

 場違いでありながらもこの場に相応ふさわしくも感じる服装。そんな恰好を着こなす存在を、私は身近に知っている。


深輝みき……さん? あなた、魔法少女まほうしょうじょだったの?!」


 目の前の後輩の変わりように、親友の色少女を重ねた。

 今しがたの衝撃で転んだ状態のまま声に出す私に、全身くろ色の魔法少女は視線をこちらへ移す。

 無造作に結ばれたつやのある黒いサイドテールの根本、以前に私がゆずった薄ピンクのリボンを丁寧にほどきながら地面に片膝を着くと、深輝みきさんは私の手を取って、微かにさくらの香りがするそれを置いた。

 彼女の見下ろす視線は変わらないが、目線は私と近くなる。

 まっすぐに私を見つめる、その綺麗な紫紺しこんの両目は紛れもなく深輝みきさんのものと同じで、少し安心する。


すぎ小鞠こまり、だったかしら。驚かせたわね。人前で変身するのは極力けたかったのだけれど、これからトモナ――フレアと共に活動していく以上はあなたにも知られることもあったでしょうから、今は現状だけを受け入れなさい。私は……敵ではないわ」


 それだけを言いきると、深輝みきさんは膝を上げて、吹き飛ばされたディザイアーに向き直った。


「あ、あれ……のら、ちー? じゃん。てかなんでいま変身――」

「一応、あなたも敵ではないということにしておいてあげてはいるけれど、私は毛ほども信用していないから。いぬ探偵」

「あ、あっははは……。ま、魔法少女ちゃんもおひさー」

「ボクも、あんたの顔は覚えてるよ。探偵たんてい女」


 一瞥いちべつもくれずに吐き捨てる深輝みきさんに、肩越しに探偵さんを睨みつける謎の薄ピンク少女。謎の少女の方は、見た目通りすごく可愛らしい声なのに、声色からは敵意がありありと伝わってくる。

 いったい何をしたというのだ、この女子高生探偵は。

 その得体の知れない高校生の引きつる顔の隣、音子おとこさんの背中から、魔法少女たちの掛け合いに永未えいみさんと夢香ゆめかさんが文字通り顔を出す。


「……スゴい! 魔法少女が二人も!」

「ミキちゃん魔法少女やったん!?」

「一応あーしも魔法少女なんけどな……」

「だから双子。今はそこに問答を……」


 深輝みきさんは顔だけ振り向き、双子姉妹の緊張感のない憧望しょうぼうに呆れ気味な声で返す。


「……《ミキ》? すぎこ――」


 しかし、薄ピンク魔法少女を襲う影の衝撃波が、それを途中でさえぎった。

 巨大な鳥の影は、その余波だけでのっぴきならない現状の空気を呼び戻させ、私達の斜め後ろ、広場を囲む木々をぎ倒していく。直線的に仕掛けられた襲撃を正面から向かえたうすピンクの魔法少女が、押し殺した悲鳴で弾き飛ばされながらも、横へ受け流してくれたのだ。


「ボクっ!!」

「だい、ジョーブだ……よ。それよりもあんた、こいつらとは戦えるの?」


 お尻を地面に着けたままの私の元まで転がされた薄ピンクの魔法少女は、駆け寄る深輝みきさんを持ち上げた手で制止する。

 しっかりと広場の芝を踏み締めて立ち上がる、薄ピンクの魔法少女から黒墨くろずみの魔法少女深輝みきさんは意識を外す。

 紫紺しこんの視線の先は、その巨体で薙ぎ倒した樹木の山で羽を奮わせるディザイアーだ。


「……ええ。と言っても、戦力になるまでには時間がかかるわ。経験だけならある、といったところかしら」

「分かった。じゃあ、少しなら時間をかせいであげるから、なるべく早く戦力になってほしいかな」


 うすピンクの魔法少女の強い意志のこもったうるし色の瞳も、照明が落ちた公園の暗闇にける影の怪物へ向けられた。





 不幸ふこうは告げた。

 この男を自分へ寄こすなら、これ以上、彼自身は何もしない、と。その、イワオくんと対峙していた男は、が飛び去った後も、状況の変化に追い付いてないのか、廊下の壁に背を預け、黙って座り込んでいる。


「こう、すけを……どうする、つもり?」


 あたしのドレスの裾を掴む花緒はなおさんが、力ない声で不幸屋に問い掛ける。

 その声は、彼女自身がこれほど怯えるまでに何かをしたという相手を、気にかけているようだった。


「いいっえ、なンにもいたしませんっよ。わぁったしは。こぉっれがなされったことは、世間的にも、刑法第269条故意こいに目的をもって醜欲不命体を発生させてンはならない、っ的にぃンも、裁かれることでっすから。お警察ンの方々かたがったへプレゼンっトゥするだけでぇっすンよ」


 ただ、と不自然なスーツの男は続ける。


「そう。わーったしがすンるのは、ただこの男これの素っ敵ではない不幸を、無ン理やり買い取るだっけです」


 気持ちが悪いくらいに表情が死んだ顔から吐き出す、ミスマッチもはなはだしいおどけた口調で。





 薄ピンクの魔法少女まほうしょうじょが動く。

 深輝みきさんのセリフに答えると同時に、彼女は姿勢を低くして構える。そして少しのの後、そこから予想される予備動作をわずかすらも見せずに、影の怪物へ向かって目にも止まらぬ速さで攻勢へと出たのだ。

 しかし、魔法少女の戦いに慣れていない私はもちろん、ディザイアーの意表すらもいたであろうその突撃は、思いもよらない、自陣からはばまれた。


「――!!! 音子ネコちゃん止めて!!」


 助手のスポーティ少女は探偵の指示を耳に受けるが早いか、シャツの下、背中から取り出したロープを、電光石火の早業はやわざで薄ピンクの少女の白いレース手首へ巻き付ける。

 魔法か何かで飛び出したするどい勢いに、寸分は体を持っていかれるものの、すぐに体勢を保ち、音子おとこさんは薄ピンクの魔法少女を重力に逆らった真横に吊り上げた。

 そのすぐ後だった。

 薄ピンクの小さいリボンが付いた白い靴のつま先。

 恐らくは、そこが境界線。

 突飛な攻撃を仕掛けてきた魔法少女に対し、樹木の中にたたずんでいたディザイアーは影の翼を半開きでうるさく震わせ、続く雄叫おたけびと共に激しく広げきる。

 その衝撃波はなぜか目に見え、ピンと張られたロープに勢いを殺された薄ピンクの魔法少女に届く寸前までの範囲全てを、

 まだ生きている公園の照明に薄暗く照らされる、広場の芝や、影の怪物の周りに立つ木々。ほのじろい衝撃波に収まるその全てが、茶色く、一瞬にして枯れきったのだ。

 それにともない、二度にわたる薄ピンク魔法少女の襲撃で傷ついていた翼が、見事なまでに元通りになっていた。


「再生、捕食……? っ、生存本能――『生存よく』か……!!」


 曲解の余地もなく、緊迫した表情で探偵さんが口にした言葉の意味は、すぐに呑み込めなかった。けれど、現状を見ればこれだけは分かる。あれ衝撃波に飲まれれば、命をわれる。

 理屈はともかく、今のディザイアーの攻撃を察知した探偵さんは見事だ。ほんの少しでもタイミングが遅れていれば、彼女は衝撃波の餌食になっていたのだから。

 不自然に線分けされた枯草の手前の芝生に、薄ピンク色の魔法少女は落ちる。それを音子おとこさんが、くくり付けたロープで即座に回収していく。さしもの彼女も、今の怪物の攻撃は予想外だったのか、手首を引きずられることに意識が向いていないようだ。

 それを、私がはっきりと分かったのは、音子おとこさんの足元まで彼女が手繰り寄せられた時だった。


「「魔法少女まほうしょうじょさん、危ないとこやったな」」


 音子おとこさんの陰から、双子の少女がそろって顔を出す。

 そして姉妹が声をかけた途端、薄ピンクの魔法少女はここにきて一番の狼狽ろうばいを私たちに見せた。


「エミユメ?!?! なんで――近付いちゃダメだ!!!」


 魔法を使ったのかと見紛う、恐らくは反射的な動きだったのだろう。影の怪鳥から完全に外した視線ごと、謎の魔法少女は永未えいみさんと夢香ゆめかさんの方へと神速の如く振り返った。

 私が、謎の薄ピンク魔法少女を目にしたのは、それが最後だった。





 あたしは、を聞いた途端、ほんの一瞬でもお姉さんを置いて今すぐイワオくんの元へ飛んでいきたいと、思ってしまった。

 何故なぜそんなことをするのか、と問い掛けたあたしに、目の前の不幸ふこうはこう答えたのだ。


「おっほほほほ。まーっあ、私がこっこへ来た目的はとーぅに無くなっているンのっで、ひンまつぶしといったところでっすね。私の方っはこれ以上ン長居する理由もないですし。この後ンは、お好きになさいまっせ」

「無くなったって、いったい何をしに……」

「おっほほほほほ。あなンたにぃっは、感謝しておりますっよ魔法少女まーほうしょうじょ。さん。ンあっなたが居ぃったンおかげっで、おー仕事しごとがスゥームンズに終わりましたかっら」


 不幸屋は確かに言った。自身の本来の目的は、すでに達成しているからと。

 彼から買い取り、売りつけた不幸は、ある条件をもって不成立となるから。

 普段は眠っているが、《 》と共に、《彼女たちの元へ》向かった時点で。自然にそうなる、と。





 激しくまたたいた光に、私は視線を外しかけた。

 その視線の先に突然、薄ピンク色のドレスに身を包んだが現れる。

 驚きに誰もが声を出せない中、今しがたのまばゆい光が集約した彼の右手中指に、先程までは見受けられなかった光りかがやく指輪があった。


「あら懐かしい魔力を感じると思ったら」

「懐かしい顔が僕たちを覗いているね」


 花びらやツタのような綺麗な台座に、無骨な石がはめられた指輪だ。

 そこから、二つの声がする。


「本当だ。帰ろうか、私たちのもと居た場所へ」

「そうだね。るぎない優しさと、はかない夢の源へ」

「っっ!! 待って!!」


 音子おとこさんの足元に座り込むパーカーの少年が、二度にたびの瞬きに遅れて右手を胸に抱え込む。

 イワオくんの抵抗をすり抜けた光は二つに分かれ、ロープを握る助手少女の左右の背後へ飛んで行く。

 片割れは永未えいみさんの胸元へ。

 片割れは夢香ゆめかさんの前髪へ。

 それを見て、一足先に真相へ足を踏み入った探偵さんが、ひとごとに叫ぶ。


「まさかとは思ってたけど、やっぱり、しょーゆーことか! 不幸に不幸を掛け合わせて極上の不幸を……ってか。いかにもあの押売おしうりの好みそーなやり方っしょ……!」


 大山おおやま姉妹が、自身らの体に突如けられた装飾品へ、それぞれ手をやる。

 するとそれを待ってたとでも言うように、道端の粒石を調達したと思わせるネックレスと、草花をこしらえた髪留めが、にび色と若葉わかば色に光り出す。

 変わらず意識を向けていたはずだ。なのに、私の隣どなりに膝を着いていた双子が、一瞬にして消え去ってしまった。

 先ほどの深輝みきさんや、灯成ともなが変身をした時に近しい輝きが発せられ、凝縮するように収まる。代わりにそこに居たのは、淡いむらさき色のショールをそれぞれ首にかけた大正ロマンを匂わせる、和洋折衷のドレスを身にまとった見知らぬ少女たちだった。

 片やねずみ色の、もう片方は若葉わかば色のリボンを結んだ、顔の造形以外は良く似通った二人の少女だ。

 いったい何が起こったのか、さっぱり分からない。

 私以外の、魔法少女まほうしょうじょ全員だけが、その現象を知っていた。

 そして高校生探偵魔法少女が口にした、先の真相の続きでようやく、私は彼女たちの正体を理解した。


「あーしの読みがちょっちズレてたんは、こーゆうコトだったん。不幸屋あのヤローが魔法少女にしたんじゃない。双子ちゃんズは……もともと魔法少女まほうしょうじょだったんだし!!」


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