第二章 - 道導べ

 1 ~強の剛少女~


 五月十三日。

 スピーカーから鳴るチャイムの音と一緒に中間テスト最後の科目が終わり、担任の先生が教室に入ってくる。

 この後は、また小学校に行ってあきらくんを待ち伏せすることになっている。

 昨日は結局なにも分からずじまいで、あたし達はあきらくんの尾行方面で調査を進めていくことになった。深輝みきちゃんも渋々しぶしぶ折れてくれて、昇降口を出た玄関道で待ってくれている手はずだ。

 そんなことを考えていると、今週の日曜日から始まる修学旅行の確認や注意事項、他にも色々と先生は話していたけれど、気付けば解散の号令が掛けられていた。

 一息遅れ慌てて立ち上がり、クラスの皆に合わせてあいさつをする。

 椅子いすにもう一度着き帰りの支度したくをして、いつもと変わらないあきれ顔の小鞠こまりちゃんと教室を出た。

 階段を下りて昇降口に出たあたし達は、靴を履き替えて段差の小さい校舎台の小階段を玄関道へ降りる。

 その時だった。


「おい急げ。早くしないとカードのあたらしいパックが売り切れるぞ!」

「まだ昼前だろ誰がこんな時間に買うんだよ」

「そりゃ仕事もしてない転売ヤーとかニートに決まってんだろ!」


 声変わりもまだ途中のような低くも高い男子の声が二つ、後ろから聞こえてきたかと思うと、あたしが階段を一段降りようとしたところで背中に何かに押しのけるように衝撃を受けた。振り向く間もなくあたしの脇をすり抜けたのは、一人の男子生徒だ。


「きゃあ!?」

灯成ともな!?」


 不意に衝撃を受けたあたしは、よろめき、数段しかない小階段をたたらを踏んで落ちていく。下りきった先の地面でなんとかギリギリのところで踏み止まり、転んでしまうのを阻止そしする。


「わっ、っと、おっ、おぉ……セーフ……」

「ちょっ。お前何やってんだよ」

「やっべ、サーセン!」


 あたしとは違い勢いのままに小階段を飛び降りた男子生徒は、後から来たもう一人の男子生徒に言われてか、頭をきながら首を前に倒した。

 何か急いでいるのか、二人そろった男子生徒達はあたしに短く謝るとさっきの勢いで校門へ走り出す。

 しかし。


「おい。一年いちねんども! 人にぶつかっておきながらその態度はなんだ」


 昇降口の方から響く男声に怒鳴どなりつけられ、その足はすぐに止められた。

 驚き昇降口を見遣みやるズボンのすそ抹茶まっちゃ色の男子生徒達と一緒に、怒声の聞こえた後ろへ視線を向ける。


「ただ謝ればいいってもんじゃねえぞ! お前が今ぶつかったのは階段。それも自分からだ。そのクセにそんな適当なあやまり方をする奴があるか! 自分がやらかしたことの責任せきにんをちゃんと認識して、それを正面から謝れ! こころでもからだでもだ!!」


 振り返った小階段の上、昇降口の入り口に立っていたのは、同じクラスの男子生徒、大塚おおつか君だった。


「す、すいません――」

「俺はお前にぶつかられてない!」

「はっ、はいっ!」


 謝りかけた一年生男子は、大塚おおつか君に再び大声を浴びせかけられ、勢いよくあたしに振り返った。


「え、えっと、その……後ろからぶつかって、その階段で、すみませんでした……。えっと。お、お怪我けがとか、ない、ですか?」

「う、うん。大丈夫だよ。ちょっとビックリしたけど。君こそ、飛んで降りてたけど、足は問題ない?」

「は、はい。ダイジョブっす」


 時折ときおり大塚おおつか君をチラ、チラ、と見ながら、男子生徒はあたしに深々と頭を下げる。それに対し、さっきの驚きで多少引きつりながらもあたしは笑顔で答える。

 顔を上げた男子生徒は、あたしの顔を見ると大塚おおつか君の様子を恐る恐るといった感じでうかがう。

 大塚おおつか君はというと、さっさと行け、とでも言うようにあごを振る。

 それを見た一年生男子は、もう一度あたしに「すみませんでした!」と言うと、もう一人の男子生徒共々、一目散に走り去っていった。

 それを見送って、小階段の上を振り返る。


大塚おおつか君、えっと。ありがとう」

「勘違いすんな忽滑谷ぬかりや。俺はああいう他人に迷惑かけておきながら何とも思わねえ奴がだいきらいなだけだ。お前こそ、ドジなのは今更いまさら知ったこっちゃねえけど、普段から皆に迷惑かけるのはどうにかするか考えろ」

「あ……う、うん」


 それだけ言って、大塚おおつか君も玄関道の方へ歩いていく。

 少ししてから、そういえばこの玄関道の先で深輝みきちゃんを待たせているのだと思い出す。


あたし達も行こっか。小鞠こまりちゃん」

「う、うん。大丈夫だった? 灯成ともな

「うん。ダイジョーブ!」


 小鞠こまりちゃんに無用な心配を掛けさせるのも嫌だから、いつもの笑顔で明るく応える。実際、それなりに驚きはしたけど、少し前の人型ディザイアーとの戦いに比べればどうってことはない。

 校門の少し手前、並木に沿って立っていた深輝みきちゃんと合流して、あたし達はあきらくんの小学校へ向かった。


 高学年の授業が終わるタイミングを計って、永未えいみちゃん達と落ち合ったあたし達は、その後すぐに出てきたあきらくんを寸でのところで見つけ出し、尾行することに成功した。

 するとあきらくんは、あたし達の中学校の近くにある商店街にまっすぐ向かったかと思うと、ランドセル姿のまま買い物を始めたのだ。


「買い物? それなら一度いちど家に帰ってからでもできるでしょうに、一体いったい……?」


 次々と食べ物や生活用品をそろえていくあきらくんを眺めながら、深輝みきちゃんがつぶやく。

 商店街の端から端へ、徐々に荷物が増えていくあきらくんを追って、あたし達もウィンドショッピングをしながら進んでいく。

 商店街も終わりの方、ドラッグストアから出てきたあきらくんの荷物の中に、くろに程近いこん色のレジ袋が追加されている。


「……? 何を買ったのかしら」

「さ、さ~、なんだろ……?」

「――? どうして灯成ともな先輩が動揺しているんですか。行きますよ」

「あっ、ちょっと待ってこの服を戻して……ってあっわあ!」


 買い物客を装うために、はすかいの古着屋さんで見ていた服を戻そうとしたとき、袖か何かが引っ掛かったのか、何も着せられていないマネキンが大きく揺らぐ。

 咄嗟とっさに支えたはいいものの、体勢が悪かったせいか、その重さにゆっくりとだが、床に倒してしまう。


「ああもう何やってるのよ。ほら灯成ともなはその服戻して」


 そう言って、小鞠こまりちゃんはすかさずマネキンを起こそうとしてくれる。だが、それは少し持ち上がるだけで、すぐに下ろされた。


おもっ。ちょ、灯成ともな。そっち持って」

「分かった」


 ハンガーラックに服を戻して、小鞠こまりちゃんと二人、息を合わせて倒れたマネキンを持ち上げる。


「せーの」

「ふぬぬ……」


 しかし、中に金属でも入っているのか、あまりの重さに女子中学生二人の力をもってしても、半分くらいを起き上がらせるのが精一杯だった。

 もはやここまでか、と、魔法少女に変身することも頭によぎったその時、双子ちゃんの片割れ、あお色のランドセルのお姉ちゃん、永未えいみちゃんが前に出た。


「ちょっとかして」

「え?」


 永未えいみちゃんに押しのけられ、あたし小鞠こまりちゃんは一歩下がる。

 あおきに倒れたマネキンの首元と胸下の隙間に手を入れて、青色ランドセル小学生は一息、気合を入れた。


「ふん!」

「うっそ……」

「うっそだぁ……」

「…………」

「…………」


 金剛像かとも錯覚するほどの重量のマネキンは、いとも容易たやすく持ち上げられてしまった。

 予想外の力持ち具合に、深輝みきちゃんも絶句してしまっている。対してその隣に立つみず色ランドセル少女の夢香ゆめかちゃんは、それがさも当たり前かのように平然と眺めている。

 悠然と持ち上げられた重量級マネキンは、ゆっくりとお店の床に下ろされた。

 一仕事を終えて両の手を叩く永未えいみちゃんに、小鞠こまりちゃんは怖々こわごわと尋ねる。


「お、重くないの?」

「これくらいやったら、なんとも」

「これ、灯成ともなより重いから五十キロ以上くらいあるわよ!?」

あたし五十キロはないよ!?」

「そこに引っかからなくていい。》から五十キロ以上って言ってるんでしょ」

「ということは灯成ともな先輩は五十キロじゃく、といったところですか」

「えっ、なんでわ――いや違うよ!? あたしそんなに太ってないよ!?」

「……別に灯成ともな先輩が重いのは太ってるからじゃないでしょう」


 言及する深輝みきちゃんの冷ややかな視線が、あたしの胴からやや上に留められる。


「ちっ」

「今したちした!? 小鞠こまりちゃん、今なんでしたちしたの!?」

「そんなことは今どうでもいいでしょう。早くしないとあきらくん、見失うわよ」


 どこかとげがありそうな小鞠こまりちゃんの口調に疑問を残しながらも、慌ててお店の外を覗く。

 ダークブラウンのランドセルを携えた少年は、大小様々な荷物を持ったまま、商店街の外、住宅街の方へと歩いて行っていた。マネキンを倒してしまったことをお店の人にひとまず謝ってから、あたし達五人は商店街を出る。

 なんとか距離を取られ過ぎないよう適度に詰めながら商店街から数分歩いたところで、あきらくんは何もない場所に立ち止まった。

 正確には、橋があった。仰々ぎょうぎょうしく舗装されてはいるが、小川と呼ぶのも怪しい都会の川の小さな橋の欄干らんかん。そこに一人、もたかっていた。

 長袖のパーカーを目深まぶかかぶったは、自身の目の前に立ち止まったあきらくんからランドセル以外、その荷物の全てを受け取る。

 見つからないように離れて様子をうかがっているため、詳細は掴めないが、あきらくんはどうやらもう一人の男の子と話しているようだ。

 内容を確認するのに、もう少し近付こうかと提案しようとした時、か細い二つの声が耳を打った。


「「い、五和夫いわおくん……?」」

「イワオくんって、あのパーカーの男の子のコト?」

「うん」


 小鞠こまりちゃんの質問に、夢香ゆめかちゃんが短く答える。

 言われ、改めて顔の良く見えないパーカー姿の少年を見やる。

 ちょうど二人の会話は終わったところのようで、あきらくんは深輝みきちゃんのお家の方へと歩き出していた。


「あら? イワオくん、足でも怪我しているのかしら?」


 あたし達があきらくんの方へ注目する中、小鞠こまりちゃんは橋の向こうへと向かっていくイワオくんへ視線を向け続けながら、そうつぶやいた。

 小鞠こまりちゃんの台詞せりふに振り返り、のっそりと歩いているイワオくんを見ると、確かにどこか変だった。あきらくんが両手で持っていた荷物を右手だけで持ち、気持ち左足をかばって歩いているように見える。


「ほんとだ。どこかでひねったりしたのかな?」

麻痺まひ


 あたしが呟いた言葉に答えるように、またしても夢香ゆめかちゃんが口に出していた。


「へ?」

五和夫いわお君は、春先のある事故のせいで、あたま打って半身はんしん麻痺まひになったんや」


 今度は永未えいみちゃんが答える。

 それを聞いて、数週間前の世界的なディザイアーの事件を思い出す。が、それは即座に否定された。


「まぁ事故言うても、誰が悪いとかじゃなくて、っさい子供が事故じこりそうになったんを五和夫いわおくんが助けようとして、うっかり頭打った。ってなだけの話やけど」


 お姉ちゃんの永未えいみちゃんの説明に、夢香ゆめかちゃんがそう続けて言ったのだ。


「でも、それなら何故あきらが買い物を? 買い物なら他の家族が――」


 そう言いかけた深輝みきちゃんの台詞せりふは、永未えいみちゃんの言葉によって打ち消された。


五和夫いわお君のウチは年の離れたお姉さんだけで、他は誰もてはらへん」

「それは、先月辺りから見かけなくなったっていうイワオくんのお姉さんのこと?」

「「うん」」


 小鞠こまりちゃんの確認に、双子ちゃんがそろって答える。

 ということは、お姉さんの如何いかんはともかく今、イワオくんのお家は、誰も満足に外へ出られない。ということになるのだろうか。

 つまり、あきらくんはそのイワオくんの変わりに、お買い物をしている、ということ。

 真っ先にその結論へ結びついたのであろう深輝みきちゃんが、ぽろり、と声に出す。


「だったら、それならそうと素直に言えばいいものを。まったくあの子は。私がダメだと言うはずもないでしょうに」


 普段、あまり聞き馴染まないその口調に、しかしあたしだけはどこか耳に馴染む声に、皆が釘付けになるのにも気付かず、深輝みきちゃんは隠れていた物陰から長い黒髪を引き出す。


「私の方の謎はある程度ていど解けたわ。こちらとしてはもう、特に問題もないけれど……どうする? まだ力は貸した方がいいかしら」


 近くのマンションへ入っていく幼馴染の後姿を眺めながら、深輝みきちゃんに声を掛けられたんだ色のランドセル少女達は、軽微にうつむく。

 そうだ。あたし達の目的であるあきらくんの怪しさの原因はほぼほぼ解明したようなものだ。だけど、永未えいみちゃんと夢香ゆめかちゃんの目的である、イワオくんの変調の方はまだ良く分かっていないのだ。

 弟の同級生達の反応を肯定ととらえたのか、深輝みきちゃんは優しく双子ちゃんへ詰め寄り笑いかける。


「そう。ならあなた達が満足するまで付き合ってあげるわ。どっちみち、こちらも先輩二人がおどされている身だし」

「あっ」

「そういえば、そういう身の上だったわね。私達」


 成り行きで忘れていたあたし小鞠こまりちゃんの立ち位置を、後輩少女は今更ながら思い出させてくれる。

 誰にも見られないような、小さな体の影で、華奢きゃしゃな二つの手がこっそりと打ち合わせるのを、あたしは見逃さなかった。どっちみち、永未えいみちゃんのあの剛力っぷりを見せつけられれば、断るものも断れないが。



 そして、そんなあたし達の後ろに、またも近付く影があるのを、あたし達はまだ気付かなかった。

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