2 ~探の少女的な~


 はじめに、その存在に気付いたのは深輝みきちゃんだった。


「もーしもっし、そこのちみっこいの達、そんなかげくさいとこに隠れてなーにしてるっし?」


 永未えいみちゃんと夢香ゆめかちゃんに向き合っていた深輝みきちゃんは、同時にあたし達の後ろに視界を向けていたため、すぐに気付いたのだろう。

 双子ふたごちゃんの目線へ合わせ、かがみ腰だった黒髪くろかみの後輩少女は、その声が聞こえるかいなかで腰を浮かせ、するどい視線を送る。


「あなた誰――……ですか?」


 一呼吸遅れ、またも不意に掛けられた女性の声に振り向いたところで、深輝みきちゃんのどこか付け足したような敬語の意をさとった。

 あたし達から少し離れた道路のわきに立っていたのは、一目ひとめ見て高校生の女の子だと分かったからだ。女の子が着ているのは、練馬ねりま区の真ん中くらいに位置する、ある程度に有名なお嬢様高校、そこの制服。


「あぁ、あたしあーし? あーしはミサキ。見てのーり女子高校生ダゼ!」


 しかし、ミサキと名乗り左手の指で表したピースを左目に当てるはっちゃけた雰囲気の彼女は、お嬢様高校の生徒とは一見して思えない風体ふうていだった。

 元の髪色は分からないが、めたのであろう金髪に、派手とまではいかなくもぱっちりとほどこされたナチュラルメイク。長袖ながそでのサマーカーディガンは肩を出すように下ろされ、本来シャツのえりに詰められるはずのネクタイはカーディガンがズレ落ちないように二の腕を回してむすばれている。そして、あるいはショートパンツに並ぶ程の丈のミニスカートの下には、生地の厚みが感じられない、黒いタイツと見紛みまがうようなニーハイソックスがスカートのすそとの間に脚の肌をわずかに現させていた。その幅は、スカートの揺れ具合で太ももの地肌が見え隠れするくらいだ。

 その時、吹き抜けた弱い風が彼女のスカートをはためかせた。


「って、ちょっ! み、ミサキさん? スカート! パンツ見えてる!!」

「んー? ダイジョブダイジョブ。見せパンだから。ヨユーっしょ」

「そう言う問題じゃないよ! ていうか何が余裕よゆうなの!?」


 あたしの注意を聞いても、お嬢様校女子高生ミサキさんは黒ニーハイソックスのすぐ上、らぐスカートの裾から白い布地が顔を覗かせているにもかからず、楽しそうに笑う。


「あなた達も、すきあらば下着を盗撮しようとするんじゃない!」

「「あぎゅッ」」


 深輝みきちゃんの声のする方。さわやかな色のランドセルを背負った少女達に視線を戻すと、それぞれ片手タブレット型の携帯端末のカメラ機能を起動させてかまえている双子ちゃんが、黒髪少女の両手による手刀を頭にえられいた。


「なになに。あーしでもおどしてなんかやらせよーとかしてた感じ?」

「「「!?!?」」」


 変わらず楽しそうにケタケタと笑うミサキさんは、さらりと的をたような内容を適当てきとうな口調で言い当てる。が、あたし達を一瞬ドキッとさせることをさらっと口にしながらも、彼女はそんなことなど意にも介していないような調子であたりを見回す。

 ひたいに水平にしたひらをあてがい、遠くを見通すようなポーズを取るハイカラ女子高生は、今度はニヤリと思わせぶりな笑みを浮かべ、あたし達に問い掛ける。


「そーそー。ちみっこ達。このへんでタヌキ――じゃなかった、ネコちゃん見かけなかった?」

「ね――」

ネコ?」


 突然の小動物の捜索発言に頓狂とんきょうな声しか出なかったあたしの代わりに、小鞠こまりちゃんが質問の単語を繰り返した。

 ミサキさんは何かを探すような動作をめ、小鞠こまりちゃんのつぶやきに律儀に答える。


「そ、ネコちゃん。あーしの助手じょしゅなんだよねー」

「じょ、助手……?」


 今度は深輝みきちゃんがまた新たに出てきた名詞の意図いとに、戸惑とまどいの声を口からこぼす。

 猫が助手、とはこれ如何いかに。と、ミサキさん以外、この場の誰もが疑問を頭に浮かべたその時、ハイカラ女子高生はあたし達からふと視線を外した。

 釣られてあたし達も目を移したミサキさんのはしばみ色の視線の先、あきらくん達が居た橋の小川の沿道には、一人の女の子がキョロキョロと周りを見渡しながらこちらに歩いて来ていた。


「お。った居たー! ネーコちゃーん!」




「だから、私のことをネコと呼ぶのはやめてくださいって、いつも言ってるじゃないですか。ミサキさん!」


 ミサキさんに大声で呼びかけられ、飛んできたその女の子は、開口かいこう一番いちばんに彼女へまくし立てた。とはいっても、その口調はおっとりとしたもので、いまいち迫力に欠けてしまっている。


「私には、四月朔日わたぬき音子おとこという、名前があるんですから」


 音子おとこちゃん、と自身の名をそう口にした、あたし小鞠こまりちゃんとおなどしくらいの女の子は、そろそろ暑くなってくる季節でありながらも、シェルピンクのロングたけワンピースをクリーム色やベージュの落ち着いたキャップやシューズで着こなしている。深輝みきちゃんとはまた少し違う大人びた雰囲気をまとう彼女は、見た目や背丈はあたし達と変わらなさそうなのも相まって、年齢ねんれいはかりどころを全くつかませない。

 所々インナーカラーを明るく染めたセミショートの茶髪ちゃぱつを揺らし、音子おとこちゃんはゆったりとした調子のまま、更にミサキさんへ、多分、る。


「まさかとは思いますが、また私のことを、たぬきって言ったりしてないですよね」

「「ってたで」」

「あっははははは。びょうでバラされたし! ウケる」


 音子おとこちゃんの詰問に、二人そろってミサキへ向けてゆびし、すかさず双子ちゃんが代わりに答える。対するハイカラ女子高生はお腹をかかえて笑い出した。

 そんなミサキさんの反応に、ラフカジュアルにまとめたワンピースの下のロングスカートからやや大きく足を出して、音子おとこちゃんは大声を張り上げているかのようにうったえ掛ける。


「ウケません! 変な誤解ごかいでもされたら、どうするんですか!」

「まーまー、そうカッカすんなし。いーじゃん。音子ネコちゃん、可愛いっしょ」

「だから私は、ねこじゃないです!」


 すごみの欠片かけらもなく食い掛かる音子おとこちゃんだが、それをミサキさんはのらりくらりとからかう。

 そこへ、先刻せんこくに消散しかけたミサキさんの意味ありげな言葉を、深輝みきちゃんはギャルのような印象の強い最年長少女へ問い掛ける。


「感動の再会のところすみませんが」

「感動なんていう、大層な感情なんて、持ち合わせてありません!」


 音子おとこちゃんからの飛び火も気にせず、黒髪美人ちゃんは続ける。


「先程、ミサキさんは音子おとこさんのことを『助手』と言っていましたが、あなたがたはどういった関係なんですか?」

「あー」


 深輝みきちゃんの質問に、ミサキさんはここへきて初めて言葉を詰まらせた。

 その様子を横目にうかが音子おとこちゃんが、彼女の反応に若干のいぶかしみを口に出す。


べつに、隠すことでも、ないでしょう。私はまだ不本意ですが、ミサキさんの助手だという事実は、本当なんですから」

「んー、そーなんだけどねー。……ま、いっか」


 名実めいじつ共に助手として周知させた、どこか不服そうな音子おとこちゃんの声に、ミサキさんは頭をいて一瞬を置く。

 しかし、すぐさまつかみどころのない態度であっけらかんと彼女は言う。


「あーし、こー見えて探偵たんていなんだよね。女子コーセー探偵!」

「「た、探偵?」」


 小鞠こまりちゃんと声をこええ、聞き返した。


「そ。カッコいっしょ? チョっといま調べ事しててねー。気付いたら音子ネコちゃん迷子になっちゃってたのさ」

「私ではなく、あなたが奔放ほんぽうに、走り去ってしまったんじゃないですか!」

「まー。そーゆーコトにしとくか」

まぎれもない、事実です」


 唐突に捏造ねつぞうされる不名誉に、即座そくざに真実を突き付ける音子おとこちゃん。

 そんな訴えも慣れた調子でスルーをして、ミサキさんは本題をつむぎ出す。


「実は、このヘンで少し前から男が夜中に襲われる事件が数件起きてんだけど。あ、オトコっても音子ネコちゃんのことじゃないかんね」

「しようもないコトをはさんで、話をらせてしまうクセは、どうにかしてくださいと、いつも言っているでしょう」

「あっははは。メンゴメンゴ。えーっと。……そうだちみっこ達、この辺りで不審な魔法少女まほうしょうじょ、見かけなかったし?」

「え?」


 あたしが声を漏らすのと同時に、小鞠こまりちゃんと深輝みきちゃんがチラ、とこちらを見る。

 違うよ!? あたし、何にも知らないからね!?

 と、あらぬうたがいを掛けられそうになるのを、首が千切れるのではないかという勢いの無言で二人に弁明する。

 それを汲み取ってか、こっそりとあたしへウィンクしてミサキさんは先を続けていく。

 もしかして、あたしの正体を知っているのだろうか。


「ま、安心しなし。魔法少女って言っても、野生やせい――ってもフツーはつたわんないか。国に援助してもらってる国家こっか魔法少女まほうしょうじょってのとは別の、フリーの魔法少女だし。多分、日本政府せーふも未確認のコなんだよね」


 野生の魔法少女。

 それを聞いた時、一拍いっぱく、強く心臓が打ち鳴らしたかのように感じた。脳裏に浮かんだのは、野良ノラの魔法少女。ルナ。

 思わず隣に立つ深輝みきちゃんに視線が行きかけるのを、なんとかこらえる。

 自身を探偵としょうした彼女が付け足したのは、日本政府が確認していない子。

 つまり、近藤こんどうさんを通して認知されているルナちゃんは、新しくあたしとマギアールズを組むことになった相棒とは、違う。――ハズだ。

 突然とつぜん話題にげられた魔法少女という存在。

 なぜ彼女は、ミサキさんは、そんなこと野生の魔法少女のことを調べているのか。

 そんなあたしの疑問を感じ取ったのか。あるいはそれすらも予測してか、探偵の少女は最後に言葉を残して、助手の音子おとこちゃんを引き連れて行った。


「「まほう、しょうじょ?」」


 ミサキさん達が立ち去る直前に、永未えいみちゃんと夢香ゆめかちゃんが聞き返す。


「そ。あーしは三崎みさき乙音おとね高校生こうこうせい探偵たんてい魔法少女まほうしょうじょてきな? ま、あーしも野生の魔法少女なんだけど。なんか気になることがあったらメールしてくんね」






何故なぜ、あの達に、本名を教えたのですか? 事件の調査を、魔法少女保護管制局マホカンから受けた時、調査中は苗字みょうじだけを名乗り進めると、言っていたのに」

「さー。なんか面白そーなちみっこ達だったんよねー。だっからかなー。あの子達、なんか知ってか知らずか、かかわってそーなんだよね」

「……また、探偵魔法少女のカン、ですか」

「んっふふんー」


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