3 ~占の少女的な~



「えっと、ここは……?」


 まばらに雲の浮かぶ、青い空。それを仰げるビルの屋上に、あたし達は居た。

 緑がえる、透明のテラス屋根に囲まれたそこは、都会のビル群の一つにいることをやんわりと忘れさせてくる。

 魔法少女保護管制局マホカン豊島としま支局の屋上に、こんなトコロがあったなんて知らなかった。


「ふっふーん。ここはあーしのお気に入りの場所じゃん。人もあんまり来ないかんねー。まあ見つけたのは音子ネコちゃんだけど」

「それを何故なぜ、ミサキさんが自身のことのように、語るんですか。……別に良いですが」


 得意げに屋上テラスの通路を奥へと進むミサキさんは、少し大きめの植え込みの陰へと入っていく。

 ため息をきながらその後ろを行く音子おとこちゃんに、あたしとルナちゃんもついていって通路を曲がると、そこには小さなカウンター窓口があった。窓口の横には、様々なドリンクのメニューが書き出されている。


「うっそ」

「どうして人があまり来ないようなところに売店があるのよ……」

「らっしゃーせ……いらっしゃいませー」


 ルナちゃんの呟きに、カウンターにおおかぶさっていた店員さんらしき女の子が、来客に気付き接客を始める。


「そして言い直したわりに態度は一ミリも変わらないのは、ツッコんだら負けなのかしら?」

「あーし、いつものピスタチオミルクティーキャラメルクリームアーモンドタピオカトッピングのレギュラーで」

「毎度、よくそんな呪文みたいなこと、すらっと注文できますね。私はミルクで」

「かしこまりました。そちらの方々はどうなさいますか?」

「あはは……負けみたいだねー……」

「…………」


 変わらず窓口のカウンターにかぶさりながら注文を取る店員さんに、ルナちゃんはいかんともしがたい不服そうな顔で要らない意図のジェスチャーで答え、あたしはココアをお願いした。

 それから屋上テラスの真ん中ほどにある丸テーブルに、あたし達は腰掛ける。ほどなくして、丁度ちょうどこの丸テーブルのところだけに小さな雲があわい影を落としたタイミングで、配送ロボットがあたし達の元へドリンク三杯を運んできてくれた。

 それぞれのドリンクを受け取り、配送ロボットが奥の植え込みへと戻っていくのを見送っていると、しびれを切らしたようにルナちゃんが話を切り出す。


「それで。ただお茶をしに来ただけではないのでしょう、グダグダとするのは好きではないわ。さっさと本題に入りなさい」

「そういえばルナちゃん、国家こっか魔法少女じゃないのにミサキさんにもツンケンするんだね」

「お、その設定おぼえててくれたん。ミサキチャソうれしー」


 直接は初めて会う人だからか、第三会議室を出たときから、ルナちゃんはミサキさんに対して最初の敵意てきいこそはないものの、警戒心が見え隠れしている。

 にしし、と笑いながら「設定っても野生なんはホントだけど」と付け足すミサキさんに、ルナちゃんは言い放つ。


「別に、私は普段と大して変わらないつもりよ。ただ、この探偵たんてい女が隠していることが多いように見えるから、私も気を許していないだけ」

「あっはっはー。いいヨ。のらちーはそれで。でもその言い方だったら、フレアーには気をゆるしてるってことかー。いいじゃん、青春じゃん」

「ちょ、チがッ――!! そこ、ニヤニヤするな! ――ああもう。いいから本題に入りなさい本題に! 話がれるのはあなたの悪癖あくへきなのでしょう!」

「えー。今のはあーし不可抗力ふかこうりょくじゃんー? ってにらむなし。分かった分かった」


 鋭い視線を送るルナちゃんから逃れるようにり盛りのミルクティーを一口ふくみ、ミサキさんは幸せそうに口をもごもごさせる。

 あたしもココアを一口飲んでそれを見まもる。


「んー。ウマしウマし。さてっと、まー話ってのは、相談なんよね。相談ってか魔力貸してー、的な」

「魔力? あたしの?」


 満足そうな笑みからいつもの不敵な笑みに戻ったミサキさんの話題に、あたしは聞き返した。

 無意識ではあったけど、思い返してもルナちゃんのことを他の人はよく知らないだろうし、こと魔力に関する話なら、あたしには思い当たるふしが十分にある。


「そ。まー、見てもらった方が早いんじゃん」


 言うや、ミサキさんが制服のミニスカートのポケットから取り出したのは、んだ透明が目を引く親指サイズのガラス調の球体。広げられた手の平に転がるそれは、ビーだまだ。

 物語やテレビでしか見たことのないそれは、薄い雲から顔を覗かせた西日に照らされ、きらりと小さく幻想的な光を反射させた。

 そのビー玉にもう片方の手をかざし、再び影に包み込むと、ミサキさんは先程とはうって変わった真剣しんけんな目で魔力を込め上げていく。すると、淡い光をともなったミサキさんの魔力を吸い上げて、ビー玉はゆっくりと彼女のてのひらをはみ出すまでに大きく膨らんだ。

 そっと丸テーブルの上に置かれたそれは、いわゆる、水晶玉というモノだろうか。

 また別に取り出されたハンカチを水晶玉の下にき、ミサキさんはややほこらしげな笑みで再びその水晶玉に魔力を注いでいく。

 今度は両手をゆらゆらクルクルとさせていると、水晶玉の下に魔力の魔法陣まほうじんが浮かび上がりだし、女子高生探偵がぶつぶつと小さく何かを唱えるのに合わせて魔法陣が水晶玉を通して上がっていくのが見て取れた。やがて魔法陣が水晶玉の一番上で軽く渦を巻いた彼女の手に合わさったところで、水晶玉が一際ひときわ強く光を放ったかと思うと、何やら良く分からない文字ともやが透明な球の中に浮かび上がった。

 作業が終わったのか、「お、出た出た」とミサキさんがそれを覗き込む。


「えーっとなになに。……あ、やべ。ナンか変なん知っちった……」

「変なの……?」


 ミサキさんの不穏な反応に、ルナちゃんがわずかに眉をひそめる。

 水晶玉から顔を離し、気まずそうな様子でミサキさんは頬をポリポリといて小声で答える。


「えーっと……プンらないでね。のらちーって、こないだ生身のフレアーと会った時に一緒に居たくろロングの子だったん――」

「――ッッ!!」

「わー! タンマタンマ! あーしこー見えて探偵だから。ちゃんと秘密ひみつなコトは誰にも喋んないから! ってか魔法少女の正体とか、タブー中のタブーだし、探偵の名にちかってここにいる人間以外に漏らさんから! あと続きあるし。だからその魔力のほとばしる左手を下ろしてくんねっ」


 勢い良く、という言葉も過小に聞こえる衝撃で立ち上がり、座っていた椅子を遥か後ろへ吹き飛ばし正面の丸テーブルを激しく揺らして高校生探偵魔法少女へ襲い掛かろうとするむらさき色の少女。般若はんにゃもかくやといった面持ちで怒髪天どはつてんく彼女は、咄嗟とっさにドリンクを掴んだあたし音子おとこちゃんの高等技術には目もくれず、早口で交渉を試みる金髪少女の台詞いのちごいに、なけなしの魔力を振り絞って威嚇した左手のほこを収めた。

 殺気がこもっていたように感じたのは、あたしの勘違いだろう。


「し……死ぬかと思ったし…………。あーし戦闘系の魔法少女じゃないし、まじビビったぁ。あやべ、ちびった……? あ、良かったちびってない」

「ミサキさん、きも、気持ちは分かりますが、品がいつも以上ににゃいです。女子だけとはいえ、ひかえてください」


 あたしがココアとミサキさんのミルクティーをかばったのに対し、自身のミルクとミサキさんの水晶玉を守った音子おとこちゃんが、それらを揺れが落ち着いた丸テーブルに戻しながらミサキさんをたしなめる。


「それで、続きというのは?」


 いつの間にか自分が吹き飛ばした椅子いすを回収してきたルナちゃんが、静かにそれを元の場所へ戻して座り、低い声でうながす。

 近藤こんどうさんのような張り付いた笑みでミサキさんが語ったのは、あたし達の未来の話だった。

 近い将来、ルナちゃんと深輝みきちゃんがお互いを認知し、果てに心根こころね暗雲あんうんらす。というモノなのだという。

 詳しいことまでは分からないけど、そこからミサキさんはルナちゃんと深輝みきちゃんが別人であり同一人物でもあることを知ったらしい。


「……………………そう」


 ミサキさんの話を聞き、彼女がどう反応するのか気が気ではなかったが、そんなあたし達の内心の身構えに対し、薄白はくびゃくの少女は少しの間の後に短く吐き捨てるだけだった。

 その様子を窺っていたミサキさんは、緊張した面持ちの中に安堵の息を小さく吐く。


「え、えーっと、今のってミサキさんの魔法……? 未来が分かるの?」


 野良のらの少女の沈黙がどう動くか分からない不安を掻き消すことも含めて、あたし金髪きんぱつ探偵たんてい魔法少女にピスタチオミルクティーを渡しながらそうたずねた。


「あ、サンキュフレアー。んー。あーしの魔法は、真実しんじつうつし出す魔法。未来ってーか、ま、簡単に言えばうらないみたいなもんかなー。見た目もそれっぽいっしょ」

「占い……。それはさぞ便利だったでしょうね。それで探偵として名を売って、国にびも売っていると」


 さっきまでの怒気どきを落ち着かせたルナちゃんが、今度は皮肉たっぷりにサキさんの説明に噛み付いた。

 しかしミサキさんは、そんなルナちゃんの反応を予想していたのか、また楽しそうに笑って答える。


「あっははは。そんな都合つごーいいもんじゃないべ。確かに探偵としてはちょーおに金棒かなぼーな魔法なんけど、使えば使うほど当たりにくくなるんよねー。占いみたいなんだから、絶対ってわけじゃねーし。しばらく使わなかったら的中率はまた戻るけど」

「そこで、フレアさんにご協力を、とおこえけせてもらった次第しだいです」


 三度みたび脱線しそうな雰囲気を察知したのか、音子おとこちゃんが今あたしがここにいる目的を切り出した。


「そだそだ。今言った通り、あーしの魔法はちょっち使いどこがムズイんよね。だから普段は足と天才てんさいてき頭脳ずのーで捜査して、いざって時に使うんじゃん。あともうちっと暴露ばくろすると、あーしの魔力だけだとあーし一人ひとりで分かる事しか見えないんだわ。第三者の魔力だとその限りじゃなくなんだけど。ついでに使った魔力量に見える量も比例すんの。そこで、フレアーの出番ってワケよ」

「な、なるほど」


 正直、流れ込んでくる情報の勢いが良すぎて、相槌あいづちを打ってから理解するまでに時間がかかってしまう。その間に、先に理解をしたルナちゃんが話を進めていってくれる。あるいは、置いてけぼりに。


「つまり、頭が足りずに捜査が行き詰ったからフレアに泣きつきたい、と。そういうことね」

「おぉう、辛辣しんらつー。っても、ま、のらちーの言う通りじゃんね。あーしのプライドなんかより、優先させるは事件ってね。それにここだけのハナシ、あーしとしてはこの事件、警察とかより先に解決したいんよね」

「……それは、私利しり私欲しよくのものとは違う、とでも言いたそうね」


 今しがた、魔法を使っていたときと同じような眼差しをふくんだ金髪少女の顔は、ルナちゃんの指摘してきどおり、何か考えていることがあるようだった。

 それを見て、一考を挟んだルナちゃんは小さく息を吐き、浮かせていた背中を椅子の背もたれに預ける。


「……いいんじゃないかしら。私には、デタラメを語っているようには見えないから、あなたが決めなさい。フレア」

「マジ? 協力してくれんの?」

「うん! もちろんお手伝いするよ! どうすればいい?」

「二つ返事をすればいいとは言っていないのだけれど……。まあいいわ」


 ルナちゃんの続くため息のあと、ミサキさんの説明に従ってあたしは水晶玉に魔力を注いでいく。

 なんでも、ミサキさんの魔力だけだとその場にいる人のことだけしか分からないけど、それに加えてほかの魔法少女の魔力を込めれば、もっと多くのことを占うことができるらしい。更に、込めた魔力量によってはピンポイントで占うこともできるのだとか。


「そ! だからフレアーは適任なんよねー。そうそう、そんなカンジそんなカンジ。お~。いいねー。ヨシ、そろぼちこんなもんかなー」


 占うのは、一つだけ。ミサキさんがしぼって得たい情報。占いは回数を重ねるごとに信憑性しんぴょうせいが落ちていくかららしい。

 とりあえず言われるままに手を置き、注ぎ込めるだけ魔力を注ぎ込むと、ミサキさんは目をキラキラさせて水晶玉に手をかざす。

 一転してまた真剣な表情で、魔法陣を浮かび上がらせて水晶玉にもやと不読の文字を現わさせる高校生探偵魔法少女。

 そこで、ふと頭に思い浮かんだ疑問をあたしはポロリと口に溢してしまう。


「あれ? そういえばミサキさん、変身してないのに魔法が使えるの?」


 あたしの右隣に座る彼女は、以前会った時と同じ練馬区のお嬢様高校の改造制服だ。

 言ってから、占い中に話しかけて良いものかと口を押さえるがミサキさんはそれに笑って答えてくれる。


「あっははは。魔法少女まほうしょうじょってのは魔法使いの女の子。誰だって魔法自体はいつでも使えんべ。ってか”変身”そのものが魔法だし。”変身”はあくまで戦うために魔法と体を最適化するためのもんだかんね。魔法少女だからって、ゼッタイ戦わなくちゃなんねー理由とか無いっしょ」


 占いが終わったのか、金髪きんぱつの少女は水晶玉から手を放して頬杖を突き、あたしへ向かって破顔する。


「魔法ってのは、誰かを”笑顔”にするためのもんっしょ? あーしの魔法占いも含めて」

「――っ!! うん!!」

「だから、あーしも探偵として誰かを笑わせたい。っと、さーてなになにー?」


 笑顔えがおあたしが抱える欲望。

 ミサキさんも、方向性は違えど同じものを望んでいる。そのことに、あたしも釣られてほほゆるめた。

 明るい口調で、希望を語る彼女は視線を眼前に戻す。

 水晶玉に出た事件に関する真実。それを、ミサキさんが覗き込む。


「…………なーる。やっぱあーしの見立て通り、練馬ねりまが舞台なワケね。んー。なるなる……」

「いったい何が分かったというの。あなただけで完結していないで腹の内を吐き出しなさい」

「んー、打ち明けるのは全然いんだけど吐き出したらタピ出てくんよ――あゴメン今のナシ」


 一瞬修羅しゅらになりかけたルナちゃんの形相に、居住まいをただす金髪少女は、少し考える様子を見せた後に簡潔に答えた。

 『少女ならざる少女の怨火えんかは始まりの悪夢と共にしずめられん。顛末てんまつは二指の辿るのみ。天か地か。法の刃は届き得ぬちまっこい未少女の御霊みたま栄華えいがはヒの迎えるまで。ラッキーアイテムは引力!』


「ちまっこいってなんなのよ。ふざけているのかしら?」

「いや、それに関してはあーしの趣味だけど、割とガチであーしが選んで出てるわけじゃないんよ」

「ラッキーアイテムが引力というのはどう説明するの。ふざけていないのでしょう?」

「んー。それはショーミあーしも分かんね。――あ、待ってホントだからおちょくってないからガチプンはカンベンしてちょ!」


 なんとか野良のらの少女の堪忍袋のを結び直すミサキさんが言うには、【始まりの悪夢】というのが、襲撃少女の初めの事件、練馬ねりま区の北東部で起きた襲撃事件のことを指していて、それで事件が終わるかのように暗示されていることから、練馬ねりま区内で事件が解決されるのであろう、と推理したらしい。

 他にも細々こまごまと書かれていることがあるみたいだけど、要約すると今のような感じになるのだとか。


「さーって、暗いハナシはここまで! フレアーが注いでいれてくれた魔力が割といっぱい残ってるから、今日はもっと占っちまうぜー。最後のほーはあんま当たらんけど。ナニうらなうー?」


 ミサキさんは話を区切るように両手を叩くと、それを盛大に上げて、明るく振る舞う。

 なにか占ってもらうモノ。

 咄嗟とっさには出てこないものだけど、一呼吸ほど頭をひねったところで、不意にある一つのことが思い浮かんだ。

 今後のあたしに大きく関わってくること。


「そうだ。あたし、強くなれるかな。世界をまもれるくらいに強く」

「強く? 世界を、ってまたでっかく出たナ」

「うん。あたし、つむぎちゃんに昔の――っあ」


 そこまで言いかけて、いつかの幼さの残る国家魔法少女が、他の人に聞かれるのはダメだと言っていたことを思い出す。かつて人類史を窮地きゅうちに立たせた大災害の真相と、あたしに見出された希望。

 ところが、慌てて口をつぐあたしに対し探偵の少女は、予想外のことをあっけらかんと口にした。


「あー。むぎっちねー。へー。ってことはフレアー、この時代の使者ししゃに選ばれたってコトじゃん! すっげーじゃん」

「え……? み、ミサキさん、なんで知ってるの?」

「んー。知ってるってか、あーしがマホカンと知り合ってちょいした時に、むぎっちが『探偵の魔法少女だったらどうせそのうち探り出しちゃうだろーから』ってねー。いっそのことて教えられて口止めされてたんよ」

「信用されているのかされていないのか、分からない打ち明けられ方ね……」


 お互い口止めされてることを暴露ばくろし合うあたしとミサキさんを眺めながら、あきれ声でルナちゃんはつぶやく。

 そこで、あたしはふと気になることを思い出した。

 つむぎちゃんに候補の一人だと言われたときは思い浮かばなかった、【この時代】のことを。


「そういえば、どうしてあたしなんだろ。つむぎちゃん、インガがどうとかって言ってたけど、強い人なら他にたよね。えっと五つ葉の白詰草フィブスクローバーの人たちとか。あと、確か、中国の”世界最強”の人……だっけ」

「あー。あのネ」

「世界最強……?」


 あたしの言葉に、ルナちゃんが静かに反応をする。


「うん。あたしもリサ先輩に聞いただけだからよくは知らないけど、なんだっけ……シジョウ最強、の魔法少女……だったかな」


 タピオカミルクティーを手に持っていたミサキさんが、それをテーブルに置いて付け加える。


「んー。そーだね、史上しじょう最強にして歴代れきだい最強。この先も沢山の魔法少女が出て来るだろーけど、それを差し置いて、現時点にして既に歴史上最強とうたわれる現代の魔法少女。あーしも直接会ったことはないけど、あのならタブン、ニッポン大戦も一人でどうにかできるだろーね」

「……。そんな魔法少女が居るのなら、世界中で認知されていないというのはおかしいでしょう。現に私はいま初めて知ったのだけれど」


 ルナちゃんの疑問は、あたしも少しばかり同感だ。

 今ミサキさんが言ったとおりの人なら、あたしがつむぎちゃんに声を掛けられることもない上に、リサ先輩に教えられるまでもなくあたしも知っていただろう。

 しかし、そんなあたし達の思考は、次のミサキさんの言葉で否定された。


「まー、そーだろね。こくまほ界隈じゃ有名だけど、あーしが調べてもほとんど情報が出てこないくらいにお国さんの当局ガードがかたいんよ。どうやらサイキョーちゃん、ナンかお国を出られん事情があるみたいよー。それでむぎっちのおメガネからはハズれたんだとか。ちなクローバらは確かにツヨつよだけど、今で頭打ちらしいからじゃね」


 それでも、彼女が最強の魔法少女だと各国の国家魔法少女達の間でささかれるほどに、確実な強さを誇るらしい。

 ――いわく、彼女が魔法少女になってから、中国では彼女以外の魔法少女はすべからく引退したと。

 いわく、世界中の魔法少女がたばになっても、彼女には勝てないと。

 いわく、彼女こそが夢物語の登場人物であり、我々、その他の魔法少女は現実のいち市民に過ぎないと。

 いわく、彼女が魔法少女になって以来、中国全土を彼女が守護し、ディザイアーによる人的じんてき被害ひがいは出なくなったのだと。

 いわく、人外である、と。


「……あなたの探偵としての技量が、口だけではないのは分かったわ。真偽しんぎはともかくとして、それだけの情報を集めたというのなら」


 いつの間にかあたしのココアでのどを潤している野良のらの少女は、ミサキさんの教えてくれた噂を聞いてそう感嘆かんたんの声を漏らした。ルナちゃん、欲しかったなら意地いじを張らずに頼めばよかったのに。

 「そんなことより」と続けるルナちゃんは平然とグラスを丸テーブルに戻す。そしてそのあとの、テリヤキを元に戻す方法を直接聞き出すべきでは、という彼女の提案に、あたし盲点もうてんかれた。

 けれどそれを聞いたミサキさんの答えは、分からない。だった。


「分からない?」

「いや、うらないの結果的にはあるにはある、ってなんけど、内容がフレアーが強くなるー、ってことくらいしか分んねーのよ。あーしも初めて聞くことだし。魔法少女と精霊せいれいが合体するとか」


 新しく占った水晶玉の内容とにらめっこするミサキさんだったが、あたしのとりあえずの方針が少なくとも目的に向かって歩を進められていたこと以外、出てこなかった。

 ミサキさんの方でも情報を集めてみる、と申し出てくれてたけど、正直しょうじき期待はしないでほしいと言われた。

 ―――



「えーっと、成人してちょいくらいには永遠のパートナーと屋根の下、だってよ。いーじゃん。裏山ウラヤマなんけど。ヨシ次は」

いぬ

「イヌ?」

「……あー、多分、近藤こんどうさんのコトかな」

「なーる。――。んー? 近藤こんどーっちが、なんかを裏切るんかな、これは」

「それは占うまでもなく誰の目にも明らかでしょう」

「あっははは。確かにそーだけど、あれでもあーしの知り合いん中じゃ割と紳士しんしほーだよー。近藤こんどーっち」

「じゃあ次あたし! 行きたい学校があるんだけど、受かるかな」

「――。ん、んー、タブンむずいんじゃん?」

「そっ、かー……」

「ま、まー無理とは出てねーからいけるっしょ。……それに近藤こんどーっちの前アタリから当たってて当たってないよーなモンだし」



 それからは、恋愛や将来のことをいくつか占ってもらってミサキさんの相談会はお開きとなった。

 わかぎわは、ルナちゃんもミサキさんに対して打ち解けられたのか、それほどキツくは接せず、あいさつの代わりに小さく手を上げ返していた。

 ミサキさんの「またお茶しよーねー」という声を背に足早あしばやに屋上を出ていくルナちゃんを追って、あたし国家魔法少女保護管制局マホカンのビルを後にする。

 そのあとの帰り道、練馬ねりま区に戻った公園のトイレで変身をいたあとの深輝みきちゃんを連れて帰るようにルナちゃんに言われ、あたし十六娘いろつき家のあるマンションまで背負うこととなった。





「あー、めちゃアゲアゲな女子会だったし。フレアーも野良のらっちも可愛いかったじゃん。……”ちまっこい未少女”、か。やっぱそーきたか、なー」

「おおよそは推理通り、というところですか?」

「まーにー……。捜査ちょっちベクトル替えてみっかー? ……お。フレアーの魔力ちょびだけ残ってんじゃん。ついでにあのらのことうらなおっかねー。ほとんど当たんないけど。――えーっとなになに? フレアーの……魔法が、世界を、ほろぼすかぎ…………??」

「……?! それは、どういうことですか?」

「…………あっはははは。ウケる! 流石さすがにここまでやったら的外れにもほどがあるっしょ! そもそもあやふやな内容なものほど、いつのことを言ってんのか分かったもんじゃないし」

「じゃあ何故なぜ占うんですか。余計な情報だけが出て、混乱するだけでしょう」

「分ーってないなー、音子ネコちゃんは。こーいうのは占うってことを楽しむもんだし」

「そんな気楽な内容ではないと思うのですが……」

「まー、いーじゃん。さてあと一回分はーっと……――」

「……乙音オトネさん?」

「い、いやいやいや。いやさーっすがにこれはないっしょ……。あ、っはは、ちょっちちょーしノッてうらないすぎたかな。これはしばらく魔法ナシで探偵しなきゃだわ」

「……?」

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