〜和の少女達〜



「じゃあ、名古屋なごやに修学旅行に行ってたおとうとくんはなんともなかったんだね!」

「……はい。昨日、災害に直面したとは思えないくらいケロッとした様子ようすで帰ってきました」

大事だいじいたらなかったのなら良かったけれど。深輝みきさんは風邪かぜの方は大丈夫なの?」

「はい。一昨日おととい、テレビのニュースを見た後、熱でまた倒れたのか寝込んでいたみたいなのですが、昨日の朝にはおどろく程に回復していました。………なぜか体中がくたびれていましたが」


 練馬ねりま区の北側、学生の多く集まる丘陵きゅうりょう街の一角にある喫茶店の一卓で、三人の女子中学生達は注文のドリンクが出来上がるあいだ、先日の事件の話で盛り上がっていた。


「そっか、深輝みきちゃんそれで昨日もお休みしてたのか」

「どうして土曜日の特別授業の出欠しゅっけつも把握してるんですか。ストーカーですか。普通に気持ち悪いです」

「いやだ! 深輝みきちゃんからそんな言葉聞きたくない!! たまたま廊下で会った大幸たいこう先生に聞いただけなのにー!!」

「またあの先生か……! 基本的人権の存在はどうなってる!!」

「お待たせしました。カフェラテ・オレに、湯冷ゆざまし出しエスプレッソのアイスと、ホットミルクのアイスですー」


 むらさき色の瞳の少女がその目に掛かる黒髪をき上げたところで、少女達の注文したドリンクが届く。それに続いて、数枚のミニクレープが並べられる。


「あれ? クレープってメニューにありましたっけ、大幸たいこうお姉さん?」

小鞠こまりちゃんもしかしてその呼び方に入ってる………?」

「これは私の趣味で焼いたものです。サービスですよ」


 喫茶店ただ一人の店員である女性はそう言い、上品さをそなえたほがらかな笑みを浮かべる。どうやらボブウェーブの少女の呼び方に女性店員もまんざらではないようで、「兄様にいさまは生徒さんに愛されているようで嬉しいです」と言って楽しそうにカウンターへと戻っていく。


「そういえば前にここを出るときに、お菓子がどうか、って言ってたっけ」


 パーカーのすそにホットパンツをのぞかせる赤茶あかちゃの少女は思い出したようにつぶやく。

 それに対し、薄緑うすみどり色のワンピースの少女は頭に付けた薄桃うすもも色のリボンを傾けて、女性店員の兄妹たる件の教師を話題に出す。


「そうね。その時おごってくれた大幸たいこう先生は、昨日の土曜授業の片付けとかで忙しいのか、今日は全く来る気配もないけれど」

「そうですね。それにしても……昨日はまた灯成ともな先輩が押しかけて来るのではないかと気が気ではなかったです。杞憂きゆうに終わって良かったですが」

「なになに、あたしに会えなくてさびしかったの?」


 あかみがかった茶髪のショートヘアーの少女が、対角線に座る黒髪の小柄な少女へテーブルを越えて抱き着こうとする。

 それを、隣に座る少女がダークブラウンのボブウェーブを全く揺らさずに、彼女の首根くびねっこをつかみ椅子へしばり付けた。


「あぶふっ」

流石さすがに連日で行かせるわけにはいかないから、私の清掃せいそう委員いいんの仕事を押し付けておいたのよ」

「それは助かりました。ありがとうございます」


 オーバーオールと白いシャツに身を包む黒髪の少女は、正面に座る落ち着いた方の先輩の少女に深々ふかぶかと頭を下げる。


「うぅ~………。せっかくの土曜日だったのに遊びに行きそびれたんだよ……。お母さんのとこにも行ってたし」

「その分さっきショッピングに行ってきたんだからいいじゃない。深輝みきさんも後から合流してくれたんだし」


 そう言う並んで座る二人の少女達の両脇、椅子の足元の荷物カゴには、再生紙の紙袋や自然しぜん融解ゆうかいビニールの袋がおさめられていた。


「ホントは深輝みきちゃんも一緒に来てほしかったけど……」

「病み上がりの人間を連れ回すつもりだったんですか」

「いやいや! そういうつもりで言ったんじゃないよ! ただ、深輝みきちゃんにも何か買ってあげたかったなー、って」


 ボヤく赤茶毛の少女は、テーブルにして、注文したカフェラテを口に含む。


「ん-、おいしー。そうそう。小鞠こまりちゃんのこのリボン、可愛かわいいよね」

「ああ、これ。灯成ともなに言われて買ったはいいけど、やっぱり私には合わないわね。……そうだわ深輝みきさんちょっと」

「え……?」


 暗褐色あんかっしょくの髪の少女は、手招てまねきで正面に座る白いシャツの少女を前傾させ、自身の左側頭部そくとうぶに結われた薄桃うすもも色のリボンを丁寧ていねいほどく。そしてドリンクが倒れないように気を付けながらテーブルに身を乗り出して、白シャツに映える少女の黒髪にそれを結んだ。

 慣れないヘアアクセサリーに戸惑とまどむらさきの瞳を揺らす少女に、テーブルへ上体を横たわらせる少女はでとけの感情を含ませてつぶやく。


「いいなー。深輝みきちゃんも可愛いんだー」

「うん。やっぱり私より深輝みきさんの方が良いわね」

「そ……そう、ですか?」

「わー、照れてる深輝みきちゃんも可愛いんだー。眼福がんぷく眼福♪」


 普段の態度からは珍しい、照れた様子をさらけ出す麗美れいびな少女は、浮つく心をこれ以上堪能たんのうさせまいと、焦点をずらすために話題を振る。


「そ、それはそうと、もう少しで中間試験らしいですが、灯成ともな先輩は大丈夫なんですか?」

「わー! せっかく考えないようお買い物とか行ってたのに!! なんで修学旅行の前にテストがあるんだよー………」

「修学旅行の後にくるよりはよっぽど良いとは思いますが。むしろ試験の後に修学旅行をおこなわなければならない先生方せんせいがたの方が大変でしょう」


 効果はてき面らしく、パーカーの少女はテーブルから体を起こして慌てふためく。

 その隣で、ボブウェーブの少女は生気を失った顔で声を漏らす。


「てす、と……ああー!! せっかく、忘れていたのに! どうしてテストなんてやるのよー!!」

「急にどうしたんですかすぎ先輩! 灯成ともな先輩みたいな反応をして!」


 普段の落ち着いたマイペースな態度からは想像もできない程に取り乱す先輩に、薄桃うすもも色のリボンから横に尻尾しっぽを生やす黒髪の少女は衝撃をあらわにする。


「あー。小鞠こまりちゃんは基本どの教科もいい点取るんだけど、歴史だけはあたしよりも苦手なんだよねー……」

「なるほど、この人より悪い点を取ってしまうというのは、確かに発狂モノですね」

深輝みきちゃん、さらっとヒドくない!?」

「いいのよ! 高校の入試に日本史にほんし世界史せかいしも必要ないんだから!」

「多くはそうでしょうけど、場所によっては出るところもあるでしょう……」

「あ、このクレープめちゃくちゃ美味しー!」

「一番不安をかかえている人がそんな調子でどうするんですか! あとそのミニクレープ、一人で食べるつもりじゃないでしょうね。ちゃんと私の分も残しておいてくださいよ!」


 意外な好物を無自覚に露見ろけんさせる紫瞳の少女はさておきと、薄緑うすみどり色のワンピースの少女は雑念を振り払うかのように、周囲に迷惑が掛からない程度にテーブルを叩く。


「そんなことよりも修学旅行よ! せっかく楽しい時間を過ごしているのだから、楽しい話題にしましょう!」

「修学旅行……そういえば、灯成ともな先輩は日本政府の魔法少女なんでしたよね。旅行中は活動の方はどうなるんですか?」


 ミニクレープを乗せた皿をはす向かいの少女の側から中央へ寄せる黒髪の少女はそう言って、同時に移動させた冷やされたホットミルクを口にする。


「(それ暖められた意味はあるのかしら………?)」

「あー。この間みたいな緊急の事件でもない限りは、大きな学校行事が優先されるかな。流石さすがに現地でとかだと呼ばれるかもだけど」

「そうなんですか。それはそれで大変ですね」

「その時は、てりやきさんのことは、大丈夫なの?」


 既に隣に座る国家魔法少女の相棒のことをげられていた少女は、暗褐色あんかっしょくの髪のリボンが付いていた辺りをそっとでた。


「………そうだ。ごめんね小鞠こまりちゃん、帰ったらテリヤキのこと紹介するって約束だったのに」

「いいのよ。事情は聞いたし、灯成ともなを守ってくれたのでしょう? 直接お礼を言えないのが残念だけど」

「私もその話は聞いていましたが、すぎ先輩が心配されているのはそういうことではないのでは?」


 口に頬張ほおばろうとしていたミニクレープの手を止め、後輩の少女は項垂うなだれる少女に問い掛ける。


「んー?」

灯成ともな先輩自身のことですよ」

「………あぁ……うん。大丈夫だよ! 心配してくれてありがとう小鞠こまりちゃん、深輝みきちゃん」


 顔を上げて、いつものような笑顔で炎の魔法少女まほうしょうじょたる少女は答える。


「べ、別に心配というわけでは。それはすぎ先輩の話で……」


 普段のように元気になったにやけ顔の先輩を見て、長い黒髪の少女は言葉の途中で手に持っていたミニクレープを口に詰め込んだ。


「……テリヤキは居なくなったわけじゃないから。それに、いつかテリヤキは元に戻すって決めたから! だから、あたしは大丈夫。いつかきっと、今度こそは絶対、テリヤキのこと二人に紹介するね」

「ええ。楽しみに待っているわ」

「私は別に求めてはいませんが。……まあ、その時は、テリヤキさんにねぎらいの言葉を送る準備はしておきます。灯成ともな先輩の面倒は大変でしたでしょうから……って何わらっているんですか。マゾですか」


 先程とは違う嬉しそうな笑みを浮かべる先輩の少女に、後輩の少女はのポーズを取って見せた。

 それに対しミニクレープを頬張ってなごむショートヘアーの少女は、変わらず表情をほころばせる。



「ん~~? ふふ。ううん、なんでもない。ただ、この時間をまもれたのが、嬉しいだけ」








 余章 - 始まりの終わり

 第一編‐国家魔法少女ふれあ🔥トモナ


                   完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る