2 ~潜の野少女~




「――大丈夫だいじょうぶ? 他の猫ちゃん達と、ケンカでもしたの……?」

「……誰が、あのちんちくりんなけもの共に、おくれを取るか……!」

「……そっか。君は、つよいんだね」


 これは、夢だ。

 またなつかしいものを見ている。


「ふん……。このていたらくを見て、そう答えるか。小娘こむすめのくせに、ワタシごのみのみを浮かべよる」

「……あたし、笑ってたの?」


 何も楽しくは思っていなかったはずなのに、くろうすよごれた大柄おおがらのしゃべる猫は、何故なぜかそう言った。理由をたずねても、その時もその後も教えてはくれなかった。


「それにしても、獣の姿のものがげんはっしておるというのに、貴様は微塵みじんも取りみださぬのだな」

「ゲン……?」

ことを……言葉を喋るということだ」

「うわホントだしゃべってる?!」

今更いまさらか!! なんだと思っていたのだ!」

「夢じゃなかったんだ……」

「……ゆめ、か。ふん。夢まぼろしなのも、悪くはないやもしれんな。……小娘、夢うつつのついでに、ちと、畜生ちくしょうの遊びに、うてはもらえんか――――」





灯成ともな?」


 小鞠こまりちゃんがあたしの名前を呼ぶ。

 その声でわれに返り、二度目の彼女の声であたしはようやく反応を示す。


灯成ともなっ?」

「えっ、あ。ごめん。ちょっと考え事してたや」

うそおっしゃい。寝てたでしょ」

「うっ……」


 断罪。

 やはり小鞠こまりちゃんに安易な偽弁ぎべんは通用しないようだ。

 双子ちゃん達と初めて会った公園。深輝みきちゃんと二人、そこのベンチに座るあたしは、学校の自販機で買ったいちごオレを立ちながら飲む小鞠こまりちゃんに、転寝うたたねしていたことを即座にやぶられる。


「で、でも考え事してたのはホントだよ」

「で、そのまま夢の中へと没入していったと」

「えへへぇ」


 そう。考え事をしていたのは本当だ。だけど。


「……その考え事というのは、何を考えていたんですか?」


 段々とあつくなってくるこの頃には珍しい、少し肌寒さを思い出すあたたかな陽気のもとあたしの右側にこしえる深輝みきちゃんが、目尻に涙のあとを残した顔でたずねてくる。深輝みきちゃんも眠かったのかな。

 考えていたことというのは、昨日のことだ。

 偶然ぐうぜん会ったイワオくんと、そのお姉さんのコト。

 正直あたしだけではどうしたらいいのか分からない。

 イワオくんの昨日の去りぎわの様子では、多分あやしまれただけになっただろう。それに、彼が隠したがっていたであろうことを、あたしつまびらかにしてしまったかもしれない。これでは、あゆることとはかけ離れてしまっている。

 でも。


「うーん……ちょっとね。えへへ」


 何でもないかのように笑って、ごまかす。

 これは、あたしが勝手に首をっ込んだことだ。

 細かなことまでは私も分からないけど、イワオくんが隠そうとしていることを、あたし小鞠こまりちゃん達に相談してどうこうしていいものではないはずだから。


「まぁ……考え事といっても灯成ともな先輩のことですから大したことではないでしょう。今日か明日あすばんはんをどうするかとか、そういうたぐいの」

「よ、良く分かったね深輝みきちゃん」


 うまく深輝みきちゃんが勘違かんちがいしてくれたことに便乗する。それにしても、深輝みきちゃんもあたしのことをどう思っているのか、大概たいがい怪しくなってきたな。

 そんなあたしの心境などつゆ知らず、あるいはそもそもあまり関心がないのか深輝みきちゃんは携帯端末を取り出して時刻を見る。


「それにしても、あの子たち遅いですね。授業が終わればここに来ると言っていたのに……。金曜日で終わりのかいでもながいているんでしょうか」

「へぇ深輝みきさんの小学校って、終わりぎわにそんなことしてたの」

「はい。すぎ先輩達の小学校はちがっ――!?」

「あー!」


 深輝みきちゃんの台詞の途中で、あることを急遽きゅうきょ思い出す。

 今日は金曜日。


「そうだ。あたし今日、魔法少女保護管制局 マホカン で魔法少女の集まりがあったんだった! 忘れてた」

「……灯成ともな先輩、いくら私達が先輩の正体を知っているとはいえ、曲がりなりにも秘匿ひとく義務ぎむがあるのであればそういったことは表って言うべきではないかと……」

「私達ならいつもの庇護ひご対象者とかで通じるから」

「うぅ……す、すみません」


 テリヤキがいない代わりに、深輝みきちゃん達からお𠮟しかりを受けてしまった。

 そのとき、小鞠こまりちゃんの後ろから二つ、京都きょうとべんの女の子の声がした。


ともちゃんて」

魔法少女まほうしょうじょやったん?」

「あっ……」


 ひょっこりと、小鞠こまりちゃんの背中からあお色とみず色のランドセルを背負った双子の姉妹、永未えいみちゃんと夢香ゆめかちゃんがその目をきらめかせて現れた。

 深輝みきちゃんと小鞠こまりちゃんは、そろって顔に手を当てている。同時に聞こえた気がするため息は、あたしには聞こえない。ことにしよう。


「……灯成ともな。あんたがたら余計よけい話がややこしくなるから、さっさと行きなさい。この子達には私達がうまく言っておくから」

「それうちら本人たちの前でうても」

「意味なくない?」

「あ、あはは…………」


 大山おおやま姉妹のまとつぶやきに、公園の外の街の喧騒けんそうが遠く聞こえる空気の中、深輝みきちゃんが動いた。

 あたし深輝みきちゃんの間、ベンチに置かれる金茶きんちゃ色の通学鞄が、長い黒髪くろかみを大きくひるがえして放り投げられた。


「っ――せぇい!!」

「あー?! あたしのカバンー!?!?」


 不意に投げられたかばんを追って、あたし永未えいみちゃん達の居る公園を後にした。


 多分、これは深輝みきちゃんの機転だ。……これでいいんだよね、深輝みきちゃん。そうであってほしい。




 先日ルナちゃんとおとずれた、豊島としま魔法少女まほうしょうじょ保護管制局ほごかんせいきょく。メトロとバスを乗りいで、一昨日リサ先輩から伝えられた時間ギリギリの時刻に、あたしけ込んだ。

 音楽スタジオ風の商社ビルの受付横、関係者専用室のセキュリティ端末たんまつの読み取り部分に魔法少女専用の携帯けいたい端末たんまつをかざす。

 少しばかりのをおいて、あか色のセキュリティランプがになったのを確認してから、関係者専用室のの取っ手を

 若干じゃっかんのとっかかりを覚えて開いたドアの先は、入ってすぐに右手と正面の二股に伸びる廊下だ。

 すかさず右手の廊下に進み、数歩すうほと歩かずに現れるエレベーターに乗り込む。

 り向きざまに行先いきさきのフロアボタンを押しつつ、手早く変身をませる。施設しせつないは、お互いのプライバシー保護のために原則変身へんしん状態でいることになっているからだ。あたしのプライバシーは丸裸だけど

 全身を包む光があわけ消え、エレベーターのドアが閉まるのを眺めていると、その向こうの廊下に、しろい影が一つ入ってきた。


「なるほど。私が以前に使ったあからさまな施設の入り口とは別に、こんな趣味しゅみの良い入り口があったなんてね」

「る、ルナちゃん!? ど、どうしてここに!?」


 ホラー映画とかとはまた違う動作で、まりかけたエレベータのドアがルナちゃんの手で止められる。


「あなたが二日前、商店街でいぬの勇者から耳打ちされていたのをあの子越しに聞こえていたのよ。あの子みみが良いから。恐らく、時期的にもあの探偵たんてい女が言っていた野生の魔法少女に関連することでしょうし、私も野良のらの魔法少女としてくにいぬ共に認知されている以上、捨ておくわけにはいかない事件コトだもの」


 そう言って、ルナちゃんはエレベーターに乗り込み、閉扉へいひボタンを押してあたしの隣に立つ。

 確かに、ルナちゃんの言うとおり、この口伝くでんの緊急の集まりにはそういうことが関係しているかもしれない。

 しかし気になるのは、もっとそれ以外にある。

 以前にルナちゃんを案内したことのある施設とは違うこの場所に、どうして彼女がいるのか。そしてルナちゃんは深輝みきちゃんと同じ体を共有しているのだ。


「で、でも深輝みきちゃん、小鞠こまりちゃんと二人であの公園に……」

「ああ。そのことね」


 あたしが言いかけたところで、何が言いたいのかすぐに察したのかルナちゃんは動き出したエレベーターの中で、淡々たんたんと語り出す。


「あなたがった後、あの双子にあれこれと吹き込んで解散したのだけど、あの子、存外不意ふいちに弱くて、どこかの家のシーツが風に飛ばされたのを木陰で見つけて驚いてしまったのよ。それで一瞬いっしゅん意識が不安定になったところを拝借はいしゃくしたの。放っておけば卒倒そっとうして頭を打ちかねなかったし、タイミング的にもギリギリあなたのあとを追い駆けられると思ったから」


 若干の重力感と共に軽快な到着ブザーをエレベーターから受け取り、あたし達は目的の階に到着した。


「そ、そうなんだ」

「場所は、多分あなたが考えている通りよ。以前った施設をアテにしていたのだけど、運がいいのか途中であなたを見かけたから、面倒ごとをけるためにもあなたの後をつけてきたのよ。結果的に、ここに来られたのは僥倖ぎょうこうといったところかしらね。まさか前回れてこられた入り口とは違う場所から入るなんて」


 箱から降りたエレベーターホールは、ルナちゃんと練魔場れんまじょうを利用した時と同じ場所だ。

 練魔場へ向かう方向とは違う廊下へ進みながら、ルナちゃんは感心のような小さいため息をこぼす。


「あ、あはは……。一応いちおう国家こっか魔法少女まほうしょうじょ以外の子を呼ぶときは、あっちの入り口ほうを使うように言われてるから……」

「今日はいいのかしら」

「あっ」


 言われて、今更ながらにルナちゃんをまねき入れてしまったことを認識して足が止まる。

 いわゆる関係者国家魔法少女以外の人を魔法少女保護管制局 マホカン に呼ぶときは、あらかじめ連絡を入れておかないといけないのだ。明確な処罰しょばつはないけれど、少なかれどペナルティはされる。自身や、他の魔法少女達の安全に関わるから。

 しかし、そんなあたしの思考も読んだのか、ルナちゃんは平然へいぜんと進行方向をゆび差してあっけらかんと言い放つ。


「まあ、今回は私が勝手にあなたについてきたわけだし、なら話は分かるのだから大事おおごとにはならないでしょう。あれには私の方から言い聞かせておくから、あなたの心配はらないわ」


 今回の目的の場所。第三だいさん会議かいぎしつの前に、深縹こきはなだ色のスーツ姿の男性が廊下に立ち、り付いたようなうすわらいでこちらへ手を振っている。

 ルナちゃんがお世辞せじにもご機嫌とは言えない表情で指差す先にるのは、まごうことなき近藤こんどうさんだった。



 今回の召集の目的は、ルナちゃんの推察すいさつ通り、最近、練馬区ねりまく周辺で男性を襲撃しているフリーの魔法少女まほうしょうじょについてだった。

 今まで調査や捜査をしていた警察や魔法少女保護管制局マホカン以外に、国家こっか魔法少女まほうしょうじょ限定げんていてきに情報を開示かいじされて協力するように、といったものだ。

 ちなみに、ルナちゃんの正面切った不法侵入に関しては、あたしと登録しているマギアールズのメンバーである、という理由言い訳で不問となった。とは言っても、ルナちゃんがエレベーターに乗る前から確認されていたみたいだから、黙認もくにんされていたようなものだけど。それから、今後も各施設しせつへも自由に出入りできるようにと専用の端末を支給しきゅうされる話も出たが、「国によりふかかかわっていくような状態にはなるのはごめん」というルナちゃんの一貫した主張の結果、あたしと同行しての場合のみ自由入出が許可される形になった。ルナちゃんも大概頑固がんこである。

 まあそもそも、端末を持つとなったとしても、普段持ち歩くことになるのは深輝みきちゃんの方だから、どのみち難しくはあっただろうけど。

 そんなことを考えながら、近藤こんどうさん達のお話が終わり私語しご雑談ざつだんの声がき出した、広さが学校の教室程の第三会議室内を見渡みわたす。多くの見知った顔の中に、山吹やまぶき色の少女の顔を見つける。向こうもあたしの方を見るけど、気まずそうな表情で視線をらしてしまった。ルナちゃんが居るから、リサ先輩は今日はあたしにノータッチを貫くつもりなのだろう。

 まだルナちゃんと打ち解けあえてないとはいえ、ちょっとさびしい。

 だが、そう思い様子をのぞうかがった野良のらの魔法少女はというと、以前よりも山吹やまぶき色の魔法少女への嫌悪けんおかんが他の子たちに対してのそれよりもうすまっているように見えた。

 何か二人の間であったのだろうか。

 ただ、そんなことよりもあたしいま注目していることが他にあった。

 今回の事件に、魔法少女野良ノラは関与していない可能性はきわめて高い。という、当局マホカン側の見解だ。

 なんでも、この間小鞠こまりちゃん達と一緒に会った女子高生じょしこうせい探偵たんてい魔法少女まほうしょうじょが、直にくだんの魔法少女と邂逅かいこうしたのだという。その結果、魔法少女野良ノラの特徴とかけ離れていたことと、現場の状況から単独たんどくで動いている可能性が高いことから、ルナちゃんは関与かんよしていない、と結論付けたのだとか。

 そのおかげで、漏れ出たらしい情報のうわさからルナちゃんに対して懐疑かいぎてきだった一部の国家こっか魔法少女まほうしょうじょの子達の視線も、こころなしかやわらいだように感じる。

 一抹いちまつうれいもれたところで、あたしはルナちゃんと会議室を出ることにした。そのとき。


「やほー。このあいだぶりー」


 ルナちゃんも出るのを見て第三会議室のドアを閉めたところで、聞き覚えのある陽気な声があたし達へ向けて掛けられた。


「んー、やっぱりフレアーだったか。ウワサ通り認識にんしき疎外そがい使えないんねー」

「えっ?」

「っ…………」


 声の方へ振り向くと、そこには先程はなしに上がった金髪きんぱつの女子高校生探偵、探偵たんてい魔法少女まほうしょうじょミサキさんが楽しげに手を振っていた。ルナちゃんどうどう、知ってる人だから敵意てきいを向けない敵意を向けない。

 あたし達がミサキさんの方へ向くと、その後ろ隣りにひかえていた音子おとこちゃんが、ぺこりと会釈えしゃくをしてくれる。それにあたしも返しながら、今日きょう初めて会うミサキさんにも挨拶あいさつをする。


「ミサキさん。えっと、こんにちは?」

「あっははは。警戒けーかいしなくてもいいよー。フレアーのことはマホカンに関わるヤツらならフツーに耳にするくらいには有名ってだけだから。それにほら、あーし探偵だし? 顔写真とか見せてもらってたりするから」

「あ、やっぱりこの間った時……」


 あたしが無意識で付けた挨拶の疑問符ぎもんふに、ミサキさんは探偵の名に恥じない洞察どうさつ力であたしの疑問をき明かしてくれた。


「そ、あーしもあんとき、まさか本人ほんにんに会えるとは思ってなかったってね。そんであーしも口がすべって事件の」

「ミサキさん、さっそく話がれてます」

「あー。そーだったそーだった」


 すずしげな顔で、のほほんとした口調くちょう音子おとこちゃんがミサキさんに注意をうながす。

 それから、軽快にあたまくミサキさんは、自身の背後の廊下をして、あたし達をお茶にさそった。



「ちょっち、付き合ってもらっていいかねお二人さん」



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