7 ~修の記少女~ 後笑


「と~も~なー! 朝だって言ってんでしょ! 早く起きな、さい!」

「うあ~……。ねむいー」

「それはあんたが調子に乗って、遅くまでみんなこいバナに聞きってたからでしょ! 自分じゃ特に話すこともないくせに」


 いつもいでいる匂いとは違う藺草いぐさの香りを鼻腔びこうに感じながら、小鞠こまりちゃんに引きがされそうな普段の物より少し寝心地の良いお布団ふとんにしがみ付く。


「それは小鞠こまりちゃんだって同じじゃん~」

「っ……うっさいっ」


 お布団しに頭をられてしまった。


ほかの皆はもう起きてるわよ。何人なんにんかは着替きがえ終わってるし、布団ふとん片付けてないの、あとはあんただけだっての!」

堪忍かんにんして~小鞠こまりちゃんー……」

「なに覚えたての関西かんさいべん使ってるの。いいから、起きなさい!」

「そいっ」

「うぁ」


 そこへ夏珠かじゅちゃんも加担して最後のとりでしき布団ぶとんまで取り上げられ、たたみの上に転がり落とされる。

 すでに寝ぼけまなこともいかないめた頭で感じる窓からの陽気ようきは、まだ朝でありながらも少しばかりの暑さを部屋にもたらしている。どのみちあのままお布団に包まっていても、あまり眠れはしなかっただろう。

 さすがにだらだらと起きしぶっているワケにもいかないので、小さい欠伸あくびを噛み殺して着替えに立ち上がった。



「昨日、灯成ともなはディザイアーと戦ってくれてたから、疲れてるだろうしギリギリまで寝かしておこう。ってみんなして言ってくれたのよ」

「そうなんだ。みんな優しいな~」

「どーだか」


 修学旅行最終日。

 朝ご飯の時間がせまり、旅館の大食堂へと急ぎ、小鞠こまりちゃん達と一緒にあし気味で廊下を歩いていく。あたしは最後に起きたから、色々と支度をしていたら遅くなってしまったのだ。

 昨日、京都きょうと府南部で発生した大型ディザイアーは、鋼鉄こうてつ魔法まほう戦士せんしアイアンハートの活躍によって打倒だとうされた。その魔法少女パイロットのメイデンさんは、結果だけを見れば、本当はあたしの助力などらなかったのではないかと思ってしまう、そんな圧倒的な存在だった。

 魔力こそは少し配分ミスがあっただろうけど、多分、あと三十秒程だけでも動けていれば、確実に倒せていただろう。断末魔だけを残し、オオサンショウウオ型ディザイアーのがらコア共々、凄まじいという言葉では役不足な威力の一撃によって、微塵みじんに打ち砕かれた。あたしのフル火力であれほどの成果なのだから、普通の魔法少女まほうしょうじょの残り魔力だけでも十分にこと足りたはずだ。

 対するあたしは、せいぜいが足止めの要員よういんを一人ばかり増やす程度のことしかできなかった。

 終始しゅうし鮮烈せんれつだったメイデンさんの活躍とあたしとの差を身に染みて感じ取っていたのが伝わったのか、昨日、別れぎわに彼女に言われたことが頭に浮かぶ。



『フレア、いまなんか迷ってるやろ。あたしも同じような顔してた時あったから分かるわ~。ただのおせっかいやし今のあたしからはかたよった事しか言えへんけど、一つだけ。自分の大切なこと。えっと、あんたがしたいことは、しんにさええてたら、何やってもええからな。色々うろうろしてもええけど、そこだけしっかりしてたら、最終的には多分、自分の満足のいく答えに辿たどり着けると思うし……。そんなけ。ほなな〜』



 みんなをまもりたい。その為に強くなる。

 目指す先は漠然ばくぜんとだけど見えていたつもりだった。

 けれど、この間のルナちゃんとの練習の時も感じた不安。出来ないことははっきりと分かっているのに、具体的にどうすればいいのか、そんなしっかりとした指針の無い不明瞭ふめいりょうな現状に対する思いが、知らず知らずのうちに顔に出ていたのだろうか。

 そこまで考えて、ふと感じる横の視線に意識を戻す。


灯成ともな?」

「ううん、なんでもない」


 今は一生に一度の修学旅行を楽しむ時。

 小鞠こまりちゃん達の笑顔を大切にする時だ。

 一緒に居る小鞠こまりちゃん達を心配させたら、罪悪感で八、九日は眠れないだろう。数字に特に意味はないけど。そんな気がするだけだ。

 いつものように小鞠こまりちゃんへ笑いかけ、食堂への数歩をけた。



 朝ご飯を食べた後は、手早く荷物をまとめて観光バスに乗り込む。京都きょうとったあたし達は、滋賀しがけん大津おおつ大津京おおつきょうあとを巡り出て一時間と少し、信楽しがらきやきの有名な甲賀こうが陶芸とうげいもりに着く。

 初めてじかに見たタヌキの置物に、小鞠こまりちゃんがドハマりして一番大きいサイズの物を買おうとした時は、班員はんいん総出で止めにかったものだ。

 そこでお昼を食べて、再び長い時間バスに揺られ修学旅行最後に向かったのは彦根ひこね彦根城ひこねじょうだ。


 護国ごこく神社じんじゃ横のバス駐車場で次の軽移動用バスに大きい荷物を移したあたし達は、木々が立ち並ぶ中堀なかほりを渡り歴史を感じる建物の間を通る道に沿って、玄宮園げんきゅうえんという庭園を見て回った後に彦根城ひこねじょうへ入っていく。


「わー! すごい。めっちゃたかい!」

「――はぁ……はぁ……はぁ……ぁ、当たり前でしょ。彦根城ひこねじょう山城やましろなんだから。はぁ……ここに来るまで、どれだけのぼったと思ってんの――」

「おー! すっご。ホントたっけー!」

忽滑谷ぬかりや夏珠かじゅもなんであんな元気なの…………。あいつらに合わせて登るんじゃなかった……」


 彦根城天守閣の三階。午後にかたむく陽気の下、勾配こうばいの異常にきゅうな階段を上がった先のそこからのぞ琵琶びわや彦根の町は、もはや展望台のような情景じょうけいしていた。

 その景色けしきにはしゃぐあたし夏珠かじゅちゃんとは真逆に、小鞠こまりちゃんと芙紅ふくちゃんは脚をがくがくとらし、息も荒く階段の上がった横で二人、手をひざに着いている。

 行動を共にする大塚おおつか君達は、一足ひとあし先に城内を回ってくだりの階段へ向かっていた。

 小鞠こまりちゃんと芙紅ふくちゃんの回復を待ってから、みんなで風景を堪能して外へ出る。おしろみずおみくじに一喜いっき一憂いちゆうし、入ってきた黒門とは逆の鐘の丸を探索して、登ってきた長い階段とはまた少し違う階段を、今度は小鞠こまりちゃんと芙紅ふくちゃんのペースに合わせて下りていく。


「あ! あれ、あたし達が帰りに乗る新幹線かな」

「んー? どこ?」

「あっちあっち」

「あっちてどこよ」


「あいつら、西の丸でも走り回ってなかったっけ? 中身なかみ、ホントは男なんじゃないの?」

「それに関しては本当に同感だけど、ああ見えて灯成ともなは、ちょくちょく私よりも女の子っぽいとこあるわよ」

「あの鈍感ドンカン娘が?」

「うん。……というか私達も同じ小娘こむすめでしょ」


 いたる所に樹木が植えられている鐘の丸の隅々すみずみを見て回るあたし夏珠かじゅちゃんとは違い、小鞠こまりちゃんと芙紅ふくちゃんの二人は中程なかほどのベンチで休憩をしている。

 まだ残っているキツそうな階段へ向けて、ボブウェーブと、ツインテールロングの少女二人はため息をいた。その奥のお土産みやげさんから同じ班の男の子たちが出てくるのを見つけて、あたし小鞠こまりちゃん達にそれをし示す。精気せいきの欠けた表情で振り向く彼女達は、もう少しゆっくり見てくれていても良かったのに、という顔で渋々しぶしぶと立ち上がる。

 ダウン気味の小鞠こまりちゃん達と共に彦根城を下山したあたし達は、下りた先の表門付近の彦根城ひこねじょう博物館はくぶつかんへと入っていく。

 歴史の事あるごとがそこでは展示されていた。甲子園こうしえん球場の約13倍はあるという敷地しきち全体と比べてしまうとこじんまりとした博物館を回って出口付近に差し掛かったそのとき、建物の外から一際ひときわ大きい女の子らしき声が聞こえてくる。

 何故なぜか気を引かれるその声にさそわれ案内に沿って砂利じゃりの敷かれた広い場所へ出ると、そこは博物館の裏手、縁側えんがわのような場所を舞台ぶたいに見立てたお庭に人だかりができていた。


「それでは改めて! ご観光をされてる方々と滋賀しがけん彦根ひこねのみなさーん、こんにちはー! 今日は急遽きゅうきょ、特別にひこわんさんの博物館巡回のスケジュールにお邪魔じゃまさせてもらえることになりました、永遠の18歳! うずらでーす!」


 先程さきほどから聞こえる女の子の良く通る声。それに目を向けると、今や知らない人の方が珍しい関西かんさい指折ゆびおりりのゆるキャラ、大きなかぶとがトレードマークの彦根ひこねのマスコット”ひこわん”とサポート役のスタッフのお姉さんともう一人、ハート形のようなアレンジが特徴的なポニーテールとはい色とオレンジ色のドレス衣装を着こなす、あたしと同い年か少し上ぐらいの少女が博物館の縁側えんがわに立っていた。


「それじゃあみじかいけど、さっそく一曲いくねー! 『かけがえのないキミの存在』!」


 その少女に、あたしは見覚えがあった。

 多分、あたし以外の人達もそうだろう。

 永遠の18歳。アイドル雨宮あまみやうずら。

 近頃れ出している、昭和しょうわ平成へいせい令和れいわといった昔のアイドルの良い所を身に着けた、今どき珍しいソロ活動アイドルだ。

 一曲、と言っても、音響機器は見当みあたらない。

 空間そのものに音を発生させる最新のエア振動しんどうスピーカーのたぐいか何かかと思ったが、その予想はすぐさまくつがえされた。

 鼓膜こまくを打ち鳴らすのは、あたりによく通る透き通った綺麗きれい肉声にくせい

 メロディも伴奏ばんそうもなく、自身の声帯せいたいのみを頼りに、彼女は歌っていた。えられるはひこわんと観客の手拍子てびょうしのみ。それも、うずらちゃんの歌声に自然と打ち始められたものだ。

 せまいはずの縁側えんがわで華麗にダンスを披露ひろうして、曲の一番いちばんらしい部分と追加でサビを一つだけ歌い切り、その場に居た全員が盛り上がるトークと同じ短さの歌をもう一曲だけ踊り歌い、うずらちゃんの突発とっぱつてきなライブは終わった。

 見渡みわたせば、お庭にすべての人が、笑顔だった。

 魔法なんて関係ない。

 今の時代の機材などを使わず、自身の一つで、彼女は、アイドル雨宮あまみやうずらは、ありったけの数の笑顔えがおを、咲かせて見せた。


「すごい……」


 ふと思い火照ほてったっぺたに手を当ててみれば、あたしも笑っていた。

 これが、アイドル。

 これが、雨宮あまみやうずら。

 気が付けば、あたしは彼女の始終しじゅう見せる笑顔の、とりこになっていた。

 まもるだけじゃない。

 限られた数だけを護ることに精一杯せいいっぱいでは、いられない。


あたしも、いつか……」


 あたしもいつか、うずらちゃんのように。

 そう考えていると、一瞬だけ、彼女の天然かコンタクトかエメラルド色のひとみと、視線がまじわう。

 その一瞬に見せられた満面まんめんみで、もう駄目だった。

 不意ふいに出会った感動に茫然ぼうぜんとしていると、突如とつじょ横腹よこばらに強い衝撃が加えられた。


「ゔッ!?」


 目のハートがどこかへ飛び去り、よろける脚でなんとか転ぶのをこらえ、お腹をかばい振り向く。


「なにこんな所であぶら売ってんだよ忽滑谷ぬかりや。お前以外いがい全員、バスの駐車場に集合してるぞ」

「お、大塚おおつか君!?」


 振り向いたその先、まず目に入ったのは靴下くつした。そしてその向こうに、靴を片方かたほう手に持った、上げた右足を下ろす大塚おおつか君の姿があった。


「お前が先に行ったかもとか言ってたやつが居たとはいえ、集団行動無視むしして道草みちくさ食ってんじゃねえよ。もう少し周りを見て、迷惑めいわくかけるなっていつも言ってんだろうが」

「ご、ごめん。大塚おおつかく――」

「俺一人ひとりに謝ってどうすんだ。さっさと行くぞ。時間あるからって余裕こいてんじゃねえぞ」

「う、うん……」


 普段よりも眉をひそめ、靴をきながらそう言う大塚おおつか君は、出口へと向かって歩き出す。

 これは、いつもよりも怒らせているかもしれない。皆の元へ戻ったら誠心せいしん誠意せいい、謝ろう。

 そう心にめ、彼の後を追って彦根城ひこねじょうとうずらちゃんにさよならをした。


 バスの駐車場に着き、平謝りをするあたし夏珠かじゅちゃんと芙紅ふくちゃんは「まあ他の子の言葉を鵜呑うのみにした私達も私達だし」と気にしていない素振そぶりを示してくれた。小鞠こまりちゃんも小鞠こまりちゃんで、いつものことだ、と言うように肩をすくめる。


 ディザイアーのけんも含め、そんなことがあった修学旅行だけど、終わってみればとても楽しく、少しさびしいものだ。

 一クラスごとに割り当てられた中型バスに乗り込み、JRにして彦根ひこねから一駅分離れた米原まいばらへと向かい、あたし達は帰りの新幹線に乗って関西かんさい地方を後にした。

 新幹線の中ではおしろみずおみくじのことや大阪おおさか京都きょうとのお土産の話でり上がり、皆でうとうととした意識のまま東京へ着いた時には、空はすであかね色も過ぎ去りくらくなろうとしていた。

 おむかえやあたしのような例外に対応してか、修学旅行は東京とうきょう駅で解散かいさんとなった。

 中には先生たちと一緒に学校方面へ一緒に戻る人もいたけど、あたし小鞠こまりちゃんと一緒に帰路きろ辿たどった。

 帰校組が山手やまのてせんに乗るのに対し、まるうちせんから東武東上とうぶとうじょうせんへアクセスして、小鞠こまりちゃんとは上板橋かみいたばし駅で別れる。


「それじゃ。明日は振り替え休日だから、間違って学校がっこう来ちゃだめよ」

「分かってるって小鞠こまりちゃん! さすがにあたしもお休みなのを忘れたりしないよ!」

「登校日なのを忘れてやすみかけたことがあるのはどこの誰だか」

「うっ……」


 春休み明けのひそかな一件を持ち出されては、返す言葉もない。

 開閉かいへいメロディーと共に静かにまるドアに身を引き、手を振る。

 同じく手を振り返してくれる小鞠こまりちゃんをホームに置いて、ドア越しに聞こえてくる上板橋かみいたばし駅の発射メロディーに送り出されるように、オレンジ色が特徴的な鉄の車体しゃたいは走り出した。



 電車は埼玉県に入り、あたしは埼玉最初の駅、和光わこう駅で東武東上線と別れをげる。

 帰りに、少し遠回りをしてお母さんの元をたずねた。昨日のことを忘れないうちに報告してから、置いて帰っても大丈夫なお土産みやげの一つをおそなえして、家へ足を向ける。

 しばらく歩いて辿り着いたは、二日前に出た時と変わらない様相ようそうで構えていた。

 木造平屋建ての、昔なつかしい日本家屋だ。とはいっても、二、三回の改装をて、現代の立派な一戸建てには劣るものの耐震たいしん耐火たいか耐風たうふう性能は抜群ばつぐんだ。

 服の下に忍ばせたかぎを首からはずし、玄関の鍵を開ける。

 原始的に見えて、鍵の持ち手に指紋しもんセンサーが組み込まれていて、シリンダーから非接触ひせっしょく給電されることによって自動で認識するらしい。ハイテクだ。代わりに冬は難儀なんぎする。手袋てぶくろを外さないといけないからだ。

 解錠かいじょうされた引き戸をひらき、ひと呼吸こきゅう置いて、中に、入る。

 敷居しきいまたぐと、動体どうたい感知かんちセンサーの玄関照明が、とうに暗くなった玄関をあかるくする。


「――ただいま……」


 おうちとおばあちゃんにあいさつをして、靴をそろえるのもったらかし、かまちを上がる。

 そのとき、意図せずして落とした視線の先、玄関ホールの板間いたまに、ポトポトとしずくが落ちた。


「ぁ……」


 誰もない。

 おばあちゃんが亡くなって、もう何ヶ月もったはずなのに、一日いちにち以上を空けて家に帰ると、たのしかった時間に比例するように、虚空こくうかすむ「ただいま」が、胸をえぐってくる。


 明日が、お休みで良かった。


 まぶたらした顔を見せれば、二人を心配させてしまうだろうから。

 大切な笑顔を、くもらせるわけにはいかないから。

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