6 ~鉄の夢少女~


 五月十六日。

 夕刻。

 関西かんさい地方京都府。


「なんでこんな時にかぎってここでディザイアー出るのー!!!」


 空腹のうらみを三話にわたって洛外らくがい市の上空にさけびながら、東京に比べて平坦な並びの建物の上をはしって現場へ向かう。

 京都きょうと府は京八幡きょうやわた市の木津きづがわで発生したという大型ディザイアーは、北東ほくとう方向へ進んでいたこともあって、あたしは想定よりも早く会敵かいてきすることになった。

 旅館からしばらく南下した宇治うじがわと書かれた高欄こうらんに飛び移ったところで、その大きな影の全体があきらかに見て取れる。

 日本にっぽんだいディザイアーそう抗戦こうせん以降、復興の段階で旧京都きゅうきょうと市と奈良なら県の間に新しくできた、久御山くみやま市全体に広がる新しい地方都市。バスガイドさんの解説に出てきた、その真ん中を通る片側三車線の大通り。国道1号線をゆっくりと闊歩かっぽするのは、報告通りのオオサンショウウオ型ディザイアー。その図体ずうたいは、暗転事変の時の相手と大差のない巨影。油断は許されないだろう。

 それに相対あいたいする、先程さきほどからあたしの目にうつ魔法少女まほうしょうじょの色とりどりな影は、おおよそ五つか六つ。大型のディザイアーと戦うには、今までの少ない経験から見ても幾分いくぶん心許こころもとないのが分かる。

 関東かんとう程じゃないにしても、関西かんさい地方は比較ひかくてき、魔法少女が多い地方だ。思った以上に集まりが悪いのだろう。たった一人が加わったところで、恐らく苦戦をいられる状況に変わりないのはあたしでも分かる。

 それでもあたしは強くなるために、を決して、大橋おおはし欄干らんかんを走り渡り端を強くって残りの数百メートルを駆け抜ける。

 あたしが救援に向かっていることはすでに伝わっていたようで、色の衣装に気付いた何人なんにんかが他の人達に加勢の情報を共有させていく。半分くらいの彼女達のファイティングドレス 衣装 は、名古屋でも見たことがある姿だ。

 その間に、あたしは手に持つあか色の杖に魔力を込め上げる。


「アンタがフレアやな? 話は聞いてる! 来てくれたばっかでゴメンやけど、一発イッパツお願い!」

「うん! まかせて!」


 向かう先、あたしから一番近くで戦っていた群青ぐんじょうこうじ色の衣装をまとう少女が、即座そくざに指示を出してくれる。

 そのけ声に続いて、あたしの攻撃の範囲をあらかじめ知っているのであろうディザイアー正面の三人が、一斉いっせいに周りの建物へ退き、こちらへ合図を飛ばす。


っきいの、いくよ!」


 それに大声で答えて、大通りの真ん中に着地した足のバネで、勢いの向きを調整する。狙うは相手の頭の下。あごから体全体をつらぬく勢いで、渾身こんしんの炎を撃ち放つ。

 なく浴びせられていた攻撃の弾幕。そこの開けられた大型ディザイアーの前方から一気に、灼熱しゃくねつの炎がおおまとう。しかし。

 オオサンショウウオ型のディザイアーは一瞬だけるも、炎の噴射が終わると同時に巨体で地面を軽く揺らし、何事もなかったかのようにゆるい進撃を続けていく。


「えっ……。うっそ」

「あー。やっぱアカンか……」

「やっぱり?」

「あいつ。影の体のくせに、どっから出してんのか、粘液ねんえきが体中にあって流動りゅうどう系の攻撃がほとんどかへんねん」


 火炎の攻撃が終わったのを見てあたしそばに飛び降りてきた一人の少女が、苦虫をつぶしたような表情であっけらかんといま起こったことを解説してくれる。


「他にもう一人、ぃ使う魔法少女がるんやけど、そっちももちろんアカンくて。フレア……やったか、あんたのあの名古屋ん時のエラい炎やったらいけるかって思たけど、やっぱ炎――エネルギーみたいな流動系全般はとおしてくれへんみたいやなー。物理攻撃は少しだけいてくれるみたいやけど」


 最初にあたしに気付いて色々と現状を教えてくれる、名古屋なごやで戦ったときに見かけた覚えのある群青ぐんじょうこうじ色の魔法少女は、すぐに周りの魔法少女に指示を出していく。それは暖簾のれんうでしな結果ではあるが、とても的確てきかくな内容で、確実にを実現させていた。


「わたしはカリン。こー見えて高校こうこう三年生のベテラン魔法少女やねんでー」


 あたしとあまり身長のない、隣で机上きじょうに戦うその少女は、これが自分の役目だというような自信じしん満々まんまんな顔で、徐々じょじょに後退しながら次々と大型ディザイアーの足止めをこなしていく。「わたし自身はそこまで強くないんやけどな~」とくさそうに笑う彼女の目は確かに、しかしあたしにはうかがいきれない何かの希望きぼうを持って、巨影きょえいの進撃をとどこおらせる。ほかの関西の魔法少女達も、同じ希望をひとみ宿やどして、抗戦を続けている。

 あたしも魔力の弾で微力びりょくながら応戦するが、本当に少ししか効き目がない。

 それでも、カリンさんの指示にしたがって魔力の弾を飛ばし続けていると、彼女達が待ちわびていた希望が、ついに動き出した。

 あたしが飛び越えてきた宇治川も目と鼻の先。カリンさんや他の魔法少女、そして後から合流してきた魔法少女達もすべなく消耗しょうもうしきりかけた瀬戸際せとぎわで、それは起きた。

 国道1号線よこ。宇治川沿いにもうけられたちゅう規模の離着陸場ヘリポートが、ディザイアーとはまた違う地響きと共に二つに分かれる。

 一筋ひとすじの綺麗なけ目は徐々に大きな空洞くうどうとなり、あたり一面に響き渡る警告けいこくおんすらも登場音楽にしてそこからせり上がってきたのは、名古屋の人型ディザイアーもかくやといった巨大な鉄の人影だった。

 流麗りゅうれいなヘッドラインと関節かんせつ装甲そうこう大仰おおぎょうな大盾や武骨ぶこつな装備からのぞくシンプルなボディラインは、人と同じ形をしながらも、機質きしつな安心感をかもし出している。


「やっと出てきよった。巨大ロボ女。いっつも遅いねん、まったく」


 待ちくたびれたとでも言いたそうな口調くちょうで、カリンさんは突如とつじょ現れた巨大な鉄人――巨大人型ひとがたロボットをあおつぶやく。

 少女の悪態あくたいに呼応するように、くろがねの巨人の双眸アイレンズに光がともる。それと同時に上昇稼働かどうが止まり、地面と並んだ足場から鋼鉄こうてつあしが一歩、を踏み鳴らし前へ出る。

 いつしか鳴り止んだ警告音にけずおとらずの女の子の拡張音声が、それに続き居丈高いけだかに名乗りを上げる。


『鋼鉄の魔法戦士アイアンハート、ここに参上! 魔法少女パイロットメイデン。いっきま――っす!!』


 完全に大型おおがたディザイアーの意識のさきうばいきった鋼鉄の巨大戦士は、左の大盾をかまえ、何も持っていない右腕を背後に伸ばす。

 そのすきに、カリンさんは手振てぶりで周りの魔法少女達を退かせ、あたしも連れてその場から国道沿いのマンションの屋上へ離れる。


『キューぼう! スラッシュ!!』


 再び叫ぶ少女の拡声に、構えた大盾からあらわれた流星が、伸ばされた鋼鉄の右手にを描き衝突する。背にはねを生やしたような小さな人影にも見えたそれは刹那せつなまたたきを放ったかと見れば次の瞬間、巨大な鉄人の手に見合みあう光の大剣へと姿を変えた。光が落ち着き、精錬せいれんされた金属の光沢を放つは純赤のけん

 それを見届けるやいなや、はたから見れば緩慢かんまんな、だがすさまじい衝撃をはなって、双方の巨体がぶつかり合った。

 大盾おおたてでオオサンショウウオ型ディザイアーの突進を受け止めた巨大ロボットは、鋼鉄の体にそぐわない流れるようなの手で相手の左前あしを切り払う。

 それによってバランスをくずした大型ディザイアーは、しかしその大きな尻尾しっぽで倒れざまに鋼鉄の巨大戦士をはらい返す。


『きゃあ!?』


 少女の悲鳴をらす人型の鉄のかたまりは、登場時の雄々おおしさの欠片かけらもなく、ゴロゴロと宇治うじがわ河川かせんじき下をころげゆく。


『あだだばだばばばばば――――!!』

「…………」


 これが、カリンさん達が待ちのぞんでいた、希望なのだろうか。

 そう思ったのもつか


「大丈夫や」


 あたしと一緒に巨大戦闘領域から退避した群青ぐんじょう色の魔法少女が、あたしの不安を察したかのように鋼鉄の彼女への信頼をかたり、それと同時に鉄の巨人は転がる勢いのまま体勢をととのえる。


「あれは、わたしら関西の魔法少女まほうしょうじょの大黒柱。今まで、あいつが出動して負けよった事は一度いちどたりとも無いんよね」

『あーもう。尻尾だけなのに重いなー。こりゃ。キューぼう、シャープライト!』


 大剣をにぎる拳を地に着けたまま、今度は巨大ロボットの全身が光ったかと思うと、各関節かんせつを守る装甲を残し武骨ぶこつな装備や大きな剣と盾が姿を消す。

 こうじ色の髪を戦風になびかせる群青ぐんじょう少女のほこらしげで、しかしどこかくやしげな呟きは続く。


メイデンあいつは、女子で、しかも少女やのに搭乗型巨大ロボットはロマンやってうて、ふるくさい考えしてる周りの人間に馬鹿にされてて。でも『ロボットが好きな女子の何がアカンねん!』って魔法少女保護管制局マホカン関西かんさい本部ほんぶに無理をし通して――」


 基礎きそとなるシンプルなボディだけになったにび色の巨人は、先程までとはまるで別物のような機敏きびんさで急加速して、切られた足を再生させて立ち上がろうとする大型ディザイアーとの距離をあっというめ寄る。


「――魔法ありきやけど、ついに巨大ロボットを実現させよった関西きってのド天才アホがあいつ――鋼鉄魔法戦士アイアンハート・魔法少女パイロット、メイデンや」


 せまり来る返撃にオオサンショウウオ型の影の怪物はすぐに振り返るが、ディザイアーのあるのかどうか分からない視界から鋼鉄の戦士は一瞬にしてる。離れてその様子を見ていたあたしの目にも寸分すんぶんのタイムラグを残させる俊敏しゅんびんさで、鉄の巨人が跳び上がったのだ。


『パンク!』


 くうに構えるにび色と白色の巨人の手に、消滅する三度みたびの発光の跡に現れるは耐久力がやや心配になる細柄の巨大きょだい戦槌せんつい

 さけとなえる声に気付き頭を上げる大型ディザイアーの背中へ、突進と落下の勢いを乗せて巨大戦槌ハンマーが打ち下ろされる。が、受けた衝撃でかたむいた影体から、にゅるん! という擬音が聞こえてきそうな挙動で、巨大戦槌ハンマーはオオサンショウウオ型ディザイアーの巨体をすべり外れる。


『へっ――!?』


 予想外の状況に体勢を崩した鋼鉄の魔法戦士は、巨大戦槌ハンマーを振りきったまま頭から大型ディザイアーへと落下した。


『ちょ――ぶッッ!!』

「…………」

「言いたいことは分かるけど、まぁ、あれでも一応いちおうわたしらの最大戦力やねん……」


 無言でその様子をゆび差して振り向くあたしの視線から顔をらし、カリンさんは苦笑くしょうを口元ににじませる。

 オオサンショウウオ型ディザイアーにおおかぶさる形で国道1号線の上に落下した巨大鋼鉄戦士は、――そこが実際の頭なのかはさておき――頭を押さえながらあたし達の方へ拡張音声でボヤく。


『いちちち……。うわこいつディザイアーのくせにめっちゃぬめってしよる! ちょっとカリンー! こんなんなんやったらさきってやー!』

「知らんわ! そのディザイアーの特性は最初の方に関西本部ニシカンに報告してるわ! アンタがまたなんも聞いてへんでぱしっただけやろ!!」


 なぜかリサ先輩の顔があたまよぎる、既視きしかんのあるやり取りに無意識に目をらす。


『そんなんうても到着してすぐにアイハに乗ってやのに聞いてるひまないやん!』

「自分の相棒の名前をアロハみたいにりゃくすな!」

『ほな何かええ感じのりゃくかたあるん?』

「アホなことってへんでさっさとトドメしぃ! アンタにつぶされてヘタっとるやんかディザイアーそいつ!」

『ホンマや――おわぁ!』

うてるそばから……」


 鋼鉄魔法戦士アイアンハートが落下した衝撃でオオサンショウウオ型のディザイアーの胴体どうたい部分はへし折れていたのだが、突発とっぱつてき漫才の短い時間のあいだにそれは再生されてしまったようで、立ち上がろうとしたにび色の巨人は時を同じくして起き上がる影の怪物に重心をずらされ国道のセミメタル粒子りゅうしりのアスファルト道路にしりもちを着く。

 そこへすかさず、お返しと言わんばかりに大型ディザイアーはアイアンハートへ襲い掛かる。


『あたっ――ぅおわたたた! ちょっ――キューぼう! ブロー!』


 国道1号線に横たわる巨大戦槌ハンマー刹那せつな輝き、巨影きょえいの怪物の攻撃を受ける鋼鉄戦士の右手にうつひかる。

 ようやく背中から離れた鉄の巨人へ、尻尾しっぽ頭突ずつきで間髪かんぱつれず襲撃するオオサンショウウオ型ディザイアー。


『しつ……こい……!』


 巨体同士がゆえの、目には見て取れても反撃の糸口すら見えないのないはずの猛襲もうしゅう。その間隙かんげきへ――。


『マジカル・ストライク!!』


 にじ色の閃光せんこうが撃ち込まれる。

 巨大ロボットの胸元目掛めがけて突き出される大型ディザイアーの頭突きとアイアンハートの七色の鉄拳がぶつかり合い、一瞬のせめぎ合いをせいしたのは、後者だった。

 反動であたし達の目の前まで押し戻される鋼鉄戦士に対し、大型ディザイアーは国道1号線の中央分離帯ちゅうおうぶんりたいのきみ巻き込んで、二、三回ねるようにもんどり打つ。


『――っく……。まだま――』


 勢い殺し、間近まぢかで見ると東京の低層マンション程はある鋼鉄の巨人はアスファルトをえぐり攻勢に出ようと再び武装されたあしを前に出す。


『――ダぁっ!?』


 が、右足を一歩まえみ出したそこで、アイアンハートはガクン! と全身を揺らしたかと思うもなく、悲鳴のようにも聞こえる金属のきしみを上げて動かなくなった。

 鬼気ききせまる戦場に突如とつじょ訪れる静寂。

 だけど、あたし以外の魔法少女達がまとうその空気は、あたしの緊張したものとは違うものがあった。直感で感じ取るそれは、何かやらかしたような、沈痛ちんつうな雰囲気。

 薄々うすうす勘づいているのか、数秒の沈黙を打ち破り、カリンさんは眼前の巨人へ語り掛ける。


「メイデン、アンタまさか……!」

『あ、あははははは……。そのまさか、もう切れみたい』

「んな――」


 重い空気をまぎれさせるように、あるいはいたたまれなくなってか拡張音声の主はあっけらかんと答えた。


「――アホか! 戦うための魔力ぐらいちゃんと温存して現場ぃ、っていつもくちっぱぁしてうてるやろ!」

『しゃーないやん! 箕面みのおから遠路はるばる変身して新幹線にしがみ付いてきたんやで!? 一分や二分の時短勤務くらい堪忍かんにんしてーや!』

「新幹線いま走っとらんわ! どーせキュートモール行ってたんやろ! アンタ先週も行っとったやん。何をそんなに買うもんがあんの」

『女の子の買い物に上限なんて無いんですー! てか、別にオフの時にあたしがどこで何しようと勝手かってやん!』

「アンタ今日富田地元待機やん」

『あれ…………………?』

「忘れとったんかい!!!」

『あーっと。そんなことよりも、ディザイアー動き出しよったで! よ誰か魔力残ってる人って!!』


 失態しったいが浮き彫りになりかけたところで、話をうやむやにせんと魔法少女パイロットメイデンは自身と反対方向へ吹き飛んだ影の怪物を示唆しさする。

 さすがにカリンさんも人類の脅威は無視できないため、言及げんきゅうあきらめ現状の打開をはかる。


「絶対あとでシバいたる……! って言ってもアレ鉄クズに乗れるほど魔力ある奴なんて――」

『ちょっとー。ルビが逆になってんでカリンー?』

「そうや。フレア。アンタがった。名古屋なごやん時のあのアンタなら……。フレア、とりあえず今はなるたけ魔力がある子が必要やねん。やってくれる!?」


 メイデンの抗議もかいさず頭をひね群青ぐんじょう色の少女は、あたしの顔を見るや数分前にも見た、希望を持ったこうじ色の瞳であたしの肩をいだく。


「え? う、うん! あたしに出来る事なら、全力で!」

『なに、その魔力凄いの? ほな乗って乗って!』

「あ。えっ……はい!」


 馴染なじみのない関西特有の急展開に付いていくのにやっとだったあたしは、思いもよらずに立った白羽しらはの矢に戸惑とまどいながらも、なんとかまともな返事をすることが出来た。

 すると少女の拡張音声の後に、さっきまでのなめらかな摩擦音とはうって変わって、機体の所々からモーターの駆動くどうおんが鳴りだし空気の抜けるような噴出音が聞こえたかと思うと、ガコンッ、という音と共に巨大ロボットの背部せなかが四角に開いた。

 跳ね橋のごとく下ろされたそれは、『乗って』というセリフから見るに、乗り込むための物なのだろうか。

 視界のはしにチラリとうつる影の怪物の巨体が、悩むヒマなどないことをいやおうなく突き付けてくる。

 ええいままよ。と、咄嗟とっさに出たから返事へんじに遅れる事、約三秒弱。

 ぴょーん。という擬音でも付きそうな足取りで、高さ五メートルはありそうな鋼鉄こうてつ戦士せんしの足場へなんとか跳び乗る。

 金属物らしい着地ちゃくちの打音を聞き届けると、乗降口(?)は再び噴射音と駆動音を鳴らして閉じていく。収容される鉄の巨人の中はうちのお風呂ふろ程の空間で、外の景色が途切とぎれるのに代わって、全面のARモニターが周囲の様子を映し出す。足元の地面も律儀りちぎに見せてくれるが、スカートなので少しずかしい。

 杞憂きゆうぎないことだと分かってはいるけど、それをこんな状況で冷静に羞恥しゅうちいだけている自分に、ちょっと驚いていた。


『えっとフレアやったっけ。内部通信れたんやけど聞こえる?』


 そこへ、さっきまでよりは鮮明になった少女の電子音声が、やり場のない感情に気をんでいたあたしの耳を打つ。


「あ、はい! 聞こえるよ!」

『おっけ。ほな説明するけど、やってほしいのは一つだけ。目の前におっきいオーブみたいなんがあるからそこに向かってなんか魔法ち込んでほしいねん』

「わ、分かった。えぇと、でも魔力がるんだよね? 魔法でいいの?」

『ああうん。魔力やと一人一人の性質とかなんやらがあるしいちいち調整してられへんから、一回いっかい魔法にしてから魔力に変換した方が効率こうりつてきにもラクやねん』

「な、なるほど? じ、じゃあいきます……えぇい!」


 言われるがまま杖に魔力を込めて、ふとこのせまい空間で炎をき散らかして大丈夫なのかとおそまきに考えながら、灼熱しゃくねつの魔法を解き放つ。

 しかしその心配も必要なく、杖から放たれた炎は勢いそのままに、噴き出されたそばから目の前に浮かぶ黄緑きみどり色の宝玉のようなものに吸い込まれていく。


『おお、きたきた! よっしど――う?』


 機体きたい全体が振動し、うなりを上げて動き出したかと思うと、すぐにまた動かなくなった。


「……あれ?」

『あー。今のだけじゃりんかったみたいやなー』

「えっと、さっき動けるのが一、二分みじくなったとかって言ってたけど、一人分の魔力でどれだけ動けるの……?」

『……(一般的な……一人分の――やと――)』

「え?」


 どこから聞こえているのか分からないスピーカーから、ぼそぼそといきなり音量の小さくなった声がれ出てくる。

 もう一度い掛けようとしたその時、今度は普通に聞き取れる、れたような雰囲気をまとった答えが返ってきた。


『……このアイアンハートは魔力まりょく消費しょうひはげし過ぎてまんタンでも数分しか戦えへんねん!』

「どこの宇宙究極戦士!?」

安物やすモンのカップうどん作る時間くらいはたたかえるんやけどなー』

「五分しか戦えない最大戦力ってどうなの……」

『いや四分』

「もっとダメじゃん!!」


 衝撃の燃費ねんぴ性能に唖然あぜんとしかけたその時。


『メイデン!』


 外に居るカリンさんの叫び声が目に見えないスピーカーから聞こえると同時に、外からとおぼしき衝撃に鋼鉄こうてつ戦士せんし全体が激しく揺さぶられる。

 メイデンさんと二人、小さく悲鳴を上げて、外部の映像に気を向ける。

 正面を中心に左右さゆう三面に映し出される、機体におおかぶさるような影。体勢を持ち直したオオサンショウウオ型のディザイアーが、動かなくなったこの鋼鉄の巨人に襲い掛かったのだ。


『っく……! フレア! その部屋は魔法を吸収するために作られてるから、思いっきり魔法使っても怪我けがはせーへんし大丈夫や! 普段コイツらを吹き飛ばしてる感じでやったって!』

「っっ……! う、うん!」


 メイデンさんのやや切羽せっぱまった指示に、あか色の杖をオーブに突き当て、ディザイアーの襲撃にき立てられた感情のままに魔法を打ち出す。

 一瞬いっしゅん部屋全体にれかけた炎はすぐさま宝玉に吸収され、ディザイアー襲撃とは違う衝撃しょうげきはなちながら、それは動き出した。


『お。おおお! これはいける!!』


 魔法少女パイロット歓声かんせいに合わせて、鋼鉄魔法戦士アイアンハートは振動を上げて重い影の怪物を身にまとわせながらも悠然ゆうぜんと立ち上がる。

 しかし屹立きつりつする鉄の巨人に持ち上げられたオオサンショウウオ型ディザイアーも、されるがままではなかった。

 元は甲高かんだかかったであろう低いうなり声をはっしながら、大型ディザイアーは張り付いていた鋼鉄の巨体から跳び離れる。

 そして影の四肢ししをセミメタル粒子アスファルトへかせるが早いか、アイアンハートの周りから無数のつたのような影状の草が生え出し、鋼鉄の機体をめ立てる。それらは、川藻かわものようなモノだと認識するよりも早く、鉄の巨人を捕縛ほばくし巨影の虜囚とさせた。


『っ!? 欲圧よくあつか! まさかこれ、束縛そくばくよく……!? いや両生類りょうせいるいがそんな高度人間みたいな欲求ってるハズないか。多分ごはん獲物が全然れへんとかそんな感じとこヤツやろか』


 ギリギリ音声を拾っているのか、ややくぐもったカリンさんの冷静な分析が現状を少しだけ鮮明せんめいにさせる。

 モニターに再現されるのは、転々と外の光が漏れる鬱蒼うっそうとした影藻の縛縄ばくじょう。しかしそれらを千切ちぎり、鋼鉄の戦士は一歩を踏み出す。


『こんなモンで、あたしが止められるかー!』

「メイデンさん!?」

『フレア! アイアンハートは、魔力さえあれば最強なんや。アンタの変身とかが解けるまでとは言わへん。魔法を出し続けてくれれば、この子はもっと戦える。頼んだで!』


 そう言ってパイロットの少女は、ギシギシと音を立てて夕陽ゆうひさえぎ川藻かわも欲圧よくあつからにび色の機体をあらわにさせていく。

 へだてた空間にても伝わってくる、壮烈そうれつ気迫きはく

 それに負けじと、あたしは気迫の主へと叫び返す。


「大丈夫! あたし、今まで魔力が無くなった事なんて、たったの一度もないから! 思う存分ぞんぶんにやっちゃって!!」

『ええやん! ほなしっかり頼むで!』

「うん!」


 姿は見えないけど、片時の相棒バディ相槌あいづちを打って杖に魔力を充填じゅうてんさせていく。胸を打ち鳴らす勢いのまま、気合きあの限りにテリヤキの魔法を撃ち出した。

 千切ちぎるそばからなおも影の川藻かわもは鋼鉄の戦士をとららえていくが、それを上回る万力ばんりきで、くろがねの魔法少女は執念を叫び反撃の距離をちぢめ歩く。


『カゲ! たかがでっかいだけの怪物が、ナメんといてや! こんなんであたしに勝てるて思っとったらおお間違まちがいや』


 全身をまとわりつく欲の権化ごんげからその身をさらけ出し、加速の一歩を踏み締める。


『あたしは、このロマンの詰まった機体で、欲におぼれた怪物らを凌駕りょうがし続ける。あたしのこのてつゆめを笑った奴らに、何個なんこも泡を吹かせるために! 『あたしのロマンはこんだけの強い欲望思いに打ち勝ってきたんやで!』って!!」


 ドンッッッ!!!

 と周囲の空気と硬いアスファルトを弾け飛ばし、反応すらもさせずに大型ディザイアーのふところ瞬時しゅんじに潜り込む。

 まばたきしたあたしの視界にうつったのは、いつにぎられたのかも分からない鉄の巨人の純赤の大剣と、全身をかれ宙に浮かぶ影の巨大怪物。 


『ホンマにすごいな。いきなりここまで動けて、まだいけるんか。最後いくでフレア! 出力最大!!』

「ッッ!! 了解!!」


 応じるや、加減も忘れた渾身こんしんの魔力を、き続ける豪炎ごうえんに込め上げる。

 今度はかろうじて見えた神速しんそくの換装がすは先刻よりもかがやきを増したにじ色の武装こぶし

 飛び出した鋼鉄魔法戦士アイアンハートのVRモニターがとらえるのは、何の執念か即座に再生させられた、コアおおい隠した影の巨体。

 それを、かつてのルナちゃんの強大な一撃をもしのぐであろう拳が、一閃いっせんつらぬき粉砕する。



『マジカル・アンリミテッドストライク―――――!!!』


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