10 ~憧の鹿少女~



「こら! 学校以外の場所で私の名前を勝手にりゃくすなっていつも言ってんでしょ、フレア!」


 商店街に突如とつじょできあがった人だかり。その人垣ひとがきを抜けて現れた高校のスクールバッグとは別にエコバッグを肩にげる既知きちの金髪セーラー少女は、あたしいて口に出た彼女の呼び名に、即座そくざにすごみ返してきた。


「え!? ――あっ、ご、ごめんなさい? リサせんぱ、あ。えっと……アリサ、先輩」


 普段呼び慣れたものとは違う、二重の意味での先輩の名前なまえを記憶のはしから引っ張り出す。

 在早アリサ先輩。魔法少女ではない、去年まで同じ中学に通っていた先輩の彼女に対する名だ。

 遠くの地方から来ていることが多い愛美あみちゃんや、本名を伏せているという柚杏ゆあんちゃんやルナちゃん達とは違って、リサ先輩は身近に知った間柄あいだがらだから、ついそのことを忘れてしまう。


「で。この状況はなんなの? その頭は……まぁうん、とりあえずいいとして」

「あ、これのことはいいんだ。えっと、その人がひったくり犯らしくて……」

「あー……」


 あたしの視線から人だかりの中心、あたしとは別に一人浮いている、野球やきゅうぼうかぶる不釣り合いなブランド物のバッグを持った男の人へ、リサ先輩は注目をうつす。そしてチラ、と男の人の手に持つ十徳じっとくナイフを視界におさめて、続いてあたしから見て男の人の背後に連なる人垣を一瞥いちべつすると、「なるほど」とつぶやいた。


「よーするに、魔法少女になってひったくりの男を追いかけたはいいけど、不器用なアンタのことだからこの人だかりも巻き込んでしまう。ってとこね」

「う、うん」


 そう。

 今のあたしは、一か百か。魔力の弾も、テリヤキの炎も、なにかと戦うためのもので、加減なんてことは考えていない。人に向けて撃つことなど少しも想定してこなかったのだ。そして今こそ、ルナちゃんにも言われた、ちから任せでどうにかならない場面だ。

 それを一目ひとめ見ただけで把握はあくしたリサ先輩がため息を一つこぼしたところで、あたしの後ろの商店街のメインどおりの方から、ややさわがしい雰囲気がこちらへとやってきた。


「お巡りさん、あの男! あいつが私のルヴィーウィントンのバッグを奪っていったの!」


 先程も聞こえた女性の声に、意識いしきをひったくり犯の男の人へ向けつつ振り返る。メイン通りのえきがわから二人の男女のお巡りさんを引き連れて現れたのは、レースのロングスカートの女の人だ。

 バッグを奪われたという彼女が叫びながら指をすと、それを向けられた野球帽の男の人は口元をゆがめて大きくした打ちを鳴らす。


「ちっ。クソッタレが!! ポリこうが来やがったらどうしようもねえじゃねぇか! こうなったら――!」

「っっ!! アリサ先輩っ。危ない!!」


 警察官を目にして、やけになりたけけ出したひったくり犯の男の人が、十徳じっとくナイフを引きかまえ、人垣を抜けて近くに居るリサ――在早アリサ先輩へとおそい掛かる。


「――てめぇの手足をいてもっかい人質にしてやるぁ!!」


 しかし、せまるひったくり犯に、在早アリサ先輩はひるむ様子もなく対面する。


「ッッ。すましたかおすんじゃねぇ! メスガキ共が、とことんオレをコケにしやがってェ!」

「リサ先輩!」


 普段の呼び方に戻ってしまっているのにも気付かず、駆けだそうとするも動揺に足を取られ、たたらをんでしまう。その間に、短い距離の突進に勢い任せ、ナイフの刃が在早アリサ先輩のセーラー服へと突き立てられる。その直前、金髪きんぱつのセーラー少女は動いた。


「私が来る前に何があったか知んないけど、この時代にひったくりとかカッコ悪いコトしてるヤツに言われたかないわ!」


 在早アリサ先輩が肩に掛けていたスクールバッグをかまえ、ひったくり犯の十徳じっとくナイフを受け止める。そしてそのまま、ぼすっ、という柔らかい音でさった十徳ナイフをななめ下の足元、おそい掛かってきたひったくり犯の方へ力づよく受け流した。

 力任せに握っていたであろうひったくり犯も、自身の体の方へ押し戻される力を上手くがせなかったようで、かなぐり捨てられた在早アリサ先輩のスクールバッグ諸共もろとも、十徳ナイフをうばい落される。


「んなっ?!」

「女子供だからって下に見てるから、こんな小娘におくれを取るんでしょうが」


 交錯こうさくし、お互い向き合う形で対峙する、凝然ぎょうぜんとするひったくり犯の男の人と、セーラー・カラーをはためかせる在早アリサ先輩。

 刹那せつなにらみ合いも許さぬ連なるたいさばきで追い打ちをかける在早アリサ先輩は、交わる勢いを殺さず、その場で左足をじくにスカートを大きくひるがえす。


「っの、クソアマがぁぁ――!」

はなの乙女を――」


 高々と振り上げられた白い足が、怒りに身を任せた男の側頭部をしっかととらえる。

 その可憐かれんで、苛烈かれつに、華麗かれいな姿に、あたしは視線どころか心までもがくぎ付けにされていた。


「――ナメんじゃないわよ!!」


 心地ここち良い程に決まった在早アリサ先輩の回し蹴りは、ひったくり犯の男の人を二、三ねさせて吹き飛ばす。


「ぁ、しましま……」


 ポツリと呟く深輝みきちゃんの声をき消す勢いでこちら側へ転がってきたひったくり犯は、顔を地面にしお尻を突き上げた愉快ゆかいな体操のような格好で止まり気絶した。そのお尻の上に、蹴り飛ばされた衝撃でげた野球帽がコントのようにかぶさる。


「男だろうが女だろうが、結局は自分のこころをちゃんと持ってるヤツが強いのよ」


 在早アリサ先輩がそう言い切ったところで、あたしの隣まで来ていた男女二人のお巡りさん達は事件が解決したことをさとり、男の人が気絶したひったくり犯を確保し、女の人は金髪きんぱつセーラー服の先輩の元へとけ寄る。

 それをさかいに、商店街に満ちていた緊張感がはじけ、歓声がき起こった。


「いいぞ姉ちゃんー!」

「カッコよかったぜー!」

「ナイスキック!」

「鹿の姉ちゃんも途中までは良かったぞー」

「姉ちゃんいい回し蹴りだったぞー!」

「ひゅーひゅー!」


 ひったくり犯の男の人を取り囲んでいた人達が、次々と歓喜にさわぐ。

 すると在早アリサ先輩は電光石火の速さで自身のスカートのすそを押さえた。そしてやや紅潮こうちょうさせた顔で、何故なぜか鼻の下を伸ばす観衆を振り向き、一睨ひとにらみ。


「言っとくけど事故だから! サービスとかじゃないからな!」


 何故なぜかなおも歓喜に盛り上がる一部の群衆に、今度は在早アリサ先輩のそばへと向かった女性のお巡りさんが代わりにまた一睨みして、商店街はいつもの静寂を取り戻した。

 その後は、駆け付けたお巡りさん達に職務しょくむ質問しつもんと簡単な事情聴取を受けて、ひったくり騒動は一段落をついて治まった。

 事情聴取については、お巡りさんに顔見知りの魔法少女まほうしょうじょ課の刑事さんに連絡を取ってもらい、あたしが国家魔法少女であることと認識にんしき疎外そがいの魔法が使えないことを証明してもらって事なきをた。ただ、今度近藤こんどうさんと会ったときにはもう少し慎重に行動をなんたら、とお小言こごとを貰いそうだけど。

 ある程度ていど人がけてから、あたしは近くの路地裏に隠れて変身をいた。

 在早アリサ先輩に言われた通りに裏道から回って商店街に戻ると、在早アリサ先輩と深輝みきちゃんが自己紹介をしているところだった。


「トモナからちょろっと聞いてたりしてるとは思うけど、私は鹿野かのう在早アリサ。一応、間接的にアンタの先輩にもなるかしらね」

「一年の十六女いろつき深輝みきです。先程さきほどの対応は凄かったですね」

「あー。さっきのは忘れてー……」


 憂鬱ゆううつそうに頭を抱える在早アリサ先輩は、あたしが戻ったことに気が付くと「あーおかえり」と意気消沈いきしょうちんとしたまま声を掛けてくれる。

 そんな在早アリサ先輩に、深輝みきちゃんは平然とした表情でアドバイスを伝える。


「スカートの下に短パンを穿かれれば、回し蹴りをしても下着が見える心配はないですよ」

「日常的にまわりすることなんて無いから必要ないわよ!」

「あと蹴るときは『ちぇいさー!』とけ声をした方が」

「だから自販機を蹴る習慣なんて私には無いつってんでしょ!」

「自販機?」

「アンタも反応しなくていいから」

「『ちぇいさー』がダメなら『ちぇりお』でも――」

「刀も集めてないから!! いい加減かげん回し蹴りから離れろ! ――なんかこのやり取り、別のどっかでもしたような気が…………」


 怒涛どとうの掛け合いに、在早アリサ先輩は盛大なため息を吐いて、さっきとはまた違うなやましげな顔で頭に手をる。深輝みきちゃんはというと、珍しくどこか楽しそうな雰囲気をクールな顔からかもし出していた。

 しかし在早アリサ先輩はすぐに現実へ戻ってくると、真剣、とまではいかなくとも、いつもの真面目な表情であたし達へ問い掛けてくる。


「まぁいいわ。そうだ、アンタたち、こんなトコで何やってたの? 中学の校区からはちょっとはずれてるはずだけど」

「ちょっと、近くのスーパーにタイムセールのお肉を。といっても、この時間ですともう目当てのものはないでしょうけど」


 頭上に浮かぶ商店街の立体りったい投影とうえい時計を確認しながら、深輝みきちゃんがさらりと答える。

 それを聞いた在早アリサ先輩は、少し楽しそうに表情をやわらげた。


「おー。すっごいタイミング! 私もさっきココとは違うとこでウチのお使いしてたんだけど、やす売りなのをいいことにお肉を買い過ぎちゃったのよ。あんまり多く持って帰っても冷蔵庫がどーたらってまたお母さんがウルサイから、こんなので悪いけど一個あげるわ」


 そう言いながら、エコバッグにガサゴソと手を突っ込む金髪きんぱつセーラーの先輩。はたから見て無造作むぞうさに詰め込まれているそれから探り出された真空パックを、黒髪くろかみの後輩少女へ差し出す。


ぶたバラにくだ! いいなぁ」


 深輝みきちゃんが受け取ったパックのタグを見て、あたしは思わず身を乗り出していた。

 それに対し、深輝みきちゃんは豚バラ肉の真空パックを大事そうにかかえて、あたしから遠ざけようとする。


「ちょっと、離れて下さい灯成ともな先輩。こんな良いお肉ゆずりませんからね!」

「なんでそんなんでテンション高くなってんのよアンタら………」


 あたし達の予想外らしい反応に、在早アリサ先輩はたじろぎ一歩後退あとずさる。

 そんな在早アリサ先輩に、あたし深輝みきちゃんはあっけらかんと答える。


「だってあたし、いつもとりむね肉か、一番安いうでそぎとしのぶた小間こまれ肉しか買わないし」

「右に同じくです。……それよりも、こんなに良いお肉を貰ってもいいんですか?」


 なおも後生ごしょう大事だいじに抱えるお肉のパックをおそる恐るといった感じで見つめて、深輝みきちゃんは在早アリサ先輩へ心配そうに問い掛ける。

 それに在早アリサ先輩は、手をひらひらとさせてもう一つの真空パックをエコバックから取り出した。


「あー。いいわよ。別におんなじのを他に買ってるし、今日は牛肉も買ったから」

「「牛肉ぎゅうにく!?」」


 深輝みきちゃんと二人、声をそろえて出されたそれをのぞき込んだ。そしてお互い驚きの顔を見合わせる。


「牛肉……っておいしいのかな?」

「牛肉は高いんですから、多分おいしいのでしょう」

「でも牛肉って、凄くかたいって聞いたことあるよ?」

「ならめば噛むほど、肉汁にくじゅうとかのうまみがみ出してくるんでしょう」

「なるほど、ガムみたいな感じか」

「ですかね」

「二人してアホなこと言ってんじゃないわよ」


 真剣な表情で語り合うあたし達に、在早アリサ先輩はあきれ顔でツッコミを入れる。


「牛肉くらい、小学校の給食とかで食べたことあるでしょ……アンタら」

「そうなの?」

「なんでたった三年前の六年間のことも忘れてんのよ!」

「全部おいしかった……くらいのコトしかおぼえてないや……」

野外実習やがいじっしゅうのカレーとかでくらい食べたことあるでしょ!」

あたしの時はシーフードカレーだったよ」

「そういえばはんごとの選択制だったわね。ウチらんとこの学校……」


 金髪きんぱつセーラーの先輩は記憶を振り返るあたしから視線を外し、深輝みきちゃんに向き直る。


「まさかとは思うけど、アンタもおんなじ口?」

「いえ私は、小学校は私の代までお弁当せいだったので。あと野外実習は養鶏場ようけいじょうで手ごねハンバーグでした」

「あー、そっか……まぁなんていうか……おおよそは理解したわ」


 深輝みきちゃんの返答を聞いて、在早アリサ先輩と、ひそかにあたしも納得する。

 深輝みきちゃんはあたし在早アリサ先輩とは違う小学校だったから、給食せいだったあたし達とは少し事情が変わるらしい。

 なんとも言えない一瞬ののち、「そ、それはともかく」と在早アリサ先輩が切り出し、話は別の方向へと向けられた。


 それから少しだけお話をして、在早アリサ先輩はまだお使いの残りがあるからと、あたし達と別れた。

 数日後に近藤こんどうさん達と魔法少女の話し合いがあることを、在早アリサ先輩が去りぎわにこっそりとあたしに耳打ちをしてきた。こういうことは魔法少女まほうしょうじょ用の連絡れんらく端末たんまつからできるのだけど、どうしたのだろうか。考えてもよくは分からない事情は頭のすみに置いておいて、商店街のメイン通りの反対側へ向かう在早アリサ先輩を深輝みきちゃんと二人で見送る。

 そよ風にたなくセーラー服をひるがえしてく、見慣れたはずのその背中を見つめながら、あたし感慨かんがいにふけていた。先程の一件から胸の内に込み上げ続けていた、熱い感情。それを、再確認した。

 格好かっこうかったのだ。


「セーラー服、いいかも……。あたしもセーラー服の学校に、行きたい、な」


 あこがれてしまった。普段、魔法少女として知っている彼女と変わらぬ言動だったはずなのに、強く心をかれてしまったのだ。

 脳裏に焼き付いた、先程の一幕ひとまくに。

 あたしのポロリと漏らした声に、隣に立つ深輝みきちゃんは静かに反応する。


「……高校……の話ですか?」

「え? ……うん。ちょっとだけだけど、進路が決まったかな、って」

「そうですか。……それは良かったですね」


 深輝みきちゃんがさして興味もなさげな声でそう返すのに、小さく微笑ほほえんで、あたしは駅の方へと歩き出す。

 結局、時間的にお肉は諦めるしかない。いいなぁ、豚バラ肉。しかも286g。

 深輝みきちゃんもお肉が手に入り、とりあえずの目的はたしたらしい。

 駅の前までお見送りをしについて来てくれた深輝みきちゃんの歩幅から、少し抜きん出て振り返る。


「それじゃまた明日ね。なんか色々あったけど、今日は深輝みきちゃんと会えて楽しかったよ!」

一時間すらも共に過ごしてませんが……。まあそれでご満悦まんえつなら良かったです」


 そこで深輝みきちゃんは短く区切り、あたしへ向けていた視線をややうわさせた。


「――で。まさかそのあたまのまま電車に乗るつもりですか」


 言われ、自分の頭に手をる。




 鹿。




「あ」











 第二章 - 道導べ         完

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