1 ~偶の疑少女~


 昨日の月曜日、イワオくんはお休みだったらしい。

 放課後に合流した永未えいみちゃん達からそれを聞いたあたし達は、イワオくんの家を訪ねた。しかし大勢で怪しまれないように三人で向かった双子ちゃんと深輝みきちゃんによると、海老浦えびうら家の門は固くざされ何も反応がなかったという。

 その後は、十分じっぷんくらいの張り込みだけで終わった。午後から曇り出したおかげで少しは涼しく感じたが、お昼までに暖められた空気が暑くてしょうがなかったからだ。

 その十分も、数台の自転車とおばあちゃん三人組にとりかごを持った男の人、犬の散歩をする人が二組ほど通り過ぎただけで、特に変化と言えることは何も起きなかった。

 あたしを含め、皆がはっきりとは分からない心のくすぶりを抱えたまま、火曜日は五月二十四日。

 この日、この一週間、ひいてはや問題は、急転直下の解決を迎えることになる。




「それじゃあ、結局イワオくんは今日も学校をお休みしたというのね」

「「うん……」」


 小学校の方には両日とも、本人から風邪かぜの旨の連絡があったらしい。けれど、イワオくんに協力的な関係のあきらくんにも詳しい事情は知らされていないらしく、彼の方から大山姉妹永未ちゃん達に何かあったのかと聞かれたのだという。

 ひかりおか大幸たいこうお姉さんのカフェ『角笛庭つのぶえてい』で深輝みきちゃんと対面していた双子ちゃんは、元気のない声でそれらを話してくれた。

 調査の休憩と作戦会議を兼ねたお茶会だったけど、夕暮れ前に来た大幸たいこう先生にお開きにされて、あたし達は東京メトロの氷川台ひかわだい駅へと戻ってきた。

 学校から家が近いという永未えいみちゃん達を送るために、城北町小学校の前までやってきたあたし達はそこで、どこか巡り合わせを感じるような人物たちと出会う。


「お。やほー、トモナー。いーところで会ったね」

「会った、というよりも、普通に待ち伏せていたんですけどね」

「あっははは。まーたびょうでバラされたし」


 出会って間もないながら既に聞き慣れた、漫才じみた会話。

 今日は学校帰りなのか、はだけたカーディガンの女子高生は、以前は持っていなかった学校かばんを提げている。


「み、ミサキさん!? どうしてここに……?」


 まだ空を赤らめている夕陽と替わるようにき出す街灯の下で待っていたのは、高校生探偵魔法少女まほうしょうじょのミサキさんと、その助手である音子おとこちゃんだ。


「あの方たちは、確かこの間の探偵たんていの……? 先輩、お知り合いになったんですか」

「えっ? あーうん、ちょっとね。……え、えへへ」


 そういえば、深輝みきちゃんにルナちゃんの時の記憶は無いのだった。

 けれど、そんな些細なことよりも気になったのは、音子おとこちゃんの格好だ。

 今まで出会った二回とも持っていなかったミサキさんの学生鞄にも気は引かれる。しかしそれ以上に、つばを後ろに被ったキャップ、タイトなブラウンのシャツにスカートレギンス、しっかりと足首などで留められたスポーツサンダルという、過去二度のゆったりとした印象とは全く違う音子おとこちゃんの服装が、不穏な空気を一点に押し出してきていた。

 少なくとも、『待ち伏せていた』という彼女のセリフは友好的なものではない。


「まー、今日来たのはモチのロン、話があってなんだけどネ」


 あたしの平穏ではない心を読んだのか、ミサキさんはいつもの無邪気な笑顔を見せる。


「こないだ会ったときに話した事件のコト覚えてる?」

「「じけん……」」

「っていうと、男の人が夜な夜な襲われている、とかいう事件のことですか?」


 またも突如現れた女子高生探偵に、双子ちゃんもいぶかしむような声を漏らす。

 そんな双子ちゃんに代わるように、小鞠こまりちゃんが十日ほど前に聞いた情報をしっかりと問い返した。


「そーそーそれそれソーランソーラン――じゃなかった」

北海道ほっかいどうの民謡はいま関係ないでしょう」

「分かってる分かってるし。てかあれ北海道のやつだったんか」

「はい、またズレていますよ、お話」


 お約束の横道から帰ってきたミサキさんは小さくせきばらいをすると、今度はうって変わって真面目な顔であたし達と対峙する。


「えーっと。なんだっけか。男が襲われてるって話か。実はその事件、あれから進展があったんよ」

「それは、良かったですね。ニュースとかでもあまり見ない事件ですけど、解決できそうならそれにこしたことはありませんし。でもなんでそれを私達に……?」

「前に、あーしが『野生の魔法少女知んない?』って聞いたの、覚えてるっしょ」

「話の流れからしてなにかしら関係があるのかな、って思ってはいましたけどそれが……? まさか、灯成ともなと何か関係が?」


 ミサキさんは頭を横に振る。


「うんにゃ。はカンケーナッシングっしょ。言ったのは野良……じゃなくて野生の魔法少女。まあ今までの話で男を襲撃してんのは魔法少女だってのはさっしてるだろーけど、詳しく言うと、襲撃事件はこの練馬ねりまを中心として起きてんだよね」


 捜査を攪乱かくらんするためか、あるいはターゲットの問題か、練馬以外でも事件は起きているものの、状況証拠や犯罪心理学から練馬が襲撃者の活動拠点であると推測できるのだとか。

 また被害男性からていた証言などから、魔法少女、それも探偵魔法少女が記憶していないフリーの魔法少女が襲撃者としてげられていた。そして以前ミサキさんが遭遇そうぐうした現場で、襲撃者たる魔法少女と直接対面したことによって更に年齢層まで絞り込められ、人物像はかなり浮き彫りになったという。

 そして襲撃者の魔法少女は、通常ではあり得ない、二つの性質の魔法とおぼしき力を使っている。

 淡々と、説明をしていくミサキさん。

 そんな彼女は、ここまで語ったところで、少し間を取った。


「……と、まあ。イロイロとあーしの推理を並べてみたんけど、ちょっちここで別の話すんね。あ、ズレては無いから安心して。実はあーし、この事件とは別にある人物を追ってんだけどねー、こーれがまたとんでもなく胡散うさんくさい男でねー。その男のことを調べてたら、そいつ最近ちまっこいの達と絡んでたみたいなんよ」


 それは厄災やくさいを振りく者。摩訶まか不思議ふしぎを与える者。不幸ふこうあきなう男だと、ミサキさんは言う。

 奇跡を無視して魔法少女を生み出しるのだと。


「その男に絡まれてたっていうのがえーと、確か大山おおやま――永未えいみチャンと夢香ゆめかチャン、だったかなー。キミ達、魔法少女まほうしょうじょに変身できるっしょ」

「「「っっ!?」」」


 唐突とうとつな探偵魔法少女の切り出しに、思わず驚きの声を漏らすあたし深輝みきちゃんの後ろ。あたし達の方へ数歩前に出て、変わらぬ真面目な顔で口元だけ緩めた彼女の視線は、まっすぐそちらへ注がれている。

 その目の向けられる方へ引っ張られるように、背後へ振り向く。深輝みきちゃんの斜め前に立つ小鞠こまりちゃんと同時に視界に収めたのは、今どういう状況になっているのか分かっていないといった顔で並んで立ち尽くす、双子の女の子達。

 どこか怯えているかのようにも見える彼女たちの目線へ合わせるように、あたしより少し背の高いミサキさんは、ひざを折って


「あーしは別に警察けーさつの人間じゃないし、犯人捕まえに来たとかゆーわけでもないんだけどさ、一つ聞いてもいいかな。どーして男共を襲ってんの?」

「――。ぁ……」


 何か言おうとして、しかし出す言葉が見つからないのか、左腕にしがみ付く妹の手を取ったまま、永未えいみちゃんは小さく口を開け閉めしている。

 いろいろと理解が追い付かない。永未えいみちゃんと夢香ゆめかちゃんが、魔法少女。いや、そんなことよりも、ミサキさんの話を要約すると、二人が、一連の男性襲撃事件の襲撃者――ということだろうか。

 あたしと同じように困惑しているのか、小鞠こまりちゃんと深輝みきちゃんは無言のまま場のすえを見つめる。

 そこで、いま一度、永未えいみちゃんが口を開いた。


「あ……あんた……アホなんちゃう」

「――え?」


 間を置いてミサキさんが頓狂とんきょうな声を出したのは、それを永未えいいみちゃんがあきれ顔を隠さずに言い放ったからだろうか。


「その、不幸ふこう男……? ってゆうのんも、うちも夢香ゆめかも会うたことないし、なにをどうカン違いしたんか知らんけど、なんかの犯人とかでもないし――」

「そもそもウチら、魔法少女とちゃうし」


 横顔を見るだけでも、ミサキさんはぽかんとしているのがうかがえる。

 呆れと猜疑さいぎの表情を浮かべる双子ちゃんは、じり、じり、と深輝みきちゃん後ろへにじり寄り隠れていく。


「ま、まじで?」

「ホンマに知らんし」

「じぶん、探偵や言うんやったらうちらがウソついてるかどうかぐらい、わかるんとちゃうん」

「あー。うん。おけおけ。まるまる。そーだね。確かに、ウソついてるってカンジじゃねーけど……。あれ……? でも――うーん?」


 夢香ゆめかちゃんと一緒に黒髪くろかみ少女の背後から顔を覗かせる永未えいみちゃん。

 その二人に、これまでの自信満々だったり、自由奔放とした体を成していたミサキさんが、初めて動揺を見せていた。

 恐らく、よほど確信や自信があったのだろう。「けどやっぱ――いやだったら――もしかして――うんにゃそれなら――いやそんな――」と、探偵魔法少女は見た目的にも、うかがい見れる様子から見ても、頭をこねくり回している。もしかすると目も回っていそうな雰囲気だ。

 そんなミサキさんの取り乱し様にどうしたものかとあたし達が顔を見合わせる。

 あられもない女子高生探偵の助手たる音子おとこちゃんはどんな様子だろう、と初めの場所に変わらずひかえているスポーティなおっとり少女へ振り向く。

 こちらもまた、双子ちゃんとはまた少し違うニュアンスで呆れている。

 しかし、あたしがその呆れ顔を網膜もうまくに捉えることが出来たのは、ほんの一瞬だった。あたしの注ぐ視線の先、彼女は今まで見たこともない厳しい表情と俊敏さで、斜め後ろは城北公園のある方へ身をひるがえす。


「……まさか――! でもそんなこと――」


 それは、一際ひときわ大きく独り言を呟きながらミサキさんが立ち上がったのと同時に起こった。

 何かに例えるのも難しい、地響きとも違うにぶい振動と重音じゅうおんが、関東かんとう平野へいや及びその近辺を駆け巡ったのだ。

 のちの話では、この謎の衝撃は一番遠い場所で、山梨やまなし県の甲府こうふ盆地ぼんちでも観測がされたという。


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