6 ~決意の少女~


「魔法少女フレアだ!!!!」


「っげあァァァああああアアアアアアアア!!!」



 あたしの叫び声を聞いて、名古屋なごや市の中心をたてに延びる本町通ほんまちどおりを、名古屋なごや高速こうそく都心環状線としんかんじょうせんの手前にじんる真っ黒な影の怪物ディザイアーは、禍々しい眼光と共に威嚇いかくするようにえ返す。

 さらに激しさをす吸引力に身を預け、あたしは胸の内に込み上がる熱い魔力を練り上げていく。練ったそばから少しずつ吸い取られていくが、気にせずに杖を通してほのおへと変換する。


「くらえぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇえぇえええええええええええ!!」


 杖を振り下ろし、すぐそこまでせまった人型ディザイアーの巨体きょたい目がけてありったけの炎を叩き込んだ。

 その灼熱しゃくねつの魔法は、例にれず黒い影のかたまりに吸い上げられてしまう。だけど、次第しだいあたしの炎を吸い込んでいく勢いは衰えていき、空中にあたしを留まらせる。吸収される量よりも多く、早く、難しいことは何も考えずに炎を燃え上がらせることで、ディザイアーの限界をえて押し放っているのだ。


「ぅ……ぅぁぁぁああああああ―――!!」


 気合きあいと共に吠え上げ、全力で魔力をぶつける。

 ディザイアーの吸い上げる力と、あたしの押しく炎との均衡はついにやぶられ、影の怪物は灼熱の攻撃に身を包まれた。


「ぐッッげぇぇぇぇぇぇぁああアああああアアアアアアアア!?!?」

「―――ぃぁあああああああああ!!!!」


 ありあまった魔力を出し切り、足元を揺らがせた人型ディザイアーを吹き飛ばす。

 吸気きゅうきの嵐はみ、舞い上げられた瓦礫がれきが降り注ぐ中、倒れたディザイアーへと白い影が飛び出す。


「グ……ゥ――」

「ふっ!」


 落ち行く瓦礫の数々を足場にして突き進む野生の魔法少女まほうしょうじょ、ルナちゃんは、起き上がろうとする人型ディザイアーの顔面を一息にいた。

 再び地面に打ち付けられた影の巨人は、短い悲鳴を漏らす。


「グゲっ!?」


 人型ディザイアーの足元に着地したルナちゃんは、その隙に近くのビル群のかげにすかさず隠れる。

 良かった。

 また無茶をしないか少し心配だったけど、ちゃんと後のことを考えているようだ。

 高速環状線の下、粉々にくだかれ瓦礫だらけになった本町通にあたしは降り立ち、杖を構え直して安心する。

 今度こそ起き上がり、巨影の怪物は強襲者の行方ゆくえを求めて頭を振り回す。しかしルナちゃんの姿は見つからず、いかりを表せるようにまたも周りのあらゆるものを吸い込もうとする。


「グ……グゥ、ガァあああああアァアアあああ!!」


 目の位置のくぼみにあたしの姿を収めた人型ディザイアーは、こちらへ駆け出しその吸気をあたしに集中させた。吸い切れなかったあたしの魔力を次こそ奪い取ろうとしているのだろう。

 けれど、そんなことは、出来はしない。させは、しない。


「トモナ!!!」


 高速環状線の上、黒い怪物の狙いに気付いたリサ先輩が、防音壁にちからなく掴まりながら叫んだ。

 見上げ、その悲愴ひそうな顔に対しみでうなずき返す。

 右手に持つ杖の先、色にかがやく玉に左手をえ、魔力を一気にそそぐ。

 胸の内に、あたしの魔力を魔法へと昇華しょうかさせるちからを、確かに感じ取る。


「えぇい!!」


 杖を背後に振りかぶり、け声に乗せて前方にせまるディザイアーへあふれ出る魔力を解き放つ。

 勢いあまって浮いた片足のまま、な炎をほとばしらせる。

 おそい掛かる人型ディザイアーを、今度はせめぎ合いに持ち込ませることもなく押し飛ばした。

 持ち上がった足を一歩前に出し、もう片方もそれに並べ立ち、黒い影の巨人へ向けて叫ぶ。


あたしは、国家こっか魔法少女まほうしょうじょフレア。かかってきなさい! いくら吸い込もうとしても無駄むだだよ! あたしは今まで、一度いちども魔力をらしたことはないんだから!!!」

「グ……ルぐ、が……」


 倒れ込んだ人型ディザイアーは上半身を持ち上げ、感情の図れない黒眼をこちらへ向け、にくらしさにあふれた声を漏らす。

 その時、すぐそばの大きな瓦礫の上に、誰かが立つ気配を感じる。


「それは、あなたとくらべるまでもなく無いにひとしい私へのあてつけかしら?」

「ち、違うよ! ルナちゃん。そんなつもりで言ったんじゃ………!」


 悪戯イタズラに見つめる薄黄うすき色の少女に、慌てて振り向く。と、ひとみに映った少女の変化に、目が留まった。


「………あれ? 前から気になってたんだけど、ルナちゃん、ドレスの色、変わってない?」

「え?」


 あたしの指摘にルナちゃんは、あらためて自身の衣装を確かめる。


「そうなの、かしら?」

「そ、そうだよ!? さっきとか初めて会った時とかはむらさきだったし、他にもしろいときとかみどり色のときとかも………」

「そ、そう。私は服のことなんて気にも留めていなかったから、今はじめて知ったわ。変身してすぐは確か………白? とかだった気はする、けれど………」


 顔に人差し指を当て、真剣に考えるルナちゃん。

 どうやら、本気で気が付いていなかったみたいだ。


「グルるるゥ………」


 ルナちゃんの方に顔を向けながら、尻目にとらえていた人型ディザイアーが、うなる。


「……無駄口を叩いているひまはないわよ。さっき避難ひなんをさせたと言っていた観光バスの児童じどう達はどこへ?」


 うな脅威きょういに対してこぶしを構える薄黄色の少女は、唐突とうとつにそう聞きだしてきた。


「え――?」

「――それなら心配いらないわよ。名古屋なごや市及び周辺しゅうへん市街地の一般市民の救助・避難は全て完了していることが確認されているわ」


 ルナちゃんの反対側、あたしの隣に飛び降りてきた山吹やまぶき色の少女は、背中の大剣を重々おもおもしく持ち上げ野良のらの少女へそう答える。


「言っても、少し前の情報だし、さっきの欲圧よくあつの影響でか通信障害で今現在はよく分からないけどね」

「リサ先輩!? 大丈夫なの?」

「大丈夫。……とは言い切れないけど、問題ないわ。私だって国家魔法少女のはしくれよ。直接はもう無理でも、アンタ達の援護えんごくらいはつとめて見せるっての」


 リサ先輩はそう言い、左手に剣を下ろし、右手を上げる。


「セレナ」


 白銀しろがね山吹やまぶき色の勇者の呼びかけに、彼女の薄い胸からあわく発光する玉がき出す。セレナと呼ばれたそれは、光が弱まるのにつれて人の形をとり、薄いはねふるわせてリサ先輩の広げられた右のてのひらの上にとどまった。


精霊せいれい………?」

「そう。私の契約する魔法精霊獣。っていうか精霊そのものか」


 ルナちゃんのつぶやきに、答えるリサ先輩は掌の上にはばたく薄緑うすみどり色の精霊セレナを返した右手でっつく。その指を鬱陶うっとうしくはたく彼女―――詳しくは分からないがシルエットは女性のものだった―――は、後ろのディザイアーをゆびす。


「ええ分かってる。トモナ。そいつとは別で私もあいつの隙をついてアンタの手助けをするわ」


 ルナちゃんをあごで指し、セレナを肩に乗せてリサ先輩は右手も剣のつかに添える。


「トモナ」


 そのとなりに、象牙ぞうげ小豆あずき色の魔法少女も降り立った。


柚杏ゆあんちゃん! 柚杏ゆあんちゃんも一緒に戦ってくれるの?」

「できるわけないだろJK常考。アタシはもう魔力まりょくないから応援だけしてる」

「そ、そっか……」


 柚杏ゆあんちゃんは親指おやゆびを立てて頑張れと言う。相変わらずというか、ここにきてもマイペースなのは変わらない子だ。


「ぐるうるるるるぁあああああ!!!」

「!!」


 しびれを切らしたのか、人型ディザイアーは大きくえると足元にあった程よい瓦礫をつかんで投げかけてくる。

 それを魔力の塊で叩き落とし、あたし巨身きょしんのピッチャーの元へ駆け出す。


いぬ精々せいぜいトモナの足を引っ張らないように」

「ふん。アンタこそ、野生の魔法少女だからって手を抜くんじゃないわよ」

「がんば」


 うしろで、ルナちゃんとリサ先輩が言い合い、それぞれに飛ぶ。

 リサ先輩は遅れてあたしななめ後ろに追随ついずいし、ルナちゃんはビルのかげを移動しながらこちらをうかがう。

 ディザイアーは、吸い込み攻撃は逆効果だと学習したのか、瓦礫がれき投げや地ならし、パンチといった直接攻撃を次々と繰り出してくる。

 それをルナちゃんやリサ先輩がいなし、時には自身の炎で迎え撃つ。だけど、やはり人型ディザイアーも狡猾こうかつで、ディザイアーとは思えないフェイントや手近てぢかなビルを壊したりなどで、ルナちゃんやリサ先輩を逆に攪乱かくらんしたりしてくる。

 なるべく街への被害をおさえないといけないけど、魔力を奪われて動けない魔法少女達にも黒い怪物は意識を向けようとするため、攻撃の手をこちらへ向けさせないといけない。


「っ! しまっ――」


 あたしの炎の攻撃をふせいだように見えた瓦礫の山が、仕掛しかけた遊撃ゆうげきから退避たいひしようとするルナちゃんにおそい掛かる。


「ルナちゃん!」

野良ノラっ」


 リサ先輩と声がかぶる。

 徐々にだが、人型ディザイアーもあたし達の戦い方に慣れてきているのか、直接対面を避けているリサ先輩やルナちゃんにも攻撃が通り始めたのだ。

 ねる瓦礫とビルの壁にはさまるように攻撃を受けたルナちゃんは、なんとか埋め込まれるのをのがれる。

 リサ先輩がディザイアーの注意を引き付けてくれている隙に、あたしはルナちゃんの元へ駆けつける。


「だっ、大丈夫?」

「……く、いててだわ」

「る、ルナちゃん、かわいい?」

「っ! な、流してくれて構わないから!」

「えー?」


 思わぬルナちゃんらしからない可愛い反応に、つい戦いの中だということを忘れてしまう。

 「大丈夫か?」、と近くに居た柚杏ゆあんちゃんも寄ってきた。瓦礫に触れ、どけようとするが、びくともしない。魔力はまだ戻らないようだ。

 一方いっぽうルナちゃんはというと、そそくさと瓦礫の山から抜け出して、状況を確認する。


「やっぱり、トモナの一点攻撃だけではキリがないわね。自衛隊の兵器攻撃でもあれば別だけど、魔法少女が張り付いていたら手を出せない。かといって今私達魔法少女が離れてもあれのコアを壊せない……。はぁ、厄介だわ」

「アンタ達、喋ってるヒマがあるなら動きなさいよ」


 ため息混じりにルナちゃんが言ったところで、リサ先輩が人型ディザイアーの攻撃をかいくぐってこちらへ跳んできてそう言う。

 リサ先輩の契約精霊セレナは、先輩の魔法まほう詠唱えいしょうの手助けをしているようで、先輩の肩に座ったまま黒影の巨人の動向をつぶさに警戒している。

 そのセレナが、事態の変動をげた。

 横髪よこがみを引っ張られたリサ先輩がひとみうつしたのは、両脇に迫る漆黒しっこくの双手。


「っ――――――――


 っぱあああああああああああん!!!


 というかわいた炸裂音さくれつおんが辺り一面に鳴りひびく。


 リサ先輩が立っていた場所にあるのは、勢いよく撃ち合わされた重量感の塊の黒い両の手。

 その影の両手から、山吹やまぶき色の足だけがはみ出ている。

 神経がこおり付く。


「―――!」

「〇ミった!?」


 あたしが声を上げるよりも先に、柚杏ゆあんちゃんが反応した。


「〇ミっとらんわボケェ!!」


 小豆あずき色の魔法少女が言い終わると同時に、リサ先輩を襲ったディザイアーの両手が弾け飛んだ。

 中から出てきたのは、交差させた両手で白銀しろがねの剣を握る山吹やまぶき色の少女。


「まったくもう。念のためでセレナ呼んでなかったら今ので死んでたわよ!」

「トモナ!」

「っ。うん!」


 ルナちゃんの呼び掛けに応じて、咄嗟とっさの炎の魔法で目の前の人型ディザイアーを押し飛ばす。

 それを見計みはからって、ルナちゃんはポツリと言う。


「てっきり○ミったかと思ったのだけれど」

不吉ふきつこと言うんじゃないわよアンタ達」


 すかさずリサ先輩がツッコむ。


「ど、どういうこと………?」

「アンタは知らないままでいいわ。トモナ。普通じゃないのはこいつらの方だから」


 リサ先輩の忠言ちゅうげんに、あたしはとりあえず「う、うん……」と頷いておく。


「そう言うあなたも普通じゃない側でしょうに」

「私は柚杏ゆあんおんなじ喋り方する親戚のじいさんがいるだけよ!」


 再び襲い掛かってくるディザイアーの魔の手から散り散りに跳び退すさりながら、ルナちゃんとリサ先輩は言い合う。

 柚杏ゆあんちゃんはというと、ちゃっかり足早あしばやに逃げていた。

 遅ればせながらあたしも避けて、魔力の重撃じゅうげきを放って距離を取ろうとする。

 しかし、飛び出そうとしたその足を、形容するのも難しい硬くも柔らかい、ゾワリとする何かがつかんだ。


「きゃあ!?」


 跳ぼうとした推進力すいしんりょくに引っ張られる体のさきに移した目に入ったのは、黒い影の右手。ディザイアーだった。

 掴まれた足はどうやら大丈夫みたいだが、少しでも動かすとすぐにひねりそうだ。角度や位置がわずかにズレていれば、折れていたかもしれない。

 引き返してきた山吹やまぶき色の魔法少女は伸びた黒い腕に攻撃しようとするけど、振り回される左腕のせいで思うようにいかないようだった。


「「トモナ!!」」


 リサ先輩とは別に、あたしの名前を叫ぶ声がどこかから聞こえる。

 ルナちゃんが建物のかげから発したのだ。

 それでいい。ルナちゃんは、恐らくもうあまり魔力は残っていないはずだ。ルナちゃんをこれ以上危険な目に合わさせるわけにはいかない。


「くっ………!」


 至近距離に迫る人型ディザイアーへがむしゃらに炎を撃ち込むが、まるでビクともしない。

 あたしを掴む影手の奥。顔の形をしているだけの二つのくぼみが、火の粉などお構いなしに、あたしを見据えている。


「ぐぅゥゥ……ああ、グぁア」


 同じだ。さっき、牽制けんせいで放った魔力の攻撃を当てた直後にもかかわらず、この影の化け物はひるむ様子も見せずにあたしの足を掴みに掛かってきた。

 本来、本能ほんのうで暴れ動くディザイアーにはありない、しかし知性をそなえた人型がゆえにとられた、本能にあらがった執念の縛撃ばくげき


「いっっ―――!!」


 足を捕らえる影の手の力が強まる。

 今日何度目なんどめかの、背筋が凍り付く感覚。

 ミシミシと音と感触を伝えてくる足が、それに逆らうように熱くなっていく。その足と胸で、気持ち悪いくらいに強く、みゃく鼓動こどうが打ち鳴らしてくる。


 こわい。


 こわい。

 恐い。怖い。恐い怖い恐いコワいコワいコワいコワいコワいコワいコワい!

 本当は初めっから恐かった。

 初めてディザイアーと戦った時も。犬型ディザイアーが目前まで迫った時も。魚ガエル型ディザイアーに吹き飛ばされて体育館にぶつけられた時も。いたち型のディザイアーが現れた時、ルナちゃんが来るまでの間も。名古屋城の屋上で人型ディザイアーを初めて見た時も。ルナちゃんが人型ディザイアーに勇み行った時も。テリヤキが居なくなっちゃう時も。

 ずっと。ずっとずっとずっとずっと! 恐かった!

 いたい。たたかいたくない。にたくない! たたかいたくない! 

 げたい!! 死にたくない!!


 けど、違う。

 逃げそれじゃあない。

 ダメなんだ。

 逃げそうしたら、本当に恐いことが、起きちゃうから。

 もう二度と、大切なものを失いあんな思いをしたくないから。

 だから、戦わなきゃならないんだ。

 なみだこぼれる。痛みではなく、自身の無力に。

 テリヤキにたくされたちからを、ちゃんと使いこなせない自分の甲斐がい無さに。

 鉄の味がする程に、くちびるを強くむ。

 その時。


わらえ! 魔法少女フレア!!」


 鼓動の外。耳をかすめる空気の音がした。

 上げた頭、涙でかす双眸そうぼうとらえたのは、薄黄うすき色の影。

 それはあたしの後ろから勢いよく現れたかと思うと、あたしの足を掴み上げていたディザイアーの右腕の付け根、右肩をまばたきするもなく左拳で吹き飛ばした。

 解放された足は、地面をとらえるもその場に体を崩れさせる。

 手をついて立ち上がるあたしの隣に、自身の爆撃の勢いで撥ね返された野良の魔法少女が着地した。


「笑いなさい。国家魔法少女フレア。あなたがまもると決めたものをまもり通すために」

「ルナ、ちゃん? ど、どうして……どうして出てきたの!? 魔力はちょっとしかなかった、ううん今のでもうほとんど―――!!」

「フレア!!」

「――っ!」


 むらさき色のまなこを向けてくる野生の魔法少女の怒声どせいに、身体がビクッと跳ね上がる。


「フレア。あなたにこの名前と魔法を託した魔法猫の意思を。あなた自身がまもりたいと言った笑顔モノを、あなたが《 》と呼んだそれを、すべて捨て去る気かしら?」

「………え?」


 人型ディザイアーは。視界のはしで撃ち落された片腕をみるみると回復させていく。

 だが、そんなこともお構いなしに、薄黄うすき色に染まる衣装の少女はあたしだけを見て、言う。


「あなたは、ここにる全てを救おうとしている。倒れた魔法少女達をかばい、建物や道路などの被害もおさえようとして戦っている。けれどトモナ……いいえフレア。それらは、あなた個人の能力をって余りあることよ。それは、あなたが本当に護りたいモノを犠牲にするということ。全てをまもるなんて甘い考えでは、あれは倒せない。現に、私の全てを出し切った一撃も既になおされかけているでしょう」


 ルナちゃんの言う横、少し視線を移した先の影の怪物は、もうひじの辺りまで治りかけていた。

 少し離れたところでは、大ダメージを受けたすきに畳みかけようとしているリサ先輩が、二の足を踏んでいる。腕を治しながら、ディザイアーが攻撃の構えを取っているのだ。


「フレア」


 優しい。この戦場で聞こえたとは思えない優しい声が、あたしの、の名前を呼ぶ。


「あなたは、私の大切なものを共に護ると言ってくれた。ならば私はあなたの笑顔も守ってみせる。だから、あなたはその笑顔で、あなたの手が届く範囲だけの笑顔を護りなさい」


 言われて、数人の人達の笑顔が頭に浮かんだ。さっき、ルナちゃんに伝えた、失いたくないもの。


「………人は全てをまもとおすなんて大それたことはできはしないのだから。あなたは、あなたの大切なもの笑顔だけを、力の限りにまもり抜くの。私の大切なものをあなたが共にまもってくれるように、私もまた、あなたの大切なもの笑顔を一緒に守ってあげるから」


 目の前の彼女は、一瞬だけ、声音と同じ優しい笑みをあたしへ向けた。

 そして、すぐさま声色こわいろを厳しくさせて、問い掛ける。


「決めなさい。全てを護るなどという人の身にあまる欲望をいだいてあの怪物共のようにてるか。それとも、その欲望をぎょして最低限の希望を掴み取るのか。今ここで、あなたの心と頭で決めなさい!」


 意識の遠くで、怪物のうなり声が響く。

 それを押しのけ、少しのわがままを、正面に立つ少女に答える。


「違うよ。ルナちゃん」


 彼女は間違っていない。間違っているのは、あたしの方だ。けれど、それでは少しさびしいから、笑顔であたしは、彼女にこう答える。


「最低じゃなくて、最大。あたしは、あたしの大好きなものと、それから、その時あたしの手の届く人達の笑顔を、まもる。そんな最大限だったら、人のあたしでも。ううん。魔法少女まほうしょうじょあたし達なら、守れるよね」

「……………」


 帰ってきたのは、苦笑くしょうだった。


「まったく、相変わらずという言葉が、あなたのためにあるように感じられるわね。けれど、そうでなければあなたじゃない、か」

「うん」


 あたしの手を握り、野良の少女は手首まで回復再生させた人型ディザイアーへ向かい立つ。

 驚き戸惑いつつも、それを握り返す。


「それじゃあ、さっさとあの化け物を倒すとしましょう。ぐだぐだするのは日本史だけで十分だわ」

「え……? ど、どういうこと?」


 ルナちゃんのセリフに困惑していると、握った手を強く引かれる。


「わっ!?」

「私に合わせなさい。フレア。戦いなら私の方が慣れている。それくらいやってのけてくれるでしょう?」

「っ! うん! まかせて。ルナちゃん!」



 杖を握り、ルナちゃんの手を強く握り返して、導かれるままにあたしは炎をたずさえ、あたし達は黒い影の怪物ディザイアーへと駆け出していく。




 うしないたくないものを、くさないように。

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