〜修の記少女〜 前笑


 五月十六日。日曜日。

 一日目の宿泊施設、ホテル平城へいじょうった練馬ねりま区立西にし城北じょうほく中学校三年生一行いっこうは午前中の大阪おおさか大阪おおさか市内しない散策が終わり、午後は京都きょうと洛中市らくちゅうし内の観光にうつった。



「いやあー。たーのしかったー! このあと旅館りょかん行ってご飯だっけー?」

「正確には、旅館にチェックインしてそれぞれの部屋に荷物を一旦いったん置いて、食事をするお店に全員で向かうのよ」

「旅館で晩ご飯をしないのは珍しいよね」


 共に洛中市内の観光をした班員の、夏珠かじゅちゃん小鞠こまりちゃんとそんなことを話しながら、あたし達は洛外らくがい市にある旅館へ向かうバスの停留所まで歩いていた。その後ろに続くのは、同じ観光班の男子メンバーだ。と言っても、大塚おおつか君と川島かわしまの二人だけだけど。

 あと三人、班員はるのだが、文字通りに先走った島本しまもと君と本川ほんかわ君を追って、残る女子メンバーの芙紅ふくちゃんが先にバス停まで行ってしまったため、今まとまって移動しているのはこの五人だけなのだ。

 一緒に走りだそうとした川島かわしま大塚おおつか君がおさえ、その前をあたし達が並ぶことで二次脱走を阻止している。大塚おおつか君が上手く彼の興味を引くように会話をしてくれているから、あたし達もこれからのことの話に花を咲かせられているのだ。


「うぉー。それ刀のキーホルダーじゃん! どこで買ったんだよ大塚おおつか!」

「劇場村の土産みやげコーナーにあったぞ。欲しいなら買った時の値段でやるぜ」

「マジか! やった。サンキュー!」


 おそらく他の場所のお土産屋さんにも似たようなものがあるだろう。と女子三人共に思いながら、先を行く。

 少しして停留所に着き、先行した三人とも合流し、無事に旅館に辿たどり着いた。そしてその旅館のお土産コーナーにも、あんじょう、同じようなキーホルダーがご当地ミッティーちゃんのキーホルダーと並び吊られていた。



「わー。すごい。ホテルとちがって広ーい」

「おーすっごー!」

「当たり前でしょ。向こうは二人と三人部屋で、こっちはおお人数にんずう向けの大部屋なんだから」

「それなー……」


 心おどらせて先んじるあたし夏珠かじゅちゃんに続き、小鞠こまりちゃんと芙紅ふくちゃんがクラスの女子に割り当てられた大部屋に入る。島本しまもと君と本川ほんかわ君を追い駆けて走った芙紅ふくちゃんにいたっては、少しつか気味ぎみのようだ。

 あたし達が着いた時には、もうほとんどの子たちが部屋でくつろいでいた。

 すでに荷物置き場となっている部屋のすみあたし達も荷物を並べて、まだ陽の高い京都の空をまどしに見る。今は午後五時だけど、ばんご飯が予定されているのは六時半からだ。五時半から集合して移動だから、丁度ちょうどいい時間に到着できた。

 だけど、先に盛り上がっているグループの一つにあたし達もざって数分としないで、それは起こった。


 あいも変わらず突如とつじょ鳴りだした緊急警報が部屋中の携帯端末からけたたましくはっせられ、その場の誰もががまえた。続いて電子音声で読み上げられた緊急情報は、地震や自然災害のものではなく、最近よく聞く、さして驚きもしない内容だった。


『緊急警報発令。緊急警報発令。関西かんさい地方ちほう京都きょうと奈良ならかんにて、大型の醜欲不命体の発生が確認されました。以下の該当がいとう地区の方は、すみやかに避難して下さい。奈良なら生駒いこま市。奈良なら市。大和郡山やまとこおりやま市。天理てんり市。大阪おおさか枚方ひらかた市。高槻たかつき市。茨木いばらき市。京都きょうと京八幡きょうやわた市。長岡京ながおかきょう市。向日むこう市。亀岡かめおか市。洛中らくちゅう市。洛外らくがい市。宇治うじ市。久御山くみやま市。以下京都府南部全――』

 

「うーわ、またかー」

「なんか最近さいきん多いよね」

避難ひなんって言っても、どこに行けばいいんだろ」

「さー」


 もはや地震や台風たいふう等より身近になった災害に、みんなたいした動揺もせず、おもむろに避難の準備を始める。ほんの半月前にはディザイアーと直面したというのに、随分ずいぶんしたたかな人達だ。

 あきれ半分、感心かんしん半分でそれを見ていると、スカートのポケットに入れている魔法少女用の連絡端末が着信をバイブレーションでつたえる。

 あたしの様子を気にけてくれる小鞠こまりちゃんに目配めくばせだけして、ゆるく盛り上がるグループの輪から離れ、大部屋と廊下のあいだにある上がりかまちかげで端末を取り出す。発信相手は、近藤こんどうさんだ。


「もしもし。近藤こんどうさん?」

『ああぁ。トモナさん、こんにちはぁ。学校行事をお楽しみのところ申し訳ありませんン』


 会話がれないように端末の発声はっせいぐちを耳に当てて小声で電話に出ると、電話口の緊急なのか緊急じゃないのかよく分からない近藤こんどうさんの調子ちょうしくるう声も、少しばかり落とされてそれにこたえてくれる。


「ううんいいよ。どうせ今お楽しみじゃなくなったところだから」

『あっはっはぁ……。それもそうですねぇ』


 関西でディザイアーが発生したことは、多分すでに連絡がいっているのだろう。あたしがもう警報を受けて認知してるのをすぐにさっして、近藤こんどうさんは話を進める。


『警報はごぞんじなようなので前説ははぶきますねぇ。話は急なのですがぁ、実は、関西かんさい地方とその周辺の魔法少女まほうしょうじょ方々かたがたなのですがぁ、はやく移動できる方があまり多くらずぅ、またほとんどの魔法少女の現在位置がディザイアー発生地点からほどとおいようなのですぅ』

「というと」

『大変心苦こころぐるしいのですがぁ、どのみち避難をされる地域にられる、といううえの判断によりぃ、召集戦力がある程度ていど到着するまでの間、応援おうえんに向かっていただけないかという打診だしんの連絡でございますぅ。もちろんことわってもらってもいたし――』

「いいよ」


 近藤こんどうさんの言葉を最後まで待たずに、固い意志いしを答える。


あたしつよくなるって、決めたから。少しでも多くの笑顔をまもれるなら。あたしが少しでも成長できるなら。行くよ、あたし!」

『…………。そうですかぁ。ありがとうございますぅ。それでは、そのように連絡を通しておきますねぇ』

「ありがと。本気でいくから、手助けじゃなくて間違まちがって倒しちゃってもいいよね」


 そう返事だけをして、連絡端末を耳から離す。通信を切る前、そのスピーカーから、近藤こんどうさんの楽しそうな声がかすかに鼓膜こまくを打つ。


『――ええぇ。トモナさん、お気をつけてぇ――』



灯成ともな


 部屋に戻ると、すでに自分の持って出る荷物をまとめた小鞠こまりちゃんが、少し心配そうな顔で声を掛けて来た。


「やっぱり、行くんだよね」

「えへへ。ごめんね。でも皆と一緒にただ避難してるだけなんて、あたしにはできないもん」

「……灯成ともなあやまる事じゃないでしょ」


 明るく答えるあたしに、どこか安心したのか、小鞠こまりちゃんは表情をやわらげる。

 今日ったお土産を小鞠こまりちゃんにお願いして、おお部屋べやの窓を開けて転落防止用のさくに手をける。本当はもっと人目ひとめに付かない所から出たかったけど、この旅館りょかんのことはまだよく知らないから、最短で行けるところで出るしかない。


「なーんか忽滑谷リヤっち。いっつも窓から飛び出してくね」

「あはは……。他にすぐに出れるとこ分かんないから」


 笑いながら見送ってくれる夏珠かじゅちゃんに同じように笑って答え、さくに飛び乗りあたしは両手を合わせる。

 テリヤキを意識して、いつもよりも速く変身する。皆が見てるからね……。


灯成ともな!」


 変身が終わった直後、小鞠こまりちゃんの声に上半身だけ振り返る。


「気を付けてね。この後、みんなで夕ご飯なんだから、早く帰ってきなさいよ」

「うん! いってきます!」


 変わらず笑顔えがおで答え、つ。


 あまり高くないビルやマンションの上を、端末の情報をたよりに京都きょうとの南へ向けてうつっていると、不意ふいにおなかが小さく鳴るのが聞こえた。

 多分、小鞠こまりちゃんに晩ご飯の話を聞かされたからだ。


「もー! なんでこんな時にかぎってここでディザイアー出るのー!!!」


 空腹くうふくうらみに叫びながら、あたし折角せっかくの修学旅行とご飯を邪魔じゃましたかげ怪物かいぶつもとへと急ぎ向かった。

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