3 〜対の京少女〜



「「あんたらそんなとこで何してんの?」」


 テスト期間きかん二日目の放課後。

 背後から、二つの少女の声が静かに響く。


「「「!?!?」」」


 突如とつじょ投げかけられた呼び声に、交差点のかげから小学校をのぞうかっていたあたし達は、三人共その場に雪崩なだれ落ちる。

 はじめに、屈むように前を向いていた深輝みきちゃんが驚き背筋を伸ばし、続いて前のめりだったあたしがそれでバランスを崩して深輝みきちゃんを押し倒した。そしてあたしに寄り掛かっていた小鞠こまりちゃんも、それに引っ張られる形で最後におおかぶさってくる。


「あぅ」

「あぶふ!」

「きゃぁっ!」


 交差点の角からはみ出すように、あたし達は重なり合って倒れ込んだ。

 あたしよりも目線一つ背の小さい、小柄な深輝みきちゃんが、上から被さるあたし小鞠こまりちゃんの体の隙間から手足をバタつかせる。


「お……お、も、ぃ……。し、死ぬぅ……」


 深輝みきちゃんのき消えるような悲鳴が断末魔に変わる前に、慌ててあたし小鞠こまりちゃんを背中に乗せたまま起き上がった。


「わっ。ご、ごめん深輝みきちゃん!」

「ちょ待っ、とも――きゃっ」


 しかし、不意ふいに自身に掛かる重力の向きを変えられた小鞠こまりちゃんは、体制をととのえる間もなくずり落ちて尻もちを着く。


「あっ小鞠こまりちゃぁわー!」

「あきゅッ――」


 あたしの背中から落ちた小鞠こまりを起こそうと体をひねったが最後、中腰のまま振り向こうとしたから、またもバランスを取り損なって深輝みきちゃんの背中へと転んでしまう。


「うぅ、お尻のほね打ったぁ」

「あたたたた………」

「………………」

「いやホンマに――」

「――何してんの………」


 痛む体で顔を起こし、再び耳に届いた二つの声の元に目を向ける。

 あたし達が潜んでいた所からわずか一、二歩下がった、小鞠こまりちゃんが見上げるすぐ目の前、逆三角形の『止まれ』の電光標識ひょうしきの隣に並んで立っているのは、あおみず色のランドセルを背負った二人の女の子。

 隠れるようにこちらをうかがみず色のランドセル少女を背に、あお色のランドセル少女は子供用の携帯けいたい端末たんまつを右手に握っている。その親指が沿えられているのは、携帯端末の側面に備え付けられている電源ボタン。

 小鞠こまりちゃんはそれを見た瞬間、慌てて二人の小学女子に振り返り制止をうながす。


「ちょっ、待って待って待って! 違う、違うから! 私たち不審者じゃないから! すぐそこの中学の三年すぎ小鞠こまり忽滑谷ぬかりや灯成ともな、それから一年生の十六女いろつき深輝みきさん! お、お話ししましょう? とりあえず、その指は離してもらって………」


 身振り手振りで説得する小鞠こまりちゃんを見て、思い出す。

 確か、最近の子供用の携帯端末には電源ボタンで数回すうかいオンとオフを連続して行うと、緊急ブザーと通報が自動で作動する機能があるのだ。

 ちなみに、普通の端末だと緊急連絡通報の選択画面になるのだとか。

 小鞠こまりちゃんが携帯端末の生徒手帳画面を見せるのに習い、あたしも座り込んだままで朧気おぼろげな記憶を頼りに携帯端末をタプタプと操作し、生徒証明の画面を表示させる。

 しかし、


「……イロツキ?」

「それって、どんなぃ書くん?」


 小鞠こまりちゃんとあたしが差し出す端末の画面もよそに、さわやかな色のランドセルの少女達は小鞠こまりちゃんに僅か詰め寄る。

 予想外の食いつきに、少し動揺するも小鞠こまりちゃんは深輝みきちゃんのめずらしい苗字みょうじの文字を思い浮かべた。


「え? ……えっと、確かかん数字すうじの十六に、男女の女で、じゅうろくおんな、だったかしら?」


 それを聞いた二人の女の子は一度お互いの顔を見合わせると、声を合わせてあたしの背へ問い掛ける。


「「もしかして、アキラくんのお姉さん?」」

「…………へ?」


 さっきまであまり気配を感じられなかった深輝みきちゃんの、気の抜けた声があたしのお尻から聞こえた。





「うちが大山おおやま永未えいみで――」

「ウチは、夢香ゆめか


 交差点で見張っていた小学校から少し離れた、住宅街の角にあるひっそりとした児童公園。そこに備え付けられたベンチに座る二人の小学生少女達はそう名乗る。

 永未えいみちゃんの方があお色のランドセルの子で、夢香ゆめかちゃんの方がみず色のランドセルの子だ。


「二人って姉妹なの?」


 夢香ゆめかちゃんの方は苗字は言わず、永未えいみちゃんに続く形で自己紹介をしたから、あたしはそう思って問い掛ける。


「「双子ふたご」」

「「えっ?」」


 あたし小鞠こまりちゃんは、思わず声が出ていた。

 背格好やまとっている雰囲気はかよっているから、姉妹ではあるだろう。とは思っていたが、予想以上の関係だったからだ。

 なぜなら、夢香ゆめかちゃんは深輝みきちゃんとはまた違う感じの美人ちゃん顔なのに対し、永未えいみちゃんの方はお世辞にも大勢の人に好まれやすいとは言えないお顔だったのだ。

 それを見透かされてか、永未えいみちゃんは夢香ゆめかちゃんと同じ琥珀こはく色の瞳であたし達の方を軽くにらみ、ボヤく。


「どうせうちがブサイクで夢香ゆめかと似てへんから、ウソや思たんやろ」

「えっ!? いや……それは」


 小鞠こまりちゃんと二人、目をらせる。

 永未えいみちゃんの、同じ年の頃の子達と比べても大きいと分かる顔の輪郭りんかくに、存在感のあるえらははっきりとその影を作っていた。他にも、一つ一つのパーツは夢香ゆめかちゃんと同じように綺麗ではあるものの、バランスがくないせいか個々の特徴が悪い方に強調されている。そして、今は機嫌が悪いのもあるかもしれないれど、それを差し引いても若干じゃっかん吊り上がった目尻めじりがそれらの印象の低下を更にうながしているようにも見える。

 そばかすもまばらに浮かぶ顔を隠すようにややうつむき、永未えいみちゃんは左隣に座る夢香ゆめかちゃんの手を握った。


「……ええよ。うちが可愛かわいくないんは生まれたときからやし。夢香ゆめかさえ可愛いかったらうちはそれでええし」

「お姉ちゃん……」


 呟く夢香ゆめかちゃんは、しかしそれ以上は口をつぐむ。代わりに、小さく可愛い手を握り返した。

 恐らく姉妹しまい二人、小さい頃から彼女達に付いて回る問題なのだ。

 あたしは十分愛嬌あいきょうのある顔だと思うけど、残念ながらこの世の中ではあまり可愛いとしょうされる事は少ないのだろう。


「ところであなた達は、あきらと同じ学年、なのかしら?」


 暗くなりかけた話題を変えるためか、あるいは容姿などに対して気にしていないだけなのか、深輝みきちゃんは公園に場をうつした本来の目的を切り出した。


「……うん、六年。おんなじクラス」


 妹ちゃんの方の夢香ゆめかちゃんがそれに答える。


「話し方からして関西の出身みたいだけれど、疎開そかい転校てんこうかしら」

「せやけど、こっちたんは何年も前よ」

「そう」


 今度はお姉ちゃんの永未えいみちゃんが深輝みきちゃんの質問に答える。

 疎開そかい転校てんこう

 来週あたし小鞠こまりちゃんが修学旅行に行く関西かんさい地方/旧近畿きゅうきんき地方は、数十年前のディザイアーによる世界せかい規模級きぼきゅう大災害によって、数々の丘陵・山岳地帯が崩され、現在は総称として関西かんさい平野へいやと呼ばれるまでに至るほどの被害をこうむった。

 それらの影響で、復興までの間や、家や土地を失った人達が各地方に疎開そかいすることが余儀よぎなくされた。

 永未えいみちゃん達大山おおやま家のところも、それの関係で東京に居るのだという。


「ちなみに、前にたのはどこだったの?」

「「京都きょうと」」


 小鞠こまりちゃんの質問に、双子ちゃんは声をそろえて返す。

 それに続き、あたしも話を盛り上げようと話題を深掘りする。


「へぇ。じゃあ二人のは……えっと、京言葉、ってやつなのか――」

「「全然ちゃうわ」」

「ウチらのは京都きょうとべんで」

京言葉きょうことばとはちゃう方言や。一緒にしんといて」

「ご、ゴメンなさい……」


 食い気味に怒られてしまった。

 少し違うだけで、同じ京都の方言なはずなのに………。

 後の解説によると、東京弁/共通語と江戸言葉くらい違うらしい。そんなに違うものなのかな? とたずねると、またも怒られてしまったのは別の話。


「は、話を戻しましょう……えぇっと、何の話をしていたんだっけ………………」


 うまく空気がなごんだところで、小鞠こまりちゃんが話のかじを取りにくるが、そもそもの話題が何なのかまだあたし達は聞いていなかった。

 あたしが視線を向けた深輝みきちゃんも、首を振って不知の意をしめす。

 そこで、永未えいみちゃんは膨らませていたほほしぼませて用題を切り出した。


「あんたらに、手伝ってほしいことがあんの」

「てゆーか手伝ってもらう」


 続けられた台詞せりふに中学生三人が目を向けると、夢香ゆめかちゃんはおっかなびっくりといった様子で顔を出しながら、お姉ちゃんの背中に隠れる。

 それをかばうように、ベンチに座ったまま身を乗り出した永未えいみちゃんは、さっき交差点のところで手にかかげていた携帯端末を自身のデニムパンツのポケットから取り出す。

 小鞠こまりちゃん深輝みきちゃんと三人、それを覗き込もうとすると、永未えいみちゃんはやや身構える様に、深輝みきちゃんよりも頭一つ小さいその体をビクッ、と震わせる。

 強気に振る舞っているように見えて、そのじつ、中学生三人を前にしてやはり思うところがあるのだろう。

 深輝みきちゃんが遠慮して身を引き、改めて小鞠こまりちゃんと二人で差し出された端末の画面を見る。そこには、物陰ものかげから小学校を覗く不審者女子三人組の後ろ姿が収められていた。


「あッ………」

「ふ、ふふっ。やられたわね。これは」


 小さく笑う小鞠こまりちゃんと絶句するあたしの横から永未えいみちゃんの持つ端末の画面をのぞき込んだ深輝みきちゃんは、「なるほど」と言って立ち位置を戻す。


「私達を脅迫して使おう、ということかしら。とんだたちね」

「イタズラっ子?」


 深輝みきちゃんの表現に、小鞠こまりちゃんはそれを繰り返す。

 対する深輝みきちゃんは、灰がかったショートヘアーを肩に垂らすあお色ランドセル少女の持つ、携帯端末の画面を指差した。


「気付いていないんですか? 良く見てみて下さい。先輩たちのスカートの下です」


 改めて、き通るように白いその指がす先を小鞠こまりちゃんと確かめる。

 重なり合った三人の女子中学生の後ろ写真。よくよく見るとローアングルから撮られているその写真には、一番下で屈む深輝みきちゃんとは違い、前の人の背中にかぶさるように前をのぞき見る、中学生二人の白いスカート。その臙脂えんじ色のラインが入ったすその下に、それぞれあか色とピンクの影がかすかに差していた。


「……灯成ともな、あんた、またこんな派手なの穿いて……。確かにこれは、ちょっと看過かんかできないわね……」

「だ、だってテストだから気合入れようと――ってそうじゃなーい! なんてもの撮ってるだー!」

「ふっ……」


 叫び、目の前の永未えいみちゃんの肩に掴み掛かると、そろってそっぽを向いた。噛んでしまったのがツボに入ったのか、短く息を漏らした深輝みきちゃんには後でお仕置きだ。

 感情のままに双子女子小学生(姉)をっていると、すっぽりと携帯端末がその華奢きゃしゃな手から飛び出す。

 それは何の奇跡か、少し離れたところに立っていた深輝みきちゃんの手元へ収まった。突飛とっぴに受け取った端末にうつし出されている画像をもう一度ながめる深輝みきちゃんは、けしからんものを見つけてしまう。


「えっ。灯成ともな先輩、まさかこれ、ぱ……パン」

「ちがっ……! これっ、ガードルだから! パンツじゃないから!」


 妹にかばわれるお姉ちゃんの肩から手を放し、隠れているはずのスカートの後ろを反射的に押さえる。思わずつかんだお尻の手には、ショートパンツにも似たたけの下着の感触がポリエステルのスカートの下からひっそりと伝わってくる。

 しっかりと大事なところを守ってくれている布地ぬのじの存在を確認できたところで、自分でも驚くくらいの速さで深輝みきちゃんが手に持つ携帯端末をひったくる。そして今までこれほどに高速で画面操作したことはないであろう手捌てさばきで、決定的瞬間をとらえた画像データを削除した。

 しかし、


「ウチの端末たんまつにも、データはあるし、メールとか個人のSNSとかでも、おたがいに共有してるし、消せへん、で……」

「でしょうね」


 恐るべき手回しの早さで、すでにバックアップは取られていた。

 こちらの様子をうかがいながらぽつりぽつりと宣言する夢香ゆめかちゃんに対し、それを早々に予想していたのであろう小鞠こまりちゃんは、さもあらんといった表情で相槌あいづちを打つ。

 これは、脅迫というていに持ち込まれたお願いとやらを聞くしかない、ということだろう。


うても、うちらのお願いはあんたらにも悪くはないもんやとは、思うで」


 あたしから携帯端末を受け取った永未えいみちゃんは、諦め半分、覚悟半分でみみかたむけるあたしの思いを感じ取ってか、そう切り出してきた。最後に深輝みきちゃんの方をチラ、と見ながら。


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