4 ~双の佳少女~


 不幸や。


 何がっていうワケやないけど、ウチらは、世間一般的には不幸な内や。

 お母ちゃんをうらんでるわけやない。せやけど姉妹でありながら、ウチとお姉ちゃんは顔がまったく違う。ほんでもってそこに、ウチの不満はある。

 なんでウチはお姉ちゃんみたいじゃないんか。なんでお姉ちゃんは、ウチみたいにマシな顔じゃなかったんか。

 ことあるごとに、おもてまう。思わされてしまう。

 幼稚園まで京都きょうとに居たウチらは、東京とうきょうに来たらそういうんは無くなるて無邪気むじゃきおもてた。けど、違った。年長の時分ですでに分かりきってた周りの反応は、関西でも関東でも、変わりはなかった。

 変わらへんのは、つよくてやさしい、お姉ちゃんだけで良かったのに。


 なんで。

 なんでお姉ちゃんばっかりが、バカにされんとあかんのか。



 ホンマ、お姉ちゃんの凄い所が分からんアンタらも――


 不幸やで。





「だ、ダメぇ! そんなに激しくしないでぇっ!」

「「ともちゃんともちゃん!! 魔法少女まほうしょうじょ、変身して!!」」


 五月二十一日。

 お姉ちゃんと二人、ウチらはともちゃんの肩を揺らして、昨日の金曜日にコマリちゃん達から聞いた魔法少女をお願いする。

 夏かと間違えるくらい、うだるような暑い日差し。それが城北じょうほく中央公園のこもれ日として刺すように注ぐベンチに座るともちゃんは、赤茶あかちゃ色の髪と一緒にふるわせる声で断固拒否を続けていた。

 さっきから、きの約束がどうとか、コンドウさんにしかられるとか、色々言って全然ぜんぜん変身をしてくれない。けちんぼだ。


「そ、それよりも。イワオくんの捜査は今日はしないの?」


 頑固なともちゃんの両肩、そこへ不満を更にぶつけるウチとお姉ちゃんを、コマリちゃんはミキちゃんと一緒に引き離す。

 ミキちゃんにいたってはウチの首根っこを猫ちゃんみたいにつかんで引きずっていく。えりが伸びるから止めてほしい。それを言えば、また何かと言い返されるからしないけど。


「そんなことよりも魔法少女やん」

なまの魔法少女とか初めてやもん」

「生って……」

「あなた達が頼んできていることを”そんなこと”と言うのなら、私達はもう協力しないわよ」

「「うっ……」」


 ウチのえりから手を離し、言葉を選びそこねたお姉ちゃんを軽くにらんで、ミキちゃんはともちゃんを立たせて行こうとする。

 これは、例の【脅し】も効かない感じのヤツだ。


「ご、ごめんなさい!」

「マジメにやるから見捨てんといて!」


 ウチらに背を向けるミキちゃん。ここで見放されてはどうしようもないウチらは、彼女の黒髪くろかみを引き立たせるようなあおみがかった黒いノースリーブベスト、そのすその左右をお姉ちゃんと二人で引きずられるように掴んで引き止める。


「わーっ、伸びる伸びる。分かったから一旦いったん手を離せ!」


 ウチにしたことを棚に上げ、ミキちゃんはともちゃんを連れだす足を止めた。

 振り向くミキちゃんのすそを離し、流れるように仁王におうちをする黒ロング少女の足下に二人そろって正座をする。下は草だけど、この空気の中でそれ以外の行動は思いつかなかった。

 そして、なぜか一緒に隣に座るともちゃん共々、ミキちゃんの言葉を待つ。


「……それで、今日も彼のことを調べるのは良いとして、一体どうするの」

「そ、それは……」

五和夫いわおくんに張り込みして、尾行……?」


 小さいため息の後、思ったよりも早く口を開いたミキちゃんの問い掛けに口ごもるウチの代わりに、お姉ちゃんが答える。

 ウチも同じことを考えたけど、腕を組むミキちゃんの返答は、想像通りに厳しい内容だった。


「この一週間そればかりをしてきて、何か収穫でもあったかしら?」

「それ、は……その――」

精々せいぜい言っても、あきらがイワオくんの代わりに買い出しをしている、くらいのものだけれど。それが分かったところで、イワオくんの様子がおかしくなったという根本的な問題の解決へはあまり進んでいないでしょう」

「「…………」」


 なんとか絞り出した唯一の成果も、ウチが口にするよりも先にあっさりと切り伏せられる。

 日差しの暑さとは別に、えた汗がおでこや鼻といった顔中を流れ落ちていく。

 目の前のミキちゃんと目を合わせられず、同じく視線を逃がしたお姉ちゃんのそれとぶつかり、なんとなく気まずくなって反対の左側に向け返す。

 すると、その視線の先のともちゃんは、そこはかとなく体をもぞもぞとさせていた。


「あ、あの~……」


 ウチが赤茶あかちゃの中学生の様子に疑問を抱いたその時、肩身をせばめたともちゃんは恐る恐ると小さく手を上げる。


「お、お姉さんって今どうしてるのかな?」

「……誰のですか?」

「えっと、ほら。確か、イワオくんってお姉さんと一緒に暮らしてるん――だよね。お姉さんが居るなら、足が悪いイワオくんがお買い物に出なきゃなんないこと……って、ないじゃないかな? って……」


 聞き返したミキちゃんとウチらに、アタフタと要領ようりょうない身振みぶりでともちゃんが答えた内容は、まさにモウテンだった。


「それはそうかもしれないけど、イワオくんのお姉さんが居なくなったから、あきらくんが代わりとはいえ自分で買い出しをしているって状況なんじゃ……?」

「でもあきらくん、この間、男の子にはいらないモノ買ってたよ」


 ウチらがパッと思い浮かんだ反論をコマリちゃんが投げかけるが、ともちゃんはあっさりとそれをくずす。

 ともちゃんの話の最後に、ミキちゃんが反応する。


「男の子がいらないもの……? ――あ。それは、彼のお母さんの――」


 そこまで口にして、しかしミキちゃんはこの一週間でウチらがともちゃんらに伝えた五和夫いわおくん家の事情を思い出して留まった。


「いえ……。イワオくんのお家は、ご両親はずっと前に海外に働きに行ったきり……。だから、あきらもとい、イワオくんが男の子に必要のない物を買う理由は、保護者の代わりをして一緒に住んでいるはずのお姉さんのこと以外に考えられない――ということですね」


 ミキちゃんの推理に、ともちゃんが目を輝かせてうなずく。

 そこで一瞬、今までモヤモヤしてた目の前が、ゆっくりと晴れていくような感じがした。


「今まではイワオくんに何か問題が起きて、異変が生じたというていで動いていましたが、その前提がくつがえるとするならば大きな進歩ですね。あるいはようやくスタート地点に着いたとも言えますが」


 ミキちゃんの厳しい意見はともかく、今の話が本当なら、取るべき選択肢はそう多くなくなってくる。


「とりあえず、一回、五和夫いわおくんに行ってみる必要、あるな……」


 お姉ちゃんの呟きに、ウチだけじゃなくコマリちゃんとミキちゃんもうなずいた。

 これまですれ違っていた目的と目標が合わさったなら、あとは行動あるのみだ。

 地面に座っていたともちゃんとウチらが、いよいよ、と立ち上がる。

 その時だった。

 ウチらが居るベンチの近く。すぐそこの遊歩道を行く二人組の男の人たちが、たまたま歩き去ろうとしているところ。そこでその二人組の会話がウチらの耳に入ってきた。


「すっげ。そこのガキ見てみ、可愛いのが二人もいるぜ」

「ん? ほんとだ。ロリはキョーミないけどあれはいいな」

「だろ。つーかその隣ヤバくね」

「確かにあれはないな」


 不穏ふおんなその声に、反射的に顔を向ける。


「あんな不細工ぶさいくだったら絶対性格せいかく悪いだろ」

「それな。つーかあんなのと付き合わされることになったら泣くわ。自腹切ってでも整形させたいな」


 ニヤつく二つの視線の先は、ウチの右隣り。

 無意識に着火する意識の中、四つのゆがんだ瞳に映るのは、ウチと同じコハクの瞳の女の子。

 それを見た瞬間、爆発した。


「――ふっザケんな!! お姉ちゃんがブスとかあんたらの目ぇ腐り落ちてんのか!!」

「は……!?」

「お姉ちゃんの見てくれに騙されてるアンタらの性根しょうねの方がよっぽどどブスなん気づけたらへんコトにこっちが泣けてくるわ!!」

「な、なにコイツ。おねえちゃん……?」



 こいつらも、他のヤツらと同じで、お姉ちゃんを知らんでブジョクするんや!


 流れ出る灼熱しゃくねつの息がのどを焼くが、それ以上に燃えたぎる感情が目頭を熱くさせていく。


「お姉ちゃんはあんたらごときが勘定かんじょうできるような貧乏びんぼうな女とちゃうわ! もう一回もっかいさっきとおんなじようなことホザいてみぃ。からびるまでお姉ちゃんの凄さ教え込んでぶぶけの具にしたげるわ。あんたらの普通でモノ語らんといて! ウチのお姉ちゃんは世界一で絶世の美少女や!!」


 くやしい。

 どいつもこいつも、お姉ちゃんを顔で見る。

 そんなのは、お姉ちゃんの”ホンマ”を隠すためにお母ちゃんがくれただけのモノなのに。


永未えいみちゃんはブサイクじゃない!!」


 知らず知らずのうちに数歩勇み出していたウチの後ろから、色の声が響く。

 驚き見開いた目線だけを向けたウチの隣に続いて立ったのは、ともちゃんだ。


永未えいみちゃんは可愛いんだ! あたしは好き! 夢香ゆめかちゃんのお姉ちゃんで、すっごい力持ちで。他にもあたしの知らないすごい所がいっぱいあるんだよ! お姉ちゃんってすごいんだ」

とも……ちゃん」


 お姉ちゃんの漏れ出る声が、かすかに耳に届く。

 それは、ウチが今まで、言い切れなかったこと。あふれる感情が邪魔して、たしなめるお姉ちゃんにふせがれて、周りに伝えてこれなかったことだった。


「え……なに、コイツこのブスの妹なの?」


 キッ。と、なおも分かっていないダメ男どもをにらみつける。

 それが、この時のウチの最後の抵抗だった。

 また意識しないで踏み出した脚はひざで折れ、目の前が一瞬しろになるくらい暑い頭は、なぜか、再び鮮明になった視界へダメ男たちではなく芝生しばふを近づけさせた。


夢香ゆめか!!」


 熱く、暖かい腕がウチをきとめる。


「あんなけいえ出る前にお水飲んどきってうたのに」


 そのままお姉ちゃんが抱き上げてくれるのを、ウチはモウロウとする意識の中、されるがままにするしかなかった。


「えっ。こいつ、同じ体格の妹を片腕で軽々……!?」

「力持ちってレベルじゃ――!」


 ウチを抱くお姉ちゃんが、一歩前に出る。


「すんません。お兄さんら。うちはこれから夢香この子を病院に連れてかなあかへんので、そこ、通してもらってええですか」


 ぐわんぐわんとする頭はもう、周りがどうなっているか教えてくれないけど、やっぱり、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。それみろ。


永未えいみさん。わた――お茶で夢香ゆめかさんのわきを交互に……やし――げて」

「ありが――キちゃん」


 薄れゆく意識は、ゆっくりと現実と脳内を曖昧あいまいにしていき、ウチはお姉ちゃんの腕の中で、どこかなつかしさを感じる夢を見た。




 見覚えのないうすいピンクのような女の子が、ウチとお姉ちゃんの目の前に立っている。

 場所は、知っているけど、分からない。ただその感覚だけで、ぼんやりとしている。


「エミユメ。君たちは絶対、危険になんてさらさせやしない。ボクが、必ず守る」


 背中を向けながらそう言う彼女は、左手と左足を確かめるようににぎみしめる。


「おっほほほほほ。これンはまた美しい…………不幸ふこうですンねぇ」


 気持ち悪く笑う変質者もよそに、フリルがいっぱいのドレスを広げて、薄いピンクの女の子は何かと戦う。その最中さなか、チラリと見えた女の子の瞳のカケラは、初めて見たはずなのになぜか安心する、くろんだものだった。

 



 病院で目を覚ましたウチは、結局その日は家に帰され、くる日曜日は前日と同じような日差しが続くらしい、ということで、調査活動は大事を取ってお休みすることとなった。

 一日じゅう家にしばりつけられるのは退屈だけど、五和夫いわおくんの調査は、また月曜日にするしかない。

 窓の外のまばゆい陽光をレースのカーテン越しに睨みながら、ふと、隣でソファに寝そべるお姉ちゃんにたずねる。


「あれ? お姉ちゃんなんかうた?」

「ん? なんもうてへんで。お母ちゃんらも出かけてるし……。夢香ゆめか、また寝ぼけてるん?」

「ううん。ほんなら……なんでもない」


 なんだろう。

 いつ、どこで誰が言ったのか分からないけど、なにかを言っていたのが頭に浮かんだような、そんな気がした。




「おっほほほほ。素敵すてきぃンなお不幸ふこう。あンりがとぅございまぁっっす」







 第三章 - 不幸         完

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