4 ~素の奇少女~


 明日からは、修学旅行が始まる。三年生のあたしは、もちろん参加することになっている。集合時間は朝の七時半だから、大事を取ってとなると六時半には家を出たい。朝ご飯はどうしようか。前の日――今日の夜に用意してしまうか。それとも、校則こうそく的にはあれだけど、どこか途中で食べていくか。そういえば歯磨はみがとトイレットペーパーのストックがもう無いんだっけ。

 そんなとりとめもないコトを考えていると、近藤こんどうさんが紅茶を三つ、れて戻ってきた。練魔場れんまじょうを出てすぐのところに、給湯室があるらしい。その少し先のエレベーターホールにも自販機などがあるけど、種類がかたよっていて少ないのだとか。

 あたしとルナちゃんに二つを渡し、自分のカップを持った近藤こんどうさんは、三本の床からせり上がった膝上ひざうえ程の円柱椅子いすの一本にこしける。


「さてぇ、あらためて申し上げるとは言いましてもぉ、私も魔法については詳しいと言えるほどのことは知らないのですがぁ、とりあえず基礎きそ基本きほんたぐいなどを話していきましょうかぁ」


 手にしたカップは膝の上に置いたまま、近藤こんどうさんは「何から話しましょうかねぇ」と続ける。


「ええぇと始める前にぃ、今まで確認が出来ていないのとぉ、先程の計測結果からさっするに、野良ノラさんは魔法を使わない、あるいは使えないといった認識で進めてもよろしいぃですかぁ?」

「……あなたがそう思いたいのであれば、好きに解釈してくれてかまわないわ。げんにそれで”結果”が出ているでしょう」

「あっはっはっはぁ。そうですねぇ。それではそういった感じで進めていきましょうかぁ」



 近藤こんどうさんがそれから、あたし達に話してくれたのは、本当に魔法少女の基礎や基本というような内容だった。

 まず、魔法少女まほうしょうじょは、原則としてそれぞれ個々の性質を持った魔法しかあつかえない、ということ。原則に、というのは、魔法少女達がデフォルトで使っている認識にんしき疎外そがい魔法まほうがあるからだ。

 あたしは何でか使えないけど、認識にんしき疎外そがい魔法は魔法精霊獣まほうせいれいじゅうと契約した時に、魔法を操る力と一緒に彼ら精霊獣からさずけられる。そういえばテリヤキに『何故なぜこんな容易よういなこともできなんだか!』ってよく怒られたなあ。一悶着ひともんちゃくあったのがなつかしい。


「トモナさん――ゴホン。失礼しましたぁ。今はフレアさんでしたねぇ。フレアさんの場合は、例外も例外なものですからぁ、正直しょうじき私でははかねますねぇ。魔法精霊獣と融合ゆうごうして魔法を行使する、というのは前例がありませんからぁ。聞いたこともありませんン」

「ちょっと待ちなさい。前例がない、というのはどういうこと?」

「ああぁ。失礼ぃ。前例がない、と言うのは語弊ごへいのある表現かもしれませんねぇ。正確には、前例に当たる事案はいくつかありますがぁ、そのどれもが実証や詳細の不明な複数魔法の覚醒、で記録が終わっているのですよぅ」

「…………なるほど。はっきりとした証拠しょうこがないから、それらがフレアと同じ状態なのか、それとも全く違う何かかを判別しきれない、というところかしら」

「ええぇ。ですので、フレアさんについては私はこれ以上ぉ、とくにお教えできることはありませんン。次に、魔法少女の方々が使われる魔法ですがぁ。彼女達が行使する魔法というのは、魔法少女自身の性質と感性、契約けいやくした魔法精霊獣の魔力によって決まるとされていますぅ。そんなわけで、大半の魔法少女の方はきっかけや発現の時期の差異さいはあれど、自身でその内容を把握はあくなされるようですねぇ」

「サイ……」

つのを持った動物ではないわよ」

「わ、分かってるよ! ……多分」


 目を泳がせる。


 いわく、様々に個性的な魔法少女の魔法は、誰に教えられて使えるものではない。のだという。正確には、先輩せんぱい魔法少女や魔法精霊獣から魔法を使うさいのコツや感覚をレクチャーされて使えるようになる人もいるけれど、最終的には自身の《気付き》が魔法の発現はつげんっこらしい。

 そして、魔法少女が使える魔法は、基本的に一つだけ。魔力の波長や契約した魔法精霊獣の属性というものが一人一人、個人によって決まったものがあるらしく、発現した魔法を工夫していろんな用途ようと見出みいだすことは出来できても、まったく性質のことなる魔法は覚えられない。だから、複数の魔法を使える人は、例外をのぞいてまずいないらしい。

 あたしの場合、あたし自身の魔法を明確に発現させることなく例外的な魔法を使えるようになってしまった、という、とにかくいろんな人から見てもお手上てあげな状態だという。

 魔法というのは魔力まりょくに形や性質、意味をあたえて体外に出した状態を保持ほじするための技術であり、何もしなければすぐに空気中へ拡散してしまう魔力を、あたしのように直接なにかの用途として放出できる人間はごく一部なのだとか。


「そう聞かされると、この子が本当に特異とくいな魔法少女だったというのが、ひしひしとつたわってくるわね……」

「そうですねぇ。普通の魔法少女の魔力まりょく量ですとぉ、すべての魔力を使い切った攻撃で、ディザイアーの肉体に有効ゆうこうあたる程ですからぁ。あれらディザイアーコアを破壊出来できるほどの威力を幾度いくどと放てる方は、おそらくフレアさん以外はおられないでしょうねぇ」

「いやあ、えへへ」

「晴れがましく思うのは構わないけれど、その魔力量も魔法へ転用できなければただのぐされよ」

「うっ」


 目の前の二人にめられて、気恥ずかしくも嬉しく声に漏らすと、すかさずルナちゃんからありがたいお言葉を貰ってしまった。


「というか、魔法の大まかな制御せいぎょすらもおぼつかないのに、魔力を体外に出して操作するなんて器用なこと、よく出来るわね」

「う、うん。魔力の操作は、魔法少女になったばかりのころに、リサ先輩によくしごかれてたからなぁ。そのおかげで魔法は使えなくても戦えるようになったから、それに関してはホントおれいしかないや」

「……今、少しだけあの蛮勇ばんゆう国家魔法少女国の狗のことを見直したわ。まさかこれほどの偉業いぎょうしていたとは……」

「ルナちゃんがリサ先輩のことめるなんて、なんだかあたしも嬉しいや――あれ? あたしもしかしてディスられてる?」

「あっはっはぁ。まあぁ、なんにせよ、かくしてフレアさんは希少な戦力をってご活躍されていますからぁ、私どもにとっては大助かりでしたけどねぇ」

「そ、そうかな」

「これまではそれで良かったとしても、またこのあいだみたいな魔力を無効化する、それに加えてほのお耐性たいせいがあるディザイアーが現れた時でも今日のような調子なら、まず間違まちがいなく死ぬわよ」

「……はい」

「あっはっはぁ。課題はやまみのようですねぇ、フレアさんン」


 他人たにんごとのように笑う近藤こんどうさんをにらむ気力もなく、ただただルナちゃんのお説教に項垂うなだれるしかなかった。

 色々と他にも言いたいことがありそうなルナちゃんだったが、紅茶こうちゃを口にして一息ひといき着く。そこへ、カップを膝に置く近藤こんどうさんはルナちゃんへと目を向ける。


「それにしても、私からすれば野良ノラさんもおおよそ奇特きとくちからをお持ちのようですがねぇ」

「……そうかしら」

「ええぇ。肉体を強化する魔法を使われる魔法少女のかたは、この日本では十数名られますがぁ、ディザイアーのコアとらやぶれるかたは片手で数えられる程しか確認されていませんン。ましてやぁ、魔法に頼らず、体内に魔力を満たす純粋な”魔力循環”のみでこれほどまでの数値を記録されるのはぁ、それこそ他に例を見ませんからぁ」

「……はぁ。――食えない男ね」

「あっはっはっはぁ。誉め言葉として受け取っておきますねぇ」


 紅茶を飲み終えたルナちゃんは、ため息と共に近藤こんどうさんを一睨ひとにらみする。

 流石さすが近藤こんどうさんも慣れたようで、あまり凄みを出していない時の野良のらの少女のそれには、どうじなくなっていた。

 近藤こんどうさんも残っていた紅茶を飲み干して、足元のおぼんそばにカップと受け皿ソーサ―を下ろす。そして、あたしとルナちゃんを見回して「さて」と続ける。


「私の知るところはこのようなものではありますがぁ、よろしかったでしょうかぁ」

「……そうね。あなたの話は本当に基礎の、何も進展しなさそうな内容だったけれど、それでも情報としては有益だったわ。いぬ

「いえいえぇ。微力びりょくであれどお役に立てたのであればぁ、良かったですよぅ」

「ところで、あなたはさっき、フレアの状態に関して、前例がないと言ったけれど、一つ、聞いてもいいかしら」

「え? ええぇ」


 そこで野良の少女は視線を鋭くし、近藤こんどうさんへ体も向ける。

 彼女の面と向かった態度に、近藤こんどうさんはわずかな戸惑いで向かい返す。


「”ネームレス”。という単語に、心当たりはないかしら?」

「はあ、ネームレス、ですかぁ。聞き覚えは……なくはないですがぁ、残念ながらそれ以上のことはぞんじてはいませんねぇ」


 顎を指で掴み、一考する近藤さんだが、すぐにかぶりを振った。

 ホームレス――いや違った、【ネームレス】。ルナちゃんが近藤こんどうさんに問い掛けたその言葉は、あたしもどこか、聞き覚えがあった。

 そうだ。確か、この間名古屋で戦った時に、誰かが口にしていたんだ。良くは覚えていないけど、多分、あたししていたようにも聞こえた気がする。ルナちゃんもあれを聞いていたんだ。


野良ノラさんは何か思い当たるふしがある、と言ったところでしょうかぁ。よろしければ私の方でぇ、それとなく調べておきましょうかぁ?」

「いえ。結構けっこうよ。あなたが知らないのであればただそれだけよ」

「そうですかぁ。そうおっしゃるのであればぁ、野暮やぼひかえておきましょうぅ。それでしたら、今回はぁ、とりあえずはという感じですかねぇ」

「ええ。そうね」


 ルナちゃんがそう返し、近藤こんどうさんが立ち上がろうとする。そのタイミングで、あたしも残りわずかの紅茶に手を着けようとした時、今日ここに来たもう一つの目的を不意ふいに思い出した。


「あ――!! 忘れてた!!」

「どわぁう。びっくりしたぁ!」


 あたしの突然の大声に、腰を抜かしかけた近藤こんどうさんはあやうく円柱椅子から転げ落ちそうになる。何気なにげにリアクションが良い。

 寸でのところで椅子いすつかみ、座面にお尻を落ち着かせる近藤こんどうさんを待ってから、ギリギリのところで忘却の彼方かなたから拾い上げられたを話題に引きずり出す。


「ご、ごめんなさい近藤こんどうさん。あ、えっとそれよりね、あたし、今度ルナちゃんとマギアールズを組むことにしたの!」

「ひやはや……。なるほどぉ、それはいで――えぇっ!? フレアさん、今、なんとぅ……!?」

「だから、私とこの子とで、あなた達の取り決めているマギアールズとやらを組むという話よ」


 今日一番いちばんのオモシ――リアクションを見せてくれた近藤こんどうさんは、驚きの勢いのまま腰を浮かして、あたしの代わりに答えてくれたルナちゃんに言葉を返す。


「い、いや、よもや、まさか野良ノラさんからそのような話が持ち上がるとはぁ……」

「あら、不満なら……」

「いえいえいえぇ。滅相めっそうもございません! いやしかし、となりますとぉ、野良ノラさんもいずれかの保護局ほごきょく機関きかんに所属なさる、ということで――」

「なさるわけがないでしょう」

「――ですよねぇ」

「寝言は寝てから死になさい」

「ルナちゃん、『に』と『し』が逆じゃないかな……?」

「あら、間違えたつもりはないのだけれど」

「「……」」


 ルナちゃんのあっけらかんとした高度な冗談にどう答えたらいいのか分からず、あたし近藤こんどうさんはすぐには口が開けれなかった。

 しかし、やはり野良の魔法少女のその対応にも慣れてきたのか、近藤こんどうさんはうすら笑いをくずすことなく会話を続ける。近藤こんどうさんの横顔を一筋ひとすじしずくつたい落ちたのは多分、錯覚さっかくだろう。


「あ、あっはっはぁ……。変わらず手厳てきびしいぃ、ですねぇ」

「私は、今のまま野生の魔法少女としてこの子――フレアと組むわ。国家魔法少女国の狗でなければマギアールズは組めない、などという堅苦かたくるしい規約があるわけではないのでしょう」


 ルナちゃんのその質問もとい確認に、近藤こんどうさんは思い出したように腰を下ろして、答える。


「ええぇ。勿論もちろんですよぅ。国家機関に所属なさらなくてもぉ、支援しえんや生活援助を受けることは出来ませんが、マギアールズを組まれること自体に問題はありませんン。宝賞石ほうしょうせきも、おわたししやすくなりますからぁ」

「”宝賞石”……?」

「あっ。そうだ忘れてた! 宝賞石!」

「あなたは何をどれだけ忘れればむのよ……!」


 ルナちゃんの今日何度なんどかの深いため息をに、円柱席を離れてあたしは練魔場の壁際かべぎわに置いていた自分のバッグにけ寄る。いつもそこに入れてある内ポケットからいくつかのにじ色の小さい玉を取り出して、薄白はくびゃくの少女の手にそれを落とす。


「……これが?」

「うん。宝賞石ほうしょうせき! 人助けとか、ディザイアーを倒した時とかに貰えるんだ。千葉ちば県の病院の時にもらったやつなの。これはルナちゃんのぶんだよ」

「千葉……ああ、あの時の」


 人工じんこう物のようであり、自然しぜん物のようにも見えるにじ色の石を三つひらに乗せたルナちゃんは、初めて見る宝石をまじまじと見つめる。

 が、すぐにそれをあたしに突き返そうとしてくる。


「確かに、最終的にあれを倒したのは私ではあるけれど、くにいぬえさらう趣味はないわ」

「え!? でも、宝賞石は国家魔法少女の保護局の施設に行けば、誰でも報奨金と換金してくれるんだよ!」

「ええぇ。魔法少女であればぁ、国家機関の所属の有無うむに関わらず、いつどの支部しぶでもご対応しますぅ」

らないものは要らないわ。第一だいいちどころが不明ふめいになる収入は受け取る気になるわけがないでしょう」


 しれっと便乗する近藤こんどうさんの台詞にももちろん取り付くしまもなしに、ルナちゃんはあたしの手に宝賞石ほうしょうせきを握り返させる。


「で、でも、宝賞石はきゅーふ金あつかいだから、え……えーっと? しょ、ひょ、ひょっとこぜい? っていうのには引っかからないらしいんだよ!」

よ。火男ひおとこに税を掛けてどうするというの……。ともかく、私がくにいぬとしてほどこしを受けるようなことをするつもりはないわ。私の行動の結果を評価として取りたいのであれば、マギアールズのものとしてフレアに共有譲渡じょうとする形にしなさい」


 ここまで拒否されては、あたし近藤こんどうさんも続く言葉は出てこなかった。


「分かりましたぁ。それではぁ、フレアさんは、野良ノラさんとお二人でマギアールズを組まれる、といった内容で諸々もろもろのところへは報告しておきますねぇ」


 色々と食い下がりたそうな雰囲気はあったけど、大人おとな余裕よゆうか、近藤こんどうさんは簡潔かんけつにそう言ってめると、最後に他に聞きたいことなどはないかと確認だけをして練魔場れんまじょうを出ていった。

 あたしはルナちゃんの分の宝賞石ほうしょうせきは別で大事に取っておくことにして、彼女に突き返された宝賞石を右手でそっとめる。

 そのあとは、ルナちゃんの肩の痛みも近藤こんどうさんが退出した時には無くなっていたようで、今日の魔法の練習はこれでおひらきになった。

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